狼嵜光が特別な犠牲を見つける物語   作:Black Shadow

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狼嵜光の約束(7.5)

 結束いのりは強い女の子だ。

 

 唯一無二の姉としてずっと傍で見守ってきたからこそ、あの子の事が愛おしくてたまらない。

 直接言葉なんか交わさなくたって、表情を見ただけで全部理解出来てしまう。

 

 そんな妹を、私はずっと守り続けたいと思っていた。

 

 今はカナダに留学中であるため、四六時中ずっと居られる訳ではないけれど。

 それでも、大会に出場する時だけは必ず観戦することを約束してきた。

 

 家族というものは、強い絆で結ばれているため、当然の話をしているかもしれない。

 

 私にとって、『のんちゃん』はとても大切な存在だ。

 

 彼女は、結束実叶が諦めてしまったフィギュアスケートという競技に、熱心に打ち込んで成長し続けている。

 今まで、「自分は何も無いから」とばかり嘆いていたのんちゃんの過去を振り返ってみると、絶対にそんなことはないと私は言い続ける。

 

 1人で心細いはずなのに、あんなに必死に頑張っている姿を見せられては心が打たれる。

 あの子には、たくさんの人を笑顔にする力がある。

 

 何度転んでも。何度氷の上で傷ついたとしても。

 たくさん立ち上がって、前を向くことが出来る。

 

 そんな凄い子を、応援しないなんて選択肢が誰に出来るだろうか。

 

 本人は辛いと思っているかもしれない。

 自分には才能が無いと思った日もあるのかもしれない。

 

 だけど、決してスケートを諦めたりなんかはしない。

 

 どんな過程を辿ろうとも。どんな人生を歩もうとも。

 結束実叶は、彼女の味方でずっとあり続けたい。

 

 きっと、周りの人が私の事を見れば、妹愛が強すぎると笑われるかもしれないけど。

 

 そんなのんちゃんのことが、私は世界一大好きなのだ。

 

「お姉ちゃん……。私、頑張ったよ」

 

 ジュニアGPファイナルが終了して数日が経った後。

 無事に家に帰宅し、お風呂に入って布団の中に一緒に入る。

 

 明日の朝には出発しなければいけないため、早く寝ないといけない。

 

 でも、なぜか今日だけは早く寝てはいけない気がした。

 今の言葉に、どれだけの気持ちが込められていたのかは目の前にいる私にしか分からない。

 

 震えた声で。悲しい感情を表に出すことを我慢しているのんちゃんを見て。

 

 何もせずにはいられないと思った私は、いつの間にか妹をギュっと抱きしめていた。

 

 強く、そして優しく包み込むように。

 

 のんちゃんの心がここで折れてしまわないように、しっかりと自分が支える。

 

「私、ちゃんと司先生の隣で笑えてたのかな」

 

 大会で優勝して。頂点に立って。

 このジュニアGPの王者になって。

 

 いつもなら、喜んで祝福しないといけない場面であるはずなのに。

 

 なぜか、今の彼女の表情に。

 明るさとか、笑顔なんていうものは一切無くて。

 

 家に帰るまでは、普段通りだった。

 

 でも、この瞬間だけは違った。

 

 本当の気持ちを、本当の感情を。

 ここで曝け出すことに、どれほどの勇気がいることか。

 

「のんちゃんは……よく頑張ったよ」

 

 そう一言だけ、耳元で呟く。

 

 妹の背中を手でさすりながら、よしよしと言いながら落ち着かせる。

 

 震えた体がこちらにまで伝わってきたため、彼女が何を思っているのかは想像出来る。

 

 きっと司先生から離れるのが、嫌だったのだと気づく。

 

 我慢して。我慢して。

 自分以外の所には行かないで欲しい、なんて言えなくて。

 

 最後まで、笑顔でいることを守りたいと思っていて。

 

 子供のワガママなんて、絶対に吐き出しちゃいけないと感じていて。

 

「私が、司先生の夢を終わらせちゃったから。あんなに綺麗なスケートが出来る先生の人生を、私のせいで台無しにしちゃったから……!」

 

 涙が零れ落ちる。

 今にも感情が爆発しそうな。全てが壊れてしまうような。

 

 そんな空気感が漂っていた。

 

 ここまで耐えてきたのんちゃんに対し、たくさん泣いて良いんだよと伝える。

 

 じっと言葉を聞いてあげることも、彼女の心を癒すことも。

 

 全部、私の役目なのだ。

 

「そんなことないよ。司先生は、のんちゃんと出会えたからこそ幸せなんだよ?」

 

 そう言って、のんちゃんを諭す。

 体も心も徐々に大きくなって、いつかは大人になっていく。

 

 その過程を見守っている自分には、眩しすぎるぐらいの光景を辿っているように見えて。

 

 だからこそ、のんちゃんと司先生が築いてきた今までの絆は、そんな簡単に壊れるものじゃないと分かっていた。

 

 狼嵜光のコーチになったとしても、必ず司先生はのんちゃんの所に戻ってくる。

 その確信があったからこそ、絶対に大丈夫だと思っていた。

 

 二人がこんなにもすれ違っているのは、それだけお互いのことを大切に想い合っているからこそ生じてしまうモノだと感じていた。

 

「司先生は、決してのんちゃんのことを見捨てたりなんかしない。だから、絶対の絶対に大丈夫」

 

 何度もそう優しく言い伝える。

 

 のんちゃんは首を振って否定するかもしれないけれど。

 それでも良い。

 

 強くなるためには、何かを犠牲にする時が必ずやってくる。

 

 きっとのんちゃんは、その境界線に今居るのだ。

 

 ジュニアGPで優勝しても、オリンピックで金メダルを取るにしても。

 これから先、美しい世界の中で羽ばたくためには、数えきれない代償を払い続けることになる。

 

 それを理解していながらも、のんちゃんは必死に頑張っているのだろう。

 

 でも、体が言うことを聞かない。

 自分の一番信頼できる人が傍から居なくなってしまうと、不安になる。

 

 それが、のんちゃんの心にずっと残り続けている。

 

 だから――。

 

「お姉ちゃんが、ずっと味方でいてあげるからね」

 

 どうか、神様に祈ろう。

 

 この子が、未来でも幸せで居られるように。

 

 そして、スケートの世界に飛び込んだことを後悔しないように、胸の中で強く願う。

 

 もし途中で挫けそうになったら、家族が居る。

 

 お母さんも、お父さんも。お姉ちゃんである私も。

 

 のんちゃんのためなら、何だって助けてあげられる。

 

 司先生がこの子の居る場所へと戻ってくるまで、支え続けるのは至難の業かもしれない。

 

 これまでのように、上手くいかないことだって増えるかもしれない。

 

 だけど、そんな妹の人生を、一つの犠牲だけで無駄にするのは絶対にあってはならないと思った。

 

 のんちゃんが、笑顔で迎えられるように祈り続けようと――そう願った。

 

 

 

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