デアリングタクトは一狩りしたい   作:じゅぺっと

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タクトとステゴは熊ちゃんがお好き

 

 

 夏合宿が終わり、2学期が始まった。

 まだ暑さも残る夕暮れの放課後、本格化を迎えたデアリングタクトは、秋華賞を来月に控えたダブルティアラウマ娘、アーモンドアイと併走を行っていた。

 

「さすがアイ先輩……1600を走りきっても息も切らしてませんね」

「タクトちゃんこそ凄いわ。本格化を迎えてスピードアップしたことじゃない……わたしに勝つイメージが具体的になってる」

 

 本格化前のタクトも、アイを追い抜こうと必死で走ってはいた。ただがむしゃらに、己の全力を出しきる走りだった。

 だが今は、相手の走りを見ながら隙を見て先頭を掴み取ろうとする意思がある。

 本格化前は一度アイと併走すればスタミナを使いきりしばらく声も出せないほど動けなくなっていたが、今は1600を走っても会話をする余裕がある。

 

「スティル先輩のご指導のお陰です。アイ先輩の走るコース、息をいれるタイミングを意識できるようになりました。だからこそ……アイ先輩の隙のなさ、わかります」

 

 どんな展開になっても必ず自分が一番にゴールを駆け抜ける。一度先頭に立てば必ず抜かせない。その自信が今のアイにはあった。タクトもそれを感じ取っている。

 

「夏合宿でたくさん鍛えたもの。タクトちゃん、これからもアイにいつでも挑んできてね。時間を調整して、必ず受けるから」

「ありがとうございます。……アイ先輩は、何故私にそこまでしてくださるのですか?」

 

 アイは現役真っ盛りのティアラウマ娘だ。後輩を指導する立場ではない。

 面倒見がいいのは間違いないが、レースに関しては積極的に関わるのはタクトだけだ。例えば一つ下のグランアレグリアやカレンブーケドールと併走しているのをタクトは見たことがない。

 

「それは……タクトちゃんが、いつでも本気で私に勝とうとしてくれるからよ。強くなればなるほど、周りはアーモンドアイに勝つのを諦める。もちろんララやブラストみたいなライバルは別だけど、逆に気軽に手の内は明かせない」

 

 アイの瞳は今日も淡々と、だけど燦々と輝いている。その力強い輝きは、言葉を疑わせない。タクトは素直に頷いた。

 

「はい、時間はかかっても諦めません。必ず、アイ先輩を仕留めてみせます」

「ふふっ、もしかしたらタクトちゃんはわたしの最愛のファタールなのかもしれないわね」

 

 仲良く話す2人に、あるウマ娘が近づいてきた。柔らかい表情で目線はタクトに向けて口を開く。

 

「久しぶりにトレセン学園に帰ってきてみれば……ここでは初めて見るのに、見知った顔がいるじゃないか」

 

 タクトやアイよりかなり背の低い、小柄なウマ娘。しかし入学一年生にはまったく見えない年期が感じられる。

 まだ夏の暑さも残る時期だというのに、黄色いコートを羽織って首もとに使い古したゴーグルを下げた旅人らしい風貌で。

 腰にはモデルガンだろうか。物々しいホルスター付きの拳銃をぶら下げていた。

 

「もしかしてあなたは……ステ」

「熊のお姉ちゃん!!」

 

 普段は年上にとても礼儀正しいタクトが、そのウマ娘に近寄っていきなり抱きついた。

 まるで小学生が懐いている年上にあったときのように、遠慮も警戒もなく。

 今まで見たことのないタクトの挙動にアイは目を丸くした。

 

「えっ、タクトちゃん?」

「おー、ちゃんと覚えててくれたかぁ。大きくなったなぁ、会ったのはもう4年くらい前だっけ?」

 

 旅人のウマ娘は、タクトの脇を持ち上げてくるくると回す。満面の笑みで振り回されるタクト。

 

「はい、熊のお姉ちゃんより大きくなりました。来年、デビューも決まったんです」

「そりゃちょうど良いタイミングだ。そうだ、出会えたら渡そうと思ってロシアのホッキョクグマの毛皮を持ってきたんだ」

 

 旅人ウマ娘は鞄の中からハンカチサイズに切り取った分厚い毛皮をタクトに渡す。

 それを見て、タクトは目を輝かせた。

 

「すごい、日本の熊より遥かに肌が厚い……! いつか私も狩ってみたいです、ありがとうございます!」

「流石にロシアの熊はウマ娘でもきついからな、いくなら引退してからにしろよ?」

 

 その旅人ウマ娘の名前は、ステイゴールド。

 長い現役生活の中で世界各国のレースを渡り走り、最後の最後で海外G1を勝利したウマ娘だ。

 レースは引退しても旅は続け、さまざまな場所でさまざまな形で愛され続ける存在だ。

 

「タクトちゃん。ステイゴールドさんと知り合いだったのね。熊のお姉ちゃんって?」

「私がまだ小学生の頃、地元の山に来られて……一緒に遊んでくれたんです」

「その時熊沢って名乗ったんだ。いやぁ、手持ちの路銀も尽きて山の中を歩いてたからタクトに会わなきゃ危ないところだったよ。ご両親にご飯までご馳走になっちゃって」

「父も母も、またいつか会いたいと。旅で近くに来たら是非来てください」

 

 ステイゴールドはタクトを地面に下ろして答える。

 どんなウマ娘にも人間の父親が存在し、結婚すれば人間の配偶者がいる。

 トレセン学園の外では、ウマ娘が家族の名字を名乗ることはなんら珍しいことではない。

 

「ステイゴールドさんは何故学園にお戻りに?」

「あんたは、アーモンドアイだよな。そうだな……ファミリーの集会ってところさ」

 

 ステゴもアイのことは知っているらしく、少し言葉を選んで言った。

 ファミリーとはステイゴールドを強く慕うウマ娘の集まりのこと。若頭ドリームジャーニーに暴君オルフェーヴル、破天荒ゴールドシップ、賭博師ナカヤマフェスタ、警察フェノーメノが有名だ。

 

「ということは……もしかして、ララも?」

「まぁ、そういうことさ。大事なクラシックの秋、先輩としてアドバイスの一つもしてやろうってな」

 

 そのファミリーに今は、アイのライバルのラッキーライラックも含まれる。オルフェーヴルの血を分けたものとして特別に供を許されているそうだ。

 

「んでタクト、せっかくだからウチの集まりを覗いていかないか?」

「よろしいのですか? せっかくの団欒にお邪魔して……」

「あー大丈夫大丈夫、こっそりやるから。タクトもかくれんぼは得意だろ?」

 

 狩人ウマ娘のタクトは息を潜めて隠れるのも上手い。ステゴもそれがわかっているからこその提案だ。

 アイは少し目を閉じて考えた後、輝く瞳を開いて言った。

 

「気をつけてねタクトちゃん! いざとなったらわたしのところに逃げてきて構わないわ!」

「アイ先輩も一緒には……」

「おいおいタクト、今のララとアイの状況は知ってるだろ?」

 

 ステゴが苦笑してタクトを止める。

 ララとアイはライバル……しかし今はアイがダブルティアラを制し、最後の秋華賞にも悠々と手を掛けようとしている。

 普段仲良く話しているように見えても、思うところがないわけがない。

 

「はっ、そうですよね……ごめんなさいアイ先輩、浅慮でした」

「いいのよ、まだタクトちゃんはデビュー前だもの。気にしないで!」

 

 顔を赤らめて恥じるタクトに、アイは軽く抱き締めて離れる。

 

「それじゃあタクトちゃん、ステイゴールドさん。私はそろそろトレーナーのところに行くわね」

「アイ先輩、今日はありがとうございました」

「あー、ちょっと待ってくれ。アーモンドアイ、あんたにも一つ言いたいことがあるんだ」

 

 今までずっとタクトに話していたステゴが、その小さな体をアイに向けた。

 

「なんでしょうか? 気になりますね」

「あんたは間違いなく時代を作るウマ娘になるだろう。トリプルティアラがどうとかって話じゃない。スペシャルウィーク、テイエムオペラオーにジャングルポケット。その時代の象徴たる存在だ」

「光栄ですね。でもアーモンドアイは……過去の伝説を超えるウマ娘になります」

 

 さまざまな時代、歴史を渡り歩いたステイゴールドの言葉に一歩も引かず堂々と主張するアーモンドアイ。お互い少し見つめあった後、ステイゴールドは納得したように頷いた。

 

「やっぱりそうか。ジャーニーから聞いた話じゃブエナビスタみたいな眩しくて純真なやつって話だったが……あんたはむしろ、テイエムオペラオーと同族だ」

 

 ステゴは、世紀末覇王の名前を上げた。年間無敗のGI7勝ウマ娘だ。

 引退後は後輩の育成よりもウマ娘の物語を演じることに注力し、莫大な獲得賞金によって己の劇場を開いている。

 アイは、にっこりと笑みを強めて返した。

 

「ふふっ、そうかもしれませんね。わたしも劇は好きなんですよ。オペラじゃなくて人形劇ですけど。いつか劇で勝負してみたいです」

「アイ先輩のぱかぷち人形劇、とってもかわいくて楽しいんですよ」

「はは、そう来るか。なんにせよ、もし勝ちすぎて苦しくなったら……あんたはあいつを頼れ。星々のリーダー、大嘘つきの歌劇王を。そんだけだ」

「……わたしにも忠告をくださるなんて、噂よりも優しいんですね。確かに受けとりました」

 

 タクトにはステゴの言うことが良くわからなかった。勝ちすぎて苦しくなることなどあるのだろうか、オペラオーとアイにそれほど似ているところなどあるだろうか、と。

 

「おいおい、どんな噂になってるんだ? ララには危ないことさせてないはずなんだけどな~」

「ごめんなさい、トレーナーが呼んでるわ! もう行くわね、また会いましょう!」

「悪い、引き留めちまった。じゃーな~」

 

 アイは自分のスマホを一目見て、トレーナーのもとへ走っていった。

 ステゴもタクトも大きく手を振ってアイを見送った。

 

「さて、どうやってタクトをファミリーの集会に潜り込ませるかだが……」

「でしたら、木箱作戦はどうでしょう?」

「話が早いな、体も大きくなって窮屈にはなりそうだがいけるか?」

 

 タクトはアイの前では見せない子供っぽい笑みを浮かべた。ステゴもニヤリと口の端を歪める。

 

「ありがとう、じゃあ明日な。念のため、誰にも言わないでおいてくれ」

「まさかまた熊のお姉ちゃんと遊んでもらえるなんて……トレセン学園に来て良かったことが増えました」

 

 そして翌日、ステイゴールドは大きな木箱を背負ってドリームジャーニーの運営支援委員会に足を運んだ。

 その中には、膝を抱えたタクトが入っている。タクトが入れる箱をささっと作ったらしい。

 

「よう、待たせたなみんな」

 

 ステゴは、タクトのことなどおくびにも出さず、木箱について説明もしなかった。

 既にステゴファミリーのメンバーは勢揃いしていて、ドリームジャーニーが率先して話しかけてくる。

 

「お待ちしておりましたよ、アネゴ。今年直接会うのは初めてですね」

「ジャーニーとはよく連絡とってるからあんまりそんな感じもしないけどな」

 

 その言葉に、大きなソファを占領しているオルフェーヴルが反応する。隣にはラッキーライラックが勝負服で控えていた。

 

「よく言う。此度は三月も連絡を返さなかったであろう。姉上をあまり困らせるな」

「お前こそ、血を分けた後輩を困らせてるんじゃないか~? ララ、あんまり暴君がひどいようならちゃんと言うんだぞ」

「いいえ、オルフェさんにはほんまに気にかけてもろて……うちは……自分が不甲斐ないです」

 

 タクトが木箱の中からちらりと覗くと、ララの表情は沈んでいる。この場の豪華メンバーに気圧されているのもあるが、アイに勝てていないことが響いているのだろう。

 

「にしてもアタシら全員が揃うなんて120年ぶりじゃねーか? これが少年漫画なら主人公が交代しちまってるぜ」

「ゴルシさん、適当を言わない! 全員集合はトレセンサブチャンネル1億人企画以来、3年ぶりであ゛り゛ま゛す゛!!」

「ククッ……あのときは脱出ゲームで盛り上がったなぁ、メノのめにしゅき♡ラッシュしゅは傑作だった」

 

 ゴルシ、フェノーメノ、ナカヤマもいつも通り騒いでいるが意識はステイゴールドに集中しているのが見てとれた。

 

「んで金色オヤジ~その背中の木箱どした? キノからキメツに鞍替えでもしたか? 鬼でも隠してんじゃね?」

 

 タクトの入った木箱に反応するゴルシ。タクトは身を潜めつつもステゴがどう返すか気になった。

 

「ただの土産だよ。それより……今日集まってもらったのは他でもない。直接伝えておきたいことがあるんだ」

 

 ゴルシの言葉は軽く流した。そして、そのまま、いつもの飄々とした態度で続ける。

 

 

「私はもう、海外には出ない。世界の旅はやめて日本に骨を埋める」

 

 

 この場にいる全員が、ドリームジャーニーやゴールドシップですら驚愕に表情を固めて言葉を失った。

 ステイゴールドが旅をやめる理由、そしてこの場にこっそりタクトを連れてきたのは何故か。

 それはまだ、彼女本人にしかわからない。

 

 




 ステイゴールドのヒミツで熊ゆかりのものが好きらしいのでタクトとも旅先の山で出会って意気投合してたりすると可愛いな~と思って書きました。

 ステゴファミリー会議Withタクトに続きます。
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