「レースを走るウマ娘にとって、トレーニング内容を託すトレーナー選びは大事なもの。ある意味、婚約者を決めるようなものですわ」
ティアラ路線を志すデアリングタクトが、ひょんなことからトリプルティアラウマ娘達と邂逅し、憧れとともにいつか狩りたいと願ってから数日後。
トレセン学園では授業の一環で先輩ウマ娘達からお話を聞くことがたまにあるのだが、やってきたトリプルティアラの1人であるジェンティルドンナが教壇で堂々と宣言した。
『こ、婚約者……!?』
『トレセン学園は婚活会場の噂は本当だった……?』
この教室にいるのはタクト同様まだデビュー前の幼さの残るウマ娘達。婚約者というワードにざわめきを隠せないでいる。
実際、優れた戦績を出したウマ娘と担当トレーナーは非常に仲が良いことが多いのも確かだ。
ざわめきを制するように、ジェンティルが軽く手を叩く。それだけで空気の弾ける音がして生徒たちは静まり返った。
「お黙り。婚約者は己の人生をより華々しいものにするために選ぶ。トレーナーは己の選手生命をより輝かせるために選ぶ。似たようなものでしょう?」
毅然と言い切るジェンティルに、タクトは手を挙げて質問してみる。
「質問です! ジェンティル先輩は、トレーナーさんのことがお好きなんですか?」
「そうですわね。実例を挙げた方が貴女達には分かりやすいかしら。━━トレーナー、入ってよろしくてよ」
ジェンティルが軽く手を叩くと、ドアを開けて彼女のトレーナー……と思われるウマ娘の着ぐるみ姿の人物が入ってきた。
しかし、その着ぐるみは明らかにジェンティルを模していない。
「初めまして、ジェンティルドンナのトレーナーです。アストンマーチャンをよろしくお願いします」
「ジェンティル先輩を差し置いて別のウマ娘の宣伝を……!?」
ジェンティルのトレーナーを名乗る着ぐるみは、それぞれの生徒の机に小さいマーチャンぬいぐるみを配り始めた。
ジェンティル当人は平気な顔で驚きっぱなしの生徒たちを愉快そうな顔で見ている。
「さて。わたくしが何故こちらの彼を担当トレーナーに選んだかお話しましょうか。気になりますわよね?」
トレーナー選びを婚約者に例えたかと思えば出てきたトレーナーは別のウマ娘の着ぐるみを着ていた。このままでは気になって夜も眠れなくなってしまう。コクコク頷くタクト達。
「ご存じの通り。わたくしは力を絶対的な正義と信じております。故にトレーナーも頭脳が優れていることは前提として、力あるものでなくてはいけません」
ジェンティルドンナの圧倒的パワーの逸話は数限りない。鉄球を圧縮した話に始まり、反則的、異次元、この世のものとは思えない力に実力を発揮し切る前にライバル達の方がバックレてくこともあるらしいとタクトも噂を聞いていた。
「とはいえ、人の身でわたくしを満足させられる力を持つトレーナーなどそうそう出会えるものではないと思っていたのですが……見つけたのです。大きな着ぐるみをほぼ常時着用しながら業務をこなし、担当ウマ娘にG1勝利をもたらしたこのトレーナーを」
「……アストンマーチャンが愛らしくて強かったからだよ」
クラス全員にマーチャンぬいぐるみを配り終えたトレーナーがそう謙遜するが、そもそも着ぐるみ姿で平然と動き回れる時点で生身の人間とは思えない力だ。
タクトが手元にきたぬいぐるみを見ると、マーチャンの愛らしさが伝わってくるこだわりのある作りになっているのが見て取れた。
「というわけで、わたくしの方から彼に声をかけ契約を結びました。わたくしの満足するトレーニングやレースプランを提供している限り、彼の愛バを宣伝して良い条件付きで」
そして彼が今でもマーチャンの着ぐるみを着て宣伝三昧しているということは、ジェンティルも彼のトレーナーとしての働きに満足しているということがわかる。
「つまり、担当トレーナーを選ぶのは自分の信念に合うものを自ら見つけに行く姿勢が大事ということでしてよ。己の一生に関わる選択なのですから。質問はあるかしら?」
「はい! トレーナーさん、マーチャン先輩は今どうされてるんですか? ご本人にはお会いしたことがなくて……」
タクトが元気よく質問する。アストンマーチャンは短距離路線で活躍し、同世代のウォッカやダイワスカーレットにも劣らない存在感を示していたウマ娘だが、タクトには学園で見た記憶はない。
かのトレーナーは、着ぐるみの表情が分からない姿で言った。
「マーチャンは、スプリンターズステークスを勝ってから病気になってしまって……それから、実家でもある病院でそのまま…………」
「そ、そんな……!?」
「看護師見習いとして今日もプリティーに患者さん達の癒しになってるよ」
一瞬張り詰めた空気が、トレーナーの軽い言い回しで弛緩する。
トレセン学園のウマ娘は完全にレースを引退するまでは学生として在籍できる。公式レースからは離れつつも、己の進路や将来へ向けて各地でやりたいことをするウマ娘も多い。
「よかった……! お元気なんですね」
「つい先日もわたくしの取材写真に勝手に写り込んでいましてよ。貴女方も取材が来るほどレースで活躍すれば彼女が辻写りに来るかもしれませんわね」
「最近はフォトブックが流行しているから辻写りのしがいがありますって楽しそうに話してくれたよ」
マーチャンについて話す2人からは、明確な信頼関係を感じた。力こそ正義と信じるジェンティルと、マーチャンのために着ぐるみ姿で働く筋力を持ち、宣伝やレース勝利のために力を尽くし続けるトレーナーの姿はタクトの目に輝いて見えた。
(いいなぁ、私も……ジェンティル先輩みたいに自分の信念に合うトレーナーさんを自分の手で捕まえてみたい! どんな人がトレーナーについてくれたら嬉しいか考えてみよう)
ジェンティルがトレーナーを選ぶために模擬レース授業での振る舞い方などを講釈しているのを聞きながら。タクトは自分にとっての理想のトレーナーについて考えていた。
そして数日後。タクトは廊下を歩くジェンティルドンナを見つけて嬉々として話しかけにいった。
「ジェンティル先輩! この前は貴重なお話ありがとうございました」
「ごきげんよう、タクトさん。この前は兎肉をありがとう。アイさんもお変わりないかしら」
「はい、来月の桜花賞に向けてトレーナーさんと頑張ってます! それで、私も先輩がたを見習って自分でトレーナーを捕まえてみることにしました」
「殊勝な心がけですわね。具体的には何を?」
タクトのワクワクして話したくて仕方ない雰囲気を察して、ジェンティルが促す。
タクトは満面の笑みで、自分のトレーナー選びの方法を口にする。
「トレーナー寮の直ぐ側にある街路樹に、熊用の罠を仕掛けました! 私のトレーナーさんなら、罠を見抜けたり自然や動物に詳しい人だと良いなと思って……」
タクトはまるで意中の相手への下駄箱にラブレターを仕込んだ女の子のように頬を紅潮させながら話す。ジェンティルがトレーナー選びを婚約者探しに例えたことも関係しているのだろう。
もっとも、仕掛けられたのは猛獣すら身動き取れなくする罠だが。
さすがのジェンティルも一瞬硬直したが、先輩として冷静に確認した。
「熊用の。罠。……念の為聞きますが、罠にかかっても危険はないのよね?」
「はい、もちろんです。大型の獣を捕まえるための罠を改造したので、人間がかかってもすぐ抜け出せます。ウマ娘特別狩猟免許に従った内容なのでご安心ください」
「そう、ならいいわ。いや、大型の……?」
ジェンティルの脳裏に一抹の不安が過る。その時、彼女のスマホに電話が来た。トレーナーからだ。
「失礼。━━トレーナー、何か問題が?」
『動けない、助けてー……』
全てを察したジェンティルは、こめかみを抑えて深いため息をついた。
とりあえず目の前の元凶であるタクトに近づき、その体躯を軽々と小脇で抱える。
「ジェンティル先輩? トレーナーさんがどうかしたんですか?」
突然のことにタクトはきょとんとしつつも、ジェンティルから悪意を感じなかったので抵抗はせず、大人しく体重を預けてぶら下がっていた。
「タクトさん。あなたのお望み通り獲物がかかったのだけど……彼は生憎もうわたくしのものでして。罠を外していただける? 今。すぐに」
「え? ……あっ、まさか!」
タクトの仕掛けた罠は、かかっても人間サイズなら問題なく抜け出せるものだ。
しかし着ぐるみを着込んでサイズが膨れ上がった人間では、その限りではない。
抱えられてついたその先にあったのは、アストンマーチャンの着ぐるみが、紐を巻かれたハムのようになっているのを見てタクトは悲鳴をあげる。
「ああっ、せっかくのかわいい着ぐるみが網でギチギチに……! ごめんなさい私、こんなつもりじゃ……!」
「着ぐるみはたくさんあるし、君はジェンティルとマーチャンの話を真剣に聞いてくれた。安いもんだよ、着ぐるみの一体くらい……他のトレーナーやウマ娘が無事でよかった」
寮のそばで街路樹の罠に絡まって身動き取れなくなったトレーナーに謝り倒しながら罠を外すタクトであった。
デアリングタクトが【物理的にトレーナーをハントしようとしたウマ娘】としてとあるウマ娘に目をつけられるのは、また後のお話。
アーモンドアイの誕生日会話でデアリングタクトが狩猟免許持ちだったのを見てシリーズ化しようと決めました。18世代以降のウマ娘達も目が離せませんね。