未来福音 / 瓶倉光溜の事件簿   作:夢科緋辻

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第10話

 私は大型パチンコ店跡地の立体駐車場で、涼風鈴音と対峙した。

 

 雑木林と鉄筋コンクリートの建物に挟まれた縦長の空間。月明かりの差し込む場所は割と明るいが、少しでも陰に入ると闇に溺れてしまう。

 先ほどまでは立体駐車場の五階から騒々しい声が降ってきていたが、今はすっかり静かになっている。耳を澄ませば草木の寝息が聞こえてきそうだ。

 

 数メートル先に立つ涼風鈴音の表情は硬い。

 ラフな私服にコートを羽織り、キツく私を睨め付けている。刃物よりも鋭く細められた眼差しは見事に私への憎悪で彩られていた。

 

「二階の物陰から、この金網(フェンス)の抜け穴はよく見えただろ?」

 

 私は右手で、眼鏡を上げる。

 

「廃棄された立体駐車場なのに、都合よく資材やゴミが固まっていたはずだ。四階の非常階段の扉はスプレーで落書きされていたな。まるで、アンタの通る気を削ぐように」

「まさ、か」

 

 涼風鈴音の両目が驚愕で見開かれていく。

 

「全部、あなたの計算通りだと言うの……!?」

「その表現には語弊がある。私はただ現実(いま)を組み立てただけなんだから」

 

 二階の駐車エリアにあった物陰も。

 雑木林へ繋がる金網(フェンス)が破れているのも。

 四階の非常階段の扉の落書きも。

 

 全て、私が事前に施した仕込みだった。

 

「あら、一つ重要な功績を忘れているんじゃなくって? 倉密メルカさん」

 

 散歩にでも誘うような少女の声。

 場違いなほどに軽やかな響きが殺伐とした空気を一瞬で和らげる。

 

「わたしだって、頑張って非常階段を上って足音を鳴らしたんだから」

 

 涼風鈴音の後方。立体駐車場へ向かうスペースを塞ぐ位置取りで。

 黒いコートを着た少女が、スポットライトの代わりに月光を浴びていた。

 

「末那、危ないから隠れていろと言っただろ。君の出番はもう終わった」

「ちぇー、これからが面白いところなのに」

 

 光溜さんのケチ! と不貞腐れた様子で足下の小石を蹴り飛ばす。あまりにも緊張感が薄くて、今が荒事の真っ最中であることを忘れそうになった。

 

 涼風鈴音は末那の登場に戸惑いながらも、私に視線を向け直す。10歳の子どもが脅威になることはないと判断したのだろう。

 

「あなた、未来視を失ったはずじゃ……」

「ああ、私は14歳の夏に未来視を失った。今じゃこれっぽっちだって未来は()えない。だけど、残されたモノはあったのさ」

 

 私は一足早くこの場所へ赴いて、立体駐車場の中を調べ回った。

 

 涼風鈴音がどのような行動を取るか。

 私の望む状況を造り出す為にはどのような現実(いま)が必要か。

 

 結果として幾つか仕込みを施し、涼風鈴音の行動を――未来を限定した。

 

 だがこれは未来視なんて大仰な異能ではない。誰だって少し考えれば思い付く程度の『予測』。人間が持つ当たり前の思考能力の延長だ。

 

 まあ、ただ。

 私の場合、『予測』の精度が普通の人間よりも少しばかり高いのだが。

 

「未来を掴む感覚、と言えばいいのかな。私は現在(いま)()ることで、未来の可能性を高確率で絞ることができるんだ」

 

 かつての私は、右目に映った未来を実現する為に、左目に映った現在(ほうほう)に従っていた。現実(いま)を組み立てることで、無数に分岐する可能性をたった一つの未来(けつまつ)に限定してきたのだ。

『測定』の未来視を失い、望む未来を造り出すことはできなくなったが、全てを失くした訳ではなかった。今もまだ、勘違いにも等しくて、弱々しい感覚が残っている。

 

「万物には安定を求める性質がある。人間も、動物も、無機物も。大気や時間だってそうだ。何者かの明確な意図がなければ、不安定な状態は長続きしない」

 

 生き物は自分や家族の生命を守る為、安寧と平穏を求める。

 熱い物は冷めていき、速い物は遅くなる。

 

 当たり前の精神活動や物理現象。

 そして、この世界を構成する大原則。

 

「私は数多の未来を造り出す過程で、人よりその性質に敏感になった。方向性や癖――どんな現実(いま)がどんな未来(けつまつ)に繋がりやすいか、未来の好む傾向を()っている。だから、現在(いま)が辿り着く当たり前の未来(けつまつ)を『予測』できるのさ」

 

 可能性を限定して、望む未来を造り出す『測定』ではなく。

 膨大な情報を記憶し、起こり得る可能性を演算する『予測』の真似事。

 

 それが眼鏡を掛けた私――倉密メルカの扱える力だった。

 

 だから別に、この眼鏡が特別製という訳ではない。

 視界の明瞭さによって意図的に能力のオンとオフを切り替えている。敢えて能力の使用機会を限定することで、平常時との心持ちを変化させて集中力を高めているのだ。

 

 この方法は、末那の父親の発案。

 何でも、かつて私の事務所を根城にしていた魔術師の真似をしているとか。視界の明瞭さを基準(トリガー)に、魔術師と一般人の人格を使い分けていたそうだ。

 

 よって、能力の範疇は常人の域を出ない。

 不確定要素を減らす為、黒服連中には近付かないように言ってある。残念ながら、私の頭脳で演算できる情報量は限られていた。本当は末那も遠ざけておきたかったが、あのお転婆が素直に言う事を聞くはずもない。

 

「正直な話、私はアンタの身の上話には一切の興味がないんだ。後は身柄を確保するだから、黒服連中に任せても良かった。でも、それじゃあフェアじゃないと思ってね」

「……フェア?」

「14歳の夏、私はとある殺人鬼に敗北して、右目の視力と未来視を失った。そこから先は地獄だったよ。未来視を失ったことで私の人生は崩壊したのさ。良い意味でも、悪い意味でも」

 

 何も知らない黒服連中だと『選択』の未来視で裏を掻かれるかもしれない。だから、私が一人で涼風鈴音と対峙するべきだ。

 そう言って両儀家に単独行動を納得させたが、これはあくまで表向きの理由。残念ながら、そんな殊勝な気持ちは一ミリたりとも存在していない。

 

「だけど、アンタにはなかったはずだ。そういう敗北の経験が」

 

 涼風鈴音の状況は14歳の私に似ていた。

 未来視を盲信して、ヒトとしての道を踏み外しているのだから。

 

「社会に適応して大人しく暮らす分には問題ないが、罪を犯すなら話は別だ。同じ過ちを犯した先輩として、アンタを打ち負かして未来視の限界を教えてやる」

 

 涼風鈴音の未来視への盲信を打ち砕き、罪を償わせる。

 

 私が敗北で変わったように涼風鈴音も敗北によって更生させるのだ。綺麗な構図であり、物語としては理想的な終わり方だろう。

 ありきたりな正義を成し遂げたいという想いもない訳ではない。卑屈で、斜に構えている自覚はあるが、私にだって陳腐な英雄願望は存在している。

 

 だけど、非常に醜くて、出来れば目を逸らしたいのだが。

 私は涼風鈴音に敗北という経験を与えたいと感じていた。

 

 未来視を盲信して、全能感に酔っている姿を受け入れられないという理由もある。まるでかつての自分を見ているようで、言いようもない腹立たしさに襲われるのだ。

 

 でも、それ以上に。

 私は自分の気持ちにケリを付けたかった。

 

 涼風鈴音を打ち負かして真っ当な道に引き戻すことで、あの夏の敗北を正当化する。

 

 未来視を失ったことにもちゃんと意味があったのだと。

 私の無謀な挑戦も、後悔も、痛みも、全て無駄ではなかったのだと。

 

 そう実感して、心に刻まれた苦い記憶を昇華させたいのだ。

 

 超が付くほど個人的な意趣返し。

 劣等感の根源とも言える経験を克服する為に、私はここに立っていた。

 

「……未来視の限界、ね」

 

 涼風鈴音の顔が深い陰影に沈む。

 

「私は『選択』を間違えない。お母さんみたいに失敗しない」

 

 夜闇の向こうで(りん)(れつ)とした輝きを湛える瞳。

 鋭く(ほとばし)る感情の正体は、冴え凍るほどの殺意だ。

 

「ねぇ、元同業者さん」

 

 涼風鈴音がコートの内側から何かを取り出して、両手で構えた。

 

 自動拳銃(ハンドガン)

 月光を反射する死の瞳が、無機質に私を見詰める。

 

「この展開は『予測』できたのかしら?」

「……可能性の、一つとしては」

 

 嘘ではない。

 銃殺という方法、涼風鈴音の未来視の詳細、更には殺人事件への関与を知った時、その可能性には思い至っていた。

 

 殺害現場には争った形跡がなく、使用された銃弾も一発のみ。被害者は何らかの理由で縁も所縁もない廃墟に呼び出されたのだ。強い警戒心を抱いていて当然。それなのに、現場があまりにも綺麗過ぎる。

 拳銃の扱いに慣れているか、被害者の警戒心を解く何かがあったのか。あるいは、その両方。いずれにせよ、そこには明確な理由が存在している。

 

「三日前に両儀の人間を殺したのは、やはりアンタだった訳だ」

 

 涼風鈴音の唇が、薄く左右に伸びていく。

 邪悪さを、毒のように滴らせながら。

 

「そこまで解ってて、よく私の前に立てたものね」

「むしろ引くに引けなくなったさ。ここらで食い止めないと、アンタを二度と真っ当な道に引き戻せなくなる。それは私の望む未来(けつまつ)ではなくてね」

 

 きっと殺人鬼を殺す為に爆弾の遠隔装置(リモコン)に指を掛けた14歳の私も、今の涼風鈴音と同じような表情をしていたのだろう。

 

 自分の信念に酔って、人を殺めることすら是とした在り方。

 

 私はそれを、認める訳にはいかない。

 絶対に。

 

「愚かな『選択』ね。この先の展開は『予測』できていないのかしら?」

「アンタの未来視は一度破ってるからな。トリックの仕掛け(タネ)も割れている。アンタの望む未来(けつまつ)は訪れない」

「そう――なら、その『予測』を破ってあげる!」

 

 涼風鈴音の人差し指が自動拳銃(ハンドガン)の引き金に添えられる。

 

「あなたは右に避ける?」

 

 そして、『選択』の未来視が。

 

「それとも、左に避ける?」

 

 発動する。

 

『予測』していた通りの問い掛け。

 だから、私は迷わずその場でしゃがみ込んだ。

 

 右でも、左でもなく、下という第三の選択肢。

 涼風鈴音の提示した可能性とは別の未来(せんたく)

 

 問い掛けに対して、想定外の答えを返すことで未来視の前提を崩す。

 

 これが、私の『予測』が導き出した対策。

 驚愕で動きを止めた涼風鈴音を取り押さえる為、私は地面を蹴――

 

「……は?」

 

 いや、何故?

 どうして、銃口がしゃがみ込んだ私に向けられている?

 

 涼風鈴音の口許から溢れ出す勝利の快哉(かいさい)

 潮のように血の気の引いていく感覚が、私の脳内に一つの可能性を示唆する。

 

 第三の選択肢では『選択』の未来視の範疇を越えられていない。

 

 涼風鈴音の未来視は問い掛けに対する私の『選択』を映像として()せている。その適用範囲が、涼風鈴音の提示した選択肢と関係ないとすれば。

 

 読み、違えた――!?

 

 浅はかな思い込み。私の頭脳の限界だ。

 いくら未来の感覚を掴めても所詮は『予測』の真似事。私の演算が誤った解を導き出せば、間違った未来に辿り着いてしまうことになる。

 

 私の左目が、死という当たり前の未来(けつまつ)を『予測』する。

 

 それでも、動くことができない。

 私では、あの殺人鬼のように未来を殺すなんて芸当ができる訳な――

 

 長髪が遅れて舞い上がり、夜闇に妖しく揺れる。

 

 ばぢぃっ!! と。

 青白い閃光が弾けると同時に、甲高い音が鼓膜を(つんざ)いた。




第11話は2025年3月19日(水)19:00投稿予定です。
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