前世競走馬だけどウマ娘になってない【未完・現在作り直し中】 作:ゲッテルデメルング
「1、2、3、4……1、2、3、4……!」
私は今、根性力を高めるトレーニングとして合宿所近くの山々を登っては下りることを続けていた。
オークスでの疲労は取れ、万全なトレーニングができるようになった以上トレーニングを躊躇する必要性は皆無だ。
「ちょっとペース速くなってるよー! ひいっ、はぁっ……」
「わかった!(いや……なぜトレーナーまで徒歩で登山を行っているのだ?)」
「(こんな山道に車なんか持ち込めないからですけどお?)」
鉄扇トレーナーはもう限界であろうほどにまで息を切らしながらも私を逃すまいと必死に追いかけて来る。
ウマ娘の身体能力に追い縋っていることに驚きはするが、それでも厳しいだろうことには変わりない。
それでも足を前へと進めるトレーナーのヘロヘロながらも力強い足音に名状し難い勇気を受け取りながら、本日3つ目の山頂への踏破に成功する。
「ふー、ふうっ……」
「かひゅー、ずうぇっ、ぜひゅーごほふうェぅっ……」
「いや、大丈夫かトレーナー!?」
「だいじょぶだいじょぶやれるできる。にんげんってがんじょうだから」
「その姿を見てそうだとは全く思わんぞ!? ええい! 熱中症の類ではないだろうな……!?」
「――頑張っているみたいだな、エアグルーヴ」
「っ、会長……!? なぜこちらに」
「夏合宿ついでに山登りにね。この山は良い景色を見ることができる隠れた名所だとスピードシンボリ先輩から言われたんだ」
そう言われて会長のいる方へ視線を向けると……そこには水平線の先まで広がったビーチの広大な景色を一望できた。
そして辺りを見渡しても人の姿はいない。登ってくる最中の道も整備自体はされていたが登山客は少ない状態だった。
なるほど、確かにここは隠れた絶景地のようだ。
息切れの激しい私への差し入れとして会長はスポーツドリンクを差し出してきた。
トレーナーは既に飲んでいた。
もうこれでトレーナーが飲んだスポーツドリンクは今日だけでも何本目だっただろうか。10本は優に超えていて、それに見合った分の運動量を行っている。普通の一般人なら倒れてもおかしくない運動量だろう。
トレーナーの顔面は赤く染まっているが、それは人間では異常なレベルの運動に無理やりついてきたが故であるし、水分もとっているから問題はない。そのはずだ。そう信じたい。
「鉄扇トレーナーもお疲れのようだ。どうだい? ここで一張一弛、山頂の景色を堪能しながら小休止でもどうかと思うんだが……?」
「わたしまだいけますけどお?」
「わかりました。トレーナー、ここでひとまず休憩をとろう」
「なんでゑ?」
「……熱中症ではないよな?」
「そのはずです。……限界だと感じたらリタイアしていいと言っているだろうに」
「そんなのやすやすとききいれるほどやさしいてっせんちゃんではないぞー! チームハダルのトレーナーをナめんなー!」
「これっぽっちも舐めてはいないが……」
意地を張っているトレーナーの身体はふらついているし、ドリンクを飲むためにベンチに降ろした腰をあげようとしても上手く上がっていないようだ。
……トレーナーがきちんと回復するまではここで休憩をとるとするか。
「ぶーぶー」
「ぶーたれるな。……時に会長、1つお聞きしたいのですが」
「なんだい?」
「……今の私の実力なら、秋華賞で勝つことは可能かどうかについてです」
今年のティアラ路線は波乱と言って差し支えないだろう。
新世界の瞳と言われ大人気のダブルティアラプリンセス、アーモンドアイ。
ダブルゾーンを復刻させ、トレセン学園のトレーニングレベルを結果的に増強させたユキノビジン。
秋華賞はこの2人と私の3人のウマ娘が有力視されてはいるが……
「自分の実力が不安か? エアグルーヴ」
「……はい。正直、勝算を掴めていないのが現状です」
アーモンドアイは宝塚記念で驚愕の逃げと同時に謎の領域を披露した。
その領域とオークスまでに用いた領域とを組み合わせればダブルゾーンは不可能ではない。
ユキノビジンはダブルゾーンを更に研ぎ澄ましている可能性もまたゼロではない。
それに彼女はダブルゾーンの復活者。あの宝塚記念を見ているだろうし、何かしらの対策を講じないわけがない。
それに引き換え……私はまだ領域は1つのみ。
領域でレースが決まるとは全く思ってはいないが、それを差し引いても複数の領域を使える能力を有せるか否かの能力差は浮き彫りになるのだ。
「ダブルゾーンを突破する方法を、私は未だにつかめていないのです。これを打開できなければ、秋華賞を勝ち取るなんてことは、到底……」
「ふむ、ダブルゾーンか……鉄扇トレーナー君、エアグルーヴはダブルゾーンを習得できないかい?」
「できるんじゃないですかね? だってすごい走れてるんですもん」
「理由が雑にも程があるだろう……」
「アーモンドアイは今他のウマ娘との併走を行い、領域磨きに勤しんでいる。ユキノビジンもまた夏合宿に同行したウマ娘との併走を通じて領域を強化していることだろう」
「足りないのは併走ってことですか?」
「それもある。だが、それしかないわけではない」
そう言って、会長は自身のスマホを取り出してとある動画を見せだした。
京都レース場2400メートルのGⅠ。
「これは、会長の出走したジャパンカップですか?」
「ああ。このレースでの私の走りをよく確認してほしい」
そう言われて、動画は流れ始める。
海外の強豪との熾烈な優位争いがレース序盤から繰り広げられる白熱としたレース展開の中、会長はまるでそこにいることが当然であるかのように中団に位置する。
そして流れるように終盤へ。
『シンボリルドルフ前に出始める! 先頭までは6バ身の差だ! 追いつけるか!?』
1人、また1人と他のウマ娘を追い抜く会長。
そして会長は領域へと突入する。映像越しでも解るその風格。神威轟く皇帝の領域。
こうしてみると、トウカイテイオーが会長に憧れたのも納得できる走りだと言わざるを得ない。
『追いついた追いついた! 並んだ! シンボリルドルフもうすぐ先頭だ! 栄光はすぐそこだシンボリルドルフ!』
「……あれ?」
「トレーナー、どうかしたのか?」
「……さっきの最終コーナーを曲がる前の段階」
そう言われて動画を巻き戻し、最終コーナー直前のタイミングを再び再生する。
トレーナーには何かが見えたのだろうか……?
「…………これ、シンボリルドルフさんにしては結構前よりのスパートですよね?」
「ああ。少々後続から詰め寄られてしまってね。その時は結果的に先行の位置からのスパートとなってしまったよ。……鉄扇トレーナー君は、なにか判ったのかな?」
「多分……シンボリルドルフさん、あなたマルチゾーン使えるんですか?」
「なんだと?」
「――やはり、そう見るのだね」
会長が、マルチゾーンを……!?
「そこまで驚愕するほどのものではないよ。領域自体、習得したと気づかないことは多々あること。私にとって、二つ目の領域はそうだったというだけの事なのだろう」
「いや、そう、なのですか……?」
「これ、誰かの走りを受け継いだとかそういうタイプには見えませんね……だいぶ粗削りですし、もしかして自前だったりします?」
「ほう? さすがだね鉄扇トレーナー君。想像していたよりも見る目が強いようだ」
「二つ目の領域が自前、ですか?」
それはつまり、領域は教わるものではないということを意味している。
学園内での噂程度の通説を打ち破る、全く新しい仮説であり――天啓だった。
「ラヴチューブでスピードシンボリ先輩が言っていただろう? 『領域を教えてもらったか、あるいは』と。私はどうやら、その『あるいは』の存在だったらしい」
「領域は、教わらずして習得できる……」
「領域は元来、ウマ娘の走りに向ける意思、情熱、覚悟……そうした気の持ち様そのものだと言われている。なら、ウマ娘一人が複数の想いを胸に走れば――」
「複数の領域を発現する可能性は、ある……!」
「なるほどね……! それならエアグルーヴみたいに背負いがちのウマ娘でもマルチゾーンを習得できる可能性が大いにあるわ! 良い情報よこれ!」
「おいトレーナー貴様。――…………」
領域とは、ウマ娘の思うこと。抱くこと。背負うこと。
……私が、レースに思うこと。抱くこと。背負うこと。
思えば、私はいらぬものをも背負って走って来た。
オークスの際にはそれが顕著に顕になった。
母のため、誇り、女帝、後継、打倒、打破、屈辱、鍛錬。
瞬間、覚悟、決死、背水、栄誉、栄光、冠。
様々なものを背負ったその驕りが、結果的にアーモンドアイの新世界に負ける領域を形どってしまっていた。
――ならば。
背負ってしまっていたもののことごとくを分解し、あの新世界の領域に打ち勝つほどの力を見せる領域にできるのではないか?
あの蒼炎の領域は、私の誇り。母から受け継いだこの身体そのもの。
それなら、蒼炎の領域に対して抱く思いはそれのみで十分ではないだろうか?
しかし、そうして分解したものは決して不要なものではない。
それらの思念を再び走る想いとして別個に抱けると言うのならば、もう一つの領域として発現する可能性がある。
……いや、待て。まさか。
まさか1つの領域に対しての想いは1つのみで十分なのではないだろうか?
領域1つ、覚悟1つ。一対一の関係性。
私が背負う覚悟は、それぞれ細かく細分化すれば――
「おーい、エアグルーヴちゃーん? ブツブツ言ってないで私にも相談させてー?」
「ふふっ、どうやら光明が見えたようだ。……鉄扇トレーナー君は足腰の具合はどうかな?」
「もう抜群に良好です! ハリありツヤありのピチピチのトモですよ!」
「……その割には、未だ立てなさそうに見えるけど」
「そんなことっ。ぐぐぐっ! 立て、頼む、立ってくれーっ!」
「――はははっ、2人は思っていたよりもお似合いのようで何よりだよ」
――よし。
これなら、上手くできそうだ。
待っていろよ、アーモンドアイ、ユキノビジン。
私もすぐにそこにたどり着き、そして追い越してやる。
女帝の名に懸けて――!
そう決意した私の背後から吹いた風は、心なしか夏の風にしては涼しすぎる気がした。
まるで、初夏の薫風のように。
番外編 追加するなら どれにする? ※あくまで参考程度です
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18年皐月賞
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18年日本ダービー
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18年菊花賞
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19年天皇賞春
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19年宝塚記念
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20年京都記念
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20年ドバイシーマクラシック
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20年天皇賞秋
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20年ジャパンカップ
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21年ドバイシーマクラシック
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21年宝塚記念
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21年有馬記念
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その他