ボーダー基地の食堂で、2人のオペレーターが向かい合う。1人は月見蓮、どこか浮かない顔をしている。もう1人は三上歌歩、そんな月見を心配そうに見つめている。
(月見さんがこんな顔してるの珍しい)
三上は少し話を聞いてほしいんだけど、と月見と約束をした上で食堂に来ていた。軽い愚痴のようなものを聞くことはあるが、先だって言われるのは珍しい。
(私で役に立てることならしっかりと話を聞かなくちゃ)
「最近、神園くんに避けられてるの」
「冬が月見さんをですか?」
「そう、間違いなく避けられてるの。この前、神園隊がランク戦でB級上位に暫定順位が上がったからお祝いを言おうとしたのに、居留守使われちゃった」
(月見さんも『弓場隊』『神園隊』『香取隊』の三つ巴見てたんだ)
「それはないと思います。冬が月見さんを避ける理由がありません」
(冬が嫌いな人の特徴に当てはまらないし、月見さんは優しくて大人っぽいから、冬が嫌う理由がないはず)
言いにくそうに月見は口を開く。
「それがね、少し前に──」
「お前、月見さんのこと避けてるだろ」
「言いがかりだ。僕をカラオケなんて誰もいない密室に誘い込んだのは、そんな事実無根な戯言を伝えるためだったんだね。そこまで主張してくるなら、証拠を出してもらわないと納得できない。証拠がないなら君の妄想に過ぎないんだよ。君は探偵より小説家の方が向いてるんじゃないか、奈良坂」
神園は奈良坂の一言に対して、一言二言と言葉を返す。
「犯人が言うセリフのオンパレードだし、そこまで主張もしてない。そもそも、カラオケに行きたがってたのはお前だろ。付き合ってくれる人を探して、ボーダー内をウロチョロしてたのは誰だったか忘れたのか?」
「別に奈良坂以外にも来てくれる人いたからね。なんなら、後で合流する約束してるし。ボーダー内だって、すぐに相手を見つけたから5分くらいしかウロついてないし」
「そうか。いや、それはどうでもいいんだ。話を広げないでくれ。本題は、月見さんを避けてることだ」
「きのこ頭め。証拠はないよね?なら、冤罪だよ。間違いなく100%冤罪。僕は今、友人に冤罪をかけられている。このことを那須にチクったら、君はきっと怒られるだろう」
「きのこ頭は悪口じゃないぞ。認めないなら仕方ない。お前が言う、証拠とやらを出してやるか」
「え、何それ?証拠あるの?」
「悪い、少しだけ盛った。証拠じゃなくて証言ならある」
「異議あり」
「せめて聞いてから異議を申し立ててくれ。まず1人目、これは月見さんの妹さんからの証言なんだが」
「手心とか知らない?なんで僕の隊の人間から証言を得てるのかな?」
「調べているうちに探偵みたいで楽しくなってな。言うぞ『お姉ちゃんが隊室までお祝いを言いに来てくれたのに、掘りごたつの中に隠れて出てこようとしなかった。お姉ちゃんに失礼すぎる』だとさ。どうだ、充分な証言だろ?」
「眠っていて気づかなかっただけだよ。まったく、花緒はタチの悪い証言をしてくれるね。後で締め上げておこう」
「次の証言者は今さんだ。『掘りごたつで隠れている神園くんから、神園は不在と伝えてってLINEが送られてきた。お祝いを言いに来てくれた月見さんが不憫で』とのことだが」
「待って、なんで僕の隊の人間なのに僕を追い詰めてるの?味方のはずだよね?」
「なるほど。それは間違いなく、正座させて怒ったからですね」
「で、でも、怒鳴ったりしてないのよ?」
「冬は怒られ慣れてないですから。イタズラする人は選んでますし、怒られること自体稀なんです。基本的に悪いこともしませんからね」
(正座させられて怒られるなんて、生まれて初めてだったはず。ボーダーに入る前までは、イタズラするのなんて私くらいだったし)
「約束していたプールの予定もキャンセルされちゃったし。こんなに人にあからさまに避けられるのははじめてだから、よくわからなくて」
「多分、そのうち冬の方からお茶菓子でも持ってくると思います。今はきっと、初めての出来事に混乱しているだけですから」
「前々からしていた約束もキャンセルしたんだろ?月見さん気にしてたぞ」
「うぐっ、だって月見さん僕のこと怒ったんだよ?めちゃくちゃ怖かったんだから」
「イタズラしたら怒られることもあるだろ。まさか、今まで1回もなかったのか?」
「うん。歌歩は大抵ちゃんと謝ったら許してくれるし、同じイタズラをした今さんと花緒はあんなに怒らなかったよ?花緒は少し怒ってたけど、今さんなんて全く怒らなかった」
「それは、今さんが怒る前にお前が月見さんにボコボコにされてたからだろ。神園、今の状況をあんまり長引かせてもいいことはないぞ」
ここまで話をして、奈良坂と神園は互いに顔を見合わせる。とにかく、早く仲直りしてほしい奈良坂。
「大前提、僕が悪いからね。悪い方が悪くない人間を避けるのはよくないのはわかってる」
(認めたな。この様子なら問題なさそうだ)
「それより、そろそろ歌わない?僕、カラオケの練習がしたくて来たんだ」
熊谷と遊びに行ったラウワンで、カラオケの点数でも負けていたことを神園は気にしていた。今日カラオケに来たのはヒトカラに行く度胸がないため、ボーダーで一緒に行く相手を探していたのだ。
「そうだな。先に歌っていいぞ」
「ありがとう。あ、でも、もうすぐ奈良坂以外にも釣れた人がくるから、その子から歌ってもらおうか。来てすぐに歌えた方が楽しいだろうし。僕は来てからずっと探偵さんに問い詰められてたけど」
「悪かったな。フリーで入店して正解だったな。それで、今から来るのは誰なんだ?」
「奈良坂も関わりがあるよ。同じ学校だしね」
「なるほど。なら、変に気まずくならなそうだな」
「お待たせー、遅れてごめんね!」
奈良坂はドバッと滝汗を流した。彼は知っている、今来た綾辻遥の歌唱力を。
「気にしなくていいよ。僕達もこれから歌うところだから。まずは駆けつけ1曲、綾辻からどうぞ」
「まて、まて、1曲目は俺から──いや、やっぱり俺は体調が」
「奈良坂、それは酷いんじゃない?今まで僕のこと問い詰めておいて、カラオケは付き合わないなんて薄情すぎるよね?」
「じゃあ、私2曲目でいいよ。何歌おっかな〜」
この日、神園は月見よりも恐ろしい存在を知った。そのおかげで月見との気まずい状況は解消されたとかなんとか。
「またこのメンバーでカラオケに来たいね!」
「僕は全然構わないし、いいと思うんだけど、奈良坂の予定が合うかな?ほら、やっぱりA級部隊って忙しいだろうし。もちろん、3人でなら全然いいと思うよ!いやー、僕このメンツ好きだなー!」
「俺も同感だが、そうだな。三輪隊は忙しいからな。神園の言う通り予定が合わない可能性が高い。俺も本当にまた集まりたいんだが、予定が合わない可能性が非常に高い」
「なら、私が月見さんに話通しておくね。やったー、また皆でカラオケ来れるね!」
(奈良坂の言い訳が悪かった)
(神園のパスが下手だった)
前日に地獄のカラオケを経験した神園は、珍しくボーダーではない場所を訪れていた。神園の行動範囲は基本的にボーダー、学校、家のいずれかだが、今日ばかりは違っていた。
(生まれて初めての、歌歩以外の友人宅。手土産は持参しているし、約束の時間の5分前に到着するよう調整もした。相手に迷惑をかける要素は1ミリもない)
本日は神園冬、初めての友人宅訪問である。
「大丈夫、歌歩の家だと考えれば怖くない。いける、よしっ、いけるぞ」
神園は扉の前で数分立ち止まり、意を決してインターホンを鳴らした。鳴らして間もなく扉が開かれる。
「いらっしゃい、神園くん」
現れたのは部屋着の那須玲。
「この度はお招きいただきありがとうございます。ご令嬢の好物が桃缶だと伺っておりましたので、桃のタルトを焼いて参りました。宜しければ、ご家族で召し上がりください。また、重ね重ねにはなりますが、本日お招きいただいたことに感謝申し上げます」
「?」
「え、何かおかしかった?」
諏訪に教えてもらった訪問時の挨拶に微妙な反応をされ戸惑う神園。いきなりの不自然な挨拶に戸惑う那須。互いの頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいる。
「うん、色々と。とりあえず、私の部屋に案内するね。タルトは後でお母さんに出してもらうから」
「あ、うん。ありがとう」
「家に来るまで迷わなかった?迎えに行った方がよかったかな?」
「いや、全然大丈夫。家の外観の写真まで送ってくれたし、全く問題なかった」
(前日の夜に、急に映画館から自宅での映画鑑賞に変更されたのは驚いたけど。それからタルトを作ったから、流石に寝不足だ)
「それならよかった。いきなり予定を変えてごめんなさい。お母さんが、映画館で体調が悪くなったらどうするのって、許してくれなくて」
「気にしなくていいよ。どこでだろうと映画は見れるから」
そんなことを話しているうちに、那須の部屋にたどり着いた。
「恥ずかしいから、あんまり部屋の中見ないでね。あ、ベッドに座ってもいいよ」
那須はそう言い残して母親に手土産のタルトを渡しに行く。那須の部屋に1人残された神園。
(落ち着かない。なんか、甘くていい匂いがする。女子の部屋ってなんでこんないい匂いするの?歌歩の部屋もそうだった。目を閉じたら匂いがより繊細に感じられるし、目を開けたら部屋の中を見てしまいそう。ベッドに座ってもいいっていうけど、座れるわけないよね?とりあえず床に座ろう。あ、那須隊の写真が写真立てに飾られてる。仲良いなぁ)
数分が経過し、部屋の扉が開かれる。
「待たせちゃってごめんね。リビングから色々映画持ってきたよ」
嬉しそうに持ってきたDVDを見せる那須、ようやく戻ってきてくれたことに安堵する神園。
「あれ、床に座ってるの?カーペットは敷いてるけど、ベッドの方が柔らかいよ?」
「いや、充分。カーペットの柔らかさで満足してる。どんな作品があるのかな?」
「色々あるよ。SF映画に国民的アニメ、アクション、コメディ、ホラー、何がいい?とりあえず、上から順番に見る?」
「それでいいよ」
(今が昼過ぎだから、見れるとして2、3本かな。那須が持ってきた映画ならハズレはないだろうし、任せよう)
「わかった。なら、上から順番に再生するね」
(そうだよね。全部見ることになるんだから、順番なんて関係ないよね)
(1本目、恋愛映画か。見たことあるな、この作品。不朽の名作と名高い作品だもん。タイトルで避けてたけど、歌歩が見た方がいいって言うから見たんだよなぁ。だって、バイオレンスすぎるでしょ、膵臓を食べたいなんてタイトルに入ってる作品。恋愛映画って言われても信じられなくない?)
(あれ?今入れたのこの作品じゃない。見た目は子ども、頭脳は大人のアニメ作品だったはず。もしかして、パッケージと中身が一致してない?どうして、今までこんなことなかったのに。恋愛作品は怪しまれないよう、2本に1本の頻度にしてたのに、これじゃあ作戦が台無し)
(女子の部屋で2人で恋愛映画見るの気まずい。さっき、那須のお母さんが紅茶とタルトを切り分けて持ってきてくれたけど、視線が微笑ましかった。違うんです、違いますから。僕たちそういう関係じゃありません)
(お母さん。絶対にお母さんだ。さっき私にウィンクしてきたもん。ありがた迷惑だよ、お母さん!!)
「正反対の2人が惹かれ合うって、現実にあるの?類似点があるからこそ人は惹かれ合うと思うんだけど」
映画を見たら行われること、感想交換。余韻に浸りたい場合は一人で見ること。映画好きの常識。
「自分にないものを相手に求めるって何かで見たことあるかも。神園くんは、この人のああいう所羨ましいって思うことない?」
「あるよ。でも、羨望と恋慕は違う感情じゃない?」
「相手に何かしらの感情を抱いてる時点で、それが愛情に変わることもある。友情から恋愛感情とか、その最たる例じゃないかな」
「ぐぅ」
「論破した訳じゃないからね。ぐうの音はださなくていいよ」
(よしっ、1本目の恋愛映画を乗り切った。2本目は流石に違うジャンルだろうし、安心して見てられる)
(どうしよう。パッケージを信用出来ないけど、なんの作品になるのか私も分からない。こうなったら勘でいれるしかない)
2本目の上映が始まった。
(那須、正気?2本連続で恋愛映画、最初に色々な作品持ってきたって言ったよね。僕の聞き間違いだったりする?しかも、なんでこの作品なの?濡れ場ある作品だよね、これ!?)
(お母さん!!!!)
(終わったけど、気まずい。この作品は男女で見るものじゃないって。人間失格してる作品なんて、よく教科書に載せてるね。これはあれだ。昔、歌歩の所のチビたちの面倒を見てた時にチビが歌歩の下着を僕に持ってきた時と同じ気まずさだ。あの時殴られた頬痛かったなぁ)
(お母さん、お母さん。お母さん、お母さん。R-15作品だから問題ないかもしれないけど、大問題だよ。神園くん、何も言ってくれない)
「うちの学校さ、10月に文化祭があるんだよね。那須のところは何月?」
(映画の話はやめておこう。どう転んでもあのシーンに触れないのは不自然だし。同じ不自然なら話題そのものを変えた方がいい)
当然、この不自然な神園の話題転換に那須も乗る。
「うちも10月にあるよ。何をやるかは話し合ってる途中だけど、今の流れだと猫耳メイド喫茶になりそうかな」
「メイド喫茶か、いいね。遊びに行けば那須に接客してもらえるわけだ。羨ましい」
「ふふ、楽しみにしてる。招待状ができたら渡すね」
(え、いらない)
神園は人混みが嫌いだ。他校の文化祭に自ら進んで行きたがるはずがない。今の那須との会話も自分には関係ない他人事として話していた。しかし、招待状を渡されてしまえば行かざるをえない。那須の善意を踏みにじるほど神園は屑ではない。
「と、そろそろいい時間だね」
時計は夕方の17時30分を指していた。神園と那須は見事、気まずい映画の感想会を有耶無耶にした。
「時間?あ、夜ご飯の時間だよね?お父さんが帰ってきてからだから、18時からご飯なの。もう少しだけ待ってくれる?」
(お父さんもお母さんも、神園くんと話したいって言ってたから先に私たちだけでは食べれないんだよね)
「え、うん。そうなんだ。なら、その前にお暇しないとね」
(待つって何を?)
那須家の晩御飯が始まる前に帰りたい神園、泊まっていくと思っている那須。このすれ違い、勘違いは全て神園が悪い。前日の夜の2人のLINEのやり取りがこれだ。
『急でごめんなさい。お母さんが映画館はやめておきなさいって。上映中に体調が悪くなったら周りの迷惑にもなるから』
『そうなんだ。気にしなくていいよ、僕の方こそ気が利かなくてごめん』
『もし神園くんが良ければなんだけど、私の家で映画鑑賞会に変更したらダメかな?見に行く予定だった最新作はないけど、私の家族も映画好きでDVDなら沢山あるの』
勇気をだして自宅に誘った那須。
『家に?迷惑じゃないなら僕はいいけど、いいの?』
友人から初めて自宅に誘われて嬉しいのにスマしている神園。
『大丈夫だよ。くまちゃんたちなどもよく遊びに来るから。ランク戦の作戦会議とかで、そのまま泊まって一緒に寝ることもあるんだ』
『それは楽しそうだね。分かった、なら明日は那須の家で。お泊まり会』
お泊まり会なるイベントはアニメの世界だけだと思っていたため衝撃を受けつつ返信する神園。そのせいで『お泊まり会する程、那須隊は仲がいいんだね』と打っている途中に送信したことに気が付かない。
当然ながら文脈通り読み取った那須は、神園からお泊まり会を提案してきたと認識した。遊ぶ約束が中止にならず思いがけずお泊まり会に発展したことに驚き、那須は何度も文章を読み返した。念入りに確認した結果、返信をしたのは既読をつけてから10分後だ。
『それって、くまちゃんたちと同じ感じでいいってこと?』
暗に「一緒に寝るってこと?」とオブラートに包んで那須は問いかける。遠回しすぎる問いかけ。
『え、うん。変に気を遣わなくていいよ』
下手に気を遣われるのが嫌で肯定してしまった神園。LINEを見返せば気づくことなのに見返さないから気づけない。昨日の自分が今日の自分を追い詰める。
『たくさん映画用意しておくね』
夜更かししようと、またまた分かりづらく伝える那須。
『うん、ありがとう』
映画の選択肢を増やしてくれたと思っている神園。
『パジャマだけ持ってきてね。明日楽しみにしてる、おやすみなさい』
ここまで会話を続けた那須はバクバクの心臓を抑え、落ち着かせた後に両親に男友達が泊まりに来ることを報告した。父親は難色を示したが、父親が娘に勝てる道理なし。また、何処の馬の骨か確認したい父親の思惑もあり話は進んだ。
『わかった、おやすみ』
三上以外の友人宅に訪れたことのない神園は、パジャマを持っていく理由を必死に考えた。考えた末にたどり着いたのが、パジャマパーティー。内容は知らずとも、言葉は知っている。その言葉を神園は『ラフなパジャマに着替えて気を遣わずに遊ぶこと』と考えた。素直になぜ?と聞けば防げたことを、当たり前のようにパジャマを持ってくるよう指示されたため、聞くことを躊躇ってしまった。
この後神園は諏訪にLINEして、件の挨拶方法を教えられた。諏訪は後日、『友達の家に遊びに行く時の挨拶を聞くやつはいねぇから、ふざけているのかと思った』と語った。
こうして、世にも不思議なすれ違いが完成した。
(なるほど。確かに、これだと僕が那須の家に泊まりたいと言っているように見える。しかも、勝手にお泊まり会を確定させてやがる。この身勝手な男を殴ってやりたい。おかしいと思ったんだ。パジャマに着替えるタイミングなんてないし、何のためにもってこさせたのか気になってたんだ。那須も拒否してよ。いきなりお泊まり会しようぜなんて言ってくる怪しい男、拒絶してくれよ。で、両親にもこのこと伝えていて、両親が僕と話すのを楽しみにしてる?母親は普段より腕によりをかけて料理をしてくれてると。絶対に勘違いされてるじゃん。父親の方の「楽しみに」って、僕のことを殴るのを楽しみにしてるとかじゃないよね?殴ったらダメだよ、僕が可哀想だ)
那須の「泊まるってLINEで話したよね?」という言葉で神園は昨日のLINEを確認した。綾辻の歌でダメージがあったのかもしれないと、責任転嫁した。そんなことをしても状況は変わらない。
「汗すごいけどどうしたの?部屋の中暑かった?」
「いや、適温だよ。那須の両親と話せるのが楽しみだなって」
神園冬に退路なし。自らが招いたピンチ、自業自得である。
下から那須母の「ご飯できたわよ〜」という声が那須と神園の耳に聞こえてくる。神園は昨日の自分と綾辻、ついでに奈良坂を呪いながらリビングへと繋がる階段を1歩1歩ゆっくりと降りていった。
「初めまして、神園冬です。玲さんとは友人として仲良くさせていただいてます。本日は突然お邪魔してしまい申し訳ありません」
勘違いされているであろう関係性をさりげなく訂正しておく神園。目の前に置かれているカレーは、緊張して味がしない。
(名前呼び、嬉しい)
「いやいや、気にしなくてもいいんだ。玲の父親です、よろしくね神園くん」
「はい、よろしくお願いします」
(怖い。優しそうに見えるけど、怖いよ。もし殴られそうになったらかわさない方がいいよね?受けるの嫌だなぁ、絶対痛いよ)
内心ビビっている神園とは裏腹に、那須宅での食事は和やかな空気で程々に会話も弾んでいた。幼い頃の那須の話題、ボーダーに入ってからの那須の話題。どんどん最近の話に近づいてきている。
「私はね、玲にはボーダーを辞めるよう伝えているんだよ」
(なんで僕にこんな話を?返答に困る。そもそも、あんなに生き生きと暴れてる那須がボーダーを辞めるわけがない)
「お父さん、その話はしないで。私は辞めないから。神園くんもいきなりこんなこと言われて困ってるよ」
(おっしゃる通り。でも、心象を悪くしたくないから何か言わないといけない)
「玲さんは、トリオンを医療に活用できるかの研究に協力している研究協力者ですよね。そして、それはある程度の成果を出していると聞いてます。ボーダーを辞めるのは、玲さんにとってよくないことでは?」
(差し当たりないのはこの位の返答かな。まあ、隊員になることなんて話はしてないと思うけど。医療目的の協力とボーダー隊員になることに関連性がないからね)
「詳しいね。神園くんの言う通り、元々玲は研究協力者としてボーダーに協力している。だが、その条項に「隊員になること」という文言はない」
「そうでしたか。差し出がましいことを言いました。ボーダーを辞めるか否かは、玲さんとご両親で決めることだと思います」
「いや、君の話を聞かせて欲しい。神園くんから見て玲はどうなのかな?君は凄腕の隊員だと玲から度々聞いているよ」
(逃がしてください。何が地雷か分からない中、頑張って凡庸な回答したんですから。あと、僕のこと両親に話してるのなに?悪口とかじゃないよね?)
「お父さん、いい加減にして」
言葉に怒気が滲み出ている那須、ニコニコしている母親、怯まない父親。すぐにでも逃げ出したい神園。
「僕の意見であれば、構いませんよ。あくまで僕の主観的な話にはなりますが」
目の前で親子喧嘩を始められたくない神園は、那須父の要望通り話し始める。本人がいいと言っている以上、那須は口を噤んだ。
「忌憚なき意見を頼むよ」
「では、ご希望通り遠慮なく。那須玲は天才です。トリオン体の動かし方、テクニック、メンタル、どれをとっても一級品。ダメなところがまるで見当たらない。彼女がボーダーを抜けることは、ボーダーという組織にとって変え難い損失になるでしょうね。僕が上層部なら、頭を床に擦り付けてでも引き止めますね」
那須は神園からボロクソに言われることさえ覚悟していた。その不安とは正反対に、神園は那須をべた褒め。驚きやら嬉しさやらが那須を襲う。対して父親は懐疑的、あまりの褒めように忖度しているのではないかと疑ってしまう。
「テクニック、メンタルとは具体的にはどういうところかな」
「ボーダーの機密情報に抵触したら嫌なので、お伝えできる範囲で説明します。まず、テクニック。彼女は全ボーダー隊員で3人しか扱うことの出来ない高等技術を持っている1人です」
リアルタイムでバイパーの操作が出来るのは、出水、神園、那須の3人だけだ。父親は素直に驚く。
「なるほど。それは確かにすごい」
「彼女の才能と努力の賜物です。次にメンタルについてですが、彼女は何百回負けを繰り返そうと諦めずに繰り返し挑戦します。心が折れない強靭なメンタル。僕もそんなメンタルが欲しいと、羨ましいくらいです」
「そうか。そうだったのか。うちの娘は、私たちの娘はそんなにすごいのか」
感慨深そうに呟く父親、窮地を脱することが出来て一安心の神園。キャパオーバーで顔を真っ赤にしている那須。変わらずニコニコしている那須母。
「お父さん、あっちで少し話そう。ね?」
「玲、待ってくれ。まだ食事が」
那須に連行され、リビングから去っていく那須父親。リビングにいるのは神園と那須母だけ。ニコニコしながら那須母が口を開く。
「玲がすごいのはわかったけど、危険よね?ボーダーに所属する以上、最悪死んでしまうこともありえる。違うかしら?」
「いえ、おっしゃる通りです」
(こっちもこっちで怖い。一難去ってまた一難ってやつかな。僕は難を望んでないよ)
「神園くんはそれでも、玲はボーダーという組織に必要だと、あの子のためにもその方がいいと思う?」
「思います。玲さんのお母様お父様は知らないかもしれませんが、彼女はトリオン体で動いている時、本当に楽しそうで嬉しそうで──とても輝いてます。心の底から楽しんでいる子どもからそれを取り上げるなんて、残酷だと思いませんか」
「確かに、ね。私たちはその玲を見ることは出来ない。でも、それは命よりも大切なの?」
「ボーダーに所属していようがいまいが、死ぬ時は死めます。もし、近界民がボーダー基地周辺以外に現れるようになったら、もし近界民が三門市以外で現れるようになったら、もし世界中で現れるようになったら?IFは考えれば無数にあります。どうせいつか死ぬんですから、悔いがないように生きた方が楽しいと思いませんか?まあ、玲さんの気持ちを僕は知りませんけど」
「でも、私たちは不安なの」
(これが、親心ってやつなのかな。那須は愛されてるなぁ)
「もし、もしも」
「お気持ちお察しします」
「玲の顔に傷がついてお嫁さんにいけなくなったらと思うと」
「?」
(待てよ、さっきまで死ぬとかそういう重たい話をしていたと思うんですけど。逃げ場がない可哀想な僕はそれに対して真摯に対応したのに、今度はお嫁さんにいけなくなるかもしれない?話の落差どうなってるんですか。待ってよ僕、まったくお気持ち察せてなかったんだけど)
「あ、いや、大丈夫ですよ。玲さんなら、多少傷がついてもすぐにお嫁さんにいけますよ。きっと、多分」
「保証してくれる?」
(保証しないって言ったら詰められそう)
「はい、保証します」
ニコニコ顔の那須母と今度こそ窮地を脱したと安心する神園。
「具体的な保証内容は?」
「え?」
「保証してくれるのよね?」
(ハズレ引いた。保証しないが正解だったのか。なにこの理不尽問題。運転免許の筆記試験かよ)
「あ、っと、玲さんに異性を紹介します。性格も顔もいい知り合いが何人かいるので」
「玲の好みじゃなかったら?」
「保証対象外ってことで」
「じー」
「ダメ、ですかね?」
「じー」
(大人ってずるい)
「玲さんの好みドンピシャの異性を紹介します」
「本当に?」
「えぇ、本当です。いや、まあ、そもそも玲さんに結婚願望が生まれた時点で相手がいるでしょうから、この保証は無意味だと思いますけどね」
嵐山准←兄弟大好きマン。人当たりがいいけど、狂気が垣間見える
奈良坂透←何時いかなる時も友だち。カラオケは君と綾辻さんで行ってね
那須母←那須が大人になったらこんな感じなのかな。那須のこと、本当に大切なんだろうなぁ。父親より怖かった
那須父←那須家のパワーバランスが見えた。那須愛されてるなぁ
綾辻遥←カ、ラ、オ、ケ、?
月見蓮←LINEで避けてごめんなさいした
那須玲←ちょっとさぁ、映画のチョイスどうにかしようか
嵐山准→警戒されてる?それにしても、なんでカラオケに行ってしまったんだ
奈良坂透→裏表ない友達。綾辻さんとのカラオケはお前が行け
那須母→愛する娘のためにお節介を焼いた。悪い子じゃなさそうだし正直なのもいい事だけど、付き合ってもないのに玲と一緒の布団で寝たいっていうのはちょっと...
那須父→玲は我が家の宝なんだ。玲の良さがわかるとは見る目がある。それはそうと、一緒の布団で寝たいと言ったんだって?ちょっと話そうか
綾辻遥→ボーダー内でウロウロしてたから声をかけたら思いがけずできたカラオケ仲間。奈良坂の予定を抑えるなんて造作もない。さあ、日程を合わせたからカラオケに行こう!
月見蓮→LINEでごめんなさいされた。後日謝りに来てくれるらしい。そんなに気にしなくていいのに
那須玲→お母さんとの会話全部ドアの前で聞いちゃった。今までにないくらい褒められたし、名前でも呼ばれた。文化祭にも遊びに来てくれる約束した。キャパオーバー
みんなでカラオケに来れてご満悦な綾辻さん
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絶望する奈良坂くん
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玄関で出迎えてくれた那須さん
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ベッドに座る那須さん
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那須さんが頑張るから、次回までお泊まり会が続いてしまった。