未来福音 / 瓶倉光溜の事件簿   作:夢科緋辻

6 / 12
第6話

 私の未来から期待と希望が失われたのは八歳の頃。

 伝わらないかもしれないが、私の視界は常に二つあった。机の上にモニターを二つ載せたように、全く同じ風景を、違う世界として同時に見ていたのだ。

 

『測定』の未来視。

 

 右目には望む未来(けつまつ)が映って。

 左目にはその未来を実現するための現在(ほうほう)が映る。

 

『予測』の未来視は周囲の情報を全て記憶し、脳で分析して、訪れるべき未来を演算によって導き出す。あくまで未来の可能性を()るだけであり、私の未来視とは根本的に異なっている。

 

『測定』の未来視は、自分の行動次第で未来を限定できるからだ。

 

 例えば、学校の思い出として学力試験がある。

 自分が理想とする成績を右目で()る。

 同時に、左目はそれを実現する為の方法を映し出す。

 

 満点を取る為にはどの分野の、どの問題を理解すればいいのか瞬時に解ってしまうのだ。それは努力などではなく、あらかじめ渡された試験問題の解答を暗記するのと大差ない。

 

 試しに、嫌いだった担任教師を殺す未来を右目に願ったことがある。

 左目には当たり前のように取るべき現在(ほうほう)が映し出された。警察に捕まりたくないという私の理想を汲んだ現在(ほうほう)が、だ。

 

 未来視という異能に善悪の基準はない。

 そこにあるのは、可能か不可能かという線引きだけ。

 

 実際に運動会の徒競走で一位になるという未来(りそう)()えなかった。運動が苦手だった私には、何をしても一位になる未来は訪れないという神からのお告げだ。

 そこで努力をしてでも望む未来を手に入れようと思えたならまだ救いもあっただろう。しかし、未来を()っている私に無駄な努力はできなかった。

 

 未来とは夢見るものではなく、確固たる意志で作り上げるもの。

 私が右目で()た景色は、実現するか曖昧な未来などではない。左目に指示された現実(いま)を積み重ねた先に訪れる五分後、一日後、一ヶ月後の当然の結果に過ぎないのだ。

 

 どうすれば望む未来を呼び込めるか明確である以上、たとえそれがどんな辛酸に満ちた現実(ほうほう)であったとしても、それ以外を選択する意味はない。喜怒哀楽も、趣味嗜好も、私の意志を介入させる理由がないのだ。

 

 左目に指示された行動を繰り返す自動人形(オートマタ)

 未来に奉仕するだけの低俗な神の劣化品。

 

 ――なんだ、ジンセイってヤツはつまらない。

 

 未来を()っているのだから、どんな結末も私に幸福をもたらさない。

 失敗を知らないのだから、成功の充実も味わえない。

 

 そんな思春期を過ごした結果、社会に隔たりを感じて当然のように孤立した。

 

 家庭環境が劣悪だったことも関係しているだろう。

 両親が事故で亡くなり、親戚の家をたらい回しにされた。私自身が相手を受け入れる気がなかったこともあり、私は家庭という居場所を見つけることができなかったのだ。

 

 倉密(くらみつ)メルカという職業的爆弾魔が生まれたのは、そんな時だった。

 爆弾という手段を選んだのは左目にそう指示されたから。もしかしたら、何気なくテレビで見たアクション映画にでも影響を受けたのかもしれない。ただ、未来視を活かすには最適な小道具であったのは事実だ。

 

 倉密メルカの爆破は殺人を目的としたものではなく、あくまで興行。爆破という結果よりも事実が優先される小規模なパフォーマンスでしかない。

 扱う爆薬も器物や建物の破壊を目的としている。粉末アルミニウムと磁性酸化鉄を混合させた焼夷爆弾や、化学肥料やエンジンオイルを使った化学爆弾など。どれも派手さはあるが、花火程度の火力しかない子ども騙しだ。

 

 倉密メルカに求められた役割は爆破による煽動。

 舞台やお披露目の場を台無しにする為に雇われて、登壇者への拍手を悲鳴に変える。

 

 本来ならこんな犯罪者に居場所はない。だが、倉密メルカの右目(みらい)は日本警察の捜査すら掻い潜ってしまった。

 

 正体不明の職業的爆弾魔。

 特定の根城や背後関係はなく、依頼者との繋がりは匿名性の高い携帯通信のみ。自己顕示欲もなく、金銭だけを目的に爆破を行う。左目の指示に従っていただけだったが、倉密メルカは亡霊のように社会に潜むことに成功していた。

 報酬さえあれば爆破予告からその実行までを完璧に受け持つ職人芸。小金欲しさから始まった気紛れだが、気付けばそれだけで食べていけるようになっていた。

 

 だから。

 その日も、いつもと同じ簡単な仕事になると思っていた。

 

 ――おい、そっちは危ないぜ。

 

 安全な場所から爆破現場を眺めていると、和服を着た少女から声を掛けられる。

 それは、倉密メルカの右目(みらい)には居なかった存在だった。

 

 わずかな違和感。好奇心。密かな期待。

 正体を知られた可能性。顔を見られたことへの口封じ、危機管理の必要性。

 

 様々な感情が胸中で渦巻いたが、最も強く心を揺さぶった感情は『気持ち悪い』だった。

 

 完璧だった右目(みらい)に入り込んだ初めての異物。

 神のように信仰してきたモノが穢された屈辱。

 

 だから、倉密メルカはその少女を殺せるかどうか確かめずにはいられなかった。

 

 幸いにも少女を殺せる未来を()ることはできた。

 だが、未来視が実現するかどうか確証がない。一度でも右目の未来を覆えされた以上、どんな結末を迎えるか予想できないのだ。

 

 未来に奉仕する過程で()くしてしまった自らの意志。

 当たり前の人が生に対して抱く熱。

 

 倉密メルカは少女を殺そうと躍起になる過程で、心の奥底に沸き立つモノを感じていた。

 

 だがそれは、きっと余計な固執。

 未来視を生きるための手段としながも、どこかで絶対の信頼と執着を抱いていたのだ。相手の命を奪うと言う凶行すら正当化するほどに。異能によって引き返せないところまで価値観を歪まされているとは気付かずに、倉密メルカは少女に無謀な戦いを挑む。

 

 ――よう。追いついたぜ、爆弾魔。

 

 真夏の立体駐車場。

 倉密メルカは駐車された大型バンの陰に隠れていた。

 

 少女も普通の人間ではないのか、短刀(ナイフ)を片手にゆっくり迫ってくる。

 

 倉密メルカの右目は、そこで少女が死ぬ未来を()た。

 爆発によってばら撒かれた2ミリの鋼玉を全身に受け、骨ごと肉を引き裂かれた結果、人としての原形を留めぬまま為す術なく即死するのだ。

 

 だから、左目に従って現在(いま)を組み立てていた。

 いつもと変わらない作業を念入りに。お陰で万が一の未来(きせき)も視えない。後は爆薬に信号を送る遠隔装置(リモコン)のスイッチを指で押せばいい。

 

 そして、その瞬間が訪れる。

 倉密メルカの()た完璧な未来(けつまつ)が実現する――はずだった。

 

 ――聞こえるか爆弾魔。何も見ていないのなら、そっちの目は要らないだろ。

 

 だが、敗北した。

 倉密メルカが認識できたのは少女が袈裟懸けに短刀(ナイフ)を振り上げる姿。刃が何もない虚空を走り抜けたはずなのに、何故か右目を直接切られたような激痛に襲われたのだ。

 

 理解できなかった。

 完璧に現実(いま)を組み立てたのに、爆弾が作動しない理由が思い当たらない。

 

 右目に走る激痛に耐えられず、倉密メルカは意識を失ってしまう。

 だが少女は倉密メルカを見逃した。胎児のように蹲って気絶する14歳の少年を見て、殺意が削がれたのかもしれない。

 

 こうして無力な少年――(かめ)(くら)光溜(みつる)は生き延びる。

 まさか警察も14歳の少年が爆弾魔とは思わなかったのだろう。証拠がなかったこともあり、私はそのまま社会に戻ることになる。

 

 だが、無事にとはいかなかった。

 どう言う理屈かは知らないが、右目は未来どころか光すら映さなくなったのだ。左目はただの『現在(いま)』を映すだけの器官となり、未来視の能力は完全に消失してしまった。

 

 そして何者でもなくなった私は、今までのツケを支払うが如く。

 地獄のような日々を歩むことになる。




第7話は2025年3月15日(土)19:00投稿予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。