若手カメラマンは覗き見たい。   作:水棲リクガメ

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いろいろ読んでたら触発されました。


1st shoot 光亨は突き返したい

 光亨(ひかりとおる)は秀知院学園の高等部二年生。

 

 世界的写真家の光蓮治(ひかりれんじ)を父に持つ、写真好きな少年である。幼い頃からカメラに触れて育った亨は、父親の才覚を色濃く受け継ぎ、高校生にして写真の個展を開くレベルの腕前を持つ。

 

 行事等の際には学園側から依頼を受け、学生でありながらカメラマンの役割を果たすこともしばしば。

 そうでなくとも常にカメラを持ち歩き、事あるごとにファインダーを覗いてシャッターを切る様は、学園内でもちょっとした名物となっていた。

 

 ◆◆◆

 

 とある日の放課後、亨はベンチに座って空を見上げていた。

 今日の天気は曇り。明るい灰色の雲の切れ間からわずかに青空がのぞく。

 ふと思い立ち、肩にかけていた一眼レフカメラを構える。ファインダー越しに真上を見上げて、シャッターを切った。

 

「うーん……いいねぇ」

 

 確かな手応えを感じ、思わず声が漏れた。いつもであれば独り言として終わるその声に、珍しく今日は返事があった。

 

「何を撮ってるんですか?」

 

 カメラを構えたまま振り返ると、ファインダー越しに青い瞳が映る。

 

「空だよ。今日の空はいい感じだから」

 

 亨の言葉に反応せず、相手は不愉快そうに口を開いた。

 

「とりあえず、カメラ向けるのやめてください」

「ああ、こりゃ失礼」

 

 亨がカメラを下ろすと、今度こそ青い瞳と視線が交錯する。隣のクラスの早坂愛が、仏頂面で立っていた。

 

「今日は曇りですよ」

 

 亨の隣に腰を下ろしながら、早坂は言った。

 ここは学園の敷地でもかなり端の方、人通りはまずない。側から見ればお忍びでデートをするカップルに見えなくもないが、当人たちにその気はまるっきりない。

 

「そうだね」

「曇り空も撮るものなんですか」

「そりゃ撮るでしょ。いい空模様だからね」

 

 早坂はちらと雲に覆われた空を見て、これがいい空模様だろうかと首を傾げる。

 すぐに、この男が考えることは理解しようとするだけ無駄かと思い直した。

 

 今の彼女には、迅速かつ確実にこなすべきミッションがあるのだ。お天気の話などどうでもよい。

 でなければ学園内の人気のないところで男子生徒と二人きりになるなんてまっぴらだ。

 

「では、早速ですが例のものを」

「はいはーい」

 

 亨は制服のポケットをまさぐり、プラスチックケースに入ったSDカードを出すと、早坂の手のひらに置く。

 

「ここ四日分で四十枚弱だけど、いいかな」

「分かりました。この場で確認しても?」

「どーぞ」

 

 早坂は取り出したタブレットのコネクタに素早くSDカードを挿し込む。数秒でカード内のデータがタブレットに移行され、表示されたのは大量の写真。

 早坂の目が素早く動き、写真を一枚一枚確認していく。

 

 まず、朝登校して友人と挨拶を交わす白銀御行の写真。

 次に、休み時間友達と談笑する白銀御行の写真。

 さらに、学年集会で生徒の前に立つ白銀御行の写真。

 そして、生徒会室で真剣に話し合いをする白銀御行の写真。

 続いて、体育の授業中トラックを全力疾走する白銀御行の写真。

 からの、こちらに向かってピースしている白銀御行の写真。

 おまけに、————。

 

 全ての白銀御行の写真に目を通した早坂は、深く、それはもう深くため息をついた。

 

「疲れてるね」

「えぇ、疲れてます」

「昨日はちゃんと寝れたの?」

「昨晩は生徒会室に忍び込んで会長の席に入眠効果のある音波を流すスピーカーを埋め込んでました」

「へぇ……ご苦労様だね」

 

 ぐったりとベンチにもたれる早坂を、亨は心配と面白さが入り混じった目で眺める。

 亨には入眠効果のある音波を流すスピーカーがどういうものか分からなかったが、おそらくそれが今一番必要なのは目の前の彼女だろうということは分かった。

 

「写真撮ってあげようか」

 

 唐突にそんな提案を口にすると、早坂は亨を横目で睨んできた。

 

「やめてください。撮ってどうするんですか」

「今の早坂さんの姿を四宮さんが見れば、少しは待遇も改善されるんじゃないかなって」

「本気でそう思ってます?」

 

 亨はつい最近知り合った四宮財閥のお嬢様の顔を思い浮かべる。亨が何をやったところで早坂の待遇改善には繋がらないだろう。

 

 亨が黙り込んだのを見て、早坂は苦笑いを浮かべると、カバンの中から手のひらに収まりそうなくらい小さな風呂敷包みを取り出した。

 

「何それ?」

 

 亨が訊くと、早坂は包みの端の方を開いて中身を見せてきた。

 長方形のそれは角に「10000」の数字、さらにはかの有名な福沢諭吉の肖像画。一万円札の束が、亨に向かって差し出されていた。

 

「かぐや様からの手間賃です。五十万円あります」

「ごっ……!?」

 

 思わずのけぞる。

 その分、早坂が手にした五十万円がずいと距離を詰めてくる。

 

「も、もらえないよ! こんな大金」

「これは写真だけではなく、口止めと関係継続のための挨拶でもある、とかぐや様が」

 

 真顔で言い放つ早坂。

 亨は焦って辺りを見回す。こんな大金のやり取りを誰かに見られたらとんでもないことになる。

 

 札束を押し返しながら早坂の方へ顔を寄せ、小声で言う。

 

「おかしいと思わないの!? たかだか同級生の写真数十枚に五十万出すなんてさ!」

「おかしいと思います」

「なら止めてよ! 主人がおかしなことやろうとしたら止めるのも従者の役割じゃないの?」

 

 早坂の瞳から光が消える。

 

「止めなかったと思いますか、私が」

 

 止めたもん、おかしいって言ったもん、でも聞かないんだもん……、ぶつぶつ呟き始めた早坂に、亨は黙るしかない。

 

 しばし考え、折衷案を提示する。

 

「とりあえず、早坂さんの手前もあるから、この五十万円のうち二万円だけ今もらう。あとは早坂さんに預けとくから必要になったらまたもらう」

 

 少しの間迷った末、早坂は首を縦に振った。

 

「…………まぁ、いいでしょう」

 

 亨は安堵の息をつく。

 秀知院学園の生徒たちは、金持ちの家庭が多いだけあって金銭感覚がおかしな者も多いが、どうも四宮かぐやがダントツでおかしい。それが実家由来のものなのか、被写体が白銀だからなのかは定かではないが。

 

 どちらにせよ傍迷惑な話である。

 

「もし次の依頼があるようなら、金額は俺の方から提示させてもらうって言っといてよ」

「伝えておきます。その方が助かりますから。……特に私が」

 

 話に一段落ついたからか、早坂の口元からあくびが漏れる。

 

「今日はまだ付き人の仕事があるの?」

「生徒会室にて寝落ちした会長に膝枕&頭なでなでリベンジ作戦がありますが。まあ私の出る幕はないかと」

「日本語で喋ってほしいな」

「日本語です」

 

 目を擦りながら会話をする早坂。

 そういえば、昨日はあまり寝れてないとか言っていた気がする。

 

「少しここで寝たら? 十分くらいでも」

「いえ、そういうわけには……ふわぁ……」

 

 再びのあくび。どう見たって眠気が限界なのだ。

 

「そんなんじゃ家帰ってからがしんどいんじゃない?」

 

 まだ数日の付き合いだが、早坂の仕事の話は多少聞いている。おそらくかぐやと共に帰宅してからが本番のはずだ。

 

「…………十分したら起こしてください」

「どうぞごゆっくり」

「変な気を起こさないように」

「そんなこと言うなら帰るよ」

 

 返事はなかった。代わりに小さな寝息が聞こえてくる。

 こんなところで寝落ちできるとは、よほど疲れているのだろう。

 

「苦労人だなぁ」

 

 ベンチの上に体育座りのような格好で眠る早坂を横目で見やる。

 

 亨と早坂。同じ学年ながらもクラスは別々。接点などあるはずもなかったのだが。

 人の縁とは奇妙なもので。

 

 光亨と早坂愛のファーストコンタクトは、お世辞にも良い形とは言えないものだった。

 

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