「デアリングタクト! トレセン島の再開拓の協力本当にありがとう! 完成は約一年後だが、復活の暁には是非いつでも来るといい!」
「はい……! またお世話になりに来ます。ダチョウ達にも会いたいですし……」
「ダッハッハ! これまで長くトレセン生徒と関わったがあそこまでダチョウを手懐けたのは君が初めてだ! では……達者でな!」
トレセン島で本格化を迎えたデアリングタクトの夏合宿も終わり、タッカーブラインから絶大な感謝と共に見送られトレセン学園に帰る船に乗った。
再開拓のためにやってきたネオユニヴァースにヒシミラクル、それとタクトのトレーニングのために来てくれたスティルインラブも同じ船に乗っている。
タクトは船が出発すると、テーブルに筆記具と英語の問題集を並べた。
「夏休みの宿題……トレーニングで予定より進まなかったから、帰るまでに出来るだけ片付けておかないと」
トレセン島からトレセン学園近くの港までは約半日かかる。スマホで通信できるようになるのもまだ数時間後。
「タクトちゃん、お隣座ってもいい? なんか苦戦してるね」
「はい、もちろんです。場所を取ってしまってすみません」
「デビュー前の夏休みの宿題……懐かしいですね……」
タクトが今までの遅れを取り戻すため問題集と格闘していると、ヒシミラクルとスティルインラブがやってきた。
「タクトちゃん、宿題終わりそう? わたしたちもやることないし手伝おっか?」
「そんな……あれだけお世話になったのに宿題の面倒までみていただくなんて申し訳ありません」
スティルはトリプルティアラの一角として女王を狩り尽くすための走りをタクトに教えてくれた。
ミラクルはそんな激しいトレーニングで疲労したタクトをマッサージしたり一緒にゴロゴロしたり癒しのセミプロとしてサポートしてもらったのでタクトは2人にとても感謝している。
遠慮しようとするタクトだが、スティルは優しく微笑んでテキストを覗き込む。
「いえ……ハートさんからタクトさんを任された身ですし……私がタクトさんを求めすぎたせいで、宿題が終わらなかったとあっては……私も、怒られてしまいます……」
「そうそう、タクトちゃんの宿題が終わらないとわたしがサボらせたんじゃないかってクリスエスちゃんに怒られちゃうし気にしない気にしない」
冗談めかして言うミラクルもタクトの宿題を覗き込む。
トレセン島でもタクトが疲れきったときは休ませてくれて、落ち込んだときは励ましてくれるのんびりと余裕のある先輩だった、が。
(ミラクル先輩の全身から滝のよう汗が出てきた……!!)
「あれ~中等部の英語の宿題ってこんなに難しかったっけ!?」
「近年は日本ウマ娘もどんどん海外レースに出ていく時代になったこともあって、ウマ娘に求められる外国語スキルも高くなったとは聞きましたが……思ったより難しいですね……」
スティルもちょっと困った顔をしている。
ミラクルもスティルも国内レースしか走っていないため、英語は堪能ではない。
そこでミラクルはタクトの顔を見てふと思い出したように言った。
「あれ? というかタクトちゃんって英語苦手なの? クリスエスちゃんもハートちゃんもアメリカウマ娘だよね」
「シーザリオさんも、アメリカのオークスを勝利した関係で英語はネイティブレベルですものね……」
「はうっ……!」
それを問われたタクトの顔が、みるみるうちに赤くなった。テキストで顔を隠し、山の中でのハキハキとした態度とは別人のような小声で呟く。
「その……普段は全部ハートさんが教えてくれるので英文は頼りっぱなしに……」
「え~~~なにそれかわい~~~~~~」
タクトの当人は日本の山育ちでアメリカとは縁もゆかりもない。
真っ赤になったタクトを面白がってミラクルが頬をぷにぷにとつつく。
「嗚呼、いけませんミラクルさん……そんなにタクトさんの頬を指でつっついては……」
「あうあう……」
「いけませんタクトさん……そんなにしおらしくされると……私まで高ぶってしまいます……!」
「スティル先輩まで……!」
スティルも口では止めているが、タクトが困りつつもされるがままになっているので自分も指でタクトの顔に触り始めた。
しばらく先輩2人が後輩を触り尽くしたあと、冷静になって英文の問題集に向き直った。
「ともかく、なんとか英語は終わらせよ~。このままだと後輩の宿題を邪魔しただけになっちゃう」
「ええ……理性的に、良識的に……先輩として、後輩の勉学もサポートしなくては……」
「すみません……私が不勉強なばかりに……」
我に返って3人で問題を解いていく。
ミラクルもスティルもそんなに英語が得意ではないとはいえ、タクトよりは経験もある先輩。3人がかりで苦戦しつつも進めていたが、ふとミラクルが立ち上がった。
「難しい~かくなるうえは天才のユニちゃんにも手伝ってもらって先輩としての威厳を保つしか!」
「そのスタンスで威厳は無理があろうかと思われますが……タクトさんの宿題をなんとかしないといけませんからね。ロブロイさんがここにいないのが悔やまれます……」
ネオユニヴァースの唯一の欠点は人間の言葉が話せないこと。そう言わしめるほどのレースセンスに頭脳を持つ。
タクトもたまに話しかけてみたが、正直なにを言ってるのかさっぱりわからなかった。
「ユニヴァース先輩は、不思議な言葉を話されますよね……何語なんでしょう?」
「ユニちゃん語としか言えないかな~」
「でも、お二人にはわかるのですよね? すごいです」
ミラクルとスティルはユニヴァースとも普通に意志疎通をしている。
尊敬のこもった目で見つめるタクトに、ミラクルはフッと笑ってキメ顔で返した。
「ぜんぜんわからない。わたしたちは雰囲気でユニちゃんの友達をやっている」
「そ、そうなんですか……!?」
超アバウトな返答に驚くタクト。ミラクルもスティルも楽しそうにユニヴァースについて話す。
「だってロブロイちゃんが本気で解読を試みてもなにもわからなかったんだよ? 普通のわたしにわかるわけないじゃん!」
「ええ……ですが、とても心優しく……私が一番荒れ狂っていたときも陰から、あるいは天の彼方から支えてくださったのです……」
「ユニちゃんとスティルちゃん同室だもんね~」
スティルはユニヴァースを呼んでくると言って一度その場を離れた。
しばらく真面目に英文と向き合って疲れたのか、ミラクルは伸びをしてタクトに話す。
「まぁでも。タクトちゃんも来年デビューが決まったならこれからどんどん個性的な同期の関わると思うんだよね~」
「そうですね……ライバルになるとはいえ、先輩方のように仲良くしたいです」
「わたしの同期も戦国武将とギリシャ神話と中世騎士のスタンスで生きてるのとガチのお姫様がいて、あとはタクトちゃんもご存知アメリカ軍人みたいなクリスエスちゃんだけど、なんとか纏まってるしね」
「ファンタジー……!」
ヒシミラクル世代のウマ娘はまるで古今東西の英雄が一堂に会するゲームのようと言われることもある。
「わたしみたいなふつ~のウマ娘がみんなに出会えて仲良くできたのはミラクルだったと思うけど……タクトちゃんならきっと世代の中心になれるよ」
「いえいえ、そんな……」
「それにタクトちゃんって山育ちだけど礼儀正しくて女の子らしい可愛げもあってディズニープリンセスっぽいとこあるし」
「ほ、褒めすぎですよ……!」
ミラクルは素直にタクトの印象を口にしただけだが、さっきのやり取りのせいかまたタクトは顔を赤くしてしまった。
ミラクルはにやにやしながらタクトを見ている。
「わたしがタクトちゃんの競争人生に関わることはないだろうけど……クリスエスちゃんやスティルちゃんから話は聞かせてもらうからさ。こっそり応援してるよ、タクトちゃんのこと」
「……はい! たくさん優しくしてくれたミラクル先輩のことも忘れません」
ちょうど、スティルがユニヴァースをつれて戻ってきた。
ユニヴァースはタクトの正面に座り、英文の問題集を手に取る。
「Hmwk……ユニット、必要?」
「ユニ……?」
「思ったより英語が難しくてわたしじゃ手伝いにならなくてさ~ヘルプミーユニちゃん!」
相変わらずのユニヴァース語に頭に宇宙が浮かぶタクトだったが、ミラクルは自然に話していた。
「ポジティブ……昔、ミラクルはいつもクリスエスに『救助』を要請していたね」
「あっー! それはタクトちゃんの前で言わない約束でしょ!?」
今のはミラクルにとって都合の悪い話だったらしい。
さんざんミラクルにからかわれたのでちょっと真剣に考えるタクト。
(ミラクル先輩が、クリスエス先輩に救助……いつも?)
目の前の英文のテキストを見る。その時、タクトの脳裏に電流走る。
「まさか、ミラクル先輩も英語の宿題をいつもクリスエス先輩に任せていたんじゃ……!」
「そそそんなわけないじゃん! 助けてスティルちゃん!」
再び冷や汗をだらだらと流すミラクルはスティルに助けを求める。しかしスティルは、悪女のように妖艶に笑ってミラクルに言った。
「揶揄っていいのは、揶揄られる覚悟のある方だけ……私にとっても大切な後輩であるタクトさんに好き放題したのですから、多少仕返しされても仕方ないとは思いませんか?」
「うわーん! スティルちゃんの鬼! 悪魔! ヴァンパイア!」
「さぁタクトさん……今ならミラクルさんにどれだけやり返しても構いません……彼女の頬張り尽くし食べ尽くして今渇望することの快楽に溺れましょう……」
スティルはミラクルに体を絡み付かせてほっぺをむにむにしている。
ユニヴァースはたんたんと英文のテキストに答えを書き込んでいる。止める必要はないと判断しているのだろう。
「で、では……ミラクル先輩、お覚悟を……!」
「タクトちゃんどうか! どうかお慈悲を~!」
タクトが意を決してミラクルの頬をつつこうとした時。
この場の全員のスマホが、ブーブーと音を立てて何度も振動した。
「な、なに……! まさか大波警報!?」
突然の機械音に尻尾をピーンと立てて驚くタクト。しかしミラクルは平然とスマホを眺めて言った。
「あ、スマホが電波の届く位置まで来たみたいだね。タクトちゃんも、多分友達とかから連絡来てるんじゃない?」
良く聞けば大量の通知音だった。ほっと安心してタクトも自分のスマホを見ると、クリスエスやシーザリオ、それからアーモンドアイから本格化おめでとうのメッセージが届いていた。
「そうだ、電話も繋がりますかね……ハートさんに連絡してみます!」
トレセン島に一緒に来たデアリングハートは、タクトのトレーナー探しのためにトレセン学園に先に帰っている。
もちろんその件がどうなったかは気になるし、何より一番気にかけてくれるハートの声が聞きたかった。
ドキドキしながらタクトが電話をかけると、数コールののちに聞きなれた英語が響いた。
「Hello ! タクト、今帰りの船よね? スティルさんとのトレーニング、上手くいったかしら」
「ハートさん……もちろんです! すごく大切なことを教わりました」
「タクトちゃん嬉しそ~」
「ふふ……愛ですね……」
「LOVE、だね……」
楽しそうに話すタクトを微笑ましく見つめるスティル達。
「それから、あなたのトレーナーのことだけど……もちろん相応しい人を見つけたわ! 去年の皐月賞ウマ娘のトレーナーが、あなたと仮契約を結んでもいいと言ってくれたの!」
「本当ですか! さすがハートさん……私のために、何から何まで……ありがとうございます!」
「当然よ! あなたをクイーンに育てるためなら、なんだってするわ!」
ハートの発言もウマ娘聴覚でスティル達も聞いている。去年の皐月賞ウマ娘について思い出していた。
「名前なんだっけ。マルマインちゃん? 今年ペルシアンちゃんと勝負してたよね」
「それは……pkmnバトル、だね……」
「アルアインさんです……ペルシアンナイトさんとの大阪杯は逃しましたが、きっとまた挑むのでしょう」
デアリングタクトというウマ娘の物語はトレーナーがついてから始まるのだろう。
後々デアリングタクトというウマ娘が語られるにあたって、デアリングハートやシンボリクリスエスと違い、スティルインラブはともかくヒシミラクルやネオユニヴァースの名前が上がることはあるまい。
だが、電話が終わったあと。タクトはここにいる全員に深く頭を下げた。
「みなさん、今日まで本当にありがとうございます。私の夢は、私を育ててくれた故郷と温かい人々の素晴らしさを証明すること。みなさんとの日々を忘れず……デビューに向けて、走ります!」
ぱちぱち、と誰からでもなくスティル達はタクトに拍手を送った。
運命の繋がりがなかろうと、物語として記録に残らずとも、タクトは自分を育ててくれた全てに感謝している。それが伝わったからだ。
「アフマーティブ……hmwkも全部終わった……あとは、先生に送る、だね」
「さすがユニちゃんてんさ~い♪」
「全部!?」
ユニヴァースはタクトがまだ終わらせていない宿題に全部答えを書き込んだらしい。
ちょこちょこ不思議な表現はあるが、概ね日本語と呼べる文章が書いてある。
一方スティルも自分のスマホを確認して、最初は自分のトレーナーからの連絡に顔を赤らめていたがあるタイミングでビクリと肩を震わせた。
「どうしたのスティルちゃん?」
「アドマイヤグルーヴさんから……『愛とかたわけたことを抜かして後輩を過剰に甘やかしているのではないだろうな』と……」
「なにそれこわい」
「エンプレス、だね……」
「良かったら、スティル先輩から見たあの方についても教えてほしいです!」
まだ船が港につくまで少し時間がある。スティルは同期の女王様について語り始めた。
タクトの物語はまだ始まってもいない。スティルの物語についてもまだまだわからないことだらけだ。
ウマ娘達の物語は、時代を超えてこれからも続く。
デアリングタクトの親族はアメリカ関係が多いけどタクト本人が英語の授業が苦手だったりしたらかわいいなぁと思って書きました。
夏合宿編も終わり、久しぶりに前作のわからないヒシミラクルが書けて満足です。
アプリでスティルインラブの実装決定、アドマイヤグルーヴの登場など今後のウマ娘の展開にも目が離せませんね。