デアリングタクトは一狩りしたい   作:じゅぺっと

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シーザリオ先輩と私。深い衝撃とひこうき雲

 

 狩人ウマ娘、デアリングタクトはたくさんの先輩たちから可愛がられている。

 だが、タクトに厳しい目を向けるウマ娘も当然いた。

 

「タクト! 足が下がっている、へばるにはまだ早いぞ!」

「はいっ……!」

 

 タクトに厳しい指導をしているのはティアラ路線の先輩であるシーザリオ。

 日米オークスを制覇した唯一のウマ娘であり、現在はレースの指導者としてトレセンの礎を担う立場になっている。

 

「足癖で走るな、爪先1本にまで意識をめぐらせろ。そんな不安定な走りではトリプルティアラどころかOPの一つすら勝てはしない! 中央を無礼るなよ!」

「はいっ……必ずやり遂げてみせます、シーザリオ先輩!」

 

 今日のトレーニングはレースや併走でなくフォームを安定させるための走り込み。

 足元不安定な野山を自由に駆け回ってきたタクトにとって、平坦な道をひたすら同じ姿勢で走り続けるのは逆に難しいことだった。

 

(もう何周したかわからない、体が重い。でもここで雑な走りをするようじゃレース本番で勝てっこない! アメリカでも自分の走りを貫いたシーザリオ先輩のように……このコースでも私の走りを体得してみせる!)

 

 足は止めない。しかし狩りで獲物を待ち構えるために潜伏して余計な動きを一切しないイメージで。少しずつ、体から不要な動きを削ぎ落として理想のフォームに近づけていく。

 数時間後。スタミナを使いきって膝をつくタクトに、シーザリオは一部の隙もない直立した姿勢で終了の合図を告げた。

 

「今日はここまで。よく私の指導どおりのフォームに近づけた。だが正しい姿勢は一日にして成らず。明日からも、どんな条件でも正しいフォームを心がけなくてはならないぞ」

「はいっ……ご指導、感謝します……!」

 

 満身創痍のタクトにもトレーニング終了までその厳しさは変わらない。

 少しずつ息を整え、タクトがなんとか立ち上がろうとすると、シーザリオは一転柔らかく微笑んだ。

 いつの間に持っていたのか、タッパーを取り出して蓋を開ける。

 

「お疲れ様、タクト。よく頑張ったね。レモンの蜂蜜付け、用意してあるよ」

「ありがとう、ございます……! ごめんなさい、今起き上がりますので……」

「無理しなくていいよ。食べさせてあげる。はい、あーん♪」

「そんな、申し訳な……甘っ、おいしい……」

 

 遠慮しようとするタクトに有無を言わさずハチミツレモンを食べさせるシーザリオ。まるで雛鳥に食事を与える母鳥のようだ。

 もしタクトが疲れで寝転んでいればこのまま膝枕でもしそうなくらい、トレーニング中とはうってかわって愛情に満ち溢れている。

 

(良い指導者には厳しさの中に優しさが見えると聞くけれど、シーザリオさんほど厳しさと優しさがスイッチみたいに切り替わるウマ娘はいないよね……)

 

 はちみつレモンもトレーニング後に食べることを考慮した酸味をしっかりいれつつ甘味の強いものだ。これ一つとっても後輩ウマ娘への気遣いが伝わってくる。

 何個か食べさせ、タクトの呼吸も整ったタイミングで、シーザリオは問いかける。

 

「タクトはデビュー前なのに、最近すごく頑張ってるね。なにか理由があるの?」

「先輩たちのようにティアラ路線で輝きたい、それは変わりません。ただ最近は……アイ先輩や同期のクラシックウマ娘にも負けたくないんです」

「アイさん、もうダブルティアラだもんね。秋華賞でも最有力……同期はどんな子なの?」

 

 タクトもトレセンに入って1年が経ち、同期になりそうなウマ娘もわかってきた。同じティアラならスマイルが素敵な子、大人気の女王様。そしてクラシックには……ある意味シーザリオの世代にも縁があるウマ娘がいる。

 

「ちょうど戻ってきました。コンちゃん……今日もマヤノ先輩とライス先輩と走ってるみたいです」

 

 タクトはちょうどそのウマ娘を見つけ、まるでひこうき雲を指差す子供のように指し示す。

 シーザリオがそちらに意識を向けるとマヤノトップガンとライスシャワーの間で背中に大きな籠をもって走っているのが見えた。

 暑さ対策なのか、頭に真っ白な笠を被り服装もストールも雲のように白で固められている。

 マヤノとライスはそのウマ娘を囲うように大縄をもっていて、所謂子供の『電車ごっこ』のような雰囲気だ。

 

「輸送任務、完了~! コンちゃん、平気?」

「ライスのせいで、たくさん不幸に巻き込んでごめんなさい……! ここからはライスがやるから、もう休んでいいよ?」

 

 よく見れば三人の服装は水や泥で派手に汚れている。ライスシャワーの近くでは不幸な出来事が起こりやすいのでその影響だろう。

 

「コンちゃん、最近すごい長距離を走ってるんです。今のうちから菊花賞でも勝てるスタミナをつけるために……それでマヤノ先輩とライス先輩の二人がついてサポートしてくれることになったって」

 

 マヤノとライスに挟まれて電車ごっこといえば見た目は可愛いが、実態としては菊花賞及び天皇賞春を制覇したステイヤーに前後を挟まれて長距離を走り続けるのだ。デビュー前ウマ娘がやるには過酷なトレーニングだ。

 しかも輸送任務、という言葉どおりトレセンから荷物を各地に届けながら。

 

「コンちゃん! 今日はどれくらい走ってきたの?」

「タクト……その質問なら。『どれだけ走ったか』ではなく。『これからどれくらい走るか』と聞くべきだな」

「まだ走るの……!?」

 

 コンの表情には確かな疲弊が見える。タクトが驚いたが、シーザリオは冷静に指導者としてのスイッチを入れてコンたちに声をかけた。

 

「疲労が蓄積している。無理をするべきではない。マヤノさん、ライスさん。今日はもう止めるべきです」

「シーザリオさん、アイコピー! って普通なら言うところなんだけど……ブライアンさんに頼まれたんだ。こいつの気が済むまで走らせろ~って」

「でも、せめて少しは休憩した方がいいよ。コンさん、次の荷物はライスが持ってくるからそれまで休んでて、ね?」

「……わかった」

 

 ライスに言われて大人しくその場で待機するコン。

 ライスがトレセンの中にてくてく、わざとゆっくり歩いていった。コンを休ませてあげたいのだろう。

 

「このトレーニングはブライアンさんの指示なのですか? なんという無茶を……」

「ブライアンさん、コンちゃんのこと気に入ったみたいなの。こいつには私やアイツと同じ強さがあるって……でももし万が一があるといけないから、ライスちゃんに後ろで見てもらってるんだ」

「レースは強ければ勝てる訳じゃない。思わぬアクシデントや不幸がある。……あれは、むしろちょうど良い」

 

 コンは、ライスの不幸すら未来のレースのアクシデントを乗り越えるためのトレーニングの一部にしているようだ。

 

「レースもフライトも、安全な着陸が一番だからね! これからもしっかり飛んでいこうね、コンちゃん!」

「でも、無茶をしているんじゃ……」

「……必ず無敗のクラシック三冠という目的地に到達する。ナリタブライアンや……シーザリオ。あなたの同期のクラシックがもたらした深い衝撃のように」

「そうか、あなたはあのウマ娘の……!」

 

 シーザリオの顔色が変わる。

 シーザリオの世代はティアラウマ娘の活躍も目覚ましかったが、それ以上にクラシック三冠にもたらされた衝撃は凄まじく、レースに無関心な人たちにすら名前が轟くほどだった。

 そしてコンはそのウマ娘に影響を受け、さらに無敗の三冠馬であるナリタブライアンにも目をかけられていた。

 

「シーザリオ先輩。私が頑張るのは、私自身がティアラの冠を手にするため。そして、クラシックで必ず勝つであろうコンちゃんにティアラ路線として引けを取りたくないのもあるんです」

「ユーコピー! デアリングタクトちゃんだよね? コンちゃんのこと、よろしくね。強すぎて一人ぼっちで走り続けるのも、辛いことだから……昔のブライアンさんも、三冠取ったのに悲しそうだった。マヤは必死に追いかけて追いついたけど。同期にあなたがいれば大丈夫!」

 

 ほどなくして、ライスシャワーが荷物を抱えて戻ってきた。コンの背中の籠に積み混む。

 

「それじゃあ輸送任務、マヤの飛行機に乗ってテイクオフ! ライスちゃん、しっかり見ててあげてね!」

「うん! コンさん、頑張ろうね!」

 

 コンは2人に一度礼をしたあと、一瞬タクトに向けて笑みを向けて。

 マヤノトップガンという飛行機の跡を刻むひこうき雲のように走っていった。

 少し休んだとはいえ揺るぎない足運びに、タクトとシーザリオは息を飲む。

 

「なるほどな……あれがタクトのライバルになるウマ娘。確かにかの三冠ウマ娘の面影もある。あれに引けを取らない走りをするのは簡単ではない。よく励み、よく休め。まだデビューまで1年近くある、焦るなよ」

「はい、これからもご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします、シーザリオ先輩」

 

 タクトが改めてお辞儀をする。確かにかの三冠ウマ娘の衝撃は深かったが、目の前のティアラウマ娘やその同期が劣っているわけではない。

 シーザリオにデアリングハート、ラインクラフトにエアメサイアの走りはタクトの強い憧れだ。

 シーザリオは腕時計を見て、ふと口を抑え━━指導者としてのスイッチをオフにする。

 

「……いけない、もうこんな時間! 今年のミューズ合わせの打ち合わせに遅れちゃう。タクト、またトレーニングを見てほしかったら呼んでね! ハートさんみたいに普段からお世話は出来ないけど、いつでも力になるから♪」

「6月ですものね。あのドレス姿、また見られるのを楽しみにしてます!」

 

 シーザリオは現役中、年に一度のミューズ衣装に選ばれたことがある。その時まだタクトはトレセンにいなかったが、あの花嫁衣装を初めて見たときの衝撃はそれこそ三冠ウマ娘にも並ぶ。

 

「ハートさんから聞きましたが、ミューズに選ばれた際ラモーヌ先輩のお屋敷でトレーニングされたのですよね? いつか私もお邪魔してみたいな……」

「あら、熱心なのね。よろしくてよ」

 

 なんといつの間にか初代トリプルティアラであるメジロラモーヌがウェディング衣装で直接ターフを練り歩いていた。

 ティアラウマ娘の礎そのもののような彼女に、シーザリオが深く礼をする。

 

「ラモーヌさん、いつの間に……!?」

「久しぶりにこの衣装を着たら、あなた達の事を思い出したの。どうせならあなたも一緒にいらっしゃい、タクト」

「よろしいのですか? 私のような若輩がミューズの場に居合わせて……」

「ええ。だってさっきの飛行機も屋敷に来るもの。駄目な理由はないわ」

「マヤノさんとライスさんもミューズの1人……ということは、彼女たちが今から向かう先はメジロのお屋敷ですか」

 

 ミューズの打ち合わせにはマヤノとライスも呼ばれていたのだろう。コンが運ぶ荷物はミューズの勝負服だったのかもしれない。

 

「それに、最初にそちらが私の屋敷に来たときだってまだほんの蕾だったわ。でもあなた達は大輪の花を咲かせ、次の種を落とした。ならば次の種、その次の種に愛を注ぎ育てるのも当然でしょう」

 

 ラモーヌが滔々と語る。要するにタクトのことも目をかけているとのことだ。

 

「深き慈愛に感謝を。ラモーヌさん。指導者として、頭の下がる思いです」

「実るほど頭を垂れる稲穂とは言ったものね。さぁ、ついていらっしゃい」

「はい、よろしくお願い致します。ラモーヌ先輩、シーザリオ先輩」

 

 そうしてシーザリオとタクトは、ラモーヌのトレーナーが運転する車に乗せられてメジロのお屋敷に向かうことになった。

 助手席のラモーヌが、後部座席のシーザリオに話しかける。

 

「そういえば、あの子達はどうしているかしら。1人はその子といるけれど。特に桜の子は随分長く見ていないわ」

 

 デアリングハートは今もタクトといるが、エアメサイアとラインクラフトはトレセンで直接見た覚えがない。

 

「クラフトは、公式レースを引退後結婚して子育て中です。メサイアさんも、今は家庭の都合でトレセンにはいません」

「そうなんですか……!?」

「あらあら。おめでたいのね。一番幼く見えたのに」

 

 ラインクラフト。桜花賞とマイルCを勝利したティアラ路線に新しい風を吹き込んだウマ娘。トレセンにいないことは把握していたが子供がいるとは知らなかった。

 

「結婚式、すごかったんですよ。ミューズの衣装にも負けないくらいのウェディングドレスで……今も旦那さんと子供と、幸せそうにしています」

「トレセンを離れ、人と交わる。それもウマ娘の一つの生き方だわ。新しいウマ娘がこの世に生まれなければ育てることも出来ない」

「はい、子供がレースに興味をもったらぜひ私に預けたいと言ってくれています」

 

 大人の会話だ。クラフトの旦那さんがどんな人か子供の名前とか色々聞きたいことはあったが、ラモーヌの手前お行儀よくしているタクト。

 そわそわする雰囲気を感じたのか、ラモーヌはタクトにも話を振った。

 

「聞いているかしら。その子が初めてミューズ衣装を着たとき私の屋敷でトレーニングしたことを。あなたも、受けてみる?」

「よろしいのですか……! はい、喜んで受けさせて頂きます」

「えっ……タクト、大丈夫? ハートさんから聞いてない?」

 

 さっきまでクラフトの結婚話で顔を綻ばせていたシーザリオの顔が髪色のように蒼白になった。

 タクトはキョトンとして、ハートから聞いた内容を諳じる。

 

「お顔のマッサージや足湯を浸かりながらハードなトレーニングもして、大変身になる機会だったと聞いてます! かつて皆さんが受けたものと同じトレーニングができるなんて、身に余る光栄と存じます」

「ふふ……トレーナー、そういうことだから手配しておいて」

 

 運転席のラモーヌトレーナーが頷く。

 そうしてメジロのお屋敷に着き、走ってやってきたマヤノやライス、コンと合流してミューズの衣装合わせが始まった。

 全員ではないが歴代のミューズ達が一同に衣装を着て並ぶ様は恐ろしいほど美しく、タクトはずっと感動していた。

 

「コンちゃん! 凄かったね……私達もあんな衣装を着られるくらい頑張らなくちゃ! 一緒にトレーニングしよう! 今ならどんな厳しいトレーニングでも耐えられる気がする!」

 

 コンに抱きつきそうな勢いでトレーニングに向かうタクト。

 2人を待っていたのは……柔和な笑みを浮かべたエステティシャンだった。

 

「ではまず'頭蓋骨矯正'の施術からはじめていきますね~こちらのベッドへどうぞ」

「頭蓋骨?」

「矯正……?」

 

 猛烈に嫌な予感がした。ラモーヌから受けるトレーニングでなければ反射的に逃げ出しているほどの。

 意を決して横になると、それはもう頭が揺さぶられるほどの激痛がタクトとコンを襲った。

 

「痛い! これ、熊……熊のベアハッグより痛あああああっ!!」

「機体が揺らぐ……戦闘機の上昇負荷にもまさるGがっ……!!」

 

 いずれ戴冠するウマ娘とはいえ、まだ幼い。涙が出るほどの痛みにあとで2人揃って寝込むタクトとコンだった。




ラモーヌ&シーザリオのミューズイベント良かったですね。メインストーリーの更新も楽しみです。
深い衝撃さんやひこうき雲の君もウマ娘の世界に来てくれると嬉しい。
マヤノとライスが電車ごっこをしていると可愛いなと思いつつ、スターブロッサムブライアンの悲しい三冠制覇が印象に残ったり色んなものを詰め合わせています。
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