スイープ先輩は悪い暴君を退治してほしいそうです
トレセン学園の芝生には、レースの王が眠っている。
「オルフェ先輩……今日も雄大にお休み中ですね」
昼休み。狩人ウマ娘、デアリングタクトは3階の渡り廊下から真下の芝生で眠るオルフェーヴルを見つめていた。
オルフェの寝姿は、周囲をまるで警戒していない自然なもの。
だが迂闊に近づき眠りを妨げればただではすまないことを感じさせる威圧感を持っていた。
クラシック三冠を当然のように手に納め、凱旋門の頂きに二度も触れかけた偉業と彼女自身の王たる振る舞いに憧れるウマ娘は多く、臣下と呼ばれ付き従うものも多い。
「けど……暴君とも呼ばれている。オルフェ先輩は、その気になれば平気で他者を傷つける。もしもそれを見つけたときは……」
ほう、とうっとりした溜め息をつくタクト。最近よくここで眠るオルフェを眺めていた。落ち着いた雰囲気に見えるが、尻尾はワクワクに揺れている。
「見つけたわ! タクト、アンタに頼みたいことがあるの。みんな大好き天才最強魔女スイーピーの役に立てること、光栄に思いなさい!」
タクトに声をかけたのは魔女っ子ウマ娘スイープトウショウだった。タクトより体は小さいがれっきとした先輩であり、ティアラウマ娘にしてシニア戦線でもクラシックウマ娘に負けない活躍をしたレースの常識を覆した大魔女だ。
「スイープ先輩、こんにちは。はい、私でお役に立てることでしたら」
タクトは礼儀正しくお辞儀をする。気の強い先輩を敬いつつも臆していない振る舞いは名門の令嬢な気品がある。
「アンタ狩人なんでしょ? 退治してほしい魔獣がいるの。ほら、今もあそこにいるわ」
そう言って、スイープは自前の杖で渡り廊下の眼下に見えるオルフェを指した。
タクトは驚いて眼をぱちぱちさせる。
「スイープ先輩はオルフェ先輩と仲がよろしいのではないのですか? 同じトレーナーさんの元で一緒にいるのをよくお見かけするのでてっきり……」
「はぁ!? そんなわけないでしょ、ワガママだし偉そうだし使い魔……トレーナーの言うこと全然聞かないし嫌いよあんなやつ!」
ブーメランを放り投げる勢いでぷんぷんと怒るスイープ。
しかしオルフェとスイープは同じトレーナーの元で輝かしい結果を出し、公式レースを退いた後も共に後輩の育成にあたったこともあるのは有名な話なのだ。
「とにかく、アイツ最近ティアラ路線のウマ娘を無駄に怖がらせてやりたい放題してるんだから! アンタの狩人の力でこらしめてやりなさい」
「でも、先輩を退治なんて……風紀や良識に反するのではないでしょうか? 狩人の技術も、人やウマ娘に向けるものではありませんし……」
あくまで常識的にタクトは言う。狩人としての知識や技術は生きるための糧を得るため、または命を脅かす外的から身を守るためのもの。みだりに他者に向けていいものではない。
しかし、そんなタクトを見たスイープはニヤリと頬を歪ませた。絵本の魔女のような悪い笑顔だ。
「やっぱり、スティルに似てるわねアンタ。良い子にするのを大事にしてるのに━━本当は、ライオンみたいに寝てるオルフェを狩りたくて仕方ないんでしょう?」
「そんな……どうして、それを……!」
タクトは否定できなかった。芝生で眠るオルフェを見かけるたび、暴君であるオルフェの話を聞くたびに、もし誰かを傷つける場面に出くわしたら━━自分の狩人としての技術で挑んでみたいと思っていた。
「アタシの魔法にかかればアンタみたいなヒヨッコの気持ちなんてお見通しなんだから!
デビュー前のタクトがオルフェをとっちめれば、他の後輩もオルフェを無駄に怖がらなくなると思うのよね」
オルフェの威圧感は凄まじい。タクトのような気が強いウマ娘でなければ、芝生で寝ているだけでも近づくのが躊躇われるほどだ。
「もしオルフェが本気で怒ったりしたらアタシの名前を出していいから。遠慮なくこらしめてやりなさい。狩人は魔女の言うことを聞くものよ!」
タクトの本心を見抜いているスイープは、断られるとは思っていないらしく自信満々に胸をそらしている。童話の中の大魔女が見かけは腰の曲がった老婆であっても存在感を放つような魔力がスイープにあった。
タクトは少し考えたあと、首を振って言った。
「いえ……やはり、お断りさせてください。オルフェ先輩も威圧感はありますが少なくとも私が入学してからは暴虐を尽くしたとは聞いていませんし、偉大な先輩相手に刃や罠を向けることはできません」
スイープの目を真正面から見つめる。その瞳はオルフェやスイープを敬いながらも恐れてはいない。自身の狩人としての信念を貫くための返答だった。
スイープはしばらくじっとタクトを見つめたあと、面白くなさそうにそっぽを向いた。
「フン! まぁいいわ。そういう目はキライじゃないし、確かにここ1年はアイツも大人しかったしね。タクトの狩人としての力を直接見たかったけど、またの機会にしてあげ━━」
『…………頭を垂れよ。光なき者』
渡り廊下の真下から、聞くだけで震えるような覇気の籠った声がした。
スイープとタクトが素早く芝生の方を見るといつの間にかオルフェは目を覚ましていた。
周囲には、まるで王に仕える忠臣のようにウマ娘が何人か膝をついている。
そのウマ娘たちに、スイープとタクトは見覚えがあった。今年の桜花賞に挑み、アーモンドアイに敗れたウマ娘達だからだ。
「ララ先輩、それに今年ティアラ路線を走る方が数人。アイ先輩は……いませんね」
「オルフェのヤツ、何をする気……?」
「余が公式レースから退いて以降、民たちは余の威光を示さんと走った。しかし余の臣下を名乗るのに相応しき力を示したのは常にダートと中距離以上のウマ娘達だ」
ゆっくりと、オルフェは己の臣下達の走りを語る。ダートの活躍が目覚ましく、オルフェ自身の得意なクラシックや中長距離での活躍も多いと。
そして、オルフェは側で跪くティアラ路線のウマ娘を睨んだ。
「しかし短距離、ティアラ路線はどうだ? 何度負け、幾度GⅠを逃した? 余の血を与えられていながらだ」
「血……?」
「アイツ、魔力継承……タキオンの因子継承の方がわかりやすいかしら。そう呼んでるのよ。本来は血と交配がどうとかって」
「スイープ先輩も、オルフェさんと因子継承したことあるんですか?」
「……1回だけね。まぁその子はもうレース以外の道に行っちゃったけど」
既に戦績を残したウマ娘同士かつ特定の条件で後輩に力を与えることができる。アグネスタキオンの因子研究レポートのことはタクトも知っていた。
どうやらオルフェは、自分の血を引いていながら結果を出せていないティアラ路線ウマ娘にお怒りのようだった。
「余は今後血を与えるのはダートとクラシック路線だけで良いと考えている。当分短距離やティアラ路線への下賜は無しとする」
跪いていたウマ娘達が恐怖に震えたのが上にいるタクトとスイープにもはっきりわかった。今のオルフェの宣言はこれ以上の支援を打ち切ると共に、短距離とティアラを見限ったのと同じだからだ。
しかし、跪いていたウマ娘の一人が立ち上がって震えた声で言った。
「オルフェ様! 私は違います! 桜花賞は逃しましたがもう一度血を分けていただければ次のNHKマイルCでは必ず勝利を!」
「……貴様は桜花賞でアーモンドアイの強さに臆しティアラからマイル路線に変更しようと思っているな」
「なっ……! なんで、それを……まさか……私のトレーナーから?」
オルフェの声は冷たく、立ち上がったウマ娘を見もしなかった。
「たわけ。血を分けた相手の考えなど手に取るようにわかる。貴様はアーモンドアイの強さに臆したばかりか今自分を信じるトレーナーのことすら疑ったな。そんな貴様が余の血をもっと寄越せと? 甚だ図々しい」
「あ……ああ……」
オルフェに見限られたと思ったそのウマ娘は泣きながら膝から崩れ落ちた。上から見ているだけでもいたたまれない。
スイープは思わず、渡り廊下から飛び降りようとした。タクトが慌てて止める。
「アイツ……言い過ぎよ! こんなの見過ごせないわ!」
「スイープ先輩、ここから飛び降りると危ないです。下のウマ娘達にぶつかるかもしれません……!」
声が聞こえたのかオルフェは一瞬、上を見上げた。だがすぐに跪くウマ娘達に告げる。
「今日をもって貴様らは余の臣下を名乗ることを禁ず。……何か言い残すことは?」
跪くウマ娘達が恐怖に戦慄くなか、桜花賞で惜しくも2着だったラッキーライラックだけは言葉を返した。
「……オルフェさん。ほんとにうちらの心が読めとるんですか?」
「貴様は余の言うことを否定するのか?」
そこからの言葉は、タクトとスイープには聞こえなかった。スイープが怒りに任せて階段をかけ降り、タクトもそれを追いかけたからだ。
ウマ娘の脚力をもって渡り廊下から中庭に降りるまで1分とかからなかったが、その間に何度かオルフェとララは言葉を交わしたようだった。
「……うちはオルフェさんに気をかけていただかんでも勝ってみせます。例え何度アイさんに負けたとしても……」
「ちょっと!! いい加減にしなさいよオルフェ!!」
「スイープさん……それにタクトちゃん?」
ララは驚いてスイープとその後ろにいるタクトを見る。オルフェはわかっていたらしく嘆息した。
「……先程からの不躾な目線はやはり貴様かスイープ。姉上が旅立ってから毎日のように見つめおって。そんなに余との日々が忘れられぬか」
「はぁ!? アンタが変なことしないか魔法で監視してたのよ。1人じゃ髪も整えられなくて毎日のように使い魔にやらせるとかアンタ恩師をなんだと思ってるわけ!? 少しは大人になりなさいよ!」
「いまだに使い魔呼ばわりを続ける貴様にだけは言われたくないが?」
まるで喧嘩別れした夫婦のようにお互いをよく知るが故の言い争いを始めるオルフェとスイープ。
「とにかく、ティアラの子たちの結果が悪いから何よ! アンタ偉そうなこといえるほど後輩の面倒見てないでしょ!?」
「余は王である。後輩の面倒を母のように見るティアラとは違う。国父のようにその背と威光を見せるもの。しかしこやつらは余の威光に囚わ……」
「話長いのよアンタ! とにかく、アタシが勝ったらさっきの言葉取り消しなさい!」
「……断る」
オルフェはそう言うと足に力を込め、1本足で体を捻りその場で空中に蹴りを放った。
轟!という音が響き風圧だけでスイープの体が後ろに飛ぶ。
タクトは咄嗟にスイープの体をしっかり受け止めた。
「スイープ先輩! 大丈夫ですか……!」
「きゃっ……! ちょっと、何すんのよオルフェ!」
「子守りにかまけてとうに力の衰えた貴様と勝負など時間の無駄だ。余に挑みたければティアラを3倍は持ってこいというのだ。勝負になるのはジェンティルくらいであろう」
傲慢に、ティアラ路線のウマ娘達の前でトリプルティアラ以外など敵ではないと言ってのけるオルフェ。
それを見て、タクトは決意した。この暴君は一度狩らねばならぬと。
「オルフェ先輩。私は、必ずトリプルティアラを捕らえてみせます。ですから、勝負してください」
「……貴様は確かジェンティルめが気にかけていたな。しかし口先ではなんとでも言えよう」
「それはオルフェ先輩も同じです。スイープ先輩に衰えたと言いましたが、さっきの蹴りもまさか本気ではありませんよね。ハイキックの風圧だけで石像を吹っ飛ばしたあの時より明らかに遅い。……寝てばかりでスイープ先輩よりも衰えているのでは?」
わかりやすい挑発。オルフェの眉がつりあがった。
「いいだろう。新たなる民草に分を弁えさせることも王の務め。ただし貴様の体が木っ端のように吹き飛ぼうが余は知らぬ」
「タクトちゃん! オルフェさん本気や。今からでも謝った方がええ!」
ララがタクトを心配して声をあげる。しかしタクトは腰を落としオルフェの飛ばす風圧に備えた。
(オルフェ先輩の眠っているだけでも感じられる威圧感。直接向けられるとこんなに怖い。足が竦む、少し後悔してるかもしれない。けど、ここは私が止めないと……さっき私に期待してくれたスイープさんにも申し訳ないし、この機会を逃したくない!)
渡り廊下でスイープは言った。デビュー前で後輩のタクトがオルフェをとっちめれば他の後輩もオルフェを怖がらなくなるかもと。タクトならそれができると思って声をかけてくれたはず。
「大丈夫です、ララ先輩。私はまだデビュー前の身。多少の怪我は問題になりません。スイープ先輩からのお墨付きもいただいています。さぁオルフェ先輩……どうぞ!」
「……よい。スイープもろとも吹き飛び、余の威光に伏して拝せよ!!」
暴君オルフェーヴルが、全身全霊をもって軸足に全体重を乗せ、もう片足をその剛脚でもって全速で振るう。
石像どころか木々が薙ぎ倒されるような風圧が発生する直前━━オルフェーヴルの立つ地面、軸足のところだけがズボッ!! という音を立てて沈んだ。
「なっ……!?」
「オルフェさん!?」
小さな落とし穴にはまったようにオルフェの足が沈み、全身を支えていた足のバランスが崩れたことでハイキックを放った足もぐらりと揺れながら、まるでドリルのように体が回転して片足が地面に埋まる。
当然オルフェは心底驚き、驚愕の声をあげた。
「ちょっ……まっ……なんだこれはぁぁぁぁ! スイープ、貴様何を仕込んだ!」
「は!? 知らないわよ、勝手に自爆したんじゃない! アタシが落とし穴なんて狩人みたいなことするわけ……」
そこでスイープはこの落とし穴を仕掛けた人物に気付いた。
タクトは、懐からお手製の木の小刀を取り出してオルフェににじり寄る。刃はついていない、護身用のものだが目が据わっていて本気でオルフェに小刀を突き刺そうとしているようにしか見えない。
獲物を仕留める狩人のそれであり、王の暗殺を目論むアサシンのようでもあった。
「おい待て、なんだこの穴は、足が抜けぬ!」
「落としくくり罠です。オルフェ先輩はよくここで寝てて本気で怒ると片足で蹴りを飛ばすと聞いていたので……体重をかけて全力で力を込めたときだけ落とし穴になるように仕込んでました。1ヶ月くらい前から定期的に」
「そんな前から狙っとったん!?」
思わずララが突っ込んでしまい、慌てて口を塞ぐ。
「おい貴様、見てないでこの狩人を止めよ」
「タ、タクトちゃん! 一回落ち着いて、何か勘違いがあると思うんや」
「フン、そうはいかないわ! アタシたち上でずっと見てたんだからね! タクト、今のうちにやっちゃいなさい!」
タクトを止めようとしたララの前に、スイープが立ちふさがる。
タクトはまだ片足が埋まったオルフェの目の前まで迫っていた。
「オルフェ先輩……さっきララ先輩方を見限ろうとしましたよね? 自分が危なくなったら助けを求めるのはズルくありませんか? スイープ先輩のお願い通り……ここで、暴君であるあなたを仕留めます!」
「ちょ、待て余……この……野蛮ウマ娘どもがああぁぁ!!」
タクトが木の小刀でオルフェを峰打ちしようとしたそのとき、ララがスイープを躱してタクトの腕をつかんだ。
さすが現役のティアラウマ娘でジュニア戦無敗、桜花賞2着を飾っただけあってタクトの手は全く動かせない。
「待って!! 本当に誤解なんよ!!」
ララが大きな声を上げ、説明する。
オルフェは何も本気で臣下のティアラウマ娘を見限ろうとしたわけではないと。ただ勝てないからと言って自分の血、因子継承の力に拘りすぎないよう釘を刺すために自分達を呼んだのだと。
「オルフェ、今の本当でしょうね?」
「……余の血と威光に心焼かれるものは多い。しかし全ての民が余のようになれるわけでもなければ、余とて全ての距離を走れるわけでもないのだ。ダートがここまで走れるとは思わなかったがな。であれば、適正の合わぬものには距離を置かせるのも王の責務であろう」
埋まった足をなんとか抜きながら、オルフェは不服極まるといった態度で言った。
しかし、それで納得するようなスイープでもない。
「分かりにくいのよアンタ! もう少し後輩に優しく接しなさいよね! もしタクトがほんとに大怪我したらどうするつもりだったのよ!!」
「後輩を鉄砲玉にした貴様に言われる筋合いはないが?」
ぎゃーぎゃーと言い争いを始めるスイープとオルフェは、なんだかんだ仲が悪いわけではないのだろう。
「あの……本当にすみません。私、勘違いでララ先輩の尊敬するオルフェ先輩にあんなことを……」
タクトは真っ赤になってララに謝っていた。スイープの頼みがあったとはいえ、言い方が分かりにくいだけできちんと後輩を案じていたオルフェにひどいことをしてしまった。
「いやまぁ、うちはええんよ。オルフェさんの物言いが小難しくて分かりにくいのはホントやし……さっき怒ってたのもうちらのためなのはわかるしな? オルフェさんに啖呵キレる度胸、アイさんが可愛がるのも納得やわぁ」
「おい聞こえておる余」
不貞腐れたように言うオルフェに苦笑するララは、厳格で気難しい父をフォローしつつも敬う気立ての良い娘のようだった。
その言葉を聞いて、タクトはわなわなと震えた。
「これが噂に聞く京言葉……! オルフェ先輩の言葉の意味もわからずアイ先輩のようなバトルジャンキーでごめんなさい……!」
「いやそんな意味ちゃうわい! アイさんのことそない思ってたんか!? 否定できひんのが怖いわ!!」
そんなこんなで、中庭での騒動は収まった。ちなみに放課後に事の顛末を聞いたアーモンドアイは自分もその場にいたかったと悔しそうにしていたのだった。
スイープとオルフェが夫婦喧嘩みたいなことしてるのを見たくて書きました。ラララのねーちゃんのツッコミにも公式の展開に期待してます。