若手カメラマンは覗き見たい。   作:水棲リクガメ

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がっつりオリキャラ出てきます。ご注意を。


8th shoot 光亨はやめさせたい

 定期テスト。どこの学校でも行われる、生徒にはあまり歓迎されないであろうイベント。

 ある者は更なる高みを目指し、またある者は進級をかけて、繰り広げられる紙とペンの戦い。

 

 秀知院学園においてもそれは例外ではない。

 定期テストまで一週間を切り、校内の至る所では、平時とは少し違う緊張と高揚が漂っていた。

 

 しかし! 光亨という男からすれば、そんなの知ったこっちゃなかった!

 三度の飯より写真が好きな男である。亨からすれば定期テストなどというイベントは、普段より早く放課後が訪れ、写真を撮る時間が増えるというメリットを享受する日。それ以上の意味はない!

 

 カメラを握る時間の半分でもペンを握ればいいのに、という早坂の呆れ混じりの発言も、亨は笑って受け流した。

 そんな言葉ごときに亨の心は動かない。

 そもそも毎度の定期テストの順位は早坂と大差ないのだ。指摘されたところで痛くも痒くもなかった。

 

 今日も変わらず校内で白銀を含めた何枚かの写真を撮影した亨は、意気揚々と下駄箱に向かう。

 

 放課後とはいえまだ陽は高い。

 この後はどこで撮ろうか、足を伸ばして隣町まで行くのもいいかもしれない。

 そんなことを考えながら自分のクラスの下駄箱に入っていこうとした瞬間、亨のクラスの下駄箱から、一人の女子生徒が飛び出してきた。

 

 名前もクラスも知らない彼女は、亨に気付くことなくあっという間に走り去っていく。

 しかし亨は引っ掛かりを覚えた。

 

「どこかで見たような……?」

 

 しばし考えるも、やはり思い出せない。

 何となく女子生徒が飛び出してきた、自分のクラスの下駄箱を覗き込む。

 靴を出し入れするための小さな扉がいくつも並んだ、何の変哲もない下駄箱。

 登下校の時間帯では多くの生徒で賑わう下駄箱も、人気がないと何となく不気味な雰囲気。

 

 意外といい写真が撮れるかもと、ファインダーを覗き込む。

 そして気付いた。行儀よく並んだ小さな扉。そのうちの一つが半開きになっていることに。

 今の生徒が閉め忘れたのだろうか。随分と慌てていた様子だったからそうかもしれない。

 

 そして気付いた。その位置は白銀の下駄箱だ。

 放置するのもどうかと思い、半開きの下駄箱に近寄って扉に手をかける。

 

 中には白銀の外履き。

 そして封筒が一つ。宛名は『白銀御行様』。

 

「ほほう、これはこれは……」

 

 ラブレター! 想いを寄せる人に向けて、心の内をしたためた、最強の青春アイテム!

 

 白銀が結構モテるという話は、亨も聞き及んでいる。

 

「応援してあげたいけど、対抗馬が四宮さんだもんなぁ」

 

 名も知らぬ女子生徒の恋は悲恋に終わる可能性が高い。とはいえ、ラブレターを出すのは個人の自由だ。そこにとやかく言っても仕方ない。

 

「ん……?」

 

 そして亨は首を傾げた。そのラブレターにいくつか不可解な点があったからだ。

 まずラブレターの封筒そのもの。事務仕事なんかでもよく使われる、長形の茶封筒だ。ラブレターにそんなビジネスライクなものを使うのだろうか。

 次に、その封筒の一部が不自然に膨らんでいること。プレゼントに小物なんかを入れているのかもしれないが、それならもう少しいいやり方もあるだろうに。

 

 そして、これは完全に亨の直感でしかないが、何だかラブレターそのものが禍々しいオーラを放っている気がする。

 

 ここで亨は、ある可能性に思い至る。これがラブレターに見せかけた白銀に対する嫌がらせという可能性に。

 

 秀知院学園にも目に見えないカーストのようなものが存在する。中でも根深いのが純院と混院。内部進学組である純院は、中途入学組の混院を見下す傾向にある。亨から言わせればバカがイキってるだけのこと。しかし、その差別は確かに存在する。

 そして白銀は混院の、しかも生徒会長だ。それをよく思わない純院の生徒も多いと聞く。

 

 もしも友人がそのような悪意に晒されているのであれば、亨も見過ごすわけには行かない。

 

「ちょっと失礼します」

 

 亨は白銀の下駄箱に手を突っ込み、封筒を手に取る。

 

 やはり手紙以外のものが入ってる。封筒の膨らみは丸みを帯びた硬い何か。そして見ただけでは気付かなかったが、紐のようなものも入っているらしい。

 

 何とはなしに亨は封筒を裏返す。

 

「ぎゃあっ!!」

 

 誰もいない下駄箱に、亨の悲鳴がこだました。

 

 ◆◆◆

 

 早坂は放課後の教室にいた。期末テスト直前ということで、友人の火ノ口と駿河と、プチ勉強会という名の駄弁りである。

 かぐやが生徒会室から切り上げてくるまではもう少しかかるだろう。

 

 勉強会という体のため、一応開いている英単語帳のページを弄びながら、雑談に興じている。

 

 突然、机の上に置いていたスマホが震えた。

 画面に表示された名前は『光亨』。

 

 目の前の二人に見られたら面倒なので、最速でスマホを引っ掴んで立ち上がる。

 

「ごめーん、ちょっと抜けるー」

「電話? 誰からー?」

「彼氏?」

「違う違う、バ先」

 

 追及を軽くあしらい、足早に教室を出る。

 人気のない階段まで来てから、電話に出た。

 

「何ですか?」

「今どこ? 周りに人いる?」

 

 電話から聞こえる亨の声は、妙に強張っていた。

 胸騒ぎを覚えながら答える。

 

「校舎です。人はいません」

「悪いけど直接話したいんだ」

「困ります。あまり長くは話せませんよ」

 

 教室で待つ友人たちに怪しまれるかもしれない。

 

「緊急事態なんだ」

「そんなこと言われても」

「白銀くんがいじめに遭ってるかもしれない」

 

 早坂はため息をついた。

 

 ◆◆◆

 

 バイト先から呼び出されてしまったと誤魔化し、火ノ口と駿河に別れを告げた早坂は、人気のない空き教室で亨と落ち合った。

 先に来ていた亨は、椅子に座って難しい顔をしていた。いつもの柔らかな微笑みはない。

 

「会長がいじめられてると聞きましたが?」

 

 また藤原のような闖入者が入ってこないよう、出入口に鍵をかけながら早坂は問う。

 

「これを見て欲しい」

 

 亨は机の上に置かれた封筒を視線で示した。宛名は『白銀御行様』。封は切られている。

 

「ラブレター、ではなさそうですね」

 

 長形の茶封筒は、ラブレターにしては愛想がない。

 

「知らない女子が、うちのクラスの下駄箱から出てきた。で、白銀くんの下駄箱にこれが入ってた」

「へー」

「裏はこんな感じ」

 

 亨が裏返した封筒を見た早坂は、思わず顔をしかめた。

 

 封筒の裏側には意味不明な記号がびっしりと羅列されている。呪いの魔導書みたいだ。

 

「で、勝手で悪いけど中身も見たんだよね」

 

 封筒を手に取った亨は中身を取り出す。

 内容物は三つ。これまた意味不明な記号で埋め尽くされた紙切れと、黒いミサンガ(早坂にはそれが髪の毛で編まれているように見えた)、そして赤い液体で満たされた小瓶のペンダントチャーム。

 

 机に並べられた禍々しい小物たちに、早坂は言葉を失う。

 亨もそれらが放つ禍々しいオーラに気圧されている様子。

 

「これいじめだよね?」

 

 困った顔で亨が言った。

 

「恋のお(まじな)いかもしれませんよ」

(のろ)いでしょ、どっちかと言えば」

「まあ、同じ漢字書きますからね」

 

 早坂は小瓶をつまみ上げて、しげしげと眺める。中の液体は赤く、少しどろりとしていた。

 観察の結果得られた所見を述べる。

 

「これ多分、血え——」

「オッケーわかった! 言わなくていい!」

 

 いっそかわいそうなくらいに亨は動揺している。早坂自身、薄ら寒いものを感じていた。

 

「このこと会長には」

「言えるわけないでしょ」

「ですよね。かぐや様にも伏せておいた方がいいでしょう」

「だよね、水死体って結構グロいらしいし」

「かぐや様のこと何だと思ってるんですか?」

 

 大事な期末テスト前だ。自分の勉強だけでなく、どうやら石上の面倒も見ているらしいので、これ以上かぐやの手を煩わせるのはまずいだろう。

 

 もちろんこのまま放置するわけにもいかない。このままエスカレートして白銀の身に何かあればそれこそ一大事。それがかぐやの耳に入れば、どうなるか分からない。主に相手の命とかが。

 

「私たちの手で解決するしかなさそうですね」

「だよねー……」

 

 かくして、天才たちの預かり知らぬ所で、亨と早坂の極秘ミッションが開始された。

 

 ◆◆◆

 

「それで、その女子に心当たりは?」

 

 亨は腕を組んで唸った。

 

「どっかで見た顔だなーってのは分かるんだけど、俺のクラスにはいないし、名前も知らないな」

「顔は覚えてるんですよね」

「うん」

「似顔絵描けます?」

 

 全校生徒のデータの入手は容易だ。顔さえ分かれば特定は可能である。

 

 早坂の提案に、亨は光明を得たとばかりに手を打った。

 

「描ける描ける! ちょっと待ってね」

 

 亨はカバンからノートを引っ張り出すと、白紙のページに早速ペンを走らせる。

 早坂の目に入った表紙には『数Ⅱ・B』と書いてあったが、見た感じ数式ではなく写真の構図やカメラの設定に関するメモ代わりになっているらしかった。

 

 数分後。

 

 出来上がった似顔絵に、早坂は冷たい視線を投げかけていた。

 

「何ですか? このミミズの死骸がへばり付いたみたいな線の集合体は」

「随分テクニカルな罵倒だね」

 

 亨も気まずそうに視線を逸らしている。

 

 早坂の口からため息が漏れた。

 

「絵が描けないなら先に言ってください」

「ごめん……」

 

 似顔絵がダメなら、全校生徒のデータからしらみ潰しにやるべきだろうか。しかし、それでは手間がかかり過ぎる。

 

 早坂が思考を巡らせていると、唐突に亨が「そうだ」と声を上げた。

 

「思い出した」

「何を?」

「どっかで見たことのある顔だと思ってたんだよ」

 

 亨は手元に置いていたカメラを起動させると、真剣な顔でディスプレイを覗く。

 

「白銀くんの写真撮ってる時に何度か見かけたんだよ」

「なるほど」

 

 意外な所から現れた突破口に、早坂は目を見開く。

 

 写ってるかなぁ、と呟きながら亨はカメラの中の写真を漁る。やがて手を止めると、ディスプレイを早坂の方に向けた。

 

「この人だ。白銀くんの後ろにいる。……ちょっとピンボケしてるけど」

 

 表示されているのは、かぐやと並んで廊下を歩く白銀の写真。白銀の肩の奥、廊下の角から白銀の方を窺う女子生徒が写っていた。

 画像をズームさせると、癖のない黒髪を肩まで伸ばし、眼鏡をかけ、手にはデジタルカメラを持っているのが分かった。

 ややピンボケしているが、顔の判別も可能だ。

 

「どうかな?」

「ナイスです」

「よっしゃ」

 

 拳を握る亨。

 早坂はカバンからタブレットを取り出した。

 

「この写真、もらっていいですか。今晩中に特定します」

「オッケー」

 

 SDカードを亨から借り、早坂は写真をタブレットに保存した。

 

「この子、ストーカーってことでいいんだよね?」

 

 タブレットに保存した写真を確認しながら、早坂は頷く。

 

「状況からして間違いないでしょうね。カメラも持ってるし、もしかしたら光くんの同業かもしれませんね?」

 

 亨は苦笑する。

 

「そうだったらどんなにいいか」

 

 ここまで来れば、あとは早い。

 亨からもらった写真を元に、ストーカー女子を特定。その女子を捕まえて話をつける。

 明日の放課後には決着がつくだろうと、早坂はあたりをつけた。

 

 帰り支度を済ませた早坂は、亨に告げる。

 

「明日の朝、特定結果を伝えます。ストーカー女と話をつけるのは光くんの役ですから、セリフ考えといてくださいね」

 

 亨は露骨に嫌そうな顔をした。

 

「えっ。俺こういうの苦手なんだけど……」

「じゃあ他に誰がやるんですか」

 

 俯いた亨は、ちらちらと視線を早坂に寄越す。

 

「目撃者は光くんですよ。第一私は会長ともストーカー女とも関わりがないんです。光くんは会長と仲良いんだから、適任でしょう」

「ま、そうだよね……。そのストーカーさんには話したいこともあるし」

「そうでしょうね」

 

 友人の白銀に対して悪趣味な品を送りつけるような真似をするやつだ。亨としても一言二言くらいは言ってやりたいところだろう。

 

「うん……やっぱりあのカメラは良くないと思うんだ」

「…………はい?」

「早坂さんも写真であの女子が持ってたカメラ見たでしょ。あれはコンパクトデジタルカメラの中でも、特にサイズが小さいやつなんだ」

「は、はぁ」

 

 早坂は曖昧に頷く。

 何だか話がおかしな方向に転がり始めた。

 

「取り回しもいいし、携帯もしやすいけど、ズーム機能が強くないんだよ。写真を見るに、あの女子は結構離れた位置から白銀くんを撮影してたよね」

「まあ、ストーカー行為がバレたらまずいですからね」

 

 というか、あの距離、あの角度に位置取りながら、白銀とかぐやに気付かれず写真を撮れる、亨の隠密スキルがヤバいのである。

 もしも亨が早坂家の人間として生まれていたら、密偵として凄まじい才を発揮していたかもしれない。

 

 亨のカメラ蘊蓄は、いよいよ熱を帯びてきていた。

 

「あのカメラで、あれだけ離れてる白銀くんをアップで撮るには、デジタルズームを使うしかないはずなんだ。デジタルズームは画質が荒くなっちゃうものだけど、あのモデルは特に顕著でさ。あんまりいい写真、撮れなかったんじゃないかなぁ」

「…………」

 

 亨の表情は真剣そのもの。

 だからこそ早坂はドン引きしていた。

 

 このカメラバカ、あろうことかストーカーが盗撮した写真の出来栄えを心配している!

 

「あの距離から綺麗に撮れるコンデジは結構あるけど……あ、そうだ! 去年出たモデルに結構いいやつがあったんだ。えーとね——」

 

 呆れてものも言えない早坂には目もくれず、亨はスマホを手にすると、通販サイトを開いた。

 

「——あ、これだこれだ。去年売り出された時に、企業から頼まれて使用感のレポート書いたんだよね。操作も直感的で簡単だし、初心者におすすめの一台って感じの——早坂さん、聞いてる?」

「光くん。明日はストーカーと対面するんですよ。カメラのセールスに行くんじゃないんです」

 

 亨がぴしりと固まる。

 

「……もちろん、分かってるよ! そう、相手はストーカーだ、白銀くんにあんなもの送りつけるなんて、どうかしてる。許せないよ」

 

 どこまでもセリフが白々しい。

 

「明日、私も同席することにします」

「本当? すごく心強いよ」

 

 この男一人に任せたら、初心者向けの写真の撮り方講座とかをやりかねない。

 目の前の無垢な笑みを浮かべる顔面を、早坂は思い切り蹴飛ばしてやりたくなった。

 

 ◆◆◆

 

 翌日。登校してすぐに亨は早坂と落ち合った。

 

「結果が出ました。ストーカーは二年C組の左近夕陽(さこんゆうひ)です」

 

 早坂から差し出された数枚の写真を受け取った亨は、手早く流し見る。昨日下駄箱から飛び出してきて、白銀に付き纏っている女子生徒で間違いない。

 

「よくここまで調べたね」

 

 写真を一通り眺めた亨の感想だった。

 

 早坂が持ってきた写真は、左近の顔写真だけではなかった。

 友人と校内で過ごしている写真や、通学中の姿、自宅、さらにはどうやって撮ったのか、自室にいる写真まであった。

 

「四宮の力をもってすればこの程度はいくらでも」

「怖いなぁ」

 

 改めて、かぐやたちを敵に回さないようにしようと、亨は誓った。

 

「家族構成は、サラリーマンの父と専業主婦の母親。秀知院には中等部の頃に外部から入学してきたようです」

「どうしてストーカーを?」

「そこまでは。ただ自室の写真を見た限り、絵に描いたようなストーカーですね」

 

 左近の自室の壁にあるコルクボードには、びっしりと大小様々な白銀の写真が貼られている。

 その内の一枚、白銀の体の輪郭に沿って切り抜かれた写真が、亨の目に留まる。あれは確か、後援会冊子に掲載された、亨が撮影したものだ。

 

 ——よくもまぁ、ここまで……。

 

「ここには写ってませんが、ベッドには会長の抱き枕もありましたね」

「白銀くんはアニメキャラかなんかなの……?」

「究極の推し活という見方もできますね。ただ——」

 

 早坂はカバンからジッパー付きの袋を取り出す。中に入っていたのはズタズタに引き裂かれたかぐやの写真。

 おそらく白銀の写真に写り込んだのを切り取ったのだろう。

 

「——あまりいい兆候とは言えないかもしれません」

 

 亨は言葉を失う。

 左近の白銀に対する恋心は、かぐやに対する敵意にまで発展しつつあることは、言うまでもなかった。

 

「一般家庭の娘一人にかぐや様をどうこうできるとは思えませんが、リスクの芽は摘んでおきたいですね」

「なんか大事になってきたね……」

「勝負は放課後です。彼女を捕まえて話をつけます。セリフは考えてきましたか?」

「一応は……。ねぇ、俺刺されたりしないよね?」

 

 早坂の表情は変わらない。

 

「そうなった場合に備えて、伝のある病院に搬送する準備はしてあります」

「刺されないようにする方向で準備してほしかったな」

「安心してください。私も同席しますから。ただし——」

「分かってるよ。あくまで俺が左近さんのストーカー行為を発見した。早坂さんはたまたま左近さんの顔を知ってた俺の友達、でしょ」

 

 早坂が頷く。

 

「それでは、また放課後に」

「うん……」

 

 結局、亨は放課後までなにがあったのかよく分からないまま一日を過ごす羽目になった。

 

 ◆◆◆

 

 来る放課後。

 

 亨と早坂は図書室にいた。

 奥の自習スペースで、左近は勉強している。

 

「そういえば、四宮さんは?」

「かぐや様でしたら、会計くんを拘そ、じゃなくて監き、えーと、一緒に勉強してますね」

「誤魔化せてないよ」

 

 締まらない雰囲気の中、亨と早坂は左近に歩み寄る。

 

 一心に勉強に励む左近に、亨は声をかけた。

 

「C組の左近さんだよね」

 

 左近は顔を上げ、警戒をにじませながら亨と早坂を見比べる。

 

「何か?」

「俺、B組の光亨」

「Aの早坂だよ」

 

 亨と、ギャルモードの早坂が名乗る。

 

「ちょっといいかな。話があるんだ」

「すみません。テスト勉強中なので」

 

 左近の反応は素っ気ない。

 亨は言葉を重ねる。

 

「白銀くんのことなんだけど」

 

 反応は劇的だった。

 左近はぎょっと目を見開くと、音を立てて立ち上がった。走り出そうとした左近の退路を、早坂がさりげなく塞ぐ。

 

「ね、少しでいいからさ。話そうよ」

 

 圧のある早坂の笑みに、左近はしぶしぶ頷いた。

 

 近くの階段の踊り場まで来た三人。

 左近を壁際に立たせ、亨と早坂で逃げ道を塞ぐ。

 

 左近は無表情のままだ。何を考えているかは読み取れない。

 

 早速なんだけど、と亨は切り出し、左近に一歩詰め寄る。

 

「何で俺の写真にあんなことしたの?」

「えっ」

「は?」

 

 この男、ブチギレていた!

 早坂が持ってきた左近の自室の写真、そこに写っていたコルクボードに貼られた白銀の写真は、後援会冊子のために亨が撮影したものである。

 己の写真に手を加えられることを何より嫌う亨。あまつさえそれを切り刻み、切り抜くという行為は、亨にとっての特大地雷。決して許すことはできなかった!

 

 今日一日、怒りと悲しみによる体の震えを、ずっとずっと亨は耐えてきたのである!

 そして今、その犯人を前に亨の怒りは爆発した!

 

 意味不明な質問にぽかんとする左近を、亨は子供の仇とばかりに睨みつける。

 

 早坂は、亨の腕をむんずと掴むと、思い切りねじり上げた。

 関節をきめられうめく亨を少し離れたところまで引っ張っていき、怒鳴りつけた。

 

「そうじゃないでしょうがッ!!」

 

 早坂の渾身のツッコミに、亨は正気を取り戻す。

 

「ごめん、そう、違うね。間違えた。今のナシ」

 

 呆れを通り越して変な笑いが込み上げてくるのを、早坂は必死に堪えていた。

 

「次にアホなこと抜かしたら私が病院送りにします」

「うん、ごめん。ちゃんとやる」

 

 この頓珍漢な男と協力関係にある自分の運命を、早坂は心の底から呪った。

 

 Take2。

 

「ごめーん、左近さん。このバカが変なこと聞いてー」

「い、いえ……」

 

 亨の向こう脛を蹴飛ばしながら、早坂は手を合わせた。

 

 早く本題に入れという早坂の視線にあてられ、亨はカバンから白銀の下駄箱に入れられていた封筒を引っ張り出す。

 困惑の色を浮かべていた左近の表情が曇った。

 

「これ入れたの左近さんだよね?」

「…………」

 

 亨の質問に左近は沈黙を返す。

 

「昨日、左近さんがうちのクラスの下駄箱から出てくるのを見た。もっと言うと、左近さんが校内で白銀くんのことつけてるのも知ってる」

 

 諦めたように、左近は「そうですか」とだけ呟いた。

 

「どうしてこんなことを?」

「白銀くんに、私のこと好きになって欲しかったからです」

「こんなことしても白銀くんは喜ばないと思うよ」

 

 そうですよね、と左近は暗い笑みを浮かべた。

 

「バカですよね。オカルトサイトの恋占い信じてこんなことやって」

 

 左近の目から、ぽろぽろと涙が落ちる。

 

「一年の頃から白銀くんが好きでした。でも私には、白銀くんに振り向いてもらえるだけの才能がありません。白銀くんに相応しいのは、釣り合うのは、四宮かぐやみたいな女……。あなたたちもそう思うでしょう?」

 

 亨も早坂も何も言えなかった。

 白銀とかぐやと言えば、全校生徒の注目の的だ。二人の交際関係を噂する生徒も多い。

 左近夕陽という一般女子生徒が入る隙間はないだろう。

 

 次に口を開いたのは早坂だった。

 

「左近さん、中等部の時同じクラスだったよね。あんまり学校来てなかったし、関わりもなかったから忘れてたけど」

 

 左近は恨めしそうに早坂を見た。

 

「すみませんがあなたのことは覚えてません。中等部の頃のことなんか思い出したくもない」

 

 何かあったの、と亨が訊く前に左近は続けた。

 

「あなたたち二人とも純院ですよね。それなら私の気持ちなんか分かるわけない」

 

 左近は中等部から外部試験で入学してきた生徒、すなわち混院。純院と混院の問題の根深さは、亨も早坂も知るところである。

 

「せっかく勉強頑張って、奨学金も勝ち取って、あこがれの秀知院に来たら地獄みたいな毎日ですよ。……笑えます」

 

 笑みなどかけらもなく、左近は吐き捨てる。

 

 ここまで聞けば、亨も理解した。混院の左近がこの学園でどういう立場に置かれていたか、そして白銀になぜ好意を抱くようになったのか。

 

「白銀くんに助けてもらったんだね」

 

 左近の頬に赤みが差す。

 

「高等部に上がってすぐ、白銀くんに話しかけられました。同じ混院ですから話しかけやすかったんでしょう。私は言いました。この学園で混院は差別される。きっと大変な思いをするって。——今思えば、傷を舐め合う仲間が欲しかったんでしょうね」

 

 情けないやつですよね、と左近は過去の自分を笑った。

 

「でも白銀くんは言いました。『それがどうした。家柄なんか関係ない。やり方なんかいくらでもある。見ていろ、俺が純院どもの鼻を明かしてやる!』って」

 

 左近が熱っぽい息を吐いた。

 

「白銀くんが言った通りになりました。彼は勉学一本でのし上がって、生徒会長になりました。——眩しかったです。この世にあんなにかっこいい人がいるなんて思いませんでした」

 

 左近の瞳は、恋する少女の光を宿していた。

 

「私も頑張りました。白銀くんみたいになりたいと、いつか隣に並び立てる人間になりたいと。今は少ないですが友人と呼べる人もいます。成績も上がりました。全部白銀くんのおかげです。——でも、白銀くんはものすごく遠いです」

 

 左近は亨と早坂を睨みつけた。

 

「これで全部です。私は白銀くんのストーカーをしています。白銀くんに伝えても、四宮さんに伝えてくれても、全校に広めてもらっても構いません。お二人の好きにどうぞ」

 

 左近は震えていた。この話が広まれば、左近は再び中等部の暗黒時代に逆戻りするだろう。

 もちろん、亨も早坂もそんなことをするつもりはない。しかし、ストーカー行為は止めさせなければならない。

 

 沈黙が降りる。

 

 しばし考え、亨は言った。

 

「告白すれば? 白銀くんに」

 

 早坂が目を見開いて亨の方を見た。

 左近も顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせている。

 

「でっ、でも、上手くいくわけないじゃないですか!」

 

 左近の言葉に亨は頷く。

 

「可能性は低いと思う。でも、ゼロじゃないよ。白銀くん今付き合ってる人いないし」

 

 早坂からの抗議の視線を受け流し、亨は左近を見据える。

 

「上手くいったらハッピーエンド。フラれたとしても気持ちに踏ん切りつくかもだし。俺たちも左近さんのことは誰にも言わない。代わりに、ストーカーはもうナシ。どう?」

 

 亨は早坂を小突く。

 早坂は一瞬、口をもごもごさせてから、結局左近に向き直った。

 

「そーそー、こーゆーのは言ったもん勝ちだし。それに、裏であれこれ手を回すよりどーんとやっちゃった方がいいよ」

 

 ——どこかの誰かと違って。

 

 と早坂の口が僅かに動いたのを亨は見逃さなかった。

 

「フラれたら早坂さんに愚痴ればいいよ」

「んなっ……」

 

 亨の足を踏みつけようとする早坂の攻撃を、さりげなくかわしながら亨は言った。

 

 俯いてしばらく考え込んでいた左近は、蚊の鳴くような声で「考えておきます」と呟いた。

 

 ◆◆◆

 

「危ない橋渡らないでください」

 

 左近と別れ、二人きりになったところで、早坂は亨に苦言を呈した。

 

「丸く収まるならアレがいいかなって」

「かぐや様の耳に入ったら怖いですよ」

「俺は白銀くんが四宮さんに告るよう協力してるけど、他の人が白銀くんに告るように後押ししないとは言ってないもん」

「詭弁です」

「だね」

 

 早坂は左近の言葉を思い出す。行動は歪んでいたが、大元にある好意は真っ直ぐだった。

 

 今回の件をかぐやに報告するか、早坂は迷っている。仮に報告すれば、かぐやはどうするだろうか。左近を敵視するだろうか、もしかしたら告白に二の足を踏んでいる今の状況を打破する、いい発破になるかもしれない。

 

「告白、上手くいくと思いますか?」

「難しいとは思うけど、白銀くんならきっと傷つけるようなことはしないよ。それだけは間違いない」

 

 言葉は無責任だが、亨の瞳は真剣だ。白銀のことを信頼しているのは確からしい。

 

「フラれた左近夕陽が、焚き付けた光くんを逆恨み……なんて考えなかったんですか」

「考えたけど、もし刺されたら伝のある病院に放り込んでくれるんでしょ?」

「……私はあなたがよく分かりません」

 

 写真にしか興味がないかと思えば、変なところで人の気持ちを汲んだりしている。

 

「俺は写真を撮る側だからね。写る側じゃないんだよ」

「もっと分かりません」

 

 亨はいつものように微笑みを浮かべるだけだった。

 

 ◆◆◆

 

 期末テストが終わり、その結果が張り出された次の日、早坂は左近に呼び出された。

 

 左近は白銀に告白したらしい。

 目元は真っ赤に腫れて、肩まであった黒髪はバッサリ切られている。結果は聞くまでもなかった。

 

「フラれちゃいました」

 

 しかし、どこか晴れやかな顔で左近はそう報告した。

 

「そっかー。残念だったねー」

「でも、すっきりしました。早坂さんと光くんのおかげです」

 

 ありがとうございます、と左近はぺこりと頭を下げた。

 

「あ、ストーカーはもう……」

「はい。もうしません。これからは白銀くんを推しとして、陰ながら応援していこうと思います。噂によるとかぐや様ファンクラブというものがあるそうで、白銀くんファンクラブも作ろうかなと」

「そ、そっか……」

 

 想像とは違うが、とりあえず丸く収まったらしい。

 早坂は胸を撫で下ろす。

 

「早坂さんと光くんが羨ましいです」

「どーして?」

「今回、告白してみて分かったんですけど、物凄く緊張したので。これを乗り越えた二人はすごいな、と」

 

 ——ん?

 

 早坂の顔から血の気が引く。

 目の前の女はとんでもない勘違いをしているのではないだろうか?

 

「私と、光くんは、付き合ってない、です……よ?」

 

 早坂は動揺のあまり口調がおかしくなった。

 

 早坂の内心など知る由もない左近は首を傾げる。

 

「付き合ってないんですか?」

「付き合ってないし! 断じて! あんな男ありえないし!」

 

 詰め寄る早坂から一歩下がりながら、左近はしどろもどろになる。

 

「すごく、お似合いかな……と、思ったんですが……」

「ない! あいつ異常者だから! カメラに欲情して添い寝するようなやつだし! カメラと結婚して子供作るようなやつだし! ありえないから!!」

 

 七割くらい事実無根な罵倒を早坂は並べ立てた。

 

 本気(マジ)である。

 早坂からすれば、あの男と交際するくらいなら笑顔で市中引き回しを選ぶ。

 

 気迫に押され、左近はこくこくと頷いた。

 

 去っていく左近を見送り、早坂は拳を握りしめる。

 次に亨と会った時には病院送りにしてやると、心に誓った。

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