勝った。
今季の最後のランク戦、『神園隊』『二宮隊』『太刀川隊』という、ボーダーの頂点を決めるような三つ巴の激戦を制して、僕たちがA級1位になった。
それなのに。
「──なにこの、お通夜みたいな雰囲気」
ステージから戻った僕を出迎えたのは、歓喜の歓声でも、労いの言葉でもなかった。ただ重く、ひどく沈んだ空気が部屋全体を支配していた。
ソファに座る2人の少女、草壁と木虎は、まるで世界が終わったかのような暗い顔をして、膝の上でぎゅっと拳を握りしめている。
「めでたいことですし、私たちの隊が1位になったのは本当に嬉しいですけど......私は何もできませんでした」
草壁が、絞り出すような声でポツリと呟いた。その声には、隠しきれない悔しさが滲んでいる。
「認めたくありませんが、私も草壁と同じです。こんな戦いをしておいて、A級1位だと堂々と名乗っていいのか......」
木虎もまた、俯いたまま唇を噛み締めていた。プライドが高い彼女にとって、今回の自身の結果は耐え難いものだったのだろう。
「2人とも落ち込んでるのよ。今回のランク戦で真っ先に落とされたから」
ああ、そういう事か。確かに驚いた。
今回の僕たちの隊の作戦は、何よりも合流最優先だった。二宮隊と太刀川隊は個人としての実力も高い。
新人の2人が単独でどうにかなる相手じゃない。だからこそ、僕と合流するまで絶対に戦闘を避けるように指示を出していた。
でも、2人は合流する前に、開始早々に脱落した。それだけの話だ。
「草壁は烏丸に遭遇して、逃げようとしたところを上手く誘導されて出水に撃ち抜かれたんだよね」
僕が淡々と事実を口にすると、草壁の肩がビクッと跳ねた。
烏丸の立ち回りと、出水の天才的な弾道。
あの2人の連携に挟まれれば、A級上位のアタッカーでさえ無傷では抜け出せない。経験の浅い草壁が狩られるのは、ある意味で必然だった。
「木虎は二宮さんと遭遇して、強行突破を試みるも瞬殺」
僕の言葉に、木虎はさらに深く俯いてしまった。
二宮さんのフルアタック。あれは天災のようなものだ。
遮蔽物のない場所で真正面から対峙してしまえば、トリオン量に劣る木虎のシールドなんて紙切れ同然に吹き飛ばされる。
ああ、どうしようか。
まあでも、こうなることは戦う前から分かっていた。だからこそ僕は、合流を最優先にしたんだ。まさか2人が運悪く、開始数分で会敵するなんて思ってもみなかったけど。
それでも、結果として僕がポイントを稼ぎ、チームを1位に導いた。それで充分じゃないか。
「神園くん。もう少しオブラートに話しなさい」
今さんの冷たい声が、僕の背中を刺した。振り返ると、今さんが非難めいた視線で僕を見つめている。
「ああ、ごめん。でも、事実だから仕方ないよね」
今さんに注意されちゃった。
2人も目に見えて落ち込んでるし、どうやってこの空気を変えようか。僕は頭を掻きながら、適切な言葉を探す。
「「神園先輩」」
僕が考えていると、木虎と草壁が同時に顔を上げ、凛とした声を発した。声が揃うなんて、本当に仲良いよね、君たち。
「私はもっと強くなりたいです。神園先輩の足手まといにならないくらいに」
草壁の瞳には、先程までの暗い影はなかった。代わりに、ギラギラとした強い意志が宿っていた。
「お忙しいのは重々承知してますが、もっと厳しく私たちを鍛えてください。神園先輩に追いつけるように頑張りますから」
木虎もまた、決意に満ちた表情で僕を真っ直ぐに見据えていた。
あのさ。
......勝ったんだけど?
僕たち、ランク戦に勝って、名実ともにA級1位になったんだけど。なんだかすっごく負けた雰囲気を醸し出してるけどさ。
まあ、君たちの気持ちはわからなくない。
今回の試合、僕たちの隊が獲得したポイントは全て僕1人が稼いだものだ。2人にとっては、何もできずに終わった試合。
自分がチームの勝利に貢献できなかったという不甲斐なさが、焦りとなって心を焦がしているんだろう。
「えっと、まずは打ち上げじゃない?僕たちがA級1位になったのは紛れもない事実なんだし。今さんもそう思うよね?」
僕はあえて2人の決意を軽く受け流し、今さんに話を振った。あんまりナーバスになってもいいことはない。
今さんは僕の意図を察してくれたのか、優しく微笑みながら頷いた。
「そうね。頑張るのはその後からにしましょう。ずっと走り続けたら息切れしちゃうわ」
「ほら、今さんもこう言ってるし。今日は美味しいものを食べて、ゆっくり休む。あとのことはまた後で考えればいい」
僕がニヤリと笑うと、木虎と草壁は顔を見合わせ、やがて小さく、しかし力強く頷いた。
「はい......!覚悟しておきます」
「神園先輩のしごき、受けて立ちます」
今までよりも特訓をやるとは言ってないんだけど。勝手に肯定したことになってるみたいだ。
「よし、それじゃあ行こうか」
カゲさんのお好み屋さんでいいかな。
「はぁ、根付さんからの呼び出し面倒だ。どうせまた、広告塔になってほしいってお願いだろうし。何回も断ってるのに、しつこいんだよなぁ」
本部基地の廊下を歩きながら、僕は誰に聞かせるでもなく独りごちた。
防衛任務やランク戦ならまだしも、こういう政治的というか、広報的な絡みは本当に勘弁してほしい。僕に愛想を振りまけと言う方が間違っているのだ。
前回のランク戦でA級1位の座を掴み取ってから、早くも4ヶ月が経過した。
結論から言うと、今季のランク戦で僕たち『神園隊』は残念ながら2位に降格することになった。
理由は明確だ。僕が意図的に、2試合連続で序盤にベイルアウトしたからだ。
僕がいない盤面で、木虎と草壁がどう考え、どう動くのか。それを外から観察したくて試みた荒療治だったが、結果は芳しくなかった。
絶対的な支柱であったはずの僕が早々に落ちたことで、2人は目に見えて動揺し、普段通りの動きが全く出来ていなかった。
平常心を取り戻し、自分たちで戦術を再構築できれば勝てただろうに、彼女たちはまだまだ未熟だった。
だけど、これでいい。敗北の味を知り、自分の弱さを自覚した2人は、ここからさらに強くなる。隊長として、その確信はある。
余談だけど、佐伯隊──改め、月見隊と当たることはなかった。
上位をキープしてる僕たちと、下位をウロウロしている月見隊は戦えなかったからね。僕が教えてあげるつもりだったけど、石ころの群れでどれだけ頑張ろうと無駄だって花緒も理解しただろう。
とりあえず、僕たちの隊の未来は順調だ。
だけど、ボーダー全体を見渡せば、順風満帆な隊ばかりではない。
むしろ、深く苦しんでいる隊がある。
二宮隊だ。
鳩原さんが、重要規律違反を犯して失踪した。
その影響で、二宮隊は隊ごとB級への降格と、2季のA級昇級停止処分を受けることになったという。
僕は鳩原さんとは挨拶を交わす程度の親交しかなかったから、彼女が何を思い、どうしてそんな凶行に及んでしまったのかは分からない。
ただ、残された二宮さんの怒りと焦燥は、遠目からでも痛いほどに伝わってくる。
最近の二宮さんは触れれば切れそうなほどピリついていて、正直言ってすごく怖い。
そんなことを考えながら、僕は角を曲がった。
次の瞬間、衝撃的な光景が僕の視界に飛び込んできた。
──カゲさんが、根付さんにアッパーを喰らわせている姿が。
え、待って待って。カゲさん。
相手はボーダーのメディア対策室長、お偉いさんだよ。
確かにカゲさんは、根付さんのような裏で腹を探り合うようなタイプを一番嫌悪しているだろうけど、それでも殴るのは不味すぎる。
ドサッという鈍い音とともに、見事に吹っ飛んだ根付さんが無様な尻もちをついた。
カゲさんの後ろでは、仁礼さんをはじめとする影浦隊の面々がアワアワとパニックに陥っている。
思考がフル回転する。
見て見ぬふりをして立ち去ることは簡単だ。
だけど、このまま放置して本部へ報告がいけば、最悪の場合カゲさんはボーダーから除隊処分を受ける可能性がある。
どれだけ情状酌量の余地があったとしても、幹部への暴力行為だ。よくても隊の解散と長期の謹慎は免れないはずだ。
カゲさんは、ボーダーじゃないと生きていけない。
感情を受信してしまうという厄介なサイドエフェクトに苦しめられてきた人間だからこそ、ボーダーという実力主義で、ある程度枠組みが守られた環境が彼にとってどれほど重要な居場所であるか、同じくサイドエフェクトに苦しんだ僕には痛いほどわかる。
「根付さん、大丈夫ですか?」
僕は素早く表情を切り替え、根付さんに駆け寄った。
「あ、あぁ。少し驚いたが......」
顎をさすりながら、根付さんが痛みに顔をしかめる。
......はぁ、本当に嫌だけど、こうするしかないみたいだ。
自分の平穏な日常を切り売りしてでも守る価値が、カゲさんにはある。
僕みたいな先輩想いな後輩がいることに、カゲさんは一生感謝した方がいい。
「根付さん。以前からお話しいただいていた広告塔になる件ですが、引き受けようと思ってるんですよ」
僕が耳元でそう囁くと、根付さんの動きがピタリと止まった。
「おおっ、それは良い......!」
痛みを忘れたかのように、根付さんの顔にパァッと打算的な笑みが広がる。
僕にとっては地獄の契約だ。
広告塔になんて、死んでもやりたくなかった。
見ず知らずの他人に声をかけられたり、愛想笑いを作ったりするようになるのは想像しただけでも反吐が出るほど面倒だ。
できることなら、今まで通り身内だけで楽しく過ごしていきたかった。
でも、カゲさんがボーダーからいなくなるのは絶対にダメだ。
サイドエフェクトに苦しめられた同類というだけでなく、僕たちが初めてA級1位になった時、お好み焼きを焼きながらツンデレを発揮して喜んでくれたのは彼だった。
口は悪いしすぐ手が出るけれど、不器用ながらいつも後輩を気にかけてくれる、根は最高にいい人なのだ。
そんなカゲさんが、こんなつまらないことで居場所を失うなんて許せない。
「だから、この件は穏便に済ませてもらえませんか」
僕は根付さんを見据え、取引を突きつけた。
僕の自由と引き換えに、カゲさんの首を繋ぐ。
割に合わない取引だけれど、悪くない。本当に割に合わないけど。
──カゲさん、お好み焼き奢りですよ?
僕は心の中でそう呟きながら、根付さんの後ろをついていった。
結果、神園隊はしばらくの間、広報活動に注力することになった。
少なくとも2季のランク戦は見送ることが決定している。
もしこの広報活動が軌道に乗らなければ、その空白の期間はさらに延びていく可能性すらあるらしい。
ん?ああ、僕たちの活動は動画配信などをメインに行うらしい。
ボーダーの顔として老若男女全体に幅広くアプローチしている嵐山隊に対し、僕たちはネット媒体を駆使して若年層~中年層のターゲットにフォーカスする戦略だそうだ。
『僕たち』とは言っているけれど、実際に活動するのは、もしかしたら僕と今さんだけになるかもしれない。
根付さんとの交渉の際、最悪のケースとして僕1人が矢面に立てばそれでもいいという許可をしっかりと取ってあるからね。
だって、広告塔になるというこの件は、僕が僕自身の都合で勝手に決めたことだ。
今さんはオペレーターだから、いなくなられたら本気で困る。それこそ、みっともなく縋りついてでも残ってもらうつもりだけど、木虎と草壁の2人は事情が違う。
あの2人は今、何よりも強くなることに真っ直ぐな意欲を見せ、ひたすらに上を目指して足掻いている。
そんな大切な時期に、ランク戦への参加という成長の機会を奪い、僕の事情に巻き込む権利なんてない。
だからこそ、僕の自分勝手な決定に彼女たちが素直についてきてくれるかはわからないし、その意志を捻じ曲げてまで強制するつもりも毛頭なかった。
もし抜けるとしても、加古隊と嵐山隊に推薦してあげるつもりだ。そうならないと嬉しいけどさ。
草壁と木虎は、果たしてこんな僕についてきてくれるだろうか......
お久しぶりです。