若手カメラマンは覗き見たい。   作:水棲リクガメ

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10th shoot 光亨は恋を知らない

 ゾンビの大群が波のように押し寄せていた。

 

 亨は手にしたハンドガンで、立て続けに三体の頭をぶち抜く。

 しかしゾンビは後から後から湧いてくる。倒す速度が出現する速度に追いつきそうもない。

 

 亨の隣で応戦する石上も、いつになく真剣な表情でゾンビ共を見据えている。

 

 こちらの体力も余裕がない。明らかな形成不利だった。

 

 亨は苦々しげに問う。

 

「石上くん、この状況、どう切り抜ける?」

 

 その言葉に石上は不敵な笑みを浮かべた。

 

「切り抜けるっていうのはちょっと違いますよ、光先輩」

 

 石上はハンドガンの銃口を、ゾンビから真上の天井に向けた。立て続けに発砲し、傷んでいた天井が音を立てて崩落。

 迫り来るゾンビ共をまとめて押し潰した。

 

「ブチ壊し抜ける、です」

「やれやれ、だね」

「ノリノリだな。お前ら……」

 

 夏休み半ばの昼下がり。亨と白銀、そして石上の三人は、ゲームセンターに遊びに来ていた。

 

 亨と石上は、ゾンビを相手に戦うシューティングゲームで協力プレイに興じている。

 観戦に回っていた白銀は、有名漫画のセリフで会話を始めた二人を、苦笑しながら見守っていた。

 

 ◆◆◆

 

 続いてエアホッケーでは、白銀と石上が火花を散らしている。

 

 試合終了間際、残り十秒を切ったところで、石上が打ったパックが白銀のゴールへ叩き込まれた。

 

 これでスコアは石上が一点リード。

 白銀が窮地に立たされる。

 

「今回は僕が勝たせてもらいますよ、会長」

「くッ……」

 

 歯噛みする白銀に、石上は言い放つ。

 

「おしまい、です」

 

 残り数秒で白銀が逆転するのは絶望的に思われた。

 

 しかし白銀は長く息を吐き、首元に手をやると襟首を緩めた。

 

「勝負は最後まで分からんぞ、石上」

 

 パックがマシンから吐き出された瞬間、白銀がゴールを奪取する。

 スコアは同点(タイ)

 

「なっ……!?」

「残り時間からして、次がラストポイントだろうな」

 

 たじろぐ石上を、白銀の鋭い視線が射抜く。

 

「やられたらやり返す、倍返しだッ!」

「白銀くんもエンジンかかってきたねー」

 

 ——引き分けだった。

 

 ◆◆◆

 

 ゲームセンター内を一通り回った三人は、クレーンゲームの前で足を止めた。

 

「くっ、ダメだ白銀くん。こいつは俺の力ではどうにもできない」

「任せろ光。お前の仇は俺が取る」

「あ、あの、二人とも、ホントに無理しなくていいですからね?」

 

 クレーンゲームの筐体に齧り付く、亨と白銀。それを後ろからおろおろと眺める石上の構図が出来上がっていた。

 

 亨と白銀が狙う景品は、筐体の真ん中に鎮座する、アニメキャラのフィギュアだ。

 石上が好きなゲームのヒロイン、それも限定版のフィギュアと聞いた二人は、先輩としての意地を見せつけるべく、躍起になっていた。

 

「くそ、アームが弱え……!」

「代わって白銀くん。ここまで来たら意地でも獲る!」

「ほどほどで大丈夫ですから、ホントに!」

 

 数分後。

 

「と、獲ったどー……」

「よっしゃー……」

 

 財布の重量と引き換えに、白銀と亨はフィギュアをゲットした。二人の顔には大きな達成感と、ほんのわずかな喪失感が浮かんでいる。

 

「さあ石上、受け取れ」

 

 白銀から渡された箱を抱え、石上が凝縮した。

 

「あの、僕もお金払った方が……」

「気にするな。俺たちが取りたくて取ったんだ」

「そうそう、先輩からのお節介だと思って受け取ってよ」

「ありがとうございます」

 

 はにかむ石上に、亨と白銀は拳を突き合わせ互いを称えた。

 

 ◆◆◆

 

「何だかんだで、男だけでバカやるのも楽しいよな」

 

 ゲームセンターを出たところで、白銀が満足そうに言った。

 

「楽しかったね。撮った写真はプリントして今度渡すよ」

「やっぱり撮ってたのか」

「いつの間に……」

 

 みんなで楽しく遊んでいる最中も、隙を見つけては亨は写真を撮っていた。一種の職業病である。

 そしてその写真の一部は、後ほど早坂経由でかぐやの手にも渡ることになる。

 

「先輩たちはこれからどうするんですか?」

 

 石上の問いに白銀が頷く。

 

「まだ陽は高いが、外は暑いしな。ファミレスで駄弁るか」

「会長、外食なんて珍しいですね」

 

 倹約家の白銀が、ファミレスに行こうと提案するのは珍しかった。たった今、クレーンゲームで散財したばかりだ。

 

「ドリンクバーの無料チケットがあるからな」

「なるほど」

 

 自信たっぷりに財布からチケットを引っ張り出す白銀に、石上が頷く。

 

「光もそれでいいか?」

「あー、ごめん。この後約束があって」

 

 相手は早坂だ。たった今撮ったばかりの白銀の写真の受け渡しと、かぐやからの()()の依頼を受けに行く。

 ちょうどかぐやと早坂は所用でこの近くにいるらしく、早坂と直接会って話すことになっていた。

 

「そうか。それじゃあ光はここで離脱だな」

「うん、またね」

 

 別れを告げた亨の腕を、突然石上が引っ掴んだ。

 光のない目で亨を見据えてくる。

 

「どうしたの?」

「女ですよね」

「……っ」

 

 石上の声は地の底から響いてくるようだった。

 

 そして普通に当たり。石上の勘は冴え渡っている。

 

「……いや、違うよ……?」

「違うくないですよね」

 

 そう、石上の誤解は解けていない。亨には金髪美少女ギャル(早坂)の彼女がいると思い込んでいるのだ。

 

 敵意剥き出しの石上を、白銀が宥めにかかる。

 

「石上。光に彼女はいないぞ?」

「いいえ会長。いるんですよこの男には」

 

 取調べする刑事さながらの目つきで、石上が亨を睨みつける。

 

「石上くん、こないだのあれは、そういうんじゃないって言ったつもりだけど……」

 

 シラを切る亨に、石上の怨嗟が爆発する。

 

「はー! そうですかそうですか! 光先輩はそういう人なんですね! 俺たち三人の友情を裏切って、金髪ギャルと遊びに行くんですね光先輩は!」

「落ち着け、石上!」

「いいですか会長! ここで光先輩を行かせたら、数時間後、ホテルのベッドでバスローブ着てワイングラス片手に俺たち非リアのこと嘲笑うんですよ!」

「そんな悪趣味なことしないよ!」

 

 暴走を始めた石上を白銀が羽交締めにする。

 

「オーケー石上! ブレーキ!」

「いいですか光先輩! 高校生はラブホに入れないんですからね!」

「そうだな、石上。この恨みはファミレスでヤケジュースでもしながら発散しような。——じゃあ、光。またな!」

 

 手足をばたつかせる石上を引きずりながら、白銀が亨に別れを告げる。

 

「うん、またねー……」

 

 あの石上の誤解は早く解かないと面倒なことになる予感しかしない。少なくとも早坂の耳に入る前には解かなければ。

 

 ◆◆◆

 

 駅近の喫茶店で、亨は早坂と合流した。

 テーブルを挟んだ向かいの席でコーヒーを飲む早坂は、いつもより不機嫌そうに見える。

 

「何かあった?」

「別に」

「そっか」

 

 気まずさを誤魔化すように、亨はカップに口を付けた。コーヒーが少し苦かったので、テーブルに備え付けられたシュガーポットに手を伸ばす。

 

「何かあった?」

 

 砂糖を放り込んだコーヒーをかき混ぜながら、亨はもう一度同じ質問をした。

 早坂は視線を手元に落としたままだった。

 

「……言っても仕方ないことですから」

「そっか」

 

 日々早坂はかぐやのことを第一に考えている。身の回りの世話から、白銀をオトすための裏工作、かぐやの愚痴聞きまで。

 

 亨は少し気になっていた。早坂の愚痴は誰が聞いているのだろうと。

 

 亨は自分が早坂の良き相談役になれるとは思っていない。

 早坂はかぐやの近侍だ。部外者に漏らせない情報も多いだろう。

 その上、学内でのかぐやと早坂の関係は機密事項である。よく一緒にいる火ノ口や駿河にも話していないはず。

 

 亨は、写真が一枚入った封筒を早坂の方へ滑らせた。

 

「それあげるよ」

 

 中身は、この間の個展でも展示された写真。早坂が気に入ったと言ってくれたものだ。

 写真を撮るくらいしか能のない亨には、この程度が精一杯だった。

 

「いいんですか?」

 

 早坂が、もらった写真と亨の顔を交互に見る。

 

「もちろん。他にも欲しいのがあれば、いつでも言ってよ」

 

 早坂は小さく笑うと、写真を封筒に戻してカバンにしまった。

 

「すみません。嫌な態度でしたね、私」

「いいんだ。気にしないで」

「あまり詳しく話せないんですが……今日はかぐや様が、四宮グループと交流ある企業の重役に挨拶をしに行ったんです」

 

 私も付き人として同行しました、と続ける早坂の表情は、明るいものではなかった。

 

「……ああいった露悪的な腹の探り合いは、見ていて気持ちのいいものではありません」

「そっか。お疲れ様」 

 

 きっとそこで何かしらあったのだろう。亨は早坂に労いの言葉をかけた。

 

「ありがとうございます。——光くんは今日、何をしてましたか?」

「白銀くんと石上くんと遊んでたよ。ゲーセンで」

「いいですね、楽しそう」

「まあね。——で、これがその時の写真」

 

 亨はSDカードを早坂の前に置く。

 

 拝見します、と早坂はSDカードをタブレットに接続し、写真を眺めていく。

 そして早坂は首を傾げる。

 

「……少ないですね」

「そうかな」

「あ、ケチをつけてるわけではありませんよ。ただ光くんのことですから数十枚はあるだろうと思っただけで」

 

 亨が見せた写真のデータは十枚にも満たなかった。早坂の疑問も当然である。

 

「いやー、遊んでたらテンション上がっちゃって。今日はそんなに撮らなかったんだ」

「珍しいですね」

 

 嘘である。

 亨は白銀と石上の写真を三十枚は撮影していた。しかし、野郎だけで集まりテンションがぶち上がっていた三人は、ゲーセン内で盛り上がり過ぎた。つまり、女子に見せたらドン引きされること請け合いなやり取りが幾度も行われた。

 男子だけだったら問題はない。互いを指差しゲラゲラ笑い合うことだってできよう。

 しかし、そんな写真を、女子である早坂が見たらどうなるか。

 

『光くん。何ですか、ここに写っている人間の形をした猿のような生き物は?』

『いや、あの、盛り上がって、つい……』

『こんな痴態をかぐや様にお見せするつもりだったんですか』

『そういうわけでは……』

『はぁ……。光くん』

『は、はい』

『キッッモ……』

 

 と、なることは明らかである。

 

 男女共に、異性に見せられない一面というものは存在するのだ。

 

 白銀と石上、そして己の名誉を守るため、亨は写真を選別した。結果残ったのが、今早坂が手にした写真たちである。

 

 写真を保存した早坂がSDカードを亨に返す。

 

「写真、確かに受け取りました。かぐや様にもお渡しします。それで報酬の方ですが」

「あー、いいよ別に」

 

 亨としては、毎日撮っている写真の中で、たまたま白銀が写り込んだものをかぐやに譲っているだけのこと。

 一番最初に渡された五十万円も、うち二万円だけ受け取って、あとは早坂に預けたままそれっきりである。

 

「そう言って、この間もその前も断りましたよね。そろそろ受け取ってもらった方が私としても気が楽なんですが」

「でも別にお金に困ってるわけじゃないしな」

 

 亨の家庭もそれなりに裕福だし、かぐやとは関係ないところで仕事として写真撮影を行うこともある。

 

 少し考え、亨は目の前のコーヒーカップをつついた。

 

「じゃあ、この支払い持ってよ」

「それだけ?」

「ダメかな」

「ダメってことはないですけど……」

 

 少し困った顔をしつつも、早坂は頷いてくれた。

 

「それで、四宮さんから依頼があるんだっけ?」

「ええ。花火大会の写真を撮って欲しいそうです」

「白銀くんと行くの? 二人で?」

 

 だとすれば、それは花火大会デート。もしかしたら、打ち上げ花火を背景に告白、なんてこともあるかもしれないと、亨は思った。

 しかし、早坂は首を横に振る。

 

「生徒会メンバーで行くそうです」

「なーんだ」

 

 肩を落とす亨に、早坂は苦笑いした。

 

「二人きりで花火大会デートする度胸があったら、こんなに拗れてません」

「それもそうだね。それで、日付は?」

「8月24日です」

「あー……」

 

 あいにくと24日の花火大会は、予定がある。

 花火大会の運営に依頼され、亨は花火の写真を撮ることになっていた。自治体の広報なんかにも使われる写真なので、穴は開けられない。

 

 気まずさから亨は目をそらした。

 そんな亨に、早坂がぎょっと目を見開く。

 

「光くん、まさか彼女が」

「ん? 違うよ、運営から花火大会の写真を頼まれててさ。そっちの頼みには応えられないかも」

 

 早坂が短く息をついた。

 

「ですよね。光くんにデートの予定なんかあるわけないし。すみません、私も恋愛ボケしてるみたいです」

「ねぇ、すんごい失礼なこと言ってる自覚ある?」

「だって恋愛興味ないじゃないですか。光くんに彼女とか想像する方が難しいですよ」

 

 早坂はコーヒースプーンをシュガーポットに突っ込む。

 

「彼女くらいいたことあるよ。別れちゃったけど」

「へー。名前はフ○フィルムですか、ニ○ンですか?」

 

 亨の言葉をまともに受け取る気もなさそうな早坂は、スプーンで砂糖をすくい上げている。

 今挙がった名前もカメラメーカーの名前だ。

 

「名前はフェニチア=セヴェリーニ。言っとくけどカメラメーカーとかじゃないよ」

 

 ガチャン、と音を立てて早坂のスプーンがテーブルに落ちた。ついでに砂糖もぶちまけられる。

 

「外国人ですか?」

「イタリア」

 

 早坂の顔が、壊れかけのからくり人形みたいな動きで亨の方を向いた。ここまで驚愕する早坂を、亨は見たことがなかった。

 

「冗談……ですよね……?」

「まさか。家に写真だってある」

 

 亨の方を凝視したまま、早坂は微動だにしない。

 

「それ、どういう反応?」

「……この世の不条理を感じてます。私にも彼氏いたことないのに」

「ほんっとに失礼だね!?」

 

 光亨(カメラバカ)が国際恋愛の経験者である事実を呑み込むまで、早坂は十分ほどの時間を要した。

 

「——それで、何の話でしたっけ?」

 

 腕を組み顔をしかめながら亨は答えた。

 

「24日の花火大会」

「あ、そうでした。光くんは仕事で動けないと。かぐや様にもそう伝えておきますね」

「ごめん」

「まあ仕方ないですよ。最悪私が撮れば——あれ? かぐや様が自分で撮ればいいのでは……?」

「それ言われると、俺の存在意義がなくなるね」

「失礼しました」

 

 亨としても少し残念だ。打ち上げ花火を見上げる白銀とかぐやのツーショットは絵になること間違いない。

 

「まあ、当日はそれなりにフリーに動けると思うから、上手いこと合流できれば、その時は俺が撮るよ」

「大丈夫なんですか?」

「まあね」

 

 運営から多少の小言はもらうだろうが、そこは仕事の質で黙らせればいい。

 

 打ち上げ花火を背景に並んで立つ、白銀とかぐやの影。

 どのような構図で撮れば映えるだろうか。

 

 せっかくだから早坂も撮ろうかと、亨は思い立つ。母親に送る写真としても最高の一枚になるはずだ。

 そんなことを考えてから、ふと亨は気付く。

 

「早坂さんは当日、四宮さんについてるの?」

「そうなりますね。人出もすごいでしょうから」

 

 当然だ。四宮家息女を人ごみの中に何もなしに放置するわけにもいかないだろう。

 

「友達と回りたいとかないの? 火ノ口さんとか駿河さんとか。彼氏は——ごめん、いないんだっけ」

 

 早坂の目が鋭くなる。

 

「今バカにしましたね?」

「さっきのお返しー」

 

 早坂は鼻を鳴らしてカップを持ち上げ、中身が空になっていることに気付いてソーサーに戻した。

 

「あの二人には誘われましたが、断りました。バイトってことにしてます。あながち嘘でもないですから」

「大変だね」

 

 早坂は肩をすくめる。

 

「仕事ですからね。当日は光くんも私も仕事、お互い頑張りましょう」

「…………」

 

 早坂は気にしてないのだろう。幼い頃からかぐやの近侍を務めているのだから。それが彼女の当たり前である。

 

 早坂には夏休みなんてないのかもしれない。

 

 そんな早坂にも、たまには——花火大会の時くらいは、特別手当が出てもいいのではないだろうか。

 

 そんなことを、亨は思った。

 

「光くん?」

 

 黙り込んだ亨を、早坂が不思議そうな顔で覗き込む。

 

「48万円」

「え?」

「四宮さんからの報酬50万のうち、まだ受け取ってない分。何万かもらいたいんだけど」

「突然言われても、今は持ってません。すぐに必要ですか?」

 

 先ほどゲームセンターで散財してしまった上に、これから亨が買おうとしているものも多少高くつくかもしれない。

 

 正直急ぎではない。だが、思いついたことは早めに行動に移したかった。

 

「できれば」

「……カードならありますけど」

「じゃあそれで立て替えて欲しいな。少し買い物に付き合ってくれる?」

 

 早坂は少し考える素振りを見せて、頷いた。

 

「私も買いたいものあるので、それからでよければ」

 

 ◆◆◆

 

 喫茶店を出て、二人は駅前の百貨店にやって来た。

 

 早坂が買いたいものと聞いて、亨はてっきりメイク道具や服の類だと思っていた。

 校内での早坂はオシャレに全力を尽くす女子生徒だということは知っている。

 

 しかし、早坂はそれらの店を全スルー。

 早坂の後を追って亨が足を踏み入れたのは、PCショップだった。

 

「意外な趣味……」

 

 普段よりも足取り軽く店内を行き来する早坂は、PCのパーツを真剣な顔で見比べている。

 

「あ、あった。ありましたよ光くん」

 

 この店では販売だけでなく買取も行っているらしい。

 中古のPC部品の棚を漁っていた早坂は、手のひらに長方形の金属片を載せてはしゃいでいる。

 

 普段からは想像もつかない早坂の姿に、亨はただ面食らうばかりである。

 

「何かいいもの見つけたの?」

「メモリです。ずっと探してて、こんなところにあったとは」

 

 亨はパソコンに関しては素人である。

 メモリと聞いて浮かぶのは、カメラなんかに挿しこまれたSDメモリーカードくらいのもの。

 しかし早坂が手にしたものは、そういったものにしては大きい。

 

 よく分かっていない亨の心を読んだのか、早坂が付け加える。

 

「メモリといっても、光くんが使うようなSDカードじゃないですよ。あれは……そうですね、PCの頭脳です。今使ってるPC、メモリ増設したいんですよ。つまり、もうちょっと賢くします」

「改造ってこと?」

「というか、組みます。イチから」

「自作パソコンってやつ? すごいね」

「趣味レベルですけどね」

 

 いつになく饒舌な早坂は続けた。

 

「容量を増やしたいんですが、32GBそのまま載せちゃうか、16を二つにするかで考えてて」

「えっと、どう違うの……?」

「あまり違いはありませんが……うーん、かぐや様を倍賢くするか、かぐや様を二人にするか、みたいな」

 

 不思議な例えに亨は吹き出した。

 

「四宮さんが二人になったら、早坂さんパンクしちゃうんじゃない?」

 

 早坂は声を上げて笑った。

 

「その時は光くんに手伝ってもらいましょう」

「想像するだけで恐ろしいよ」

 

 二人してひとしきり笑う。

 

 無表情がデフォルトの早坂がこんな風に笑うところを、亨は初めて見た。

 

 思えば、早坂と関わるのはかぐやが絡んだ時ばかりだ。こうしてかぐやと関係のない話をすることはほとんどない。

 亨の記憶している限りでは二回ほど。

 一度目は藤原から逃走を図った直後。半ば無理やり撮った写真を照れくさそうに眺める早坂の表情は、いつもと違って素の柔らかさがあった。

 二度目は個展の時。精神的に打ちのめされた亨の腕を掴んだ早坂の手は、暖かくて心強かった。

 

 年相応の笑みを浮かべる彼女が、亨の目には新鮮に映る。

 

 首にさげたカメラに手が伸びる。滅多に見れない表情をカメラに収めようという、反射的な動きだ。

 

 しかし亨はその手をゆっくり下ろした。

 

 己の視界に映る早坂を、ファインダーで遮ってしまうことが、この上なくもったいないことのように思えた。

 

「それじゃあ会計してきます。先に出ててください」

「ああ、うん……」

 

 立ち尽くす亨を残して、早坂がレジに向かっていく。

 

 早坂の後ろ姿を見て、亨は唇を噛んだ。

 

 ——まずい、まずいな。

 

 亨は喫茶店でのやり取りを後悔していた。軽はずみな気持ちで早坂を買い物に誘うべきではなかったのだ。

 

 かぐやが白銀と相対する時の感覚が、今この瞬間、亨が抱いている感覚と同じものだとするのなら——。

 

 それは本当にまずい気がする。

 

 自覚した感情を蹴散らすようにしながら、亨は早足で店の外に向かった。

 

 ◆◆◆

 

 会計を済ませた早坂は、店の前で待たせていた亨と合流した。

 

「お待たせしました。行きましょう」

 

 しかし亨の反応が芳しくない。

 

「また今度にしてもいいかなと思って……」

「何か急用でも?」

「そういうわけでは……」

 

 言葉を濁す亨は、あちこちに視線を彷徨わせている。

 早坂の見る限り体調が悪いというわけでもないらしい。

 

「行けばいいじゃないですか。カメラ屋ならワンフロア上がればすぐですよ?」

 

 探し求めていた品を入手できたので、今の早坂は機嫌が良かった。友人の買い物に付き合うくらい、どうということもない。

 

「あー、そうだね……行こうか……」

 

 妙に歯切れの悪い亨に、早坂は首を傾げる。

 

 何かあったのだろうか。

 会計する前までは普通のはずだったが。

 やり取りを思い返してみても、早坂自身が何かやらかした記憶はない。

 

 なら気にしても仕方ないことかと思い直し、早坂は亨に並んで歩き始めた。

 

 道中、雑談のネタとして早坂は気になっていた疑問を投げかけた。

 

「そう言えば、元彼女ってどんな人だったんですか?」

「どうしたの急に」

「あまり想像できなかったので」

 

 三度の飯よりカメラが好きな男、というのが早坂から見た亨である。それが恋愛、しかも外国人となんて、想像もつかなかった。

 

 亨と同じくカメラ好きだったのか。少なくとも変わり者であることは間違いない気がする。

 

「どんな人、ね。うーん、絵描きだった」

 

 早坂は続く亨の言葉を待った。しかし亨は話は終わったとばかりに口を閉じる。

 

「え、それだけ?」

「え……うん」

 

 早坂の偏見からすれば、男というものは過去の女の話をあれこれと話したがるもののはず。肩透かしを食らった気分だった。

 

「もっとないんですか。馴れ初めとか」

「えー……そうだな……。中等部の頃、父さんについてって、イタリアに長くいたことがあったんだよね。で、立ち寄った美術館で仲良くなって……みたいな」

「告白は光くんから?」

 

 亨が甘い言葉を発する光景を想像して、早坂は笑いが込み上げてきた。あまりにも似合わない。

 

 亨は首を捻っている。

 

「告白は……向こうから、なのかな……? そもそもあれが告白かというと……」

「あー、告白なしでってことですか」

 

 世のカップルの中には、もはやカレカノだろうという男女が、告白という儀式なしで、なし崩し的に交際に至るというケースもあると聞く。

 

「何というか、向こうから『付き合ってみない?』って。俺もそれいいなって思ったから」

「トキメキみたいなの、なさそうですね」

「否定はしないよ」

 

 中学生の甘酸っぱい恋愛というよりは、熟年の男女の淡々した空気を感じる。

 恋というには、もう少し穏やかな感情。早坂にはよく分からないが、そういうものの方が上手くいくこともあるのかもしれない。

 

「恋人らしいこととかしたんですか?」

 

 亨は怪訝そうな顔をした。

 

「……なんか妙に食いついてくるね?」

「私だって年頃の乙女ですよ」

「乙女……?」

 

 ——蹴飛ばしてやろうか、コイツ。

 

 早坂が睨みつけてやると、亨は肩をすくめた。

 

「恋人らしいことは、まあした。手繋いだりとか……」

「……キスとか?」

 

 早坂の言葉に亨が飛び退く。

 

「し! て、ないこともないけど……頰とか! 手の甲とかだから!」

「別に弁明しなくてもいいですよ」

「そうだよね……うん……」

 

 亨の様子を見るに、プラトニックな関係だったらしい。ABCでいうところのAがいいところくらい。

 

「どうして別れたんですか?」

 

 亨は変わらぬ調子で淡々と答える。

 

「高等部上がってすぐ、向こうの歳上に取られちゃった」

「重っ」

「まあ、俺が日本に戻って遠距離になっちゃったからね。仕方ないよ。一言『別れよう』くらいは欲しかったけど」

 

 そう言って亨は苦笑いを浮かべた。

 

「じゃあ未練とかは」

「ないね」

 

 即答。亨の様子からして見栄を張っているようでもない。

 

「恋愛経験者からして、かぐや様たちの恋愛模様はどう見えますか? 私としては早いとこくっついて欲しいですが」

 

 早坂の問いに亨が首を傾げた。

 

「どうって聞かれてもな。——やきもきしないと言えば嘘になるけど、二人とも楽しそうだし、何より見てて面白い」

「面白がってるんですね」

「だって面白くない?」

「まあ……面白いですね」

 

 呆れ混じりに早坂は同意する。

 面白さと苦労を天秤にかけるなら、間違いなく苦労の方には傾く。

 

「四宮さんにも言ったんだけど、最終的な俺の目標は、二人の披露宴で写真を撮ることだから」

 

 かぐや相手に亨は命知らずなことを宣ったらしい。

 

「怒られたでしょう」

「手が震えてティーカップカチャカチャ言わせてたね」

 

 亨はその時のことを思い出したか、喉の奥で笑った。

 

「ま、今のは半分冗談だけど。四宮さんと白銀くん、あとは左近さんもそうか。恋するのはいいことだと思う。誰かのことを本気で考えられるって羨ましいなってね」

「羨ましい……?」

「うん。俺は今までそういうのと無縁だったしね」

 

 ——『無縁だった』?

 

 過去形の言い回しに、早坂は少しだけ引っかかりを覚えた。

 

 じゃあ今は、と訊こうとしたところで、目的地のカメラ屋の前に着いた。

 

「いろいろ探さなきゃいけないから、少し時間取るけどいい?」

 

 早坂はちらりとスマホで時間を確認する。まだ割と余裕はある。

 

「ええ、構いませんよ」

 

 ◆◆◆

 

 店に入って亨が真っ先に向かったのは、チェキカメラやフィルムが陳列されているコーナーだった。

 

「チェキカメラはもう持ってるのでは?」

 

 手に取ったカメラを真剣な顔でいじる亨に、早坂は訊いた。

 

 亨のウエストポーチには、チェキカメラが入っているはず。校内でも人の写真を撮っては、現像したてのものを渡しているのをよく見かける。

 一緒にカラーペンも持ち歩いており、落書きなんかもできると、学園内のカップルにはちょっとした評判らしい。

 亨の写真の腕前からして、それはハイクオリティのプリクラみたいなものと言えるかもしれない。

 

 早坂がその話を聞いた時には、自分の撮った写真を加工されることを何より嫌うはずの亨がそんなことをするのかと、驚いたものだったが。

 

 カメラから顔を上げることなく、亨が早坂の問いに答えた。

 

「持ってはいるんだけど、今のやつだと夜間に撮るのが厳しくてさ。まあ、チェキカメラ自体が暗い所の撮影苦手なんだけど……」

「暗い所——花火大会ですか?」

「うん。せっかくの機会だからやってみようと思って。……あ、これ絞りこんなに幅あるんだ……すご」

 

 しばらくカメラを吟味していた亨だったが、やがて一台のカメラを手に早坂の方を振り向いた。

 

「これに決めた。次に行こう」

 

 続いて亨が向かったのは、三脚が並んだ場所だった。

 細長い脚が所狭しと並ぶ様が枯れ木の林みたいに早坂には見えた。

 

 カメラマンが集合写真を撮る時に使うようなゴツいものから、ちょっと力を加えれば折れてしまいそうな華奢なものまである。

 

 亨は片っ端から手に取っては、持ち上げてみたり、伸び縮みさせてみたり、床に置いてみたりしている。

 

「これは低すぎ……これ重いな……これは……だめだ、くっつかない……」

 

 ぶつぶつ言いながら棚を行き来する亨の姿は、さながらプロみたいだと思ったところで、早坂は亨が写真のプロそのものであることを思い出す。

 

 手持ち無沙汰になってしまったので、早坂も何となく棚を眺めてみた。カメラに明るくない早坂からすれば、どれも同じように見える。分かる人間が見れば分かるものなのだろうか。

 そう言えば、早坂がPCのパーツを見せても、亨はよく分かっていなさそうな顔をしていた。きょとんとしながらも何とか話を聞こうとしてくれる姿が少し可愛らしく思えて、つい早坂も語ってしまった。

 

 早坂は横目で亨を見た。

 亨は手にした三脚の脚を伸ばして、何かを確かめているところだった。カメラのこととなればやはり力が入るのだろう。いつになく真面目な様子だ。フェニチア何某とかいう亨の元カノは、ああいった姿に惹かれたのだろうか。

 

 やがて、三脚を選んだ亨が早坂の所へやって来た。

 

「お待たせ。このカメラと三脚、頼むよ」

 

 早坂は頷き、亨を伴ってレジへ向かう。

 会計を済ませて店を後にし、百貨店から出ると、太陽はその姿の大半を地平線に隠してしまっていた。

 

「ありがとね、早坂さん。時間取ってもらって」

「こちらこそ。付き合ってもらいましたから」

「送ろうか?」

「いえ。タクシー使うので。光くんこそ、途中まででよければ一緒に乗りますか?」

 

 早坂の提案に、亨は少し迷ってから首を横に振った。

 

「電車で帰るよ」

「そうですか。——では、花火大会で。会えたらですけど」

 

 同じ会場にいても、早坂も亨も仕事がある。会えるかどうかは分からない。

 

「だね、それじゃ」

 

 別れの挨拶を交わし、早坂は亨に背を向けタクシー乗り場に向かって歩き出した。

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