デアリングタクトは一狩りしたい   作:じゅぺっと

4 / 19
スティル先輩曰く、大切な人との愛だけ残ればいいそうです

勝負大好きウマ娘アーモンドアイが桜花賞を制してからおよそ1週間後。

 狩人ウマ娘デアリングタクトと共に、トリプルティアラの一角であるスティルインラブのもとへ向かっていた。

 

「スティルさん、今日こそアイと勝負してください!」

「スティル先輩の全てを狩り尽くすような走り……是非間近で見てみたいです。ダメでしょうか?」

 

 場所は保健室。顔馴染みのラブズオンリーユーからスティルインラブはよく保健室にいるという話を聞いた2人は辛抱強く保健室に張り込み、ついにその姿を捉えたのだ。

 

「あぁ、困りました……私などラモーヌさんやジェンティルさんとは違う、トリプルティアラ以外何の取り柄もない日陰者の走り……どうか涙ぐんで見下ろして可哀想だと口に出して靴の先で転がして構いません……」

 

 一方、詰め寄られたスティルインラブは困り顔でおろおろしていた。

 ラモーヌやジェンティルと違い、スティルは『基本的に』非常に大人しい。勝負根性全開のタクトや、物腰は丁寧だが獲物を逃がすつもりが全くないタクト相手に強気に出れる性格ではない。

 

「何を仰るんですか! スティルさんの2番人気に甘んじても勝利を逃さない姿勢、アイは尊敬してるんです! 悔しいけどララの人気は凄い……オークスや秋華賞でも人気で勝てるかわからない、だからこそ今スティルさんから学びたいんです」

「私も、決して目立つ方ではありません。基本は潜伏して大人しくする方です。目立たない位置から食らいついて獲物を仕留めるレース……すごく参考になります」

「あうう……そ、そんなに褒められても、後輩相手に私の、ワタシの牙を向けるわけには……」

 

 褒めちぎられて嬉しくはあるのか頬は染めつつ、悩ましげなスティル。

 救いを求めるように見た先には1人のウマ娘がおり、見かねたそのウマ娘はアイとタクトに声をかけた。

 

「こらっ、そこのお二人やめなさいステイ! アイアイちゃんと……デアリカラーちゃんだっけ?」

「おさるさ〜んだよ〜♪って違う! アーモンドアイよ!」

「デアリングタクトです。ところで、あなたは……?」

 

 アイとタクトを止めたのは、柔らかな白髪を背中まで伸ばしているゆるっとしたウマ娘だった。

 彼女は、顎に手を当てて考える素振りをして答える。

 

「そりゃー、保健室にいるんだからふつ~のカウンセラー的な……?」

 

 するとアイがぱっとその手を取って顔を間近に寄せた。

 

「思い出した、あなたヒシミラクルさんですよね!? 菊花賞、天皇賞春、宝塚記念を勝った当時最強格のステイヤーウマ娘!」

「あらら、バレちゃいました? 髪型変えてるんだけどなぁ」

 

 背中まで伸びた髪に手をやるヒシミラクル。スティルインラブの一つ上の世代で、強豪ひしめく宝塚記念を見事勝利した話はタクトも聞いている。

 

「アイと勝負してください! スティルさんと一緒でもいいです!」

「目と目が合ったら強制バトル!?」

「アイ先輩、一度落ち着きましょう。スティルさんの意見も聞かないといけません」

「そ、そうね。突然大物が出てきたからつい……スティルさん、いかがですか?」

 

 ハイテンションのアイをタクトが落ち着かせる。

 しかし、さっきまでいたはずのスティルインラブの姿は忽然と消えていた。

 

「な、なにっー! こ、これは……さっきまでいたスティルさんは?」

 

 驚いてきょろきょろ回りを見回すアイだが、すでにスティルは保健室にいない。

 ミラクルは、二人に慣れた口調で説明した。

 

「スティルちゃんならもう帰ったよ。あの子は付き合いが悪いんだ~。一緒に遊んでても楽しいんだか楽しくないんだか……トリプルティアラとしてのお勤めはそつなくこなしてるけど特に情熱のない……影の薄いウマ娘だよ。

 だから、勝負なんてやめとこやめとこ?」

 

 陰口ともとれるヒシミラクルの言葉だが、口調は柔らかくスティルへの気遣いのようなものが含まれているようにタクトは感じた。

 

「ラモーヌ先輩やジェンティル先輩とは違う、その場にいても影が薄すぎて気付かれない幻のトリプルティアラの異名は伊達ではない、ということですね」

「そうそう、気配が薄すぎてバスケをやってるときなんてスティールやパスカットに……もうすごいことになるんだから」

「獲物を狩るのに必要なのは潜伏力……やはり、私にとっても見習うべきウマ娘です。ヒシミラクル先輩、どうかご協力願えませんか?」

「あれ? タクトちゃんもけっこう強情な子?」

「お願いします……アイとタクトちゃんにチャンスをください! 一生一度のティアラ路線、やれることは全部やっておきたいんです!」

 

 アイとタクトが揃ってミラクルに頼み込む。困ってしまうミラクルだが、ここで断ってもまた2人でスティルのもとに詰め寄るのは目に見えていた。

 しかし、ミラクルはその時ふと閃いたようにニヤリと笑った。

 

「いいでしょう、現役ウマ娘のお願いを聞くのもセミプロカウンセラーの務め。スティルちゃんとの勝負、セッティングしてあげよう」

「ありがとうございます、ミラクル先輩。勝負の内容は……」

「ここで問題。スティルちゃんといえばもちろんトリプルティアラだけど、もう一つあの子が主役になったイベントがあったのは知ってるかな?」

 

 タクトには思い浮かばない。スティルの戦績はトリプルティアラ以外の大きな勝ち星がないはずだ。

 しかし、タクトより長くトレセンにいるアイには思い当たることがあるようだった。

 

「もしかして……ハチャメチャ大運動会? チームリリィが優勝し、スティルさんがMVP だったあの!」

「そのとーり。今度のイベントで久しぶりに大障害レースをやることになったんだけど対戦相手の都合がつかなくてね。引き受けてくれたらわたしとスティルちゃんも助かるんだ。どう?」

「イベントとはいえ、レースでスティルさんとミラクルさん相手に勝負できる……願ってもないわ、望むところよ!」

「大障害レース……経験はありませんが、よい修行となりそうです。わがままを聞いてくださり感謝します、ヒシミラクル先輩」

「タクトちゃん、そうと決まれば早速大障害レースについて勉強しましょう! 絶対勝つんだから!」

 

 2人でミラクルに頭を下げる。ミラクルは手を振りながら細かいことが決まったらまた連絡するねと言ってくれた。

 

 

「ああ、困りました……今日はミラクルさんのカウンセリングを受ける予定だったのに……あの方の平凡な平穏さは、強者を求めるワタシの衝動を抑えてくれる……」

 

 一方その頃、保健室から抜け出したスティルの足取りはトレーニングコースへと向かっていた。

 思い返すのは、自分に勝負を挑んできた若いウマ娘のこと。

 

「トリプルティアラと成ってから、きいきい誰かが寄ってくる。からからからと笑い声、蠱惑したつもりはありません……」

 

 スティルは本来日陰者だ。目立って脚光を浴びるのは望むところではない。しかし彼女は幸か不幸かトリプルティアラに至ってしまった。

 その結果━━なまじ光りかがやく戦績を得てしまったがために、スティルは影に潜むことも難しくなってしまった。

 

「きんきんうるさく響くので……ワタシのお腹が、くぅくぅ鳴りました。狩り尽くさなければ……収まらないっ!」

 

 スティルの瞳が、怪しく輝く。その足はトレーニングコースでまだ走るウマ娘へと向けられる。

 強者を喰らう快感、若芽を摘み取る背徳の衝動に身を委ねかけたその時。

 

「スティル。今日はもう帰ろう」

 

 一人の男性が、声をかけた。スティルを案じる優しい声だった。

 

「トレーナー、さん……」

「ヒシミラクルさんから連絡をもらったんだ。帰って一緒にお菓子を食べよう。コーヒーも淹れよう。……だから、俺と一緒に歩こう」

 

 スティルの足が、トレーニングコースからトレーナーの方へ向く。狂気に堕ちかけ、他者を喰らい尽くそうとした瞳が、普段の穏やかなものに戻った。

 スティルインラブの魂が抱える衝動、他者を狩り食らい尽くそうとする気性は悪魔の呪いのように深く重たい。トリプルティアラとなって脚光を浴びざるを得なくなってからはトレーナーとずいぶんと苦しんだ。

 

「はい……私は、幸せ者です。こんなはしたないワタシを抑えるために、助けてくれる方たちに、慕ってくれる眷属もいて……何より、トレーナーさんが側にいてくれる」

「俺も、スティルがトレセンで皆と楽しく過ごしてくれることが何よりの幸せだよ」

 

 しかし、2人は乗り越えた。今もスティルインラブは理性と良識を保ち、トレセン学園に在籍できている。

 

「私はラモーヌさんのようにレースを愛せるわけでもジェンティルさんのように己の力を愛することもできません。

 トリプルティアラとなってから一度も公式レースを勝てなかった浅ましくてはしたないウマ娘……でも、そんな私でも。大切な方々との愛だけは残せる。……トレーナーさんが、そう教えてくれました」

 

 スティルとトレーナーが寄り添って歩き去ったことでトレセン学園の日々は平穏に過ぎていき、ついに障害レースの日がやってきた。

 

【さぁいよいよ始まります。妨害、障害、なんでもあり。復刻ハチャメチャ大障害!

 今日の主役はこのウマ娘をおいて他にいない、トリプルティアラにしてハチャメチャ大運動会MVPスティルインラブ!】

 

「あぁ、そんな大声で……私など、そんなたいそれたものでは……」

「まぁまぁスティルちゃん。謙遜する気持ちはよ~くわかるけど、久しぶりのイベントレースだし、気持ち良く走ってファンの人たちに笑顔を見せてあげよ?」

【この競技に向けてしっかり仕上げてきました、菊花賞ウマ娘ヒシミラクル!】

「ヒシミラクルさんにもお手間をいただいて……感謝します。せめて我が眷属たちに恥じない走りを」

「その意気その意気。じゃあ作戦通りゆるっとゴー♪」

 

 スティルとミラクルはこの手のファンイベントにはすっかり慣れたもの。

 勝負服を着込み、リラックスした姿勢で競技に望む。

 そして、挑むのはまだトゥインクルシリーズを走り出したばかりの2人。

 

「さすがGⅠ3勝ウマ娘、余裕がある……相手にとって不足なし、加減はなしよ」

【今年の桜花賞ウマ娘、まさかの参戦だ! アーモンドアイ!】

「私も、できる限りの武者修行をして参りました……本来まだここに立つ資格はありませんが、精一杯やらせていただきます」

【まだデビュー前、GⅠウマ娘相手に勝算はあるのか? デアリングタクト!】

 

 まだデビューすらしていないタクトには、当然ファンもいない。

 本格化もまだ始まっていない以上、レースでGⅠウマ娘相手をするのは無謀だとタクトもわかっている。

 

(でも、狩ってみせます。女帝の愛娘を喰らい尽くしたスティル先輩や、王の寵愛を受けた花を摘み取ったアイ先輩のように……人気なんて関係ない、このレースを仕留める!)

 

 タクトにとって初めてのイベントレースのゲートが開く。 

 

 




桜花賞あわせのデアリングタクトサポカ最高でした。
次の話で大障害レースを書こうと思います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。