デアリングタクトとデアリングハートがトレセン島に来て二週間ほどが経った。
本格化を迎えたタクトの成長は凄まじく、毎日島の再開拓で活躍していた。
「タクト……よく聞いてちょうだい。私は今夜、トレセン学園に戻ることにしたわ」
「えっ? どうして急に……」
朝御飯を食べたあと、ハートが真剣な面持ちでタクトに宣告する。タクトはキョトンとした。
「タクト、あなたは本格化を迎えたわ。来年にはいよいよデビューする……となれば、あなたのトレーナーを見つける必要があるわ」
「はい、デビューには必須条件ですものね。ジェンティル先輩からも、トレーナー選びは婚約者を選ぶことのように重要だと伺いました」
「あの人らしいわね……私が先に候補を選ぶから、あなたはまずその人に教わるといいわ。仮に専属トレーナーと契約するのだとしても、トレーナーに教わることに慣れておいた方がいいもの」
デビューするウマ娘には、必ず担当のトレーナーがつく。それが専属契約なのかチームに入るのかはウマ娘によるが大切な選択なのは間違いない。
最終的に決めるのはタクトの意思だが、タクトがしっかり判断できるようハートは仮候補を決めるつもりのようだ。
タクトはハートの意図を理解し、素直に頷いた。
「わかりました。トレセン島は楽しいですが、タッカーさんにはもう十分すぎるほど手伝ってくれたとお褒めいただきましたし……一緒に帰ります」
「いいえ。タクト……あなたはこの島でトレーニングを続けて。せっかく大自然のなかでトレーニングできるんだもの。このChanceは活かすべきだわ」
「えっ……私1人で、ですか?」
タクトの表情が曇る。
タクトは礼儀正しく落ち着きもある……といってもまだデビュー前のまだ幼さの残るウマ娘。
自然の環境が好きといっても、トレセン学園や親元を離れた場所に1人きりはあまりに心細い。
「心配しないで、トレーニング相手もきちんと呼んであるわ! タクト、あなたはこれから私じゃなく……もっと実績のあるウマ娘やトレーナーから教わってどんどん走りを磨くのよ。完全無欠のクイーンになるためにね!」
ハートが明るくウインクするが、その視線を今のタクトは受け止められない。
突然離ればなれになって、もうハートが走りを教えてくれないことに、愕然としている。
「私は……ハートさんに教わりたいです、帰らないでください……!」
「タクト? 落ち着いて、これはあなたのため……トレーナー選びの重要性はわかっているでしょう? トレセン島でのトレーニングだって、私より優れた結果のあるウマ娘に教わった方が━━」
「いやです! 私はハートさんが憧れなのに……なんでわかってくれないんですか!」
「タクト! 待ちなさい、話を━━」
タクトはいてもたってもいられずに、その場から逃げ出してしまった。その速度は、今のハートが追い付ける速度を優に越えている。
逃げてどうにかなるものでもない。ただ目の前の大切な人がいなくなることがショックな一心でタクトは走り去った。
「まぁ……あのタクトさんが、そんなに激しく……」
「Sorry……せっかくトリプルティアラのスティルに来てもらったのに、こんな状態で……」
「いえ……本格化を迎えたウマ娘が変化するのは、体ではなく心も……。タクトさんも、戸惑っているのでしょう……」
30分後。トレセン島に到着したトリプルティアラウマ娘の1人、スティルインラブはハートからタクトが逃げたとの説明を聞いてそう口にした。
スティルの隣には同期のネオユニヴァースに一つ上のG1三勝ウマ娘、ヒシミラクルがいる。
「ネガティブ……ネオユニヴァースは、『CORONA』対策……この島の『Rement』のためにやってきた……『HANT』は、手伝えない」
「……What? 日本語、よね?」
「えっとね、再開拓の準備で忙しいからタクトちゃんとのトレーニングは付き合えないよ、ゴメンね。かな」
ネオユニヴァースはヒシミラクルのフォローにコクリと頷く。
彼女の高い知性と未来を見通す力はレースでも皐月ダービー二冠という結果をもたらし、引退後もトレセン学園に迫る危機を対処するためにその頭脳を使っている。
トレーナーにも、彼女の唯一の欠点は人間の言葉が話せないことと言わしめたほどだ。
「わたしはユニちゃんの通訳とかサポートとかだけど、割と時間に余裕があるから……そうだね、タクトちゃんはわたしが探してくるよ」
普通のウマ娘であるヒシミラクルが、ゆっくり伸びをしながら言う。
どこにでもいるおっとりした女性に見えるが、菊花、天皇賞春、宝塚を制した名ステイヤーだ。
「よろしいのですか? トレーニング相手を引き受けたのは私ですし、私が向かった方が……」
「スティルちゃんはトレーニングの準備をしてあげて。ハートちゃんは2人に部屋の案内とかしてあげてくれる? 夕方までにはタクトちゃん連れて戻ってくるからさ」
「THANKS! ……ミラクルさんにはこの前もタクトがお世話になったわね 」
「いいのいいの。あの時はアイちゃんのごり押しみたいなもんだし、なんやかんやイベントが盛り上がってわたしも助かったしね」
ミラクルは手をひらひら振って流す。
以前タクトとアーモンドアイがスティルに勝負を挑んだとき、スティルの出るハチャウマ大障害レースのイベント対決に誘ってくれたのがヒシミラクルだった。
「はい……あの大障害のタクトさんとアイさんの走りを思い出すと……嗚呼! 堪らないわ!」
「スティルちゃんステイ。タクトちゃんとのトレーニングまで我慢我慢」
「はっ……私ったら、思い出しただけで疼いてしまうなんて……」
「じゃ、いってきま~す」
ハートはゆるっと歩くミラクルの背中をみてポツリと呟く。
「でも意外ね、ミラクルさんがわざわざこの島まで来てくれるなんて……」
「むむっ、じゃあなんですか。わたしがウマ娘の本能から程遠いぐーたら娘だって言いたいんですか」
「WHY!? べ、別にそういうつもりじゃ……」
ミラクルが振り向いて言った言葉に、ネオユニヴァースとスティルが吹き出した。
「ネオユニヴァースは……『WWW』だね……w」
「笑ってるだけじゃん!?」
「ふふっ……ご、ごめんなさい……はしたないのですけど、ぐーたらって自分で言うのが、面白くて……」
「ひどぉい! わたしもタクトちゃんみたいに走って逃げてやる~!」
言葉とは裏腹に、ミラクルはとっとこてちてちタクトが走り去った方角へ歩いていった。
ネオユニとスティルはその姿が見えなくなるまで手を振っていた。
「だ、大丈夫かしら……彼女に任せて」
「ミラクルは……『Relax』のSMPRだからね……」
「彼女は他人を癒してあげられる……私が狂気に呑まれそうになったときも、何度も助けてくれました。今回も……普通に、戻ってきますよ」
一方その頃。ハートから逃げ出したタクトは島の海岸で膝を抱えて丸くなっていた。
(私、ハートさんになんて自分勝手なことを……私のためだってわかってるのに……)
頭の中を渦巻くのは、朝のやりとり。
突然自分を置いて帰ると言われたのはもちろんショックだった。この島でハートと再開拓のために自然の中を駆け回るのは本当に楽しかったから。
(でも……ハートさんが少しずつ疲れてるのもわかってた……でも、体を思い切り動かしたい衝動が抑えられなくて……もしかして、もう限界だったのに私が無理をさせたから……)
本格化を迎えたばかりで心身の変化が凄まじいタクトに毎日付き合うのはハート1人では厳しい。薄々タクトも感じていた。
(どうしよう……こんなにお世話になって、まだなにも恩返しができていないのに……私の我が儘のせいで嫌われてしまったら……! 謝らないと……でも……)
謝れば、ハートは本当に自分を置いてトレセン学園に帰ってしまうだろう。心が雁字搦めになって、一歩も動けない。
大好きな自然の中にいるのに、1人が心細くて仕方なかった。
「見ーつけた。タクトちゃん、しばらくぶりだね」
突然の声に、タクトの肩がビクリと跳ねる。慌てて振り向くと、こちらに微笑むヒシミラクルがいた。
「ミラクル先輩……? 何故ここに?」
「あれ、ハートちゃんから聞いてないか。スティルちゃんがトレーニングしてくれるのは知ってる?」
「スティル先輩が……!?」
ティアラ路線を志すタクトにとって、トリプルティアラの一角であるスティルはもちろん強い憧れの対象だ。そんな彼女がわざわざ自分のために来てくれたのはとても嬉しい反面……今の自分の情けなさで、申し訳なくもなる。
「トレセン島には初めて来たけど、スマホも圏外だしトレーニング設備以外なんもないところだね。タクトちゃん、友達とか家族と連絡できなくて寂しくならなかった?」
俯くタクトにミラクルはゆっくり近づいてとりとめのない会話を始める。
「いえ……自然の中にはいろんなものがありますから、退屈はしません。それに、ハートさんが、いてくれたから……」
ポロポロと涙をこぼすタクトを見てミラクルは頬をかく。
「ありゃりゃ。関係ない話で一旦落ち着いてもらおうと思ったけど逆効果だったかな? ……ハートちゃんのこと、大好きなんだね」
「はい……どんな時も諦めなくて、同期や後輩の皆さんを明るく気にかけることができる……尊敬する先輩です。なのに……」
「よしよし、そんな相手に突然帰るって言われたら心細いよね。怖かったね」
渦巻く自己嫌悪が止まらない様子のタクトの背中をぽんぽん叩いて宥めるミラクル。
「実際、ハートちゃんも掛かり気味なんだよね。タクトちゃんが本格化を迎えたといってもデビュー戦まであと一年くらいあるし、急いで帰らなくてもいいと思う。どうせ夏合宿が終わるまで大抵のトレーナーさんは忙しいんだし」
「でも、私のためを思って……」
「なんなら、タクトちゃんも今日一緒に帰るのもありだよね。本格化を迎えたならトレセン学園に戻ってしっかり体の状態を見てもらうのも全然悪くないよ。クリスエスちゃんも心配してたし」
ヒシミラクルはシンボリクリスエスの同期であり、天皇賞の春と秋を分けた相手。今でもそれなりに交流がある。タクトの話も聞かされているのだろう。
「クリスエスちゃんさ。わたしがトレセン島に行くって言ったらよかったらタクトを気にかけて欲しいって頭下げちゃって。普段はなに考えてるのか全然わかんない真顔なのに、自分も島に行きたいって顔に書いてあっておかしかったなぁ」
ミラクルはくすくす笑う。タクトも無表情に見えて自分を心配してくれるクリスエスを思い出して少しだけ心が軽くなった。
「スティルちゃんも普段はあんまり眷属さん以外には関わらないのに、タクトちゃんが本格化したらしいから自分も島に同行してトレーニングを手伝いますって言い出して驚いたよ」
「それでは、もし私が帰ったらスティル先輩が来た意味がなくなるのでは……?」
「その場合スティルちゃんもUターンすればいいだけだし……クリスエスちゃんから先輩には少しくらい迷惑をかけても良いって言われてない?」
その言葉に、タクトはハッとした。
以前好奇心が抑えられずタクトがオルフェーヴル相手に落とし穴を仕掛けてドリームジャーニーの怒りを買ったとき。助けてくれたクリスエスは先輩に迷惑をかけるのを恐れず山の中のようにのびのびと過ごして欲しいと言われた。
「やっぱり、戻ってハートさんにお話しないと……でも、なんといえばいいか」
「まぁ落ち着いて。夕方までには戻るって伝えてあるけどまだ時間もあるしさ。せっかくだからやらない? クリスエスちゃん式の『タッカーsスキルアップアイランド』!」
「クリスエスさんの……」
「それが終わったらわたしとレースして……タクトちゃんが勝ったら、私も一緒にハートちゃんを説得してあげる。どう?」
ミラクルがスマホの音楽プレイヤー機能を使い、スキルアップアイランドのイントロを流す。
タッカーブラインとクリスエスの力強い掛け声が聞こえてくる。
タクトは涙をぬぐい、クリスエスの声に導かれるように顔を上げてミラクルを見据えた。
「……ありがとうございます。ただやるからには……ミラクル先輩も狩らせていただきます!」
「よ~し、じゃあスピードパワースタミナ~スピードパワースタミナ~根性賢さ!」
タクトとミラクルが、二人ならんでこの島のエクササイズをする。
かつてメジロ家のマッスルウマ娘、メジロライアンの筋トレをベースに考案されたそれは、時代の流れと共にクリスエスのアメリカ式やドゥラメンテによる最新アスリートバージョン等が追加されている。
クリスエスのアメリカ式が終わる頃には、30分近く経っていた。
「ふう、ふう……さぁ、勝負です!」
「待って~まだちょっと体が固くてさ。もう一回していい?」
「えっ。わ、わかりました!」
ガッツリ動いて肩を上下させるタクトに対しミラクルはまだエンジンもゆるっとした感じで手足をぷらぷらさせている。
もう一度初めからタッカーとクリスエスの声が聞こえ、二人でエクササイズをして30分後。
「はぁ……はぁ……さぁ、勝負です!」
「ん~まだ本調子じゃないかな。もう一回やらせて? タクトちゃんは見てていいから」
「えっ!? い、いえ……これも勝負です。同じ回数やりましょう!」
「元気だね~アイちゃんにちょっと似てる~」
ヒシミラクルの体はうっすら汗ばんでいるが、確かにまだウォームアップ完了とは言い難い様子だった。
三度目の正直。また流れるタッカーとクリスエスの声が30分響き渡る。
「よ~し、体もあったまったし準備OK! おまたせタクトちゃん。走ろっか」
「きゅ~……」
「ありゃりゃ。こよい星がまたたいてる」
タクトは青い顔でぐったりとへたり込んでしまった。1セットでもウマ娘に十分な運動になるエクササイズを3セット続けてやったのだから無理もない。むしろ今頃ようやく体があったまったとか言い始めるヒシミラクルのズブさが尋常ではない。
しかし、ここでタクトが勝負を放棄したらハートを説得してもらえない。
「かくなる上は……! 直接この手でミラクル先輩を狩るしか……!」
「はいはい。今ナイフは危ないから没収ね」
「はうっ……」
震える手で木製のナイフを取り出すタクトから人差し指でひょいと取り上げるミラクル。
普段の元気いっぱいタクトならなす術もないが、今の体力も精神も限界のタクトなら怖くない。
「でもタクトちゃんはすごいねぇ。ハートちゃんやクリスエスちゃんの期待に応えたいってこんなに頑張れるんだから」
「すごくないです、私なんか……皆さんに気にかけてもらっているのに、空回りばかりで」
「そんなことないよ。……だって普通は、強い期待されるのってそれ自体が怖いし辛いんだよ?」
タクトとミラクルが並んで砂浜に座る。体力を使いきったタクトは話を聞くしかない。
「わたしとスティルちゃんは、デビュー前はそんなに期待されてなかったけど……G1三勝したあと一度も公式レースで勝てなくて。回りの期待が重く感じることもあったんだ」
強いウマ娘が現役中勝ち続けるとは限らないのがレースだ。大番狂わせを起こし続けたがゆえに期待が重くのし掛かるのことだってある。
タクトだって仮にトリプルティアラになれたとして、同じようになる可能性がないとはいえない。
「そうそう。フサイチパンドラちゃん知ってる? あの子も自信満々の割に他人にあれこれ言われるのが苦手でさ。桜花賞のあと反省会も出ずに逃げちゃったっけ」
「アイ先輩の大切なウマ娘に、そんなことが……」
天才を自称するウマ娘であり、アーモンドアイの事をいたく気に入って天才と褒め称えているのをタクトは知っているが、そんな過去があるとは初耳だった。
「だからね、いろんなウマ娘に気にかけてもらって、その期待に答えるために頑張ることが出来て、一番期待してくれる人から離れたくない! って心から思えるタクトちゃんはすごいよ」
「ありがとうございます……ミラクル先輩にも、こんなによくしていただいて」
「いやまぁ、わたしはクリスエスちゃんとかスティルちゃんみたいな友達が気にかけてるからついでってだけだから。この島に来たのもユニちゃんの手伝いだし」
「友達思いなのですね……」
「話逸れちゃった。とにかく夕方までにどうしたいのか休みながら決めればいいよ。どのみち説得には付き合ってあげるから」
タクトはゆっくり体を海岸で休めながらどうしたいのか考える。
ミラクルはそれを待っているが、退屈した様子もなくぽやっーと海を眺め続けていた。
そうして日が傾き始めたころ。タクトはゆっくり立ち上がってミラクルに頭を下げた。
「ミラクル先輩、もう大丈夫です。色々考えましたが……私はこの島に残ってスティル先輩とトレーニングに励もうと思います。離れていても心は繋がってると信じられます」
「……そっか。ハートがコネクトならオールオッケーだよ」
ミラクルがネオユニヴァースを真似たような言い方をして笑う。
「はい。ハートさんが一番私のためになると思ってしてくださったことですから。その言葉に甘えます。このご恩は……来年からのレースでお返しします」
その後は二人ならんで日が沈む前にハートの元に帰った。ハートが森の方を見ておろおろしているのをスティルが宥めていて。
ハートはタクトを見つけた瞬間現役ばりの急ダッシュでタクトに抱きついた。
「タクト! ごめんなさい、あなたの気持ちをちゃんと考えてあげられなくて……」
「ハートさん、謝るのは私の方です。ハートさんが私のために心を尽くして下さっているのに……我が儘を言ってごめんなさい」
「いいのよ、我が儘なんていくらでも言えばいい。あなたは普段から良い子過ぎるくらいだもの。むしろ嬉しいくらい」
2人が感動の再会シーンをしているなか、ミラクルはスティルに話しかけていた。
「スティルちゃん、トレーニングの準備はOK?」
「ふふふ……ええ、この島はいいですね。いるだけで本能が溢れだしそうで……もう、胸の高鳴りがはち切れそう……!」
「よ~し、もうちょっとだけ。ハートちゃんが帰るまで我慢だよ」
そんな会話がされていることは知らず、ハートは帰りの船でトレセン学園に戻ることになった。
ハートはスティルやミラクル、ネオユニヴァースにタクトをお願いしますとお辞儀をして、タクトと熱いハグをしてタクトのトレーナー探しに帰っていった。
「スティル先輩、ミラクル先輩、ネオユニヴァース先輩も。不束者ですが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
「ネオユニヴァースは……『観察』をするよ。島での動きで……『Rement』のVKTRをディサイドする……ね」
「せっかくだからタクトちゃんの動きを見て島のトレーニング設備をどうするか考える予定なんだよね? 再開拓が終わるのは1年ちょいらしいから、タクトちゃんがクラシック期を迎えるころにはトレセン島も完全復活してるかな」
タクトにはネオユニヴァースの言葉がさっぱりわからなかったがヒシミラクルが補足してくれる。
トレーニングには関わらないとの事だが、タクト世代の未来のために動いてくれるようだ。
「じゃあスティル教官。あとはタクトちゃんをよろしくお願いします」
「そんな……教官だなんて、私にそんな資格など……だって……」
「スティル先輩の全てを狩り尽くす走り……是非学ばせてくださ……い?」
タクトがスティルに近づく。そこで見えたスティルの目は、普段の大人しくて影の薄い彼女ではなく……爛々と、悪魔のように怪しく輝いていた。
「嗚呼ッ! もう我慢できない、したくない! タクトさんの自分より強い相手を狩り尽くそうとする走り……素晴らしかった! 本格化を迎えたあなたとぶつけ合い、狩ってしまいたいと! 心の底から私は願っていたのだもの! アハハハッ!!」
「狩られる!?」
身の危険を感じ、咄嗟に飛び下がるタクト。これが一対一なら思わずナイフを構えていた。
ミラクルは相変わらずのんびりと補足をする。
「というわけでタクトちゃんには本能が爆発したスティルちゃんとひたすら鬼ごっこをしてもらいます。タッチしたら交代で、レースに必要な対戦相手を意識した走りが出来るようになろう。で、体力が限界になったらわたしの部屋に来て。癒しのセミプロがだらけさせてしんぜよう」
「スティル先輩とトレセン島の中をひたすら鬼ごっこ……そんな……」
「スティルちゃん普段は我慢して溜まってるからね~この島なら他人に見られることもないし思いっきり発散できるみたいなんだ」
スティルは今にもタクトに飛びかからんと足に力を溜めている。まるで獲物を見つけた肉食獣のように。
スティルはこの島に来てから……いや普段のトレセン学園での生活でも己の中の本能を抑制していた。
ウマ娘の本能を爆発させるこの島で、それを思い切り発散させるつもりなのだろう。
トレーニング内容を理解したタクトは━━夜だというのにはっきりわかるくらい、ワクワクした笑顔になった。
「スティル先輩。あなたの心の中の本能の獣……私が、時間をかけてでも狩り尽くしてみせます! よろしくお願いします!」
そう言うなり、タクトは猛ダッシュでスティルから距離をとった。本格化を迎えたウマ娘、それもマイル適正がなければ出来ない動きだ。既にステイヤーのヒシミラクルには真似できないレベルの加速力をタクトは持っている。
「フフフフ……ハハハハハッ! 素晴らしい! 例えティアラウマ娘としてラモーヌさんやジェンティルさんには及ばずとも……自分より強い相手を狩り尽くすこの快楽は━━最強だもの!!」
「はい! この狩人の心で━━スティル先輩にも負けないトリプルティアラを狩り取ってみ」
しかしトリプルティアラのスティルはそれを上回る速度でタクトに突っ込んでいく。スティルの全盛期はもう過ぎているが、入念に準備を整えれば現役に近い動きも可能だ。
「スティル……ポジティブ、だね……」
「ね~スティルちゃんが楽しそうで本当よかった。そうだ、プラネタリウムセット持ってきたんだ~ユニちゃんも一緒に見る?」
「アフマーティブ……WKTK、だよ」
こうしてタクトはトレセン島トレーニングをスティルと続けることになった。
スティルとの経験がいずれあるトリプルティアラを仕留めるために必要になることは、まだ誰も知らないのだった。
メインストーリー二部最高でした。フサイチパンドラの成長とラインクラフトの突然の昏睡に涙が止まりませんでした。
タクトがキングチームに入ってるのも驚きつつ、『トリプルティアラなんだから堂々としてればいい』とキングに言われてたので普段はかなりおとなしめなのかもしれない。
スティルインラブにも実装フラグがたったようなので今後もティアラ路線の物語を楽しみにしています。