前世競走馬だけどウマ娘になってない【未完・現在作り直し中】 作:ゲッテルデメルング
「マルチゾーン、か……」
「情報なんて無いに等しい代物だったわ。残存する例なんてもう50年以上前のウマ娘のものばかりね」
「それでも参考にはできるだろう。情報媒体を用意できるか?」
「ここテープ用の再生機器ないんだけど……」
「VHSか8ミリか? それなら視聴覚室に行けば……」
「いや2インチVTRとか統一I型とかなのよ。完全に学園内全てのビデオ機器の規格外なのよね」
「なんだそれは……!?」
理事長が大急ぎでビデオデッキを取り寄せているからそれ待ちだね、と鉄扇トレーナーは言う。
そうは言うが、オークスで語られたこの情報に学園中のウマ娘トレーナー問わず躍起になっており、激しい情報の捜索し合いが繰り広げられている。
今は脚を休めなければならない身ではあるが……このまま何もしなければ、まんまとユキノビジンに追い越されてしまうことだろう。
ユキノビジン。
現在学園中でかなりの注目株だが、学園内にはいない。
どうやら一足先に夏合宿に向かったようだったが、奇妙なことに合宿先が完全に隠蔽されていた。
学園内のスタッフの誰にもわかっていない。ユキノビジンのトレーナーを探しても見つからず、ただ『夏合宿に向かった』という情報のみを残して姿を消していた。
まるで神隠しに遭ったかのような不気味さを残してユキノビジンは消えた。
だが気にすることはないだろう。
秋華賞。その時が来れば自ずと彼女は姿を現し、その力を見せつけることだろう。
むしろ気にするべきは――己の身。
オークスでガタガタになるまで研いでしまったこの身体を再び走れるように休ませながらも鍛えなければならない。
「トレーナー、そろそろ――」
「ダメダメ。まだ安静にしてないと」
「だが……」
「エアグルーヴ、あんた下手したら骨折してたんだからね? きっちり安静にしないと」
「むう……」
「……ま、散歩ぐらいならいいと思うわよ。腰も使わず、息も切らさないほどのスローペースな散歩なら」
「それではただ歩いているのと同義ではないか」
「それぐらいが今のあんたのベストなトレーニングなのよ」
言い返したい気持ちこそあるが、確かに私の今の脚はじんわりとした疲労が詰まっている状態で、もしこの状態で下手をしてしまえば骨折は免れないかもしれない。
「――いいだろう。トレーナーの意見に乗ってやる」
「それでいいのよ。ゆっくり敵情視察でもしましょう。さ、これに座って」
「……車椅子? そこまでしなくても私は歩けるが……」
「そんなことしてたら追い出されるかもしれないでしょ。きっちり怪我人になりすまさないと同情してもらえないわよ」
「さすがにそんなにではないと信じたいが……」
「いや、視察する方じゃなくて周囲で見てるヤジウマに訴えかけるのよ。『私いまこんなに弱っているんですよー!』って。追い出した方に社会的ダメージを与えるわよ」
「学園に何をもたらそうと考えているつもりだ貴様は!?」
「おやおや副会長、疲労困憊だという話は聞いていたが歩くことすら難しい状態だったとは! さすがにそれは予想外だねえ」
「ねえあれ……」
「エアグルーヴ副会長が、アグネスタキオンのところに……」
「何か弱みを……?」
「まさか脚の改造手術を……!?」
「邪悪な実験……!」
「ふむ、風評を利用する算段だったか。私は特段余所者の評価など気にはしない――が、私が現在関わっているフラワー君に面倒ごとが起きても事だ。割と困ったねえ」
追い出される前から風評被害をもたらしているのはどうなんだトレーナー……!?
車椅子に座る私と会話するアグネスタキオンの姿を見た周囲のウマ娘たちがヒソヒソとよからぬ想像をしている気がする。
「ニシノちゃんへの悪評は気にしなくて大丈夫なんじゃないかなコレ。大半があなた向きの悪評でしょ?」
「ほう? トレーナーがそれを真っすぐ突きつけるとはね。鉄扇トレーナー、噂に名高い冷酷さをお持ちなようだねえ」
「どうも。でもそれ自業自得でしょ? それにそんなことどうでもいいのよね」
「私のことも気にしなくて構わない。ニシノフラワーのトレーニングの様子はどうだ? お前も一枚嚙んでいるのだろう」
「そうだねえ……少々危うい、というところだねえ。私個人としては適正範囲内でレーススケジュールを組む方が勝率が上がるという意見も当然だろうと思うから難しいラインではあるねえ」
「あ、やっぱり?」
と言うのも、哪吒トレーナーの判断に起因する。
桜花賞では勝てはしなかったが抜群の末脚を見せられたのに対してオークスでの状況を鑑みて、哪吒トレーナーはニシノフラワーのレースをマイルに絞ろうと考えているのだ。
それすなわち、ティアラ路線からの途中下車である。
「スカイ君とスイープ君がこれに猛抗議を入れているが……正直芳しくないだろうね。哪吒君の意見も正しいものだからねえ」
「フラワーはどう考えている?」
「フラワー君はティアラ路線を走り切りたいと言っているが、哪吒君の考えも否定しきれないことは自分でも解っているらしくてねえ。スプリンターズステークスへの出走をまずは目標にするらしい。そこでの結果次第で秋華賞出走を決めるらしいねえ」
「スプリンターズステークス、か……」
中山レース場の1200メートル。
マイルよりも短い距離、短距離のレースとなる。
この距離はマイラーの適性からはやや離れるが、中距離ほど遠くはない。
哪吒トレーナーは短距離・マイル路線で勝利を掴ませようと考えている。それに対してティアラ路線で鎬を削った間柄として文句をつけたくはあるが……私は部外者もいいところだ。
他所のトレーナーの決定に口出しできるほど関わっているわけでもない。
「……まあ、これに関しては夏を過ぎてみないと解らないだろうねえ。もしかしたら、秋華賞程度なら走り切れる脚を作り上げられているかもしれないからねえ」
「……そうだな」
タキオンの言う通り、夏に控える合宿で大きく成長する可能性は捨てきれない。
まだ可能性がないわけではないのだ。すべて試してからでも遅くはないだろう。
「そんなところよりも、私が気になっているのは夏のグランプリさ!」
「あら、副会長はんやん。元気にしてますのん?」
「この姿を見て元気かどうかを問える度胸は凄まじいな……ラッキーライラック」
「アーモンドアイはトレーニング中かしら?」
「今はプールでスタミナトレーニングの真っ只中やねえ。この暑うなってくるときに水浴びできてほんに羨ましいわー」
で、何か用なん。とはんなりとした様子で聞いてくるラッキーライラック。
だが彼女から放たれている気配は決してその
それに今の今までもかなり負荷の高いトレーニングを行っていたのだろう。デビュー直前にしてはクラシック級でも通用しかねないほどに鍛えられているのが見受けられた。
「宝塚記念にアーモンドアイが出走すると聞いてな」
「ああ、その話どすか。もうなんべん尋ねられたかわからんなあ」
「本気なの?」
「せやなあ。アイはそのつもりらしいで?」
タキオンから聞いたこと、それはアーモンドアイの宝塚記念への出走表明だった。
すでに学園中でもある程度話題になっているらしく、私が病院で精密検査やらを受けている間にはすでに登録が済んでいたようだった。
私個人としては彼女のさらなる奮闘を期待したいところだが、その戦いの舞台がシニア級のウマ娘たちも入り乱れる宝塚記念になるとは想定外だった。
「アーモンドアイには勝算があるのかしら?」
トレーナーが言う通り、相手はシニア級でも人気のある――すなわち熟練のウマ娘になる。
今まで以上に難易度は跳ね上がるだろう険しいレースになることは間違いない。
もし、アーモンドアイが何も勝算を思いつかずに挑もうとしているなら、それは愚の骨頂だと言わざるを得ない。
今の今まで築き上げた無敗ダブルティアラという称号に自ら埃をつけることと同義になってしまうだろう。
私としても、そこが心配だった。
「あらまあ、アイのこと心配してくれなはるんか。えらい優しいなぁ」
「どうなのかしら? 何か勝ち筋は見つけているのかしら」
「せやねえ……アイは今回のラヴズちゃんの配信を見てから躍起になっとるしなあ。ユキノビジンが見せた『雪降る摩天楼』の領域を攻略するぞとトレーニングは更に増えとってなあ……それを活かせば、ってところやねえ」
「ダブルゾーンの攻略、か……」
ダブルゾーンは端的に説明すれば領域の二重発動になる。
それがもたらす恩恵が何なのかは現状不明であり、現在数多のトレーナーたちに説明を要求されているスピードシンボリらレジェンドウマ娘たちは口を噤んだまま。
例の動画で公言しようとしていたスピードシンボリは「人様の作戦を丸裸にするのはよくないな、うん!」と少々震えた声で説明を控えていた。
「ネタバレ、ダメ、ゼッタイっ」
結果、ダブルゾーンがどれほどの脅威なのかが不明なのだ。
恐らく秋華賞でユキノビジンが切り札にするほどの強大な威力があるのだろうとはわかるが、それが何なのかが徹底的に不明。
圧倒的に情報が足りない。
気が付けば、私たちはユキノビジンの策略に真正面から挑まなくてはならなくなっていた。
「あれま、まさか副会長ともあろうお人が弱腰を晒しなはるんか?」
「――ふん、そのようなことはしないさ」
「まああんたがどう考えとっても構いまへんわ。アイは着々と勝ちに向かっとる。今そこでゆっくり安楽椅子探偵ごっこに勤しんどる副会長はんとは違うてなあ」
「(あ、これバレてるやつだ)」
トレーナー、完全に裏目に出てるじゃないか!?
それから今までのGⅠで同じ舞台に立ったウマ娘たちの意見や作戦などを収集した……が、たいていのウマ娘には車椅子に座る作戦は見破られているようだった。おいトレーナー。
中にはラッキーライラックのように挑発をけしかけるウマ娘もおり、明らかな失敗策だったことがうかがえる。
私とトレーナーが行ったのは、ウマ娘たちの闘志に油を注ぐ行為となっていたのだった。
「トレーナー……」
「弘法も筆の誤り、猿も木から落ちるって言うし、失敗は成長の母だから。ねっ?」
「何が『ねっ?』だ! このたわけめ……!」
……まあ、そこは今はどうでもいいのだ。
今は身体を動かすようなトレーニングができない以上、頭脳を鍛えて次戦に向けた準備をしなければならない。
私が次なる舞台とする秋華賞、トリプルティアラ最後のレース。
そこで誰が強敵になるか、今一度マークのつけ直しも兼ねてレースの展開の考察を行い、大局観を高めていくべきだろう。
――ちょうどうってつけの、宝塚記念を用いて。
「トレーナー、宝塚記念での強敵は誰になると考えている?」
「そうね……対アーモンドアイを掲げてニシノちゃんの敵討ちに出ているセイウンスカイとスイープトウショウや昨年度のクラシック級の覇者たちも彼女の敵として大きく立ちはだかることになるでしょうね」
トレーナーがまず最初に挙げたのはシニア2年目のウマ娘、セイウンスカイとスイープトウショウ。
片やニシノフラワー以上の策略家、片やエリザベス女王杯2連覇の強豪。
アーモンドアイに対しては教え子が何度も負かされたこともあってか徹底的なマークをつけていることだろう。
無論、その2名以外にも強豪は出そろうことになる。
昨年度のクラシック級、三冠路線とティアラ路線の戦士たちも出走を表明している。
皐月賞の勝者、破天荒な末脚を持つゴールドシップ。
日本ダービーの勝者、悪バ場好みの一等星シリウスシンボリ。
ジャパンカップの勝者、不撓不屈の
オークスと秋華賞の勝者、可憐でお転婆お姫様カワカミプリンセス。
比較的有名なところではこの4人が宝塚記念への出走を表明している。
「特に気を付けるべきはグラスワンダーね。彼女は今が脂が乗っている状態、Dream Festでは2バ身半、大阪杯では4バ身の差をつけての圧勝。グラスワンダーは現状最も中距離で強いウマ娘と言えるわ」
聞けば聞くだけ一筋縄ではいかなそうな強者たちが集っている。
オークスに全てを賭けていた当時の私が挑んでも勝てるかどうか解らない、そんな強豪揃いだ。
しかし、そんなウマ娘たちを前にアーモンドアイは一切怯むことはない。
ラッキーライラック曰く「準備期間は山ほどあった」とのことだが、本当に勝算はあるのだろうか……?
見る限り勝ち筋は薄いこの局面を、どう切り抜けるつもりなのか。
脚の疲れを感じながら私は想定される戦局をアイがどう対処するのか、トレーナーと共に考案していったのだった。
だが――その日までの全ての予想・考察その総てを、覆されることになったのだった。
番外編 追加するなら どれにする? ※あくまで参考程度です
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18年皐月賞
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18年日本ダービー
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18年菊花賞
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19年天皇賞春
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19年宝塚記念
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20年京都記念
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20年ドバイシーマクラシック
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20年天皇賞秋
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20年ジャパンカップ
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21年ドバイシーマクラシック
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21年宝塚記念
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21年有馬記念
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その他