未来福音 / 瓶倉光溜の事件簿   作:夢科緋辻

11 / 12
第11話

 長髪が遅れて舞い上がり、夜闇に妖しく揺れる。

 

 ばぢぃっ!! と。

 青白い閃光が弾けると同時に、甲高い音が鼓膜を(つんざ)いた。

 

 涼風鈴音は大きく体を仰け反らせると、そのまま仰向けでアスファルトに倒れ込む。黒いコートを羽織った10歳の少女に音もなく忍び寄られ、スタンガンを腰溜めに突き立てられたのだ。

 

 (りょう)()()()

 私の『予測(みらい)』にも、涼風鈴音の『選択(みらい)』にも居なかった存在。

 

 第三の選択肢ではなく、第三者という選択肢。

 未来視の死角を突いたのは、術者の認識外からの刺客だった。

 

「……末、那?」

 

 涼風鈴音は全身を痙攣させており、思うように動けないようだ。

 

 私はぎこちなく立ち上がり、恐る恐る末那に近付いていく。黒い少女はじっと無言で視線を足下に落としていた。

 

 濡れ羽色の長髪の隙間から覗く、青い瞳。

 氷雨よりも冷たい眼差しを見た瞬間、私の胸に凄絶とした想いが去来した。そこにいるのは私の知っている10歳の少女ではなかったから。

 

 脳裏に浮かび上がるのは14歳の夏の記憶。

 短刀(ナイフ)を袈裟懸けに振り上げる美しい殺人鬼の姿で――

 

「あら、光溜さん」

 

 人懐っこい眼差し。

 事務所で私の仕事を邪魔をする時の声音で、末那が私に話し掛けてきた。

 

「危ないところだったわね。少し油断が過ぎるんじゃなくて?」

 

 屈託のない笑みを向けられた途端、背筋に冷たいモノが走り抜ける。

 死線に触れたはずなのに、少女の顔には剣呑さが微塵も浮かんでいない。何も特別なことなどしていないと言わんばかりの態度に、私は思わず目眩を覚えてしまった。

 

「……末那、もし、それがスタンガンじゃなくて」

 

 望んだ通り短刀(ナイフ)を渡されていたら、どうしていた? と。

 訊ねようとして、途中で止めた。

 

 赤く染まった少女の手を幻視しそうになったから。

 小首を傾げていた末那だったが、すぐに足下に視線を戻した。

 

「……私は、『選択』を間違えない……お母さん、みたいに、失敗しない……っ」

 

 涼風鈴音が立ち上がろうとして、ぎこちなく手足を動かす。

 

「こんな場所で、捕まる訳にはいかない! 逃げないと……ここで失敗したら、私の『選択』が間違ってたって、ことになる……っ、それだけは、イヤ……だから!!」

「それがお姉さんの理由なの? だとしたら少し変よ」

 

 怪訝そうに眉根を寄せながら、末那が涼風鈴音に告げた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……っ」

 

 唖然と。

 涼風鈴音が両目を見開いて動きを止める。

 

 私も、思わず息を飲んでしまった。

 黒い少女が突き付けたのは何の変哲もない『普通』という価値観。

 

 それはかつて、涼風鈴音も当たり前のように持っていて。

 未来視という異能に溺れる内に失ってしまった人間性だった。

 

 その在り方に能力者としての矜持があれば反論もできただろう。社会に溶け込むことなく、能力者としての生き方を貫き通すと決めていたなら、末那の言葉に動揺しなかったはずだ。

 

 だが、涼風鈴音に強い理由はなかった。

 観布子の母のように、能力者として生きていく覚悟ができていなかったのだ。

 

 未来視を都合の良い道具として使い続けた結果、いつの間にか自分が真っ当ではなくなっていた。自分は正しいのだと、そう思って生きてきた今までが全て間違っていたと気付いてしまった。

 

 だからこれは、完全に自縄自縛。

 

 ここに至るまでの『選択』が間違っていたのだと。

 涼風鈴音は、自らでそう結論付けてしまったのだから。

 

 しかもそれを私のような捻くれた大人ではなくて、純真無垢な10歳の少女から突き付けられる。その事実はスタンガンや短刀(ナイフ)による一撃よりも致命的だった。

 

「そうか、そう言うことか」

 

 不意に、ずっと胸に引っ掛かっていた違和感が腑に落ちた。

 

「アンタ、自分の未来が()えないのか」

 

 他人の未来が()えるからこそ、自らの未来を強く意識する。誰かの『選択』を成功に導く度、成功するかどうか解らない自分の未来に対して不満を蓄積させていったのだ。

 

 だから、自分の『選択(みらい)』の成功に固執した。

 人を殺すことに、何の疑問を持たなくなるまで。

 

 涼風鈴音が今までどんな人生を歩んできたのかは知らない。だが、『選択』の未来視によって彼女の心の抱える歪みが増幅されたことは確実だ。

 

 とどのつまり、どこまでも私と同じで。

 涼風鈴音も未来視によって人生を狂わされた人間だった。

 

「私は、『選択』を間違えたの……?」

 

 そう問い掛ける声は震えていた。

 

「間違いかどうかは解らない。それを判断するのはアンタ自身さ。まあ、ヒトとしての道を踏み外したのは確かだが」

 

 私は黒い少女の隣に立って軽く頭を撫でる。

 

「アンタの歪みはさっき末那が指摘した通りだ。未来視を使っているつもりが、いつの間にか未来視に使われていたんだよ。かつての、私のように」

 

 無邪気なお嬢様がくすぐったそうに私を見上げてきた。

 

 第六感や虫の知らせといった動物的な直感(ほんのう)が母親譲りだとすれば。

 たった一目でその人間の本質を見抜く直観(りせい)は父親譲り。

 

 その二つこそ、(りょう)()()()を普通のまま特別にする根源なのだ。

 

「だが、救いはある」

 

 未来視によって人生を狂わされて、それでも足掻き続ける先輩としては。

 過ちを犯した後輩の敗北を、絶望のまま終わらせたくはなかった。

 

「未来が()えないことは悪いことじゃない。何故なら、未来に祈ることができるからだ。私は未来が()えたせいで、人生に楽しみを見出すことができなかった」

 

 未来が()えなければ、未来から期待と希望を失うことはなく。

 未来に奉仕するだけの奴隷に成り下がることもない。

 

 であれば。

 能力と折り合いを付けて、真っ当なまま社会に関わることも可能なはすだ。

 

「不安でも、苦しくても、曖昧な未来に想いを馳せることができる。アンタの『選択』は無限の可能性に繋がってるんだよ。たった一つの袋小路じゃなくて」

 

 不安を感じるから努力する。

 苦しい現状を変えたいから、少しでも良い明日を信じて歩いていける。

 

 未来が()えないということは、人が人らしく生きる為の権利なのだ。

 

「だから、私からのアドバイスはたった一つだ」

 

 私は、静かな声で告げた。

 

「難しいことを考えず、ただ未来に福音を願えば良かったんだ。アンタは、ちゃんと現在(いま)に生きているんだから」




第12話は2025年3月20日(木)19:00投稿予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。