デアリングタクトは一狩りしたい   作:じゅぺっと

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タクトとアイ、それぞれの目指す女王

「スティル先輩。スティル先輩の目はどうしてそんなに光っているのですか?」

「それは……タクトさんの姿をよく見るためよ」

 

 トレセン島で本格化を迎えたデアリングタクトは、トリプルティアラの一角であるスティルインラブとトレーニングを行っていた。

 

「スティル先輩のお耳はどうしてそんなに鋭いのでしょう?」

「それは……あなたの足音を聞き逃さないためよ」

 

 2人は大自然の中を駆け回る。逃げるタクトに、追うスティル。今はジリジリとタクトが後退りしつつ、スティルが少しずつにじり寄っているところだ。

 

「スティル先輩の足は……どうしてそんなに速いのでしょう?」

「それは…………あなたを喰らうためよ!!」

「させません!!」

 

 タクトが全速力で逃げ始め、スティルが追う。

 本格化を迎えたタクトの成長は目覚ましく、序盤の加速力でいえばタマモクロスやヒシミラクルのようなステイヤー脚質相手なら既に追い付かせないほどだ。

 ましてここはタクトの得意な大自然の中。野道を自由に駆け回る彼女を捕まえるのは現役ウマ娘数人がかりでも至難の技だろう。

 

「ふふふ……ははははっ! その必死に逃げ、生き抜こうとする足! 私だけが独り占めしている罪悪感で━━狂ってしまいそう!!」

 

 しかし、本能が爆発したスティルの追求は恐ろしい。茂みが足をとられようが地面の凹凸に体制が崩れようが、桜花賞を制した脚質を持って何がなんでもタクトに近づいてくる。

 

「まるで、お腹を空かせた熊のように獰猛で……熊よりもよほど強い特定の相手への強い執念。これがスティル先輩の……女王を丸呑みした走りの正体……!」

「ええそうよ、私はあの女帝の申し子に勝つためならなんでもしたわ! あの子を喰らい尽くせるのなら後はどうなっても構わないと!」

 

 スティルインラブは女王になることを望まれたウマ娘ではなかった。彼女の世代の一番人気は常に女帝エアグルーヴの恩寵を受けたウマ娘だったが……スティルは、彼女からティアラも、喝采も、女王の座も奪い取った。

 

「さぁ……捕まえたわ!!」

「くっ……!!」

 

 タクトが背筋が凍りつくような恐怖を覚えるのと同時、スティルが、背中からタクトの体を羽交い締めにした。

 

「さすがスティル先輩……もう何度狩られていたかわかりませんね」

「あぁ、素晴らしい……美しいわ、その悔しさと苦しみに歪んだ顔……若いウマ娘が放つアドレナリンの匂い……!」

 

 タクトを押し倒し、スティルの爛々と輝く瞳がタクトの顔を舐め回すように見つめ、耳と鼻が細かく動いてタクトの心臓の鼓動や放つ匂いまでも感じとり、喰らい尽くしているのがわかる。

 

「ウマ娘に生まれて、貞操の危機という言葉を理屈ではなく心で感じるとは思いませんでした……」

 

 山中での命のやり取りに慣れているタクトでも、2人きりで自分を押し倒し舌なめずりまでしているスティルはさすがに怖い。

 それを指摘されたスティルは、突然顔を真っ赤にしてタクトから飛び退いた。

 

「ああ、私ったらなんてはしたない……! この鬼ごっこはあくまでタクトさんのトレーニングのため、本能を解放するにも限度というものが……」

 

 スティルの本能スイッチが切れ、先程までの狂気が嘘のように大人しくなる。

 

「いえ……遠慮も加減もいりません。むしろ死ぬ気で逃げる気になりますから」

「嗚呼、そんな純真な瞳で見つめないで……また興奮しちゃう……! 一度離れなければ……」

 

 スティルはたったかタクトから距離を取っていく。タクトはまだ呼吸を整えながらも、スティルを狩る算段を頭の中で立てていく。

 

(このトレーニングは、スティルさんとの鬼ごっこ……レースで必要な対戦相手を意識した走りを染み付かせるのが目的)

 

 他のウマ娘と同時に走りながら、並みいる相手を追い抜いて一着を取る。障害物の多い自然の中で、女王に勝つための走りに特化したスティルを相手取ることで学べることは多い。

 

(何日かして、わかってきた。自分より格上のウマ娘だとしても、スタミナは無限じゃないし、加速力やトップスピード、コース取り。全てで負けている訳じゃない)

 

 スティルもティアラウマ娘、適正はマイル中距離であり一緒にトレセン島へ来たタマモクロスやヒシミラクルのようなステイヤーのスタミナはない。

 加速力やトップスピードではまだ劣るが、コース取りはこの自然の中ならレース経験の違いを踏まえてもタクトの方が有利だ。

 

(この夏合宿が終わるまでの間に、スティル先輩の中の獣のような本能を……狩って、私のものにしてみせる)

 

 

 タクトがトレセン島でスティルと鬼ごっこをしている頃。

 現在クラシック期で桜花賞とオークスを制覇したアーモンドアイは、学園規定の場所で夏合宿を行っていた。

 

「シュヴァルとクラウン、サトノグランリゾートのPR張り切ってるみたいね。トレーニングもしっかりしてるみたいで安心したわ」

 

 トリプルティアラを達成するための一切の妥協ないトレーニング。その合間にアイはスマホで先輩達の行動をチェックしている。

 サトノクラウンがフォトモデルとしてシュヴァルグランやヴィブロスを選び、度々楽しそうに遊んでいる写真がSNSに投稿されている。

 一見まだ現役中なのに貴重な夏に遊び呆けているようにも見えるが、これも結果を出したウマ娘の大事な仕事。

 去年ジャパンカップを制覇したシュヴァルグランはフォトモデルの主役を任されている。それだけジャパンカップの勝利は偉大なのだ。

 

「あら、熱心なのね。そんなに上の世代が気になるかしら」

「来年からはシニア級になるとはいえ、今は同世代との秋華賞に専念するべきではなくて?」

「ラモーヌさん、ジェンティルさん。お越しいただきありがとうございます」

 

 アイの下を訪れたのはメジロラモーヌとジェンティルドンナ。

 アイが目指すトリプルティアラの先輩であり、公式レースを引退してもなおその立ち振舞いからは女王の愛と力が溢れ出ている2人に、アイは丁寧に頭を下げた。

 

「率直にお願いします。アイにジャパンカップで勝つための稽古をつけていただけませんか?」

「ふふ、去年のシュヴァルさんも同じことを頼みに来たわ。とはいえ……今のあなたが頼むのは尚早でしょう?」

「そもそも私。ジャパンカップを走った覚えはなくてよ」

 

 ラモーヌの否定的な言葉に、ジャパンカップを連覇したジェンティルが可笑しそうに笑う。気品はあるが、笑い声すら力強い。

 

「ラモーヌさん、タクトさんから貴女がルドルフさんにシービーさんとジャパンカップを走った話を一切遮らず聞いておいてそれはないでしょう?」

「そんなこともあったわね。夢のある話だったわ」

「お二人とも、トリプルティアラの偉大な女王そのものです。是非、三冠路線のウマ娘と渡り合うために学ばせてください。……どうしても今年のうちに、ジャパンカップでキタサンに勝ったシュヴァルに勝ちたいの」

 

 アイが穴が空くほど強い瞳で、シュヴァルグランの写真を見つめる。

 アイはキタサンに勝つのが大目標の一つだった。しかし……アイがまだジュニア期のうちに、キタサンは有馬記念の勝利をもって引退してしまった。

 フォトモデルの中にもキタサンの姿はない。彼女は後輩たちの憧れとして歌を届け、その力を後の世代に分け与える側に回った。

 

「そんな熱い目で見つめるなんて。あの子がこの場にいたら真っ赤になって逃げてしまうでしょうね」

「悪いけど、キタサンが引退した以上シュヴァルだけは逃がしてあげられない。多分……キタサン世代に勝つのは今年が最後のチャンスだから。力を貸してください」

 

 故にこそ、アイは今年ジャパンカップに勝つことに拘る。来年にはシュヴァルもクラウンも引退してもなんらおかしくない。

 必死なアイの眼力をジェンティルは正面から受け止めて、堂々と答える。

 

「随分欲を張るのね。レディならもう少し慎みを持つものではなくて?」

「ジェンティル。まるであなたがクラシック期の時は慎みがあったかのような物言いね」

 

 珍しく、食いぎみにラモーヌが言った。

 聞き捨てならない、という本音が聞こえた気がする。

 続けてラモーヌは普段よりだいぶ早口で言った。

 

「トレーニング機器は毎日のように壊す。

私とスティルを両脇に抱えて拐う。

かと思えば毎日併走に付き合えとか突然滅茶苦茶を言い出す。

いつ貴婦人からターザンへ呼び名を改めるかスティルと2人で話したものよ」

「ああ、そんなこともありましたわね。すっかり忘れておりましたわ」

 

 いけしゃあしゃあと口にするジェンティルを冷たい目で睨むラモーヌ。

 

「ジェンティルさんも、トリプルティアラ達成のために必死だったのですね!」

「……ま、いいでしょう。ただし━━私はスティルさんのように優しくなくてよ」

「もちろん、加減はなしで。よろしくお願いします。ジェンティルさん、ラモーヌさん」

 

 ジェンティルのトレーニングは機材をお釈迦するレベルで豪気だ。トリプルティアラ達成のための秋華賞制覇と平行して行うなど並みのウマ娘にはまず耐えられないだろう。

 しかし、アーモンドアイは伝説になるべくして産まれたウマ娘。

 そこに怯むことは一切なく、ジェンティルの分厚い手と握手を交わした。

 

「……そういえば、スティル。あの子、タクトのところに向かったそうよ。本格化を迎えたそうね」

「えっ!? タクトちゃんが!?」

「俯くばかりのスティルが自分からそんな連絡を寄越すのだから、よほど嬉しかったのでしょうね」

 

 アイとタクトは仲良しだが、タクトが本格化を迎えたのはトレセン島についたのとほぼ同時。よってスマホなどで連絡を取り合ってはいない。完全に初耳だった。

 ただ、アイは単純に後輩の成長を喜ぶのではなく……なにか、愛おしいものを撫でるように手を動かした。

 

「私の直感は正しかった……タクトちゃんのことも先輩として、ティアラウマ娘として導いてあげる」

 

 そしてその手で、握りつぶすように強く拳を握った。

 

「本当に欲張りなことね。あなたの細腕で抱えきれる願いかしら」

「私は伝説になる。芝の王道路線としても、後輩を育てるティアラウマ娘としても。さぁトレーニングをお願いします!」

 

 アイの瞳に映る未来は、ラモーヌにもジェンティルにもわからない。だがラモーヌはその危うさを感じ取った。

 トレーニングの準備に移るジェンティルの背中を見ながら、小さく呟く。

 

「アーモンドアイ。あなたの勝利への愛は、強欲で━━残酷なのね。タクトは……耐えられるかしら」

 

 

 それから2週間後。タクトがトレセン島から帰る日が近づいた頃。

 タクトは、本能が爆発したスティルからもう半日ほど逃げ続けていた。

 

「はぁ、はぁ……さぁ、私はここです!」

「嗚呼! たった二週間前はただ必死に逃げるだけだったのに……なんて狡猾に育ったのかしら!」

 

 二週間でスティルより速くなったわけではない。スティルの全力疾走にあわせて走りにくい場所に誘導したり、障害物の多い場所で待ち伏せてそもそも仕掛けづらいように立ち回るなど、対戦相手を意識しつつ自分の走りをできるようになった。

 

「スティル先輩に追われて、ミラクル先輩の元でしっかり休んで、タマモ先輩に稲妻の走りの使い方を教わりました。これで成長できなければ、ここに連れてきてくださったハートさんに顔向けができません」

「ふふふふ……優しい子なのね……だけど、それだけではこの世界で勝てはしないわ」

 

 スティルの瞳は血走り、獣のように息を荒くしている。

 スティルの肉体も全盛期とは違う。タクトと同じペースでヒシミラクルの下で休んではいるが、本格化真っ盛りのウマ娘とは回復力は劣る。

 これがトレセン島でできる最後の全力疾走。そう決意を込めてスティルは悪魔のような言葉を叫ぶ。

 

「幼き双葉が育つ姿を見るのはティアラウマ娘の本懐……けれど私は! 自分で育てた花さえも━━」

「スティル先輩、ありがとうございます。お礼に……いえ。 私自身の願いとして、貴女の本能を━━」

「「狩り尽くさなければ! 収まらない!!」」

 

 スティルの最後の猛追が迫る。タクトも捕まったら食い殺されるつもりで死ぬ気で逃げる。

 タクトが選んだのは、一見ただの直線コース。

 かつてトレーニングで使われ、丸太が飛んできたりダチョウと共に駆けることができた場所だ。

 そして今は━━タクトが切り出した新しい丸太が、トレーニング用にセットされている。

 

「ふっ! はっ! せいやっ!」

 

 当然、自分が通りすぎてからスティルだけに丸太を差し向けることなどしない。自分も飛来する丸太を稲妻のようなステップで避けながら走り、その丸太はスティルにも襲いかかる。

 

「こんなもの! 傷のうちにもなりはしません!」

 

 スティルは、端から丸太など眼中にない。直撃だけ躱しながら、衣服が削れ肌を擦ろうが構わずただタクトを喰らうために前へ進む。

 そして2人の足音に呼応するように。轟音をたててたくさんの足音が迫ってくる。

 

「ダチョウ達……そうね、一緒に走りましょう!」

 

 10羽前後のダチョウがタクトとスティルと併走する。まるで本物のレースのように、お互いの位置取りを意識して、ゴールまで走る。

 

「可愛い鳥さん達……けど! 今の私が欲しいのはあの子だけ!」

 

 スティルのラストスパート。まるで毒蛇が自分より大きな獲物を丸呑みするように。ダチョウ達の隙間を縫ってタクトに背中に牙を突き立てに来るのを感じる。

 

「……このレースは、誰の目にも留まらず記録にも残らない。けど私は……今のスティル先輩の走りを決して忘れません」

 

 タクトは元よりダチョウの動きには詳しい。それに加えてこの二週間で培った相手の走りへの意識で一切ダチョウ達に遮られることなく。

 スティルの毒牙を躱しきってゴール地点を誰よりも先に走りきった。そしてそのまま体を反転し━━

 

「なっ……!?」

 

 追ってきたスティルの体を片手で抱きしめて、木製のナイフを抜いてスティルの喉元に突きつけた。

 スティルの体からくったりと力が抜け、瞳から悪魔のような爛々とした光が消えていく。

 悪魔のような本能が、今の走りとタクトの力強い包容によって狩られたのがわかった。

 

「タクトさん……貴女の走りは、ラモーヌさんやジェンティルさん、アイさんのような天性の女王のものではないかもしれない……でも、きっと、貴女なら。

 どんなに強い女王が相手だとしても。その刃を、背中に突き立てることが叶うでしょう……」

「はい……スティル先輩から学んだこと。トレーナーさんがついてデビューしても、ずっと忘れません。どんな人気の女王様も。例えクラシック三冠やアイ先輩が相手になったって……この足と刃で、狩り尽くします」

 

 こうしてタクトのトレセン島での夏合宿は終わった。

 そして同時期、アーモンドアイは秋華賞とジャパンカップに向けたトレーニングで満身創痍になりながらも星空の輝きを瞳の中の十字に吸い込むように見上げていた。

 

「秋華賞とジャパンカップは必ず勝つ。奇跡なんて起きないし、起きても勝たせない。そして……ジャパンカップは2回勝つ。タクトちゃんをトリプルティアラに育てて……直接、私の方が強い女王だって世界に示す」

 

 1人きりの呟き。仮に誰かが聞いていても疲労困憊の譫言としか思わないだろう。

 だけど、アイの中にはそうなるという確信があった。

 

「だから、強くなってねタクトちゃん。最強の女王の伝説《アーモンドアイ》を輝かせるために」

 

 夏合宿が終わり、タクトとアイはそれぞれの女王への道を走り出す。

 最後に、お互いを自分の足で倒すという決意を胸に。

 

 

 




シュヴァルとクラウンの水着イベント面白かったです。偉大になったシュヴァルの成長を感じられました。
2018のジャパンカップより前のタイミングでことあるごとにアーモンドアイに見つめられてしどろもどろになってるシュヴァルが見たいです。
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