三輪隊作戦室。モニターにステージが発表されると同時に、米屋が大げさに笑い声を上げた。
「ステージ選択が『森マップ』とか、完全に狙撃手に仕事させる気ねぇな、神園のやつ」
米屋が狙撃手組である奈良坂と古寺に視線を向け、面白がるように話しかける。それに対し、奈良坂は静かに頷き、古寺は露骨に残念そうな表情を浮かべた。
「そうだな。平坦な地形に加えて、ステージのほぼ全てが森林で覆い尽くされている──俺たち狙撃手にとっては最悪なマップだ」
誰よりも早く高台を占拠し、斜線を通すことで味方をサポートするのが狙撃手の基本的な役割だ。高低差がほとんどない今回の森マップでは、味方への有効な援護を行うことが極めて難しくなる。
「逆に考えれば、私たちよりも片桐隊の方が辛いステージね」
月見が冷静に状況を整理し、盤面を共有する。
「向こうの攻撃手は一条くんだけ。木々が邪魔で射線が通りにくいから、銃手の片桐くん、狙撃手の桃園くんは立ち回りがかなり制限されるわ。スポッターの尼倉くんが強化レーダーで位置を特定してきたとしても、この条件下なら脅威ではないわね」
目を閉じ、静かに月見の分析を聞いていた三輪が、ゆっくりと目を開いて口を開いた。
「──やることは簡単だ。孤立して浮いた駒から確実に落とす」
「そうね。神園くんの隊は新人が2人いるから、連携の隙を突けば呆気なく決まる可能性もあるわ」
片桐隊作戦室。
「神園くんが森マップを選ぶのは計算通り。9割方、ここを選んでくると思ってたわ」
「聞かせてくれ、夏凜」
オペレーターの結束夏凜の言葉に、隊長の片桐が続きを促す。一条は準備運動で体をほぐしながら耳を傾け、尼倉と桃園は片桐同様、椅子に座ったまま真剣な視線をモニターに向けていた。
「神園くんが過去に森マップを選んだのは、『神園隊』『東隊』『諏訪隊』で当たったB級ランク戦の時だけよ」
「ああ、俺も覚えている。だが、あれは東さんの狙撃を警戒した射線潰しだろ?今回、奈良坂達をそこまで過剰に警戒するとは思えないが」
「ええ、東さん対策だったのも事実だと思う。でも、それだけじゃない」
結束は手元のタブレットを操作し、当時のデータを開く。
「あの試合は、月見花緒さんが初めてランク戦に参加した試合だった。そして彼女は、その試合で2人を撃破して結果を残してる。新人に初めてのランク戦で自信をつけさせるために、隊長である自身がカバーしやすい、あるいは敵の長距離射撃を無効化できるステージを選んでいるのよ。今までのステージ選択の傾向と彼の性格を判断材料に入れると──今回も同じ狙いだと考える方がしっくりくるわ」
データに基づいた客観的な推測に、神園のパーソナリティを加味した結束の予想。片桐隊がA級上位に食い込んでいるのは、各隊員の実力や連携もさることながら、彼女のような優秀なオペレーターの存在が大きい。
「それで、結局俺たちはどう動けばいいの?そこまで新人に気を遣うってことは、向こうにとっての不安材料でもあるって事じゃん。積極的に新人を狩りに行けばいい?」
ストレッチを終えた一条が結束に疑問を投げかける。
「違うわ。その逆よ。神園くんは2人に自信をつけさせるために、過保護なまでに守りに徹する可能性がある。一撃で仕留めきれればいいけど、もし手間取ったら、彼が『韋駄天』で一瞬にしてカバーに入ってくるわ」
「ってことは、神園隊はひとまず放置で、三輪隊狙いか?まあ、三輪隊もそう簡単に崩せるほど楽な相手じゃないだろ」
隊長の片桐がもっともな懸念を口にする。結束はその言葉を否定することなく頷いた。
「そうかもしれないけど、未知数な神園隊と正面から当たるよりは勝率が高いわ。基本方針は、奈良坂くんと古寺くんの狙撃手コンビ狙い。尼倉くんの強化レーダーで敵の位置を確認して、それが狙撃手であることを願いながら接近する。もし三輪くんや米屋くんだったら即撤退──だけど、落とせそうならそのまま仕掛けていいわ」
「えー、でも俺、神園とも話題の新人ともやり合ってみたいんだけど」
手堅い作戦に不満そうなのは一条だけだった。片桐は苦笑して肩をすくめる。
「欲張るな。まずは確実に三輪隊を崩すぞ」
「わかってるって。でも、いけそうだったら落としていいんでしょ?」
『さあ、始まりましたA級ランク戦新シーズン!一日目昼の部!実況は海老名隊オペレーター、武富桜子です!解説は東隊の東隊長にお越しいただきました!』
『ああ、よろしく頼む』
『本日のランク戦は、10位の【片桐隊】、9位の【三輪隊】、そして前回のランク戦で見事A級への挑戦権をもぎ取った期待のルーキー【神園隊】の三つ巴戦です!マップの選択権は神園隊ですね』
『ああ。どんなマップを仕掛けてくるか見ものだな』
『神園隊が選んだマップは──【森マップ】!中・遠距離隊員泣かせのマップです!神園隊がランク戦でこのマップを選ぶのは、過去に一度だけありましたね』
『そうだな。森マップは近・中・遠距離、どのポジションにとっても非常に戦いにくい。近距離戦闘では木々が邪魔をして決定打に欠け、中距離・遠距離はとにかく射線が通らない。このマップを好んで選ぶのは、あの神園くらいのものだろうな』
『神園隊は今回がA級ランク戦デビューです。それだけに、気合いの入り方もひとしおなのかもしれません!』
『では、この森での三つ巴、一体誰が先手を取るのか──まもなく試合開始です!』
──カウントダウン開始。
『3....2.....1....ランク戦スタート!』
『おっと、ここで天候が判明しました!神園隊が選んだ天候は──【雪】です!森にしんしんと雪が降り積もり、視界と足場を容赦なく奪っていきます!』
『.....容赦ないな、神園のやつ』
「運がなかったね。僕と遭遇するなんて」
「いーや!むしろ運がいい!」
最初に会敵したのは、片桐隊の一条と神園だった。両手にレイガストを構えた一条は、下がるどころか真っ向から神園へと踏み込む。対して神園は、片手でバイパーを起動しながら、一条が詰めてきた距離と同じ分だけ後退し、正確に一定の間合いを保ち続ける。
『雪丸、深追いしないで。明らかに誘ってるわ』
結束の忠告が一条の耳に響く。
(んなこと言っても....!詰めなかったら一方的に蜂の巣だっての!)
一条が足を止めれば、容赦なく変幻自在のバイパーが四方八方から襲いかかってくる。ここから引くには、神園の意識を逸らすほかない。
だが、当然ながら神園がそんな隙を易々と見せるはずがなかった。
神園は片手でバイパーを操り、もう片方の手はシールドを即座に展開できるよう遊ばせている。
仮に他隊の狙撃手や銃手が乱入したとしても、一条が逃げるための時間は稼げないだろう。
ならば、一条雪丸が為すべきことは一つ。ここで神園を足止めし、その間にチームの仲間が別所で戦果を挙げることを信じるのみ。この化物を単独で引き留められるなら、それだけでも十分すぎる功績だ。
(くっそ、思った以上にやりづらい。でも、今は耐えればいい。耐えて、耐えて、耐え抜けば.....夏凜が言っていた神園の『悪い癖』が出るはずだ!)
少しずつ距離を詰めようと猛攻を仕掛ける一条と、決して決定的な間合いに入らせない神園。膠着状態に見えた二人の戦闘は、唐突に動き出した。
「A級も下位だとこの程度か。もういいよ──終わらせてあげる」
神園の目が冷たく細められ、遊ばせていた左手にもバイパーのキューブが浮かび上がる。
神園の悪い癖。相手を見下し、格下であると断じる傲慢さ。
一瞬の隙。1秒にも満たない時間。神園が防御を捨て、『フルアタック』へと切り替えようとしたその瞬間──一条を牽制していたバイパーの弾幕がフッと止んだ。
レイガスト二刀流で防御の硬い一条を落とすには、神園といえどフルアタックで削り切るしかない。それが片桐隊全体の共通認識だった。
その認識自体は決して間違っていない。バイパー単独の牽制では、一条を落とすのに時間がかかる。言い換えれば、フルアタックか孤月による戦闘であれば、苦労せずとも倒せる。
それならなぜ、神園はこれまでそうしなかったのか。理由は単純だ。自分の隊の新人たちに経験を積ませ、決定打の『自信』をつけさせるため。
つまり、一条が隙だと判断した神園の挙動は──周到に用意された罠に過ぎなかった。
「『スラスター』オン!」
一条は右手のレイガストを盾のように前へ突き出し、スラスターの推進力で一気に神園の懐へと加速した──その瞬間。
「『テレポーター』」
一条の背後の空間が歪み、草壁が姿を現した。
一条が反応するより早く、草壁のスコーピオンが閃き、一条の右腕が根元から吹き飛んだ。
「っ!このタイミングで伏兵かよ!」
想定外の奇襲を受け、体勢を崩した一条だったが、A級攻撃手としての意地が反射的に彼を動かした。即座に神園への突撃をキャンセルし、左手に残ったレイガストを背後の草壁へと向け、スラスターを起動する。
推進力の暴力で草壁を道連れにしようとしたその判断力と反応速度は、賞賛に値するものだった。相手が草壁一人であったなら、一条が勝っていただろう。
だが、彼が相手にしているのは──神園隊という化物集団である。当然ながら神園が目の前で起きることを無視することはない。
一条の左腕が、勢いよく宙を舞った。
バイパーから孤月に持ち替え、瞬時に『韋駄天』を起動した神園の刃が、スラスターの軌道を容易く置き去りにし、一条の腕を斬り飛ばしていた。
「決めるんだ、草壁」
「はい!」
両腕を失い、抵抗の術を絶たれた一条の首を、草壁のスコーピオンが容赦なく跳ね飛ばした。
「よし。索敵しつつ、敵を見つけたら木虎のワイヤー陣まで誘導する。今回参加してる隊は大したことないけど、油断せずにいこうか」
「はいっ!」
ナチュラルにA級部隊を見下す神園の不遜な言葉にツッコむことなく、草壁は素直に頷いた。ランク戦で得た初めての撃破ポイントの喜びに、密かに胸を震わせながら。
「──ウザイな」
「嫌な戦い方してくるねぇ。俺の戦い方もバレてるし、時間かけたら神園が来るけどどうするよ?」
森の別所では、木虎が単独で三輪と米屋の相手をしていた。幸か不幸か、この場に片桐隊は現れていない。木々という天然の障害物が多いステージのため、片方が徹底して守りと逃げに徹してしまえば、A級上位の二人といえど容易には捕捉できない。
「ここで落とす。ついさっき、片桐隊か神園隊のどちらかが1人落ちた。俺たちも負けるわけにはいかない」
三輪が鉛弾を装填し、木虎の逃げ道を塞ぐように射撃を放つ。
(草壁が1人落としたのに、私が誰も倒せずベイルアウトなんて絶対に嫌。そんなのありえない)
いくら木虎が優秀で地形の利があろうと、格上の二人を相手に長時間の足止めは無謀に近い。だが、それを可能としているのは木虎の意地だった。草壁にだけは負けたくないという負けん気と、エベレストのように高いプライド。
だが、限界は近かった。逃げ回り、立ち回るために多用したグラスホッパーが、木虎の少ないトリオンを確実に削り取っている。
グラスホッパーを使えるのはあと5回。切り札の旋空弧月を1度でも振るえば、他のトリガーが機能しなくなるほど消耗していた。
それでも、2人の猛攻を耐え凌ぎ──ついに、木虎に反撃のチャンスが舞い降りた。
木虎を追いつめていた三輪と米屋の死角から、無数のバイパーとハウンドが牙を剥く。言うまでもなく、神園と草壁の援軍だ。
「──チッ。来たのか、神園」
「へぇ、これマジでヤバい感じじゃん?」
「よく耐えたね、木虎。2人とも好きに動くといい──米屋と三輪の攻撃が君たちを捉えることはないよ」
強気のバイパーによるフルアタック。本来なら隙だらけの諸刃の剣だが、神園が使うと絶対的な安心感がある。事実、神園の弾幕が三輪たちの動きを完全に封じ込め、木虎と草壁を力強く鼓舞した。
「攻守交替だ。いたぶられた分、100倍にして返せばいい」
神園の偉そうなな号令とともに、二人の新人が躍動する。
神園の弾幕で作られた死角を突き、木虎の旋空弧月が米屋を一刀両断し、草壁のスコーピオンが三輪の胸を貫いた。
その乱戦の裏側で、片桐の射撃が古寺を仕留め、奈良坂の狙撃が尼倉を射抜いていた。
その後、神園隊は残る敵を索敵するも見つけることはできず、孤立した奈良坂と桃園は自らベイルアウトを選択。片桐は欲張らずにタイムアップまで身を潜めた。
『おぉ〜っと!本日のハイライトです!最初に巡り会ったのは一条隊員と神園隊長!攻める一条隊員と、冷静に距離を取りながら弾幕を張る神園隊長!東隊長、この展開をどう見ますか?』
『片桐隊の強みはお互いをよく理解している連携だ。一条の防御は硬いが、神園の腕なら本来そこまで時間はかからないはずだ』
(それなのに敢えて時間をかけているってことは──まったく、お前は過保護だな。いや、傲慢と言った方がいいか?)
『おっと!草壁隊員が神園隊長と一条隊員が戦闘している場所に向かっています!その間、木虎隊員はスパイダーで地形を整えていますね!』
『米屋と秀次が合流したな。このままだと、木虎とぶつかりそうだが──おっと、一条が落とされた』
『一条隊員!見事に誘い込まれてしまった!今回のランク戦、最初の脱落者となってしまいました!』
『一条が優秀であるからこそ、神園が意図的に作った一瞬の隙に喰らいついてしまったな。悪くない判断だったが、もう少し警戒すべきだった』
(やはり新人に華を持たせたか。いい隊長に成長しているな)
『一方で木虎隊員、見つかってしまいました!三輪隊長と米屋隊長という強力なタッグを相手に、木とグラスホッパーを利用して巧みにかわしています!』
『だが、木虎はトリオン量が多くない。このままだとすぐにジリ貧になる。おっと、片桐が古寺と接触して落としたな。草壁と神園も木虎の元へ移動を始めた』
『スポッターがいると、狙撃手は本当に大変ですね!今回みたいな見晴らしの悪いステージだと特に致命的です!』
『ああ。片桐も接近した相手が狙撃手であることを願っていただろうな。もし近接アタッカーを引いていたら、落とされていたのは片桐の方だったかもしれない』
『なるほど!確かに、銃手の片桐隊長にとっても斜線が通らないこのステージ、決して条件がいいわけではありませんね!』
『それにしても、木虎がよく粘る。とても初めてのA級ランク戦とは思えないな』
(木虎も草壁も優秀だ。神園が選んだ時点で疑う余地はないが、動きに固さがないのがなにより良い)
『あーーっと!ここで神園隊が勢揃い!一気に形勢逆転です!三輪隊、狩る側から狩られる側へと変わってしまった!』
『これで決まったな。尼倉を落とした奈良坂はベイルアウト。桃園も落とされる前に自主撤退。片桐は欲張らずに身を隠したようだ』
『神園隊、恐ろしい連携です!神園隊長の四方八方からのバイパーがとにかく嫌らしい!』
『新人二人の連携はまだ甘いところがあるが、神園の圧倒的なフォローがそれを完璧に補っている。この陣形を崩すのは至難の業だろうな』
(視界外から飛んでくるバイパーは厄介極まりない。しかも、神園はトリオン量も豊富だから弾幕を無視して突っ込むこともできない)
『三輪隊、粘りましたが二人とも落とされました!──そしてここでタイムアップ!盤面に生存したのは神園隊の3人と、隠れ切った片桐隊長のみです!』
『生存点はつかないのか』
『はい!規定により、今回の最終スコアは【神園隊3点】、【片桐隊1点】、【三輪隊1点】となりました!神園隊、見事な勝利です!』
「僕たちが勝つのは当たり前だよ。次のランク戦も、その次も──僕たちが勝つ」
「当然です」
「はい」
「......これでいいのかな、うちの隊は?」