真剣でハンターと恋しなさい!   作:まじ恋は良いぞ

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 後に振り返れば初恋と本人も認める幼い百代のライバル宣言以降、百代の鍛錬に対するモチベーションは際限知らずに高まっていた。

 

「やぁっ!! たっ! ハァッ!!」

 

 正拳突きの素振り一つ見ても、そのキレや取り組む熱意が今までよりも身が入っていることを表している。

 

「ありがとうございました!!」

 

 練習試合を行い相手を圧倒したとしても、最後にしっかりと立会に臨んでくれた事への礼を述べる。

 

「百代のやつ、すっかり真面目になりやがったな」

「それダけ、彼女トの生活ヲ楽しンでいるのだロうネ」

 

 師範代の目からも百代に起きている変化は概ね好印象だ。

 

 以前ならば鍛錬は退屈そうにこなし、対戦相手の実力を察するや否や投げやりとなり、経緯は欠片も感じさせない傍若無人ぶりを恥ずかしげもなく見せびらかしていた。

 それが今では鍛錬に真面目に取り組み、組手の際にも今までは蔑ろにしていた礼儀作法を遵守し、相手への敬意も忘れない。

 

 それでいて己を無理に律している訳ではなく、年頃の女のらしくよく喋りよく笑う。

 歳の近い門下生と談話をする様子も少しだが見られるようになり、武術の才能に溢れた『神童としての川神百代』ではなく『1人の女の子としての川神百代』が姿を見せるようになりつつあった。

 

「わしらには出来なかったことを、彼女は成し遂げてしまったというわけじゃ……」

 

 良い変化ではあるが、だからこそ鉄心の言葉にルーは表情を曇らせ釈迦堂はシワを作って顔を逸らす。

 

 鉄心達はあの手この手で百代を更生させようとしていた。

 精神修行としての山篭り鍛錬を行わせ、時には数時間に渡る説教もしたが、どれも彼女には響かない。

 

 傲慢な態度や鍛錬に対する不真面目な姿勢、闘争本能に突き動かされるがままに戦闘を求める武術家として有るまじき姿。

 それ等は高過ぎる戦闘能力によって慢心を生み出してしまい、その慢心が更にそれ等を加速度的に悪化させる悪循環を生み出していた。

 

 それ等をどうにか改善出来るよう頭を悩ませてきたが、改善へと導いたのは数日前に鉄心によって拾われた1人の女性だった。

 改善されたのは喜ばしいことだが、己の手でそれを成せなかったことが悔いを残した。

 

「…ンで、その解決主さんはボケーッと空見上げるぜ?」

 

 釈迦堂の言葉通り、百代のライバルとして認められた女性は雲一つない空を見上げて思慮に耽っていた。

 

モンスターが居ない世界、か

 

 最初にそれを知った時は目と耳を疑った。

 

 数が少ないのではなく、存在していない。

 火竜や角竜のように各生態系の頂点捕食者も、数頭で蒸れて狩りをして生きるジャグラスやジャギィのような小型モンスターも、環境生物すらも存在しない世界。

 

 鉄心達から見ればそんな生物がさも当然のように生息している世界の方が異質なのだが、その異質な世界で生きてきた女性からすれば現在いる世界の方が異質だった。

 

モンスターが居ないというのは大きいのか

 

 折り畳み式の遠距離通信機器を見た時、見慣れない道具に首を捻った。

 箱型の機会から動く人間の姿や世界各国の美麗な光景が流れるのを見た時、彼女は霞龍に化かされているのかと疑った。

 

 大型も中型も小型も問わず、モンスターが存在しないというだけで人間の技術力はここまでの発展を遂げてしまうのかと驚かされると同時に、恐怖させられる。

 

 彼女がいた世界にも大国はあったがそれでもモンスターの脅威には脅かされており要塞や城壁を建築し、兵士を配備して襲撃に備えなければすぐに攻め潰されてしまう。

 

 それに対してこの世界では頑丈な要塞も頑丈な城壁も無ければ、そこに滞在して安全を守る兵士も存在しない。

 どれだけ平和な世界であるか、推し量るには十分だった。

 

ならば、私がここにいる意味とは何だ

 

 平和な世界において、彼女の役割はあまりに不適切。

 血生臭く、汚れている。

 

 人類の生息圏を脅かし、容易く命を奪い去り、時には文明すら滅ぼす強大な力を持つモンスターから人々を守る、それがハンター。

 人類未踏の地に先陣を切って乗り込み、土地について、生息するモンスターや環境生物について、人類の今後に活かせるかもしれない何かを見付け出す、それがハンター。

 

 そんな役割を、この平和な世界は果たして望んでいるのだろうか。

 彼女は自問自答する。数多のモンスターを葬り、その屍の山の上に立つ彼女はこの世界に必要とされているのか。

 

ダメだ、今はやめておこう

 

 暗い思考に陥りそうになるのを抜け出し、深く息を吐く。

 

 少なくとも今の自分には役割がある。自分より一回りも二回りも年下の子供に好敵手として認定されたからには、神童と呼ばれる程の力を持つ彼女の期待に応えなくては。

 

 自分に川神流が扱う特殊な力、気について教えてくれた釈迦堂のぶっきらぼうな物言いを思い出す。

 

『気ってのはアレだ、アレ。イメージって奴だ』

 

 拳を強く固くしたいのなら、力を込めるのと同じように練り上げた気を拳へと流し込む。

 かなりあやふやな物言いだったが、幸いな事に彼女には気について多少の心得がある。

 

 彼女がモンスターと命の奪い合いを繰り広げる際に愛用していた天上天下天地無双刀。

 これはハンターが用いる武器群においては太刀というカテゴリーに含まれるものであり、太刀は初心者から一流問わずに特別な要素がある。

 

 練気。身の丈の倍近くもある巨大な得物を振るってモンスターの鱗を貫き、甲殻を砕き、皮膚を割く。

 その度に湧き上がる練気として刃に込め、それを消費して放つ気刃斬りによって更に刃を鋭く、固くする。

 時にはモンスター側に練気を込め、それを解放した衝撃で内部と外部双方から同時に破壊することもある。

 

イメージしろ

 

 己にそう言い聞かせ想像するのは、天上天下天地無双刀を振るい大小種族様々なモンスターと切り結ぶ自分の姿。

 

 今の彼女はハンターとしての役割を果たせる環境にはいないものの、心は依然としてハンターのままである。

 得物を人間相手に振るうことは出来ない。想像することすらしてはならない。

 

 想像してしまっては、それを皮切りとして理性のタガが外れてしまうかもしれないから。

 

「……ふうぅ〜」

 

 軽く息を吐く。

 

 イメージでも練気は生成可能だが量が少ない。

 これでは百代の好敵手としてはあまりに情けない生成量だ。膨大な気の保有量を誇る彼女に本気で戦ってもらう為には、まだまだ足りていない。

 

 だから、渡りの凍て地で初めて出会った古龍の防具を身に付けた時の感覚を想起して穴埋めする。

 

「なんだ…?」

 

 素振りをしていた百代の背中に寒気が走る。

 

 恐ろしい気配を感じてでは無い。それに彼女だけではない。

 

「気温下がったか?」

「いヤ、今日ハ春の兆しガどうノとテレビで言っテいたヨ?」

 

 師範代も感じている。周囲の気温が確かに下がった。

 

「彼女じゃよ」

 

 鉄心が女性を指さすと気温低下に気付いた面々が顔を一斉に向けたが、女性は気にしていない。

 

 冰龍 イヴェルカーナの防具を身に纏っていると、かの古龍の秘める神秘的な力の一端を享受することが出来た。

 

 刃を収めている間、気持ちが静かな落ち着きを得る。

 頭が冴え、それでいて人智を超えた冷たくも力強い冰龍の力を人間でも扱える程度に抑制したものを扱える。

 

 ハンターズギルドに報告する際にはその手の特別な現象に名前が必要。後の研究に役立てる為だ。

 調査団はその神秘的な力をもたらす現象を『冰龍の神秘』と命名。

 同時に、力をもたらす効果を『冰気錬成』と命名した。

 

……よし

 

 練り上げられた気を拳に宿すと、彼女の拳が凍り付く。

 氷の塊にも、氷の鉤爪にも、氷の手甲にも変化可能な冰龍のものと同等の能力。

 

 普段の彼女が纏う気とはまた異なる、他者を寄せ付けない拒絶的な冷たさを帯びた気に百代は僅かな不安を感じた。

 普段の女性と冷気を帯びる女性が、姿形はそっくりながらも中身が違う別人のように思えた。

 

「……」

 

 そんな百代の不安など、彼女には全てお見通し。

 

 凍り付いた左手の指をくいくいと曲げ、挑発するような仕草をする。

 そんな不安抱く位なら掛かってこい、そう言うかのように。

 

「〜ッ、ああッ! 行くぞッ、タチ子!!」

 

 大太刀を持っているからタチ子。

 

 百代による実に安直な命名だが、それを彼女 川神タチ子も受け入れている。

 名前を伝える手段がないのだから、呼び良い呼び名を付けてもらった方が手っ取り早い。

 

 自分を挑発する相手なんて滅多に巡り会えず、それがライバルと認めるに足る人物ともなれば、如何に鍛錬へ真面目に取り組み精神的にも落ち着きを得始めている百代でも我慢出来ない。

 

 満面の笑みを浮かべながら気を込めた拳を握り締め、タチ子へと突進して行った。

 

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