狼嵜光が特別な犠牲を見つける物語   作:Black Shadow

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狼嵜光の約束(1)

 私は明浦路先生のことが嫌いだ。

 

 勝つために犠牲を払うという選択肢を取らない。それが何よりも許せなかった。

 いのりちゃんはいつだって私のライバルでいてくれる。スケートの経験も技術も成長速度も。

 何もかもが他の人とは異なる――異質なモノを感じる。

 そして、彼女は氷の上で滑るために生まれてきたと言っても過言ではないだろう。なぜなら私のコーチ……夜鷹純と似ているのだから当然だ。

 

 だからこそ。類まれな才能を持っているからこそ。

 指導者というものは犠牲を払わせることに躊躇してはならないのだ。

 

 別に、あの先生が優秀なコーチであることは百も承知の上だ。

 私の周囲に居る人でさえも、皆が「自分も明浦路先生に見てもらいたかったなー」とか、「いのりちゃんが本当に羨ましい」とか、いろいろ言われているぐらいなのだから。

 ここで私がとやかくあの人のコーチング力を疑うというのも無理があるだろう。

 

 ただ。なぜだろうか。

 そんな、たくさんの人があの先生の魅力に吸い寄せられていくのが、なんとなく気に食わなかった。

 

 この胸に抱くモヤモヤ感と渦巻く感情が脳で処理しきれない。

 

 そんなモノはきっと、初めから存在してはならないのだという信号が送られているはずなのに。

 

「――ッ!?」

 

 三回転アクセル。

 ただの練習。いつも通り自主練に励んでいただけで、このぐらいなら軽く成功できるはず。

 

 だが――。

 なぜか、着氷が出来なかった。

 

 腰の状態があまり良くないのか。それとも精神的な問題なのか。

 

 いずれにせよ、次の大会までに万全な状態でいのりちゃんと闘わなければいけない。

 

 今、自分が抱えている爆弾も。今までに払ってきた犠牲も。

 全ては私自身が勝つためにやっていることなのだから。

 

 だから、今のジャンプで失敗したのもきっと、犠牲を払わなくてはいけないモノが足りなかったのだろう。

 決して、あの能天気なコーチが自分の心に入り込んでいるだなんてことは、1ミリたりともない。あってはならない。

 

 私はただ、あの夜鷹純と同じように道を辿ればそれで良い。

 どんな挑戦者が来ようとも、トップは覆らないことを証明してみせる。

 

 それがたとえ、いのりちゃんみたいな怪物であったとしても――。

 

「少し休憩した方が良いかな……」

 

 そう一言呟いてから、リング場の隅に行き、靴を履き替えてから休憩室へと足を運ぶ。

 

 喉が渇いたため、自販機の方へと歩いていくと。

 

「……はぁ」

 

 思わず、小さくため息を吐いてしまう。

 なんたって、さっきまで考えていた人が目の前にいるだなんて、そんなの漫画でしかないでしょ……普通に。

 

 そこには、今一番会いたくない人が居た。

 

 なぜ。どうして。

 そんな言葉が頭の中で次々と思い浮かぶが、それが中々声となって出てくれない。

 

 河川敷で出会った時みたいに、喧嘩腰で意地悪なことを言ってあげようかと思ったりもしたが。

 

 いや、ここでは無難に対応した方が良いだろう。その方がお互いのためだ。

 

「お、こんばんは! 狼嵜選手、久しぶりだね」

「こんばんは。そしてさようなら」

「ちょ、ちょいちょいちょい!? 何だか前回よりも態度がキツくなっていないか!?」

「いえ。そんなことはないですよ明浦路先生。私達、とっても仲良いじゃないですか」

「今の会話のどこに仲の良い要素があったんだろうか……。アハハっ、狼嵜選手は相変わらずだなぁ」

 

 そうして、苦笑いを浮かべながらも、明るく振舞う彼。

 本音では私のことは生意気な子供だと思っているはずだが、実際の所はどうか分からない。

 

「それで、今日はどうしてこんな所に? もうジュニアGPも近づいているのに、こんな時にいのりちゃんを放っておいて大丈夫なんですか?」

「ああ。実はライリー先生の頼み事でちょっと他の仕事ができてしまったんだ。いのりさんとはメールや電話で確認しているから、問題ないはずだよ」

 

 なぜだろうか。

 あの金メダリストの彼女も、私のコーチである夜鷹純も。

 

 皆が皆。明浦路先生に興味と関心を抱いている。

 

 その元凶は何なのか。その核となるモノは何なのか。

 

 私には一生分かり得ない事なのだろう。

 

 これが、全く違うタイプの人で、全く異なる考え方を持つ者であったらまだ話は通じ合っていたはずだ。

 

 だけど、貴方は私と同じ。

 全く一緒の領域で似た者同士。

 

 それが一番厄介で、一番辛くて。

 

 一番理解し合えない存在なのかもしれない。

 

 だからこそ――。

 

「ねえ、明浦路先生。この後、時間はありますか」

「ん? あ、ああ。一応。もう用事は終わっているから、後は帰るだけだけど」

「じゃあ、ちょっとだけ付き合ってくれませんか。私も少し休憩したい所だったので」

「えっ!? あの狼嵜選手から誘われるだなんて、明日は雹でも降ったり――っぐえ!」

 

 少しムカッと来たため、彼のパーカーの紐を思いっきりギュっと縛り上げた。

 

「何か言いましたか?」

「い、イエ。ナンデモナイデス」

 

 その返答を聞いてから、パッと手を離すと明浦路先生は「あ、危なかった……」と呟いていたが、それは聞かなかったことにしてあげよう。

 

 とりあえず、大会前にこうして会えたのも何かの縁だ。

 最近、不調続きであまり上手く行かない事が多かったので、この男を最大限利用させてもらおう。

 

 その意味合いとして、いのりちゃんをしっかりとサポートできているのか。

 また、余計な危害を加えていないかどうか。

 

 ここら辺のチェックもしっかりとしなければならない。

 

 そう。これはあくまでもいのりちゃんのためだ。

 決してこの男を意識しているわけではない。決してだ。

 

 私の一番のライバルで、一番大好きな友達を間違った方向に進ませていないかを監視する。

 

 ただ、それだけの話。

 

 これは、私……狼嵜光がたった一つの特別な犠牲を見つける、甘酸っぱくて少し苦い物語である。

 

 

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