デアリングタクトは一狩りしたい   作:じゅぺっと

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デアリングタクトは勝利の女神を狩り尽くす

アーモンドアイがジャパンカップをレコード勝ちしてから2年の月日が流れた。

 狩人ウマ娘、デアリングタクトはデビュー戦を勝ち、エルフェンSをもぎ取り。

 そしてトリプルティアラを巨大な獣を仕留める猟師のように淡々と、確実に狩り取っていった。

 

(決して平坦な道のりじゃなかった。今年から広がった人間だけがかかる疫病のせいでトレーナーさんとなかなか会えなくなったり、レース開催すら危うくなるなんて)

 

 全てタクト一人ではどうしようもない出来事だった。

 けれど無人のトレセン島を快く使わせてくれたタッカーブラインや、疫病が蔓延し交通機関が満足に使えないなか遠征のためにあらゆる手を尽くしてくれたドリームジャーニーがトレーニングとレースの問題を解決してくれた。

 

(そして……アイ先輩やティアラの先輩方も私のために手を貸してくださいました。特にハートさんには感謝してもしてもし足りません)

 

 そのおかげで、タクトは今は無敗のトリプルティアラとしてジャパンカップに挑むことが出来た。パドックへ向かう長い廊下を歩いている。

 そして、無敗の三冠ウマ娘はタクト一人ではない。

 

「デアリングタクト。アーモンドアイと最強のティアラを決めるためここに来たそうだな」

「コンちゃん……いえ。コントレイル。あなたと競うのも楽しみにしていたけど……今日は、アイ先輩を狩りにきました」

 

 タクトと同期で無敗のクラシック三冠を達成した超良血のウマ娘、コントレイルはタクトの言葉に頷く。

 

「好きにすればいい。どちらが最強のティアラであろうとクラシック三冠の栄光には及ばない、そう示すだけだ。

 ラインクラフトの変則二冠とシーザリオの二大オークス制覇を吹き飛ばした、ディープインパクトのように」

 

 コントレイルはシーザリオの所属するチームアスケラに入っている。

 シーザリオと仲が悪いわけでもなく、むしろ良血のウマ娘らしく指導は素直に聞いているがクラシック三冠ウマ娘としての意地があるのだろう。

 

「誰が勝っても、私たちのどちらかの無敗記録は狩られる……悔いのない走りをしましょう」

「……互いにな」

 

 デアリングタクトとコントレイルはパドックに出る。

 感染症対策もあり、人は少ないがそれでも大きな応援が聞こえてくる。

 無敗のクラシック三冠もトリプルティアラも、今日ばかりは王者ではなく挑戦者だ。

 

「この日を2年前から待ち望んでいたわ。最高のレースにしましょう、タクトちゃん」

 

アーモンドアイは前人未到の芝のGⅠ8勝を達成した。敗戦は、安田記念と有馬記念のみ。中距離に関してはもはや絶対的な強さも言っていい。

 

「アイ先輩……はい。全身全霊をかけて、育ててくれた恩を返させていただきます」

「ええ。今日一番強いあなたに勝って、わたしは芝の9冠女王として最強のティアラウマ娘になる。そうすれば……キタサンすら越えた、伝説のウマ娘になれるでしょう?」

 

 そして、アイが二年前のジャパンカップでタクトの名を呼んだように現役ウマ娘でありながらタクトの育成にも関わっていることは知られている。いわば新旧トリプルティアラ対決にして師弟対決とも世間では言われていた。

 しかし、タクトは一つだけアイに文句があった。

 

「……デアリングタクトは、アーモンドアイがキタサンブラックを越えるための生贄ではありません。その盲目を覚まさせてもらいます」

「……ふふっ、そうこなくっちゃ! 始めましょう! わたしの伝説の引退レースを!!」

 

 運命のゲートに入る。レースがついに始まる。

 

【さぁ各ウマ娘、出走の準備が整いました。今……スタートです!】

 

 疫病を乗り越え、三冠ウマ娘が3人も集うまさに世紀の一戦は。

 破滅的な大逃げから、始まった。

 

「まだだ、まだ俺のキセキは終わってねぇ……今度こそ、アイツから逃げきってやる!!」

 

 2年前、過去のレコードを更新しながらもアイに破れた逃げウマ娘、キセキが逃げウマ娘同士のハナ争いを降りきって暴走する。

 先行するアイですら、大きく離されての第一コーナーとなった。

 

(流石に速い、初速だけならキタ先輩より上かも。でも……怯えている。アイ先輩に)

 

 デビュー前のタクトであれば、無理をしてついていこうとしただろう。だが今のタクトには、その急所がハッキリわかる。

 あれは最後まで持たない。そう判断し、着実に先行するアイの背中を追う。

 第二コーナー、第三コーナーをスタミナを過度に消費しない良い位置取りで進む。タクトとほぼ同じ位置を進んでいた。

 

(コンちゃんも狙いはアイ先輩、仕掛ける位置が重要になる……!)

 

 タクトは外側から内側に進んでいく。内川にいるアイを追いかけるように。

 

「そう来るわよね、タクトちゃんなら。けど……抜けられるかしら!」

 

 アイが、第四コーナーで一気にスパートをかける。他のウマ娘達も一斉に先頭を走るキセキを捉えるために動き始めた。

 しかしタクトとコントレイルは、先頭のキセキではなくアイを捉えるために己の全力でもって駆けた。

 

「奇跡は起こらない、勝利の女神は……今日までわたしのものよ!!」

 

 怯える大逃げのキセキも、キセキを追いかけたウマ娘達も無敗の三冠ウマ娘達に追い抜かれていく。

 だが無敗の三冠ウマ娘たちですら━━もはや勝利の女神そのものになったかのような、アーモンドアイには届かない。

 最終直線で、デアリングタクトもコントレイルも己の全力でもアーモンドアイに勝てないと悟った。今現在どころか、過去未来でも最強だと。

 

(だとしても……私は、誰よりも強いアイ先輩を一度でいいから狩りたい! 私を育ててくれた自然のために、みんなのために……)

 

 まさに青天の霹靂。晴れ渡る東京レース上に雷が落ちたかのように。ウマ娘が地面を蹴る力の限界を越えた霹靂の一閃が、タクトの足に宿った。

 

「私は━━勝利の女神だって狩り尽くしてみせる!!」

「なっ……!?」

 

 アイの驚愕の声。自分が完勝する絶対の自信があった彼女の唯一の誤算。

 しかし、もはや言葉を交わす余裕などありはしない。もうレースは200を切っている。

 勝利の女神の化身のようなアーモンドアイと運命を切り裂く霹靂となったデアリングタクトは━━写真判定でもなかなか決着がつかないほどの同時にゴールインした。

 

(勝てた? わからない……もう、感覚が……)

 

 タクトはゴールした後すぐに倒れこむ。否、自分の体が倒れたという感覚すら失っていた。

 ハッキリしているのは、自分はアイを狩るためにしてはいけない無茶をしてしまったということだけ。

 今日と同じ走りはもう二度と出来ない。レースを走れるかもわからない。仮に走れたとしても、二度と勝利の女神はタクトに微笑まないだろう。タクトは、勝利の女神を狩ることを選んでしまったから。

 そう確信して……それでもタクトは、今日の自分の走りに後悔などなかった。

 

(もともと、狩りは命のやり取り。狩られれば死ぬし、狩りに成功しても再起不能の体になることだってある。それでも私は、狩人ウマ娘として走ってきたんだから)

 

 まだ決着はわからない。倒れこむタクトのもとに近づいてきたのは、3着が確定したコントレイルだった。

 

「愚かなことだ。今日のためだけに未来全てのレースを捨てるような走りなど。世代の代表としての自覚はないのか」

 

 コントレイルにも、タクトの走りは極端な無理をしたとわかったのだろう。罵倒のような言葉だが、タクトは嫌な気分はしなかった。

 

「ごめんね……コンちゃんとも、本気の狩りをしたかったな……」

「なら必ず治せ。……タクトの走り、クラシック三冠ウマ娘として必ず越えてみせる。今日は……お前の方が強かった」

「……うん、約束ね」

 

 同じ世代、同じ無敗三冠、同じ疫病による世界の苦難を乗り越えて走ったウマ娘同士として約束を交わした。

 その時、人の少ないレース上とは思えないほどの大歓声が響いた。

 タクトの頭はまだぼんやりとしているが、レースの決着が判明したと理解する。

 

「タクトちゃん、おめでとう。……わたしの……いえ。あなたの……勝ち、よ!」

 

 アーモンドアイが、大粒の涙を湛えながらタクトに歩み寄る。既に8冠女王として絶対の記録を持っているのに、ちびっこレースのウマ娘のように悔しそうだった。

 だがそれでも、女王として……何より、タクトを育てたティアラウマ娘として、新たな女王を称えに来てくれた。

 

「狩ったんですね、私。アイ先輩を……」

「ええ。みんながあなたを祝福してるわ。本当に悔しいけど……最強のティアラウマ娘は、デアリングタクトよ!!」

 

 アイの言葉に、また観客達が沸く。アイはコントレイルに目配せし、タクトの体を2人で支えて立たせた。

 自分に勝ったタクトの走りが、どれほど無茶だったか。それを一番良くわかっているのは他ならぬアイだ。

 

「本当なら、私は2人に負けていたんだと思います。まだ全然足に力が入らない……レース場を出るまで、こうしてもらっていていいですか?」

「もちろんよ、わたしはあなたの先輩だもの……いくらでも支えてあげるわ。これからもね」

 

 こうしてタクトは、2人の三冠ウマ娘に支えられたままウィナーズサークルに入った。2年前アイが堂々と一人で立ったのはまるで違う。

 マイクを向けられたタクトは、ゆっくりと歴史に残るウマ娘としての言葉を紡いだ。

 

「……私はこの通り、2人より強いウマ娘ではありません。それでも、このレースは私が仕留めました。それが出来たのは……私を支えてくれた大自然、出会った人々やウマ娘の皆さんのお陰です。

 もちろん……隣にいるお2人も、観客の皆さんも。今日までのレースを成立させてくださった全員が……私の大切な恩人です」

 

 この時代を走るウマ娘として、タクトはレースを成立させることがどれほど大変かも知っている。

 

「今年の疫病を乗り越えて、私たちはここまで走ってこれました。これからも……例えどんな出来事があろうと、ウマ娘に走ってほしいと願う人々がいる限り、私たちは走れます。これからも……私たちの世代、これからのウマ娘を応援よろしくお願いします!」

 

 タクトは頭を下げる。自分を応援してほしい、とは言わなかった。もう走れなくてもおかしくないし、それでもいいと思ってしまったから。

 普段より人の少ないはずの観客席は割れんばかりの拍手に包まれ━━世紀の一戦となったジャパンカップはデアリングタクトのGⅠ4勝目、アーモンドアイのGⅠ8勝で終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてデアリングタクトがジャパンカップでアーモンドアイに勝ってからさらに2年の月日が流れた。

 ジャパンカップでの限界を超えた走りの影響から1年以上休養したタクトはなんとかレースに復帰し……ヴィクトリアマイルや宝塚記念等に出走、そして2年ぶりのジャパンカップを4着で終えて引退した。

 

「宝塚記念とジャパンカップはなんとか掲示板内には入れてよかった。応援してくれるみなさんに……同期のティアラウマ娘達に、少しは面目がたったよね」

 

 もちろんトレーニングもレースも全身全霊は尽くした。だがそれでも勝利の女神がタクトに微笑むことはなかったし、その上でもう無茶をしようとは思わなかった。

 タクトは既に歴史に残るトリプルティアラウマ娘になった。自分の戦績も大事だが、後輩を育てるのも大事な役目だ。

 

「タクトちゃん、現役生活お疲れさま。これからは……また後輩を育てるティアラウマ娘として、色々教えてあげるわね」

「アイ先輩。これからもご指導よろしくお願いします」

 

 アーモンドアイは、既に1人目の後輩を育て始めている。先輩後輩としての関係は変わらない。

 

「アイ先輩は、やっぱり自分が育てた後輩にもたくさん勝ってほしいですか?」

「そのつもりだったけど……不思議なものね。勝ち負けより、元気に楽しく走っていてほしい。パンドラさんがわたしをなんでもかんでも褒めてくれた気持ちが、今なら理解できるわ……」

 

 アイの瞳は現役の時ほど勝利に飢えていない。キタサンのことが好きなのは相変わらずだが、今はまだキタサンと後輩を育ててはいない。

 

「あ、あのっ! アーモンドアイさんに、デアリングタクトさんですよね!?」

 

 そんな2人に、あるウマ娘が話しかけてきた。体つきからして、デビューしたばかりのウマ娘だとわかる。

 

「私、リバティアイランドっていいます! お2人のような強いトリプルティアラウマ娘になりたくて……是非、あなた達から学ばせてください!」

「いいわよ、じゃあわたしがレースの勝ち方を教えてあげる! タクトちゃんはどうする?」

 

 アイはあっさりとリバティアイランドというウマ娘に頷いた。人に教えるのは慣れている。

 タクトは少し考えた後、リバティにこう言った。

 

「じゃあ私からは……どんな絶体絶命のピンチに陥っても必ず生き残れるサバイバル術を教えてあげますね」

「レースの世界で必要なんですかそれは!?」

 

 ティアラウマ娘達の蹄跡は途切れない。どんなことが起こっても、レースが求められる限り命の連鎖は続いていく。

 デアリングタクトも無敗のトリプルティアラにしてあのアーモンドアイに勝ったウマ娘として━━『歴史に残るウマ娘』となったのだった。

 

 




今年の春にウマ娘デアリングタクトが狩人キャラであることが判明して勢いで書き始めたこのお話ですが、ここで完結とさせていただきます。
このラストはかなり最初から決めていたのでひとまず最後まで書ききれたことに安堵しています。真面目にアスリートとしての成長やレースを書くのは難しいと痛感しました。

コントレイルや同期のみんな、アーモンドアイや19世代のみんなとどのような物語を刻むのか、楽しみでなりません。
ここまでお読みいただいた方、ありがとうございました。
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