意識を取り戻した私が最初に感じたのは、今が何時何分なのかという疑問だった。
頬に触れているのは硬い木製のフローリングで、床に転がされていることは理解できる。だが、手足が結束バンドでキツく縛られているため体を
提供されたドリンクに薬を盛られ、意識を失っている間に拘束された。
それが、記憶から構築した私の現在。
端的に言って、ものすごくピンチだった。
顔を
耳を澄ませば固く閉じられた扉の向こうから微かに雑踏の気配が滲んでくる。だが、大声を張り上げたとしても、地下の店舗の異変になど誰も気付いてはくれまい。まさかこんな街中で漂流船に取り残されたような気分になるとは思わなかった。
私は何度目かになるか分からない溜息を吐き出す。
一体、どこで選択を誤ったのだろうか?
いや、間違いなんて言い出したら切りがない。
12年前の8月。
異能の力に溺れ、偽りの全能感に思い上がり、ヒトとしての道を踏み外して。
美しい殺人鬼に殺されたことがそもそもの間違いだった。
これからどうなるのか、考えようとして諦めた。
今の私ではもう、未来を
事件の始まりは昨日。
いつものように事務所ビルの屋上で街の景色を眺めていた時だった。
◆ ◆ ◆
私は缶コーヒーで唇を湿らせつつ、錆びた鉄柵に体重を預ける。
事情を知らない人なら、ほとんど廃墟に見える四階建ての雑居ビル。
屋上として利用しているこの場所も建設途中で放棄された五階部分だった。柱になるはずだった鉄骨は風雨に晒され続けて久しい。顔も名前も知らない以前の所有者が手を加えたという話だが、既にあちこちに綻びが生まれていた。
本日の東京都
11月に入り、屋上からの景色にも季節の移り変わりを感じるようになった。
大通りに植えられた
ただ、胸に去来するのは一抹の寂寞感。
ジリジリと照り付ける陽光で溶けそうになっていた8月とは違って街の活気に翳りが見える。疲労が滲み出していると言い換えてもいいだろう。景色から色が抜け落ちて錯覚は、冬の訪れと共に強くなっていくことを私は知っていた。
ふと、屋上の扉の方へ視線を向ける。
そこに置かれているのは小さなゴミ箱だ。
私は吸い殻を入れたコーヒー缶を持ち上げ、左目で慎重に狙いを付ける。距離は約七メートル。イメージするのは回転しながら放物線を描く空き缶。
右手を、振り上げる。
しかし、回転軸が少しブレてしまった。空き缶はゴミ箱の縁で弾かれて、屋上のコンクリートに甲高い音を鳴らす。飲み口からはわずかに黒い液体が零れていた。
「……何を期待していたんだ、私は」
脳裏を過った馬鹿馬鹿しい空想を、私は溜息と共に吐き出した。
「まあ
屋上の扉が開く。
現れたのは悪戯っぽく微笑む少女だった。