今日は広報活動の定例報告の日だ。
「──期待以上だ。やはり、君の隊を広報にして正解だったよ」
メディア対策室長である根付さんは、広々としたデスク越しにこの上なくニコニコとご満悦な笑みを浮かべていた。
手元のタブレットには、僕たちのチャンネルの再生数や登録者数の推移が、綺麗な右肩上がりのグラフとして表示されているのだろう。
ボーダー入隊の問い合わせが倍以上に増えているという話だし、手放しで喜ぶのも無理はない。
「ありがとうございます」
「この調子なら、来年からは週1投稿切り替えの許可を出せそうだよ。本当によく頑張ってくれている」
「何か活動で困っていることはないかな?」
根付さんの声はどこまでも穏やかで、労いに満ちている。
僕は少しの沈黙を置き、ずっと抱えていた懸念を率直に口にした。
「広報活動は問題ありませんが......僕以外の隊員の実力が下がってしまわないか不安です。動画を優先してる都合上、本部に来ることが多くても週1なんで」
木虎藍、草壁早紀、そして帯島ユカリ。
本部に来た時は、限られた時間の中で追い込むような厳しい特訓をつけている。
だが、以前のようにその日のうちに修正点を改善できるような指導ができているかと問われると、決してそうではない。
「──ふむっ。それなら、家の地下室に行くといい。そこに訓練室を用意している」
「え?そんなこと、聞いてませんけど」
本部が用意したあの撮影用の一軒家で共同生活が始まってからそれなりに経つが、そんな設備があるなんて一言も言われていない。
そもそも、そんな話は初耳だ。
「広報活動が軌道に乗ってから伝えるつもりだったんだよ。初めから伝えて、特訓に夢中で広報活動を疎かにされたら困るからね」
根付さんは悪びれる様子もなく、飄々とお茶を飲みながら言ってのけた。
なるほど。本当にこの人は食えない。腹立たしさはあるが、同時にあまりにも合理的な判断だとも思う。
「......教えてくださって、ありがとうございます」
僕は小さくため息をつきながらも、深く頭を下げた。
それなら話は全く変わってくる。いつでも自由に使える訓練室が家にあるなら、実質的にあの一軒家はボーダーの支部と同じようなものだ。
時間を問わず彼女たちを鍛え上げることができる最高の環境が、文字通り足元に眠っていたのだ。
「礼には及ばない。君たちの頑張りが結果となり、そして信頼を築いたから私は教えたんだ。今後も期待しているよ」
根付さんの言葉を背に受けながら、僕はメディア対策室を後にした。
廊下を歩く僕の足取りは、ここに来た時よりもずっと軽かった。
僕の頭の中ではすでに、木虎たちを限界まで追い込むための、新しい特訓メニューがいくつも組み上がり始めていた。
早く家に帰って、あの三人にこの朗報を教えてあげよう。
そんなことを考えながら角を曲がろうとした時、ふわりと上品で甘い香水の匂いが鼻腔をくすぐった。
「あら、奇遇ね」
壁際で腕を組み、優雅で美しい笑みを浮かべていたのは、加古さんだった。
相変わらず、ただそこに立っているだけで周囲の空気を華やかにするオーラがある。
「そんなところで待ち伏せしておいて、奇遇も何もないと思いますけど、加古さん」
僕は呆れ半分にツッコミを入れた。
メディア対策室から僕が出てくるのを、完全に狙い澄ましていたとしか思えないタイミングだ。
「ふふっ、そんなことより、もう帰ろうとしてるでしょ?」
加古さんは僕のツッコミを軽やかに受け流し、一歩距離を詰めてきた。
「まあ、動画撮影があるんで」
「20分でいいから付き合ってくれない?」
加古さんは少しだけ上目遣いになりながら、どこか有無を言わさない声でそう言った。
「いいですよ。根付さんへの報告が思ったよりも早く終わったんで」
断る理由もないので、僕は特に迷うことなく了承の返事をした。
「ありがとう。それじゃあ、行きましょうか」
嬉しそうに微笑み歩き出した加古さんの隣を、僕は歩く。
神園先輩。
加古さんがボーダーで1番強い人だって、前に話してくれたことがある。
私は戦っている姿を見たことがないから、イマイチ信じられないけど、加古さんがいうならそうなんだと思う。
「加古さんが『黒江と戦ってあげて』っていうからやるけど、手加減してあげようか?加古さんは君に僕との戦いで学んでほしいみたいだし」
「いりません。全力で来てくださいさ──」
気がついた時には首が飛んでいた。
何が起きたのか、全く理解できなかった。先輩が腰の弧月に手をかけた動作すら見えなかった。
「──ああ、全力ね。はい、1本。10本勝負みたいだから、残り9本だね。手加減してほしい?」
その声はどこまでも平坦で、私という存在を敵として認識していないのがよくわかった。
悔しさと恥ずかしさが一気に沸き上がり、私は唇を強く噛み締める。
「いりませんっ......!」
転送が完了し、再び神園先輩の正面に立つ。
2本目。
まともにやり合っても制圧されるだけだ。それなら、私の最大の武器である機動力で圧倒するしかない。
『韋駄天』を起動する。
視界が追いつかない程の超高速移動。このトリガーなら、いくら神園先輩といえど反応しきれるはずがない。
一気に距離を詰めている途中で、高速で移動しているはずの私の視界が、不自然に回転した。
またしても、天井が映る。
「え......?」
「今のは僕以外にできる人はいないから気にしなくてもいい」
神園先輩は、私が韋駄天で移動している途中で孤月を振り下ろしたんだ。
先輩の持つ『超動体視力』というサイドエフェクト。韋駄天の超高速すら、止まって見えているとでもいうのだろうか。
3本目。
もう一度だけ試してみたい。再び韋駄天を起動する。2回起動することで軌道を読ませないように急接近する。これなら、いくら目が良くても対応できないはずだ。
「っ......!」
再び私の首が宙を舞う。
「頭の固い使い方をしているね」
神園先輩はため息混じりにそう言った。
「最終的に僕を斬るためにどこに現れるか分かりやすい。軌道の終着点が読めているなら、そこに刃を置いて待つだけでいい。韋駄天は速いだけで、自由度がないからね。僕のような天才を除いて」
屈辱で顔が熱くなる。
私の韋駄天が、まるで子どものお遊戯のように扱われている。
4本目。
韋駄天が通用しないなら、純粋な技量だけで勝負する。
神園先輩はだらりと弧月を下げ、完全に隙だらけの姿勢をとっていた。私を誘っているのは明白だったが、それでも行くしかなかった。
鋭い踏み込みから、先輩の上段へ向けて渾身の一撃を放つ。
刃が、確かに先輩の首を捉えた。
その確信があったはずなのに......視界が反転し、私はまた床に転がっていた。
「な、んで......」
意味がわからない。先輩は動いていなかった。私の弧月は確実に首を薙いだはずだ。それなのに、なぜ私の首が落とされているのか。
「これが韋駄天の有効な使い方だよ」
神園先輩の言葉に、私は目を見開いた。
韋駄天を使った?いつ?動かずにずっとそこに立っていたはずなのに。疑問が渦巻くが、先輩はそれ以上何も語ろうとしなかった。
5本目。
距離を取って頭を冷やそうとしたが、その考えは甘かった。
神園先輩の周囲に、無数のバイパーのキューブが浮かび上がる。フルアタックだ。
瞬く間に一斉に放たれたバイパーは、まるで意思を持っているかのように不規則な軌道を描き、私の接近経路を完全に塞いだ。
軌道上にバイパーの弾幕が敷かれている以上、韋駄天は自殺行為に等しい。
「くっ......!」
近づけないなら、中距離から仕留めるしかない。
私は弧月にトリオンを込め、『旋空弧月』を放った。広範囲を薙ぎ払う斬撃がバイパーの網を切り裂き、神園先輩へと迫る。
だが、先輩は最小限の動きでいとも容易く防ぎ切り、その間に死角から回り込んでいたバイパーの群れが私の全身を貫いた。
「苦し紛れの旋空弧月は怖くないね。少なくとも、太刀川さんレベルじゃないと」
先輩の言動が、私の心を抉る。
6本目。
まともに攻めても防がれるなら、目眩ましを使う。サブトリガーの『魔光』を起動し、強烈な閃光を放った。
視界を完全に奪ったはずだ。その隙を突き、再び旋空弧月を叩き込もうと構えを取る。
だが、光を放ったまさにその瞬間、私の腹部に強烈な衝撃が走った。
「きゃあっ......!」
飛んできたのは、神園先輩の弧月だった。目が見えないはずなのに、彼は正確に私に向かって武器を投擲してきたのだ。
体勢を大きく崩した私の頭上に、無情にもメテオラの爆発が降り注いだ。
「見えなくても、どこから光が発せられたか分かっているんだから怖くない。攻撃に使うなら撹乱中にやるべきだね。光らせてから攻撃の準備をするなんて、隙だらけもいいところだ」
炎に包まれながら、私は自らの浅はかさを痛感した。普段ならもっと上手く使えるのに、焦りから動きが単調になっているのがわかる。
7本目。
小細工は通じない。純粋な技量でも劣る。
それでも、私はA級部隊の攻撃手だ。このまま負け続けるわけにはいかない。
気合いを入れ直し、私は怒涛の連撃を仕掛けた。
右、左、上段、下段。
当たる。そう確信した一撃が、全て紙一重ですり抜けていく。
まるで蜃気楼を相手にしているかのような不気味な感覚。私の届いているはずの刃が空を切る。
焦りが生まれ、私の動きから繊細さが失われていく。
闇雲に弧月を振り回し、体勢が前のめりになったその瞬間......あっさりと、私の首は落とされた。
「加古さんが動画を撮っているだろうけど、それを見ないで気づくことができた方が君は強くなる」
神園先輩は、私の散りゆくトリオン体を見下ろしながら、謎めいた言葉を残した。
気づく?何に?
今の彼がどうやって私の攻撃を躱していたのか、そのカラクリに気づけということなのだろうか。
8本目。
今度は先輩の方から動いた。
手にするのは孤月一本のみ。他のトリガーは何も使ってこず、純粋な技量による勝負。
私は完全に防戦一方に追い込まれた。重い。速い。そして何より、主導権を奪えない。
私が一歩下がれば二歩踏み込まれ、私が前に出ようとすればすでに刃がそこにある。
圧倒的な技術の差。トリオン量ではなく、ただ純粋な技術だけで、私は子ども扱いされていた。
手も足も出ないまま、弧月が私の急所を的確に斬り裂いた。
9本目。
どうすればいい。どうすればこの化物に一矢報いることができる。
やっぱり、私の一番頼れる武器はこれしかない。先輩の動きを見ながら、再び韋駄天を起動する。完璧なタイミングだった。
それなのに、私の身体が超高速で移動しているその真っ只中──突如として、私の体が吹き飛ばされた。
「なっ......!?」
グラスホッパーを軌道途中におかれたのだ。韋駄天による超高速移動中に、予期せぬ方向への加速を強制される。
私の身体はまるでピンボールのように空高く弾き飛ばされ、完全に制御を失った。
無防備に宙を舞う私の身体を、神園先輩のバイパーが容赦なく撃ち抜く。
「どれだけ速かろうと、事前に登録した動きしかできないのが分かっているんだから、軌道が読みやすい。軌道と使うタイミングが分かれば目を瞑ってでも防げるよ」
10本目。
これが最後。
心は既に折れかけている。
それでも、私は立ち上がった。
加古さんに認められた攻撃手としての意地。それだけが私を動かしていた。
真っ向から飛び込み、ありったけの技術を振り絞って斬り結ぶ。
「ここはもっと踏み込める」
弾き返される。
「返しが遅い。それだと次の防御が間に合わない」
かわされる。
「視線で狙いを教えすぎている。人以下のバカ相手なら勝てるだろうけど、人間には通じない」
仕掛ける度に、私の孤月を容易く捌きながら、厳しい指導の言葉をぶつけてきた。
実戦形式のランク戦を想定した手合わせなのに、繊細は私をただの『生徒』として扱っている。対等な相手として見ていない。
それでも、言葉の一つ一つが私の欠点を正確にえぐり出し、私をより高みへと引き上げようとしているのが分かった。
そして最後は......容赦なく、私の首が宙を舞った。
10戦全敗。
かすり傷一つ負わせることができなかった。
「終わったね」
神園先輩は小さく息を吐き、体を伸ばしている。
その表情は、私を軽蔑するものでも、嘲笑うものでもなかった。落ち着いた眼差しだった。
「うん、君はいい攻撃手になる」
え......?
思わぬ言葉に、私は顔を上げた。
「加古さんが目をつけてなければ、スカウトする予定だった。僕には勝てないだろうけど、才能があるから頑張りなよ」
それだけを言い残し、背を向けて訓練室から出て行った。
その背中が見えなくなるまで、私はその場から動くことができなかった。
悔しい。情けない。自分がどれほど井の中の蛙だったかを思い知らされた。
でも、それ以上に......私の胸の奥には、先輩に対する強烈な『尊敬』と、もっと学びたいという熱い渇望が渦巻いていた。
あんな風になりたい。あんな風に、相手の動きを全て支配してみたい。この人みたいに──強くなりたい。
私は小さく深呼吸をして、加古さんの元に戻った。
「お疲れ様、双葉。神園くん、相変わらず容赦ないわね。さあ、一緒に戦闘動画を見直しましょうか」
加古さんは優しく微笑みながら、タブレットを操作しようとした。
「......加古さん。少し、待ってください」
私は加古さんの手を遮った。
頭の中で、7本目の時に彼が言った言葉が反響している。
『加古さんが動画を撮っているだろうけど、それを見ないで気づくことができた方が君は強くなる』
先輩が私に与えた課題。それを自分で考えずに動画で簡単に答え合わせしてしまえば、私は強くなる機会を失う気がした。
「動画を見ずに、自分で考えたいんです」
「そう......分かったわ。双葉がそうしたいなら、そうしましょう」
加古さんは嬉しそうに目を細め、タブレットをテーブルに置いた。
私は椅子に座り、目を閉じて記憶の糸をたどり始めた。
なぜ当たらないのか。
7本目、当たると思った攻撃が紙一重で躱されたあの不可解な現象。
そして、4本目の時に彼が言った言葉。
『これが韋駄天の有効な使い方だよ』
あの時、韋駄天を使ったと言った。でも、先輩はずっとそこに立っているように見えたのだ。
移動しない韋駄天......?
私の思考が、ある一つの可能性にたどり着いた。
「まさか......」
目を見開いた私を見て、加古さんが優しく問いかける。
「気がついたかしら?」
「はい......神園先輩は、韋駄天を『回避』のために使っていた......?」
韋駄天は、直線的な超高速移動を可能にするトリガーだ。通常は一気に距離を詰めたり、離脱したりするために使う。
だが、もしそれを、ほんの数センチだけ移動するように設定して起動したとしたら?
当たる瞬間に、目にも留まらぬ速度で上半身だけを逸らす。あるいは、紙一重で後ろに下がる。
相手から見れば、攻撃がすり抜けたようにしか見えない。蜃気楼を斬っているような感覚に陥る。
「......信じられません。あんな至近距離の戦闘中に、リアルタイムで数センチの韋駄天の軌道を設定して起動するなんて」
神園先輩は事前に一切動きを登録してないと加古さんから聞いた。リアルタイムで軌道を決める。
つまり、異常なまでの空間把握能力と、神業としか呼べないトリガーの操作精度がなければ不可能な芸当だ。
1時間。私がその答えにたどり着くまでに、それだけの時間がかかっていた。
「答え合わせのために、動画を見てみます」
私はタブレットを操作し、7本目と4本目の映像をスロー再生で確認した。
映像には、私の刃が届くほんのコンマ数秒前、神園先輩の身体が一瞬だけブレて避ける様子がはっきりと映っていた。
私の推測は正しかったのだ。
先輩に見えている世界は、私とはレベルが違う。だけど、不思議と絶望感はなかった。
わざわざ私にヒントを与え、自分で気づくように仕向けてくれたこと。
それは、先輩がそのレベルに私が辿り着けるかもしれないと期待してくれた証だから。
「神園先輩......」
タブレットの画面に映る先輩の横顔を見つめながら、私は心の中で静かに誓った。
いつか必ず、その余裕を崩してみせる。
先輩が私に指導したこと後悔するくらい、私はもっと、もっと強くなってみせる。
那須隊は現在、隊長である玲が療養中のため、隊としての活動を最小限にしている。
「玲、また動画見てるの?何回も見て飽きないの?」
病院の静かな個室。私は今日もボーダーが運営している病院へ、玲のお見舞いに来ている。
トリオン技術を医療に応用したことで、玲の長年の悩みだった病弱体質は完全に改善したと言ってもいいらしい。
それでも、こうして長期療養の必要があるのは、今回の画期的な研究データを次に活かすための重要なプロセスなのだとか。
ベッドの上で所在なさげに、退屈そうにしている玲を見て少しだけ可哀想だと思う。
「だって、会えないどころか連絡もくれないんだもん。それに、熊ちゃんも毎日動画見てるよね」
「うっ......な、なんで知ってるの」
不意に図星を突かれて、私は思わずたじろぎ、持っていたリンゴの皮を剥くナイフを持つ手が止まった。
「今教えてもらったから」
「......カマをかけられた」
悪戯っぽく笑う玲の表情を見て、私は小さくため息をついた。
確かに、私も毎日欠かさず神園隊の動画をチェックしている。
神園隊が広報部隊となってからというもの、神園と直接会う機会がなくなってしまったからだ。
ボウリングに一緒に行った時のことや、食堂でフリーハグに巻き込まれて、神園の温もりを間近で感じた時の記憶が、動画を見るたびに鮮明に蘇ってきては、私の心に寂しさを感じさせている。
「......前までは会おうと思えば何時でも本部で会えたのに、なんか遠くに感じる」
そう私がボヤくように呟けば玲が手元のスマホから視線を外し、窓の外の青空を眺めながら言葉を発した。
「今だけだよ。神園くんの性格からして、今後も広報活動をずっと重視し続けるとは思えないし」
その横顔には、私と全く同じもどかしさが浮かんでいる。
ピコンという通知音が鳴り、玲が静かに画面を見た瞬間、パッと花が咲いたように表情を明るくした。
「──熊ちゃん、これ見て。連絡が来たっ!」
玲が弾んだ声で私に画面を向ける。
メッセージアプリに表示されている差出人の名前は、神園のものだった。私たちの話題の主からの、本当にタイミングの良い連絡だ。
『体調はどう?』
たった一言。そっけないけれど、不器用な気遣いが透けて見えるメッセージ。
「なんて返そう。体調が悪いって言ったらお見舞いに来てくれるかな?」
玲が期待に目を輝かせながら私に聞いてくる。
「『あ、そうなんだ。なら、この連絡は気にしないで』って返ってくると思うけど」
私が即答すると、玲は分かりやすくむっと唇を尖らせた。
私にむっとされても困るよ、玲。相手はあの神園だ。
一人暮らしで体調が悪くて死にかけてるとかなら話は別だけど、病院までは来ない。多分。いや、絶対に来ない。そういうドライなやつだ。
玲は少し悩んだ後、画面をスワイプして文字を打ち始めた。
『元気だよ。お見舞いに来てくれる人は少なくて寂しいけど』
これは、明確にお見舞いに来て欲しいって遠回しに言ってるね。さすがは玲、あざとい。
『そのうち僕の隊の人間にお見舞いに行かせてあげるよ。それで、僕の隊が広報活動してるのは知ってる?』
返ってきたメッセージを見て、私は思わず天を仰いだ。
本当に想像通りだ。自分は行く気がないのがいかにも神園らしい。期待を裏切られた玲が、またむーっと頬を膨らませている。
玲は少しだけ意地悪な笑みを浮かべ、さらに返信を打ち込んだ。
『知ってる。この前【デート企画シリーズ】とかいうのをやってたよね。あーんとか、カップル限定メニューを頼んで楽しそうにしてたのを見たよ』
あの動画は私も見た。4本の動画で各メンバーと神園がデートをするものだ。見た時に、無性に胸がざわざわしたのを覚えている。
『視聴者の要望が多いからやった。それで、次回【トリオン体でバスケやってみた】ってボーダーPR企画を撮る予定なんだけど、那須隊で参加してくれないかな?』
唐突な打診。
玲と私は顔を見合わせた。
「茜も喜びそうだし、いいんじゃない?それに......」
それに、久しぶりに神園のやつに会えるし。
流石にこの本音は言葉には出さなかった。恥ずかしいからだ。
でも、玲も全く同じことを思っているようで、嬉しそうにコクリと頷いている。
『人数が合わないけど大丈夫?神園くんが誘ってくれたから、私たちは全然やるよ』
『僕が那須隊側で参加する。オペレーターの2人は不参加。あ、今さんが審判をやってくれる予定』
『わかった。それで、なんで私たちを誘ってくれたの......?』
玲の追及に、神園からの返信は少しだけ間が空いた。画面に『入力中』の文字が出たり消えたりしている。
『根付さんが、トリオン治療をした那須の知名度が大きくなれば嬉しいって言ってたから。それと、君たちも顔がいいから、僕についたおかしなファンたちをそっちに押し付けれたら嬉しい』
「私たち顔がいいって、熊ちゃん」
玲が私の腕をバンバンと叩いて喜んでいる。
「いやいや、なんかおかしなファンを押し付けたいって言ってるじゃん......」
私は冷静にツッコミを入れながらも、心臓が少しだけドクンと跳ねた。
......それでも、あの神園に容姿を褒められて悪い気はしない。少しだけくすぐったくて、嬉しい。自分が女の子として見られているという事実が、妙に照れくさかった。
『僕たちが住んでる一軒家の地下室にある訓練室でやるから、住所送っておく。日程はまた後で送るからよろしく』
『うん、ありがとう。ねぇ、私たちも神園くんとの【デート企画シリーズ】をやる可能性はある?』
玲、攻めるなぁ。
私もドキドキしながら神園の返信を待った。
『それを望む声が多くて、君たちがそれを受け入れ、なおかつ僕がそれを是とした場合は有り得るかもね。基本的にはないと思ってくれていい』
なんとも回りくどい、神園らしい言い回し。可能性がなければ『ない』『嫌だ』とか送ってくるはずだ。
それなのに、完全にないと言いきらないところ、乗り気ではないながらもその可能性も考えているらしい。普段が素直だから歯切れが悪いと分かりやすい。
「──うん、神園くんもすごくやりたそうだね」
「ん、んー......?」
玲の異常なまでのポジティブ変換に、私は苦笑するしかなかった。
やりたそう、とは到底思えない文面だが、玲の中ではすでに確定事項になっているらしい。
でも、まあいっか。
神園に会える口実ができたのだ。
少し遠くに感じていた背中が、またすぐ近くにやってくる。
胸の奥で燻っていた寂しさが、弾けるような期待と高揚感に変わっていくのを、私は確かに感じていた。
早く、神園の顔が見たい。
150:名無し
急上昇ランキングの常連【神園隊チャンネル】。トリオン体での【やってみた企画】が好きなんだけど、みんなは何が好き?
151:名無し
それな。トリオン体だと余裕で世界記録破ってて受ける。
ちな、俺は【ドッキリ企画】が好き。
152:名無し
はぁ?お前らわかって無さすぎww
【マシュマロ返し企画】に決まってるだろ。
マシュマロに目を通さざるを得ないから、内容を回避できない。カップリングされた時のリアルな男女の距離感な雰囲気が好き。女性陣ばっかり照れてんのかと思ったら、神園も何気に照れてるのがいいんよ。
153:名無し
俺は神園が不憫な目に遭う企画が好き。
イケメンなだけで罪なのに、あんな美人な女の子たちと住んでるんだから、たまには苦しんでくれないと割に合わん。
154:名無し
嫉妬丸出しで草
ってか、なんで【生配信】が出てきてないん?
ご飯食べながらチャットに答えてくれる緩い感じが好きなんよ。たまに今さんが神園の食べてる姿を見て微笑んで、コメント欄が阿鼻叫喚になるの最高。
155:名無し
【デート企画】一択やろ。
俺たちの青春にはなかったアオハルを見せてくれて胸がキュンキュンする。
台本はないって動画で言ってたから、あれリアルな反応やろ?公認で4股してるようなもんやん。
わかるか?
初動画の時はなんともなかった帯島ちゃんが、デート企画以降の動画では神園に対してドキドキしてる距離感。
純粋無垢な女の子が、自分が女であることを自覚した瞬間。
それを動画で見れるなんて、俺はこの時代に生まれたことを心から神に感謝する。ハレルヤ。
156:名無し
誰か警察呼んで。変態がいる。
157:名無し
155の熱量が高すぎて引いたけど、言いたいことはちょっと分かるのが悔しい。
帯島ちゃん、明らかに神園を見る目が変わったよな。
158:名無し
木虎ちゃんのツンデレ全開デートも良かったぞ。
最初は『企画ですから』って顔してたのに、最後にパンケーキをあーんってする時の顔、完全に恋する乙女だったわ。
159:名無し
草壁ちゃんの空回りしてたやつも可愛かった。
結局、神園にエスコートされて顔真っ赤にしてたけど。
160:名無し
今さんの『年上の余裕』見せつけてからの、ふとした瞬間の破壊力が一番ヤバいだろ。あんなお姉さんが近くにいたら恋してまうやろ。
250:名無し
神園隊のアンチだったはずなのに、気付いたら全動画高評価押してチャンネル登録も完了してた件。
イケメンで何でもそつなくこなしてるのに、何故か不憫な目にあってて男の俺でも応援したくなるわチクショウ。それはそれとして、度々天才肌を見せつけてくるのは鼻につく。
251:名無し
オフ会とかやってくんねーかな?流石に無理か。一応ボーダーの公式広報?なんだもんな。
熊谷
黒江
加古
デートシリーズは閑話とかで書きたいなぁ。