あの野郎、すっかりおかしくなってクソった──
……下品なのはマリアに禁止されていたな、と音にならない溜め息を吐く
マリーが死んだと勘違いした結果、あの処刑人は完全に狂っていた
今も耳障りな怨嗟の声を上げ続け、悲鳴の如く王妃の……マリーの名前を呼び続けている。
「何だよアイツ、振られた癖に……」
マリアから既に事の顛末は聞いている
そりゃ見事に振られたし、男としちゃ悲しい限りだろうがああまでなるかね?
狂化とやらの仕業だろうが……それにしたって面倒だと溜め息をもう一度吐く
援護は──来るか分からないけど、期待しちゃダメだろう。
僕を助けようと他の戦力を削ってしまうのは本末転倒だし。
「──やれやれ」
僕が戦う理由、それはマリアだ。
彼女が戦わなければ僕もまた戦わなかった。
覚悟だとか問われたら真っ先に首を振っていただろう
けれど、今は少しだけ違う
生前一度も叶わなかった──ピアノを、彼女に聞かせられた。
もう会えないだろうと言う予感は、マスターによって裏切られたんだ
「だから、まぁ──」
少しは、恩返しをしなきゃね。
アレはもう終わりかけ、放っておいても退去するんだろうが──
マリアは、許してくれないだろう。
バイオリンを奏でる
音により彼奴は吹き飛ばされる
「どうだい?音楽魔術も極めればそれなりだ」
大きく吹き飛ばされた彼奴を見て、僕は笑ってやる。
獣のような雄叫びを上げる処刑人を見て
「──静かにしろよ、僕の演奏は高いんだぜ?」
僕は仮面を身に付ける。
そして、指揮棒を構える。
今宵は特別演奏会、君に振るうには余りにも勿体無いが──くれてやる
「行くよ処刑人、死神の歌を聞いていけ──!」
「ア"マ……デウ、スゥゥ!!」
それは、数日前の事でした。
皆が寝静まった夜、わたしは見張り番として起きていました。
そんな時、目が冴えたから星を見に来た、と。
わたしにアマデウスさんが声を掛けました
アマデウスさんは星を見に来たと言うのにわたしの顔をじっくりと見た後
「──君、何か悩んでる?」
と訝しげな顔で尋ねて来ました
その後にただのカンだけどね、と付け足しましたが
わたしはその時──ある事に悩んでいたので、とても驚いてしまいました。
話を聞くぜ、と微笑んでくれたらアマデウスさんに
わたしは、ぽつりぽつりと悩みを口にしました
「──先輩や皆さんの気持ちが、わたしにはよく分からなくて……」
ほう、と言う顔をしたアマデウスさんを見つつ、わたしは言葉を辿々しく続けました。
先輩はマリーさんが帰って来た日に──陸王さんが居なければ、自分だけではマリーさんを失ってしまっていたであろうことを悔やんでいました。
ですが、あの時にはどうしようもなかった。
皆さんはそれぞれ正しい選択をした。
──マリーさんは助かったのに
皆さんは、自分の力の無さを悔やんでいたように見えました
正しいのに悔やむのは、変です。
そしてその後悔を、皆さんは受け入れているように見えました。
わたしはそのように教わっていません。
なのに、どこかでわたしは──
「同じように悔やんでる自分が居る──だろ?」
アマデウスさんの言葉に、わたしは思わず顔を上げてしまいました。
まるで心を読んだかのように、正確な言葉をアマデウスさんは言ったのです。
アマデウスさんはやれやれと肩をすくめれば
「この国で出会ってそれなりだけど、何となく君の事が分かってきたな。
君は本当に──自由を得たばかりの人間なんだね」
自由を得たばかりの人間。
──そうかもしれません、とわたしは頷きました
「だから戸惑っているんだな、教わってきた価値判断から外れた感情を抱いてしまったから……」
此方の悩みを正確に言葉に表していくアマデウスさんに、わたしは思わず感心してしまいました。
それと同時に、わたしは顔を俯け
「──でも、わたしにソレは要らない筈です。
だってわたしに何かを選ぶ資格だなんて──」
そう呟いたわたしの言葉を遮るように、アマデウスさんは言いました
「マシュ、たとえ君がサーヴァント……戦うだけの人間だったとしても
何かを好きになる義務はある
自由はないかもしれないけど、義務はあるんだ」
とはっきりと言って見せたアマデウスさんに、わたしは思わず疑問を口にする
「義務?権利や資格などではなく……?」
「人間にはその責任がある。
ものを考える知性があるんだからね」
そう言えばアマデウスさんは指揮棒を振るい、楽器を星空へと浮かべて見せた
「何を好きになり 何を嫌いになり 何を尊いと思い 何を邪悪と思うのか」
「──それは君が決める事だ。言いなりでも周りに合わせるんでもないぜ」
「君が、決める事なんだ」
繰り返すようにアマデウスさんは指揮棒でわたしを指し、
真面目な顔をしたかと思えば、そのまま笑って見せました
「だから……マシュ、君は選んでいかなきゃいけないのさ。
押されても不安になっても良い、それでも自分の意思で──」
わたしは先輩に助けに行ってくれ、と言われました。
ですが──アマデウスさんを助けたいと思ったのは
この盾を持って駆けているのは
紛れもなく、わたしの意思です。
そして、わたしはこの盾を──!
「オオ"オ"オ"オオ"オ"オ"オォォォオ!!!」
腕をギロチンの刃とし、自らの筋肉が千切れるのも構わず力任せに腕を振るう
アマデウスは咄嗟に避けるが、仮面が刃に引っ掛かり弾かれてしまう
舌打ちをしつつ指揮棒を振るい、音楽魔術によって一時的に相手を拘束するが
「──つ、疲れた……!」
完全に
やっぱり戦うべきじゃあ無かった!戦場には巨大ロボまで居てもう混沌を極めすぎているし
ほっとけば巨大ロボ同士の戦闘に巻き込まれるだろ、マリーには悪いが……
汗を拭いつつアマデウスはそのまま撤退をしようとし──
「──嘘だろ……!」
拘束魔術を筋力のみで引きちぎってみせたサンソンへの反応が遅れ、そのまま大きく切り裂かれてしまう。
致命傷一歩手前、先ず戦闘は出来やしない
つまり、死ぬ。
……まあ、初恋の女の子の死に際にすら会えず
音楽の為に多くの人を狂わせた、悪魔みたいな……ロクでもない人生を送った男には相応しいフィナーレなのかもしれない。
せめてマシュに……先輩らしい所でも見せてやろうとしたけど
「教師役、サリエリのようにはいかないか……」
大きく刃を振り被るサンソンを見て
やれやれ、とアマデウスは目を閉じて──
耳を貫く金属音に、目を見開く
眼前に映るのは────盾の乙女の姿だった