デアリングタクトは一狩りしたい   作:じゅぺっと

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2018ジャパンカップ、アイの告白

アーモンドアイは、通過点のようにトリプルティアラを達成しそのままジャパンカップへ直行した。

 狩人ウマ娘、デアリングタクトはジャパンカップを観戦するために担当トレーナーと共に東京レース上を訪れていた。

 

「アイ先輩は、このジャパンカップに並々ならぬこだわりを持っていました……その結果が今日、決まるのですね」

 

 2500の有馬記念など目もくれないような、2400に全てを懸けるような走り。ティアラウマ娘である以上オークスの2400を最長距離に見据えた走りをするのは理にかなってはいるが、どんな勝利にもこだわるアイらしくないとさえタクトには思えた。

 タクトのトレーナーは頷き、自分の担当ウマ娘に告げる。

 

「トリプルティアラを達成した彼女がシニア級ウマ娘相手にどう渡り合うのか……しっかり見ておこう。アルアイン、君の知見もタクトに教えてあげてくれ」

 

 そして、タクトのトレーナーと契約している去年の皐月賞ウマ娘、アルアインも共に来ていた。

 名のある遺跡のような風格があるウマ娘になりたいという目標を持つ彼女は先月天皇賞秋を4着、今月はマイルCSを3着という優れた結果を出し、疲労の関係もあってジャパンカップは見送っている。

 

 

「ええ。そのように。タクトさんには私のトレーナーが素晴らしい方であると歴史に刻んでもらわねばなりませんから」

「よろしくお願いします。アル先輩!」

 

 人柄も泉のように穏やかで、後から契約したタクトにも優しくしてくれるのでタクトは大いに感謝していた。

 

 

「ですが今日のレース展開については……むしろ、私もあの方から教わることになりそうですよ」

 

 アルアインは、ゆったりと手のひらである方向を示す。

 タクトとトレーナーがそちらを見ると、ある黒髪のウマ娘がタクトに手を振ってやってきた。

 

「お待たせしました、キタサンブラックです! 今日は一緒に観戦よろしくお願いします、タクトちゃん。アルちゃんとトレーナーさん!」

「キタサンブラック! タクトから聞いてはいたが、本当に一緒に観戦してくれるのか」

 

 キタサンブラックは、去年の有馬記念を優勝してGⅠ7勝を達成し公式レースを引退した紛ごうことなきレジェンドウマ娘だ。

 今年のジャパンカップは彼女の親友にしてライバルのシュヴァルグラン、サトノクラウン、サトノダイヤモンドが出走する以上観戦に来るのは当然だが、タクトと観戦することになったのは理由がある。

 

「アイさんとの約束ですから。……2400であたしに勝ったら1つ言うことを聞くって」

「アーモンドアイは、既にキタサンブラックに勝ったっていうのか!?」

 

 その言葉に、タクトのトレーナーは驚いた。アルアインも目を丸くしている。

 去年引退したとはいえキタサンブラックが自主トレを怠っていないことは有名だ。現時点の芝中長距離において最強のウマ娘と言っても過言ではないだろう。

 

「私も共に併走させていただきましたが、2人とも紛れもなく本気の本気。命を懸けた狩場のやり取りでした」

「数日前の早朝にタクトがアーモンドアイと2400模擬レースをしたことは聞いていたが、キタサンブラックもいたとは……」

「すみません……私もその日まで知らず、走った後もアイ先輩から口止めされていまして」

 

 タクトは現在デビュー戦と桜花賞を見据えて1600を中心にマイルトレーニングをしてはいるが、アーモンドアイと直接走る機会が有意義でないはずもなくトレーナーとして承諾していた。

 アルアインが手を上げて、キタサンとタクトに問う。

 

「まだジャパンカップの出走までは時間があります。どのようなレースだったかお聞きしても? 私も、この先アーモンドアイさんと競う可能性はありますから」

「いいですよ! 逃げ上手のお助け大将として、現役ウマ娘への協力は惜しみませんから!」

 

 キタサンにとっては敗戦の記憶になるわけだが、堂々とした笑顔で語り始める。その姿はまるで短距離の絶対王者、サクラバクシンオーにも似ていた。

 

「レース展開はもちろんあたしが逃げました。アイさんとタクトちゃんは追いかけてくる形で。今までなら、2000mも走ればアイさんのスタミナを潰して逃げきれていたんです」

「キタ先輩の走りは、本当にステイヤーなのか疑いたくなるほど初速から速くて。正直、私は足を溜める余裕すら持たせてもらえませんでした」

 

 レースはゴール地点を一番でたどり着けば過程でどんなに差をつけられても構わない。しかし、それはあくまで理論上だ。

 自分より何バ身も先を行かれて、足を溜める判断をするのは難しい。相手がキタサンのようなレジェンドなら尚更だ。

 

「でも、あの日のアイ先輩は……キタ先輩に大きく差をつけられても、自分の走りを貫いていました。そうすれば、勝てる自信があったんだと思います」

「ずっと後ろにいるはずなのにあの視線の鋭さははっきり感じたよ。むしろ、今でも見られてる気分かな?」

「案外、そうかもしれません。アイ先輩が今日のジャパンカップを勝ちたいのも……キタ先輩が理由ですから」

 

 アイ本人は今頃控え室で出走のときを待ち構えているだろう。そしてその瞳には、キタサンだけが映っていても不思議じゃないとタクトは思う。

 

「とにかく、レースが2000を過ぎたころ。坂の辺りでアイ先輩は一気にスパートをかけました。まるで平地みたいに、楽々と。鹿のようで……」

「そうだね、まさかあそこまで足を残しているなんて思わなかった……あたしも必死に逃げたけど、追い抜かれて━━」

「ゴールした直後、アイ先輩ったらいきなり振り向いてキタ先輩を抱き締めて押し倒してしまっていましたね。私、ビックリして足が止まりそうになりました」

 

 アーモンドアイは全力を尽くして、キタサンブラックに勝ち、感極まったらしい。

 タクトは大差をつけられたものの最後まで懸命に走り抜き、抱き締めるアイとキタサンを見た。

 

「やっと勝てた。本当はジャパンカップで勝ちたかったって……泣いてたよ。でも、謝ろうとしたら口を塞がれちゃった」

「口を!?」

「うん、手でね? それでジャパンカップ……タクトちゃんと一緒に見に来て。わたしだけを見ててなんて言わないから、わたしのことも見ててって。アイさんらしいよね」

 

 このジャパンカップにはキタサンの友人が多く出走する。本来であればそちらに集中してみるところだろう。だがアイは自分の走りをキタサンに焼き付けてほしかった。だから模擬レースを挑んだのだ。

 トレーナーはキタサンブラックすら上回ったアーモンドアイの走りに戦慄しつつ、タクトのトレーナーとしての疑問点を尋ねた。

 

「しかし、そのレースにタクトを誘う意味はあったのか? もちろんありがたい話ではあるんだが」

「それはきっと、このジャパンカップでわかると思いますよ! あたしもアイさんの本心はわかりませんけど……きっと、運命を感じてるんです、タクトちゃんに!」

「そういうことなら、ここから先はジャパンカップで確かめましょうか。そろそろ、パドックに出てくる時間ですし」

 

 アルアインが、時計を見て告げる。タクトもトレーナーもキタサンも頷いて指定された関係者席に向かった。

 パドックでは出走するウマ娘達が集い、アーモンドアイやシュヴァルグラン、サトノクラウンにサトノダイヤモンド達がいた。

 当然のように、アーモンドアイは観客席のキタサンとタクトをその瞳で見てくる。

 

「……どっちが見られる側なのかわからないな」

 

 思わず、タクトのトレーナーはそう呟いた。それくらい熱い視線だった。

 そして、アイの視線を気にしたものはパドックにもいた。

 

「今日はアルアインもレイデオロもいない、おまけに一番人気の女王サマは心ここにあらずと来たもんだ━━こりゃあ、菊花賞ぶりに『キセキ』が起こるかもなぁ!!」

 

 アルアインの同期である菊花賞ウマ娘がアイを見て堂々と自分の名前を叫ぶ。

 観客席のアルアインは、元気な同期の様子に微笑んだ。

 

「絶好調ですね、彼女。タクトさんとキタさんには悪いですが、本当に勝つかもしれません」

「いいえ、同期を応援するのは当然ですよ!あたしだって、シュヴァルちゃんに連覇してほしい気持ちもありますから!」

 

 しかしそんな朗らかな言葉は、そちらを振り向いたアーモンドアイの返答で吹き飛んだ。

 

「いいえ。菊花賞みたいな奇跡なんて起きないし、起きてもあなたは勝てない。勝つのはわたしよ」

 

 トリプルティアラだから、という単純なものではない。女王の命令のような重い言葉だった。

 菊花賞ウマ娘の尻尾がゾワリと震えたのが観客席からでもわかる。

 

「……へっ。そりゃあますますキセキの起こしがいってあるってもんさ」

「━━僕も、この勝負に奇跡は求めない。姉さんのように、姉さんに勝ったジェンティルさんのように、連覇する。アイさんが相手だとしても、キタさんのような偉大なウマ娘になることは譲れない……!」

 

 そこに、シュヴァルグランも割り込んで来た。いつも引っ込み思案でおとなしい彼女からは考えられないほど、このジャパンカップで走る決意に満ちている。

 アイも、その決意を受け止めて一瞬瞳をキタさんからシュヴァルに向けた。

 

「そうね。去年この場でキタサンに勝ったシュヴァルに勝てば……少しでも勝利の証明になる」

「2人してキタサンキタサンと……キタサンブラックはもう引退したろう? たまたま出てないならともかく、もう公式レースに出てこないウマ娘を気にする必要があるのか?」

 

 キセキにしてみればただの軽口のつもりだっただろう。

 だがその言葉は、静かにアイの逆鱗に触れた。

 

「━━そうね。キタサンはもう公式レースに戻ってこない。わたしがどんな走りをしても。だから、わたしは……いえ。後は走りで決めましょう」

 

 それが、レース前にアイが放った最後の言葉だった。

 

「いよいよ始まるんですね……アイ先輩の、ジャパンカップが」

 

 レースが始まり、キセキが超ハイペースな大逃げを打つ。アーモンドアイすら突き放して走り続ける。

 しかしアイは、それを追わなかった。キタサンとの走りのように、何バ身差がつこうが自分のペースは崩さない。

 アイは極度の負けず嫌いだ。少なくとも今年の春の時点では相手の挑発に乗りやすかったり入れ込みすぎて自分のペースを崩すこともあった。

 世界の強豪にも、去年の覇者にも、大口を叩く大逃げにも自分のペースを崩さない。

 そうすれば勝てると確信するほど、アーモンドアイは強い。

 そのレースの結果を見て、タクトやキタサンだけでなく泉のように穏やかなアルアインも愕然としていた。

 

「こんなことが……いえ、先の話を聞いて微かに兆候はありましたが……だが、あまりにも速すぎる……」

 

 世界レコード。一着のアーモンドアイは世界記録を一秒以上更新して世界の完全王者となった。キセキの菊花賞ウマ娘は、2着に入ったというのに信じれないと絶望的な表情でアイを見ている。

 

「……アイさんはあたしに勝ったよ。模擬レースでも、本番でも。引退に後悔はないけど……少し、公式で走れないのが悔しくなったかな」

 

 言葉通り、キタサンは公式レースに戻らない。そんな奇跡のような出来事は起こらない。

 キタサンが拍手をしながらアイの勝利を称える。それでもアイの勝ちだと。

 

「アイ先輩は、こんなにも強く……私は……彼女に挑めるでしょうか……」

 

 初めて、タクトはアイが怖くなった。アイの強さは百も承知、それでもデビューして挑んでみせると思っていた認識が、あまりに甘かったと思い知らされたような気がして。

 

「タクト。……君は強い。今はデビュー前だしアーモンドアイとの差は歴然だが、いずれ彼女と肩を並べられる存在だ。俺は君のトレーナーとして、そう信じてる」

「うん、タクトちゃんはあたしとアイさんの模擬レースでも自分が勝つことを諦めなかった。その心があれば……もっと強くなれるよ」

 

 トレーナーとキタサンが、そう励ましてくれる。その2人の顔と……これまでタクトに色んなことを教えてくれた先輩の顔を見て、タクトは少し落ち着いた。

 

「さて……アイさんは、何かタクトさんにお伝えしたいことがあるようですよ」

 

 アルアインが、ウィナーズサークルに立つアイを示して呟く。彼女としては同期のキセキが気になるだろうに、それでもこの場ではタクトの先輩として振る舞ってくれていた。

 

「タクトちゃん! 今は一言だけ━━2年後に、このジャパンカップで待ってる!!」

 

 その言葉と瞳に、タクトは直感的に理解した。アイの真意を。今までアイが不自然なほどタクトを気にかけて育ててくれた理由を。

 

(そうか……アイ先輩は……自分で育てた後輩を、仕留めたいのですね。自分が、一番勝ちたい先輩に逃げられてしまったから……)

 

 追い求めたキタサンへの勝利を越えるより完全な勝利を目指して。タクトをトリプルティアラにまで導いて、その上で自分の足で倒す。

 

(けどこの気持ちは……2年後までしまっておこう。アイ先輩が私を育ててくださるなら、願ったり叶ったり。私は与えられる恩恵を自ら手放して勝てるようなウマ娘じゃない)

 

 タクトの自己評価はあまり高くない。今の自分も、これからの自分の強さも周囲の素晴らしさありきだと考えている謙虚さもタクトの美徳だ。

 

(そして……2年後に、アイ先輩をこの全身全霊を懸けて狩ろう。それがきっと私が歴史に残る……何よりの恩返し)

 

 一度だけでもいい。最強のティアラウマ娘たるアーモンドアイを狩りたい。

 その気持ちを胸に、デアリングタクトは無敗のトリプルティアラの道を駆け上がっていくのだった。

 そして、アイのウィナーズサークルでの言葉はティアラウマ娘らしい言葉で締め括られる。

 

「最後に! キタサン、わたしはあなたを……愛してる! ぜったいぜったい、誰よりも一番! 大好きだから!」

 

 




2018ジャパンカップのアーモンドアイのレース内容を見て浮かんだ言葉が「奇跡なんて起きないし、起きても勝てない」でした。
このシリーズは次かその次で一度締めにすることにしたので、自分なりのデアリングタクトの話の締めまで書こうと思います。
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