若手カメラマンは覗き見たい。   作:水棲リクガメ

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少し原作とスジが違うところがあります。ご容赦を。


11th shoot 光亨は贈りたい

 亨の夏休みはそれなりに充実していた。

 

 全国各地を飛び回り、写真をとにかく撮りまくった。北は青森、南は四国まで。

 その中には、趣味としてでなく仕事として撮ったものもある。父蓮治の名前が有名なおかげで、地方の自治体や広告代理店なんかから、祭りや風景、建造物の写真を頼まれることが多かったのだ。

 

 撮った写真の何枚かは、藤原や石上、白銀なんかの親交ある人間に送った。

 藤原に至っては、夏休み家族旅行でいろいろ行っていたらしく、お返しに何枚も写真が送られてきた。どこか妙なインパクトがあるものばかりだったが。

 

 早坂には送らなかった。理由は思い浮かばなかったが、なんだか少し気まずかった。

 

 ◆◆◆

 

 そして、8月24日がやって来た。

 

 夕方の少し前、亨は夏祭り運営の本部にいた。

 周りにいる役員たちは皆慌ただしく動き回っている。

 

「では、光さんは祭の時間は動き回って写真をお願いします。クライマックスの花火の撮影位置は抑えてありますから。花火の写真はそこでお願いしますね。細かいことはここに書いてありますから」

 

 運営の広報担当から渡されたメモにざっと目を通し、亨はにこやかに頷く。

 

「あの光蓮治のご子息に写真を撮っていただけるなんて、こちらとしてもありがたいです」

「いえいえ。()()()()()()()()()()()()()()()、こちらこそ一大イベントに参加できて嬉しいですよ」

 

 挨拶を終わらせて、亨は本部を後にする。

 

 先ほど受け取った『広報担当』の腕章を右腕に着ける。これで亨は夏祭り運営スタッフの一員だ。

 

「思ったより多いな……」

 

 手の中のメモを見やり、小さく舌打ちする。

 祭の時間中は比較的自由に動けそうだが、いかんせん撮らなければならない写真の枚数が多い。

 自治体で行う行事の中でもこの夏祭りは一大イベント。広報にも気合が入っているらしく、出店や会場の風景、そして花火など、撮るべき指定された写真の数が多い。

 

 今日の亨は祭の運営に雇われたカメラマンとは別に、やらなければならない個人的ミッションがある。

 計画というには余りにも杜撰で穴だらけなそのミッションは、はっきり言って勝算は薄い。

 

 ——四宮さんならもうちょっと上手いことやれるんだろうなあ。

 

 内心ぼやくが、ないものねだりをしても仕方ない。

 謀事が苦手な亨なりに、ない知恵を絞って考えたのだ。やるだけやるしかない。

 

 本部の外に出ると、夏の日差しが照り付けてきた。西の空にうっすらと夕暮れの気配を醸す空。雨が降ることはないだろう。

 

 先週の雨で、首都圏で行われる祭や花火大会はいくつか中止、もしくは延期を余儀なくされている。

 中には亨が写真撮影の依頼を受けていたものもあった。

 幸いにして、今回の大会は雨天の憂き目に遭うことはないだろう。

 

 亨は祭の会場を、気ままに写真を撮りながら歩き回る。気の早い屋台は客を呼び込み始めていた。

 もう既にかなりの人出だ。ピーク時間になれば、さらに何倍にもなるだろう。

 

 花火が始まる前に亨がやらなければならないことは三つ。

 

 まずは撮影スポットの下見。運営からの正式な依頼である会場の写真撮影に、手を抜くことはできない。

 次に白銀の捜索。用意周到な白銀のことだ、場所取りは行なっているだろう。偶然を装って声をかけて、生徒会メンバーたちの写真を撮る下準備だ。

 そして、今日の亨にとって最重要にして最難関、この会場のどこかにいるはずの火ノ口と駿河を捜し出す。早坂とよく連んでいる二人は、この花火大会に早坂を誘っている。ということは、この花火大会の会場にはいるはず。

 もし出会えなければ、もしくは離れた場所で花火を見ていれば、亨の計画は霧散する。

 

 最初にこの計画を思いついた時は、あわよくば程度のもので成否に拘るつもりはなかった。

 しかし、すぐに状況が変わってしまった。……主に早坂のせいで。

 

 亨自身、自分の感情の変化に戸惑っているのだ。全くもってとんでもない話である。

 

 ——やること多くてパンクしそうだ……。

 

 突如、メッセージを受信したスマホが震えた。

 メッセージの送り主は『早坂愛』。

 

「うおっ」

 

 心臓が跳ねた。取り落としそうになったスマホを持ち直す。

 

 この間、早坂と買い物をしてからというもの、どうも調子がおかしい。

 早坂のことを考えると、心拍数の増加や熱っぽさを覚える。風邪ではないことは確かだ。

 

 ——我ながら重症だな、これは。

 

 苦笑いしながらメッセージを開くと、写真が添付されていた。

 

 浴衣を着て、はにかみながらこちらを向くかぐやの写真。随分と気合が入っている。掛け値なしにこれは可愛い。

 早坂のメッセージは一言。

 

『可愛いでしょう』

 

 着付けをしたのは早坂だろう、ドヤ顔が目に浮かぶ。

 

『最高に似合ってるね。白銀くんが見たら昏倒するよ』

『間違いないです』

『白銀くんとのツーショット、何とか撮れるように頑張ってみる』

『お願いします。でも無理はしないように』

『了解』

 

 やり取りを終え、スマホをしまう。

 

 亨はふと思った。

 早坂は浴衣を着るのだろうか。

 多分着ないだろう。かぐやについている可能性が高いし、浴衣は動きにくいから。

 でも、仮に。仮に、万が一早坂が浴衣を着たら、それはどんなに——。

 

 いらない想像を頭から締め出す。今日の亨はやることが多いのだ。妄想にうつつを抜かしている暇はない。

 

 プレッシャーと気合い、そしてほんの少しのトキメキを抱えて、亨はカメラを構えシャッターを切った。

 

 ◆◆◆

 

 亨が雑踏をかき分け歩いていると、白銀を見つけた。

 花火がよく見えるスポットにいるだろうと目星をつけて歩いていたが、やはりというべきか、白銀は場所取りをきっちり済ませていたらしい。

 

「白銀くん」

 

 呼びかけると、白銀が振り向いた。

 

「おお、光か。お前も花火見物か」

「見物ってよりは……」

 

 亨は右腕に装着した『広報担当』の腕章を見せつける。

 白銀が目を見開いた。

 

「運営から頼まれてね。今回はカメラマン参加」

「おぉ、さすがだな」

「父さんのネームバリューだけどね」

「だとしてもすごいさ。今度撮った写真見せてくれよ」

「もちろん。白銀くんは一人?」

「いや、この後生徒会メンバーと合流する」

「そっか。せっかくだし、花火始まったら写真撮ろうか?」

「いいのか、カメラマンの方は」

「うーん、抜けられるかちょっと微妙だけど、頑張ってみるよ」

 

 白銀は嬉しそうに笑った。

 

「それはマジでありがたい!」

 

 亨は手にしている一眼レフとは別に、腰にさげたチェキカメラを撫でる。

 

「チェキカメラも持ってるから、撮った写真に自由に書き込めるプリクラサービスもやってあげる」

「マジか、めっちゃいいなそれ!」

「今ならなんと、友達価格で30パーセント割増!」

「金取るのかよっ。つか増えてるし」

 

 くだらない冗談で笑い合う。

 

「まあ冗談はさておき、写真は撮れるように融通利かすから。俺も楽しみだよ、秀知院ツートップの写真はね。四宮さんの浴衣は絵になるだろうなぁ」

「そうだな……四宮の浴衣ね……」

 

 白銀の口元が緩んでいる。

 この調子だと、かぐやの浴衣姿を見ようものなら昏倒どころか心停止を起こすかもしれない。

 

「それじゃ、俺は行くよ。祭楽しんで」

「ああ、お前もな」

 

 ◆◆◆

 

 亨のタスクのうち、白銀との接触は達成した。仕事である撮影スポットの下見は上々。こちらも滞りなく達成できそう。

 

 問題は駿河と火ノ口、二人をまだ見つけられていない。会場も広いし、人もどんどん増えてくる。

 始めから厳しい賭けだと分かってはいたが、暗礁に乗り上げた気分だった。

 亨の学園内での顔の広さと、あの二人の性格も相まって、それなりに親しい間柄ではある。何より火ノ口は広告代理店の娘ということもあって、彼女の実家の会社から依頼も受けたことがある。

 せめて一学期中に連絡先くらいは交換しておくべきだったと、亨は後悔していた。

 

 腕を組み歯噛みする亨に、背後から声がかかる。

 

「あ、光くんだー!」

 

 聞き覚えのある声に振り向けば、藤原が立っていた。

 

「やあ、藤原さん」

「お、光くん腕章着けてる」

「祭のカメラマンでね」

「おー! さすがは秀知院きってのカメラマン!」

「まあね。そういえば、生徒会で花火見るんだってね」

 

 出店で売っていたたこ焼きを頬張りながら、藤原が頷く。

 

「もう少ししたら合流です。本当はトマト投げ祭に参加する予定だったんですが、生徒会の皆で花火見たいなーって戻ってきたんですよ。……あ、たこ焼き食べる?」

 

 たこ焼きを刺した爪楊枝をこちらに差し出してくる藤原。ご丁寧にたこだけくり抜かれた食べかけである。それをやんわり断りつつ、亨は切り出す。

 

「写真、ありがとね。めちゃめちゃいろんなとこ行ったんだね」

「楽しかったですよ〜。光くんも写真いっぱい送ってくれましたよね。お土産話、聞かせてくださいよ」

「そうだね、また今度。藤原さんの旅行話も楽しみにしてるから」

「まっかせてください!」

 

 力強く拳を握る藤原。

 

 それじゃ、と亨は藤原に別れを告げたところで、一つ思いついた。ダメ元の賭けだった。

 

「火ノ口さんか駿河さん、見なかった?」

「さっきまで一緒でしたよ」

 

 ——マジか!?

 

 渡りに船とはこのこと。亨は藤原が女神に見えた。

 

「どこ!? どこで!?」

 

 思わず詰め寄った亨に、若干体をのけぞらせながら藤原が答える。

 

「えっと、かき氷の屋台で。三人でシロップ混ぜて一番変な色作れるのは誰か選手権やってました」

「また小学生みたいなことを……」

 

 しかしこれは大いなる進展だ。亨のミッションの完遂が、二歩も三歩も近付いた。

 

「ありがとう藤原さん。恩に着るよ!」

 

 走り出そうとした亨の腕が、後方へと引き戻される。

 振り向けば、目を爛々と輝かせる藤原が、亨の右腕を握り締めていた。

 

 とてつもなく嫌な予感が亨を襲う。

 

「えっ、えっ!? 光くん、まさか……!」

 

 同学年の女子生徒の居場所を気にして、問い詰め、答えを聞くやいなや、勢いよく走り出そうとする男子。

 これをはたから見たらどう受け取られるか。そしてそれがどういう展開を招くか。

 答えは明らかだ。

 

 ラブ探偵チカが目を覚ます。

 

「あ、いや、藤原さん。これはちょっと違くてですね……」

「隠さなくてもいいですよ、私と光くんの仲じゃないですか! どっち? どっちなの? まさか両方……!?」

 

 禁断の恋だー! と燃え上がる藤原。

 反対に亨は血の気が引いた。

 

 前にも似たようなことがあった。あの時は放課後早坂と二人でいるところを目撃された。

 亨には『二股男』、早坂には『泥棒猫』という、あまりにも不名誉なレッテルを貼られかけたあの一件では、亨と早坂が凄まじいコンビネーションを発揮して藤原の誤解を解くことができた。その時に費やした一時間は亨と早坂の間に確かな絆を芽生えさせたのである。

 

 しかし、今は一分一秒が惜しい。藤原の誤解を解く時間はない。

 

「ごめん藤原さん。今急いでるんだ」

「ケチなこと言わないでください! どっちなんですか? ……せめてイニシャルだけでも! Hですか、Sですか?」

「せめても何も、答えじゃないか!」

 

 ちなみに、ガチの話をするならHである。なお、藤原が思い浮かべている二人のどちらでもない模様。

 

 藤原は亨の腕をがっちりホールドしており、逃げられそうもない。

 

 ——くっ、かくなる上は……!

 

「藤原さん。実のところ、気になってる人はいる」

「おおっ!」

 

 亨は覚悟を決めた。回答を濁した上で誤解にもならない一手は、亨の頭ではこれしか思いつかなかった。

 

「マジの話をすると火ノ口さんでも駿河さんでもない。ただ、いるのは本当なんだ。今度、相談させてくれないかな?」

「おおおおっ!?」

 

 藤原が歓喜に震えた。

 

 この一手はあまりにも悪手でしかない。

 しかし今は手段を選んでいる時間はなかった。

 後でかぐやに土下座でもなんでもして火消しに回ってもらおうと、亨は決めた。

 

「ラブ探偵を頼らせてくれる?」

「まっかせてください!! 絶対、絶対だからね!?」

「……ああ、うん」

 

 藤原の拘束が外れる。亨は束の間の自由を手に入れた。

 

 その場から逃げ出すように亨は駆け出した。

 

 ◆◆◆

 

 藤原から逃げ出してから少しして、亨は火ノ口と駿河を見つけ出した。

 

 元々知り合いである上に、カメラマンとしての亨の評判が学園に知れ渡っていることもあって、二人とも亨の提案をノリノリで承諾してくれた。

 

 藤原と恋バナの約束という、大き過ぎる代償はあったものの、それは見て見ぬふりをしておく。

 

 亨のミッションはほぼコンプリート。ほとんど奇跡と言ってもいい、大金星である。

 確かな達成感と共に、亨はほとんどスキップするように祭会場を歩き回って写真を撮りまくった。

 

 残るは依頼された広報用の写真を撮り、時間を見つけて生徒会メンバーが花火を眺める姿をカメラに収める。

 

 空はすっかりオレンジ色に染まり、太陽も沈みかけている。打ち上げ花火までもうすぐだ。

 

 依頼を完璧にこなし、生徒会メンバーは夏の思い出を作り、亨は早坂にささやかな贈り物ができる。

 

 ——最っ高の夏休みだ!

 

 拳を握り締めた亨は、意気揚々と運営から指定された花火の撮影場所へ向かった。

 

 しかし。

 好事魔多し、月に叢雲花に風。

 

 物事とは最後の最後に邪魔が入るもので——。

 

 ◆◆◆

 

 凶報は、早坂から来た一本の電話だった。

 

「ちょっ、ちょっと待ってよ。中止ってどういうこと?」

「文字通りです。行けなくなりました」

 

 電話口の早坂の声は、淡々としていた。

 

 あまりにも唐突な、最悪の報せ。

 かぐやが花火大会に行けなくなった、早坂はそれだけ亨に告げた。

 

「光くんの仕事には影響ありませんから、安心してください。それでは」

 

 通話を切ろうとする早坂に、亨は食い下がる。

 

「待ってよ! 何でそんな直前になって。着付けだってやってたじゃないか! 四宮さんだってすごく楽しみにしてたし、白銀くんたちだって——」

「うるさいっ! 私だってこんなことになるなんて思ってなかった!」

 

 初めて聞いた早坂の怒鳴り声は、亨を閉口させるのに十分だった。

 

 亨は深呼吸して、努めて穏やかな口調で謝罪する。

 

「ごめん。動揺した」

「私も、すみません……」

「四宮さんがドタキャンするとは思えない。何かあったんだね?」

 

 早坂は答えない。

 亨は言葉を重ねる。

 

「愚痴聞きは、俺じゃ力不足かな」

「……そんなことはありません。聞いてくれますか?」

 

 縋るような早坂の声。

 聞いたことのない声色は、逆に亨を冷静にさせた。

 

「話して」

 

 決壊したダムのように、早坂は語った。

 先日、四宮家の本邸に呼び出されたこと。かぐやの父——早坂曰く()()()()()とかぐやとの冷え切った関係のこと。

 今日は本邸から遣わされた執事が別邸にいること。出かけようとしたかぐやが執事たちに引き留められたこと。ベッドで蹲っているかぐやのこと。かぐやは夏休み中、白銀に会えなくて悲しんでいたこと。かぐやがどれだけ今日を楽しみにしていたかということ。そんなかぐやに何と声をかけたらいいか分からないこと。

 

 早坂の口調は、いつもよりずっとずっと強かった。

 

「——クソ共。全員くたばればいいのに」

 

 と、早坂は締め括った。

 

「……すみません。面白くない話を」

「話してくれてありがとう。キツいね」

「一番キツいのはかぐや様です」

「……だね」

 

 亨は何かを殴りつけたい気分になった。

 

 家庭のしがらみなんて下らないもので、一人の女の子の楽しみが潰された。

 かぐやだけじゃない。白銀も、藤原も、石上も。今日を楽しみにしているはずなのに。素敵な思い出が、こんなしょうもないことで台無しにされることが、我慢できなかった。

 

 いつの間にか、陽はすっかり落ちている。

 花火が打ち上がり始めた。豪快な破裂音が鬱陶しい。

 

「花火、始まりましたね」

「そうだね」

 

 早坂のため息が聞こえた。

 

「かぐや様のフォローはこちらで何とかします。……光くんの声を聞いて、少し安心できました。ありがとう」

 

 亨の心臓が跳ねた。こんな時ですら喜びを感じてしまう自分の現金さに苛立つ。

 

「何とかできないかな。……このままだといい写真は撮れない」

「本邸のクソ執事がいますからね。目を盗んで抜け出すとかできれば——」

 

 そこまで言って、早坂は口をつぐんだ。

 

「早坂さん……?」

「抜け出させましょう。人の目を盗んで。……計画を立てます。光くん、思考の整理を手伝ってください」

 

 いつもの早坂の声だ。近侍として、かぐやのために任務を遂行する、彼女の声だ。

 

 かぐやを花火大会に行かせるための作戦を、早坂が猛烈な速度で組み上げていく。

 常日頃かぐやからの無茶振りをこなしているだけあって、方針さえ決まれば、早坂の思考は速い。かぐやを陰から支える彼女もまた、人並外れた天才なのだ。

 

 かぐやのために全力を尽くす早坂の声は、どんどん熱を帯びていく。かぐやは恵まれていると、亨は思う。

 

 亨が早坂を好きな理由が、また一つ増えた。

 

 プランを練り上げた早坂は、長く息を吐いた。

 

「——これで行きます。いかがでしょう?」

「行けると思う」

「問題は花火に間に合うかどうかですが……」

 

 現在時刻と早坂のプランを考えるに、かぐやが花火に間に合うかは微妙なところだ。

 

「それについては、一つ当てがある。俺から白銀くんに電話するよ」

「お願いします。……あ、光くんの仕事の方は?」

「あー……」

 

 大丈夫だ、と言いたいところだが、そうも行かない。本音を言えばほっぽり出したいところだが、大会運営から頼まれた花火の写真は無碍にもできない。

 

「こうしましょう、かぐや様がその気になったら連絡を入れます。そしたら会長に連絡入れてください」

「え、でも」

「これは私の仕事です。私の仕事を手伝ってくれたのに、光くんの仕事の評判に傷がつくのは不本意ですから」

「……分かった。ありがとう」

 

 それじゃ、と通話を切ろうとしたところで、早坂から待ったがかかる。

 

「光くん。ありがとう、本当に」

「俺はただ話を聞いてただけだよ」

 

 早坂の返事はなかった。くすりと笑い声だけ残して通話が終わる。

 

 スマホをしまい、亨は夜空を見上げる。

 花火はどんどん勢いを増し、夏の夜空を彩っている。

 

 プログラムからして、あと半分といったところか。

 

 亨は相棒のカメラを夜空に向けた。

 

 ◆◆◆

 

 亨は花火をカメラに収めながら、早坂の連絡を待っていた。

 

 かぐやへの説得は上手くいったのだろうか。いや、早坂なら上手くやる。絶対に。

 

 長いような短いような、奇妙な時間を過ごしていると、スマホが震えた。ワンコールも鳴り終わらぬうちに出る。

 

 早坂の声は弾んでいた。

 

「上手く行きました」

「よっしゃ」

「飛び出していきましたよ。ターザンみたいに」

「随分と華奢なターザンだね」

「後は任せます」

「うん」

 

 電話を切り、返す刀で白銀に電話をかける。

 

 しかし、出ない。移動中だろうか。

 コール音はするから電源を切っているわけではないはず。

 

「仕方ないな……」

 

 再度白銀に電話をかける。

 

 人生で鬼電というやつをするのは初めてだったし、することもないと思っていた。

 

 ——さあ、出ろ……出ろ……。

 

 念を込めてかけ続ける。

 鬼電の回数が二十回に達そうというところで、ついに繋がった。

 

「光、悪いが今は宝探しの最中だ。後にしてくれ」

 

 息を切らした白銀の声は、妙にキマっていた。

 亨は一瞬虚をつかれたが、すぐに持ち直す。

 

「じゃあ単刀直入に。このままだと四宮さんは花火に間に合わないかも知れない。その時のために別候補を提案したいんだ」

「はっ? お前、どこでそれを」

「どこでだっていい。県外に少し遅くまでやってる花火大会がある。先週の雨で今日に延期になったんだ。俺が写真の仕事を受けてた場所だ。よく聞いてね。場所は——」

 

 白銀に伝えるべきことを伝えて、通話を切る。

 後は上手くいくことを祈るのみ。

 

 通話を切る直前、白銀が「サンキュー、最高の宝の地図だ!」とか叫んでいた。

 おそらくテンションが振り切れておかしなことになっているのだろう、忘れてやるのが男の友情というやつだ。

 

「とりあえず、任務完了」

 

 早坂にメッセージを送る。

 

『白銀くんに伝えた』

 

 今頃、早坂はかぐやの替え玉として、かぐやの部屋で花火を見ているはず。なかなかリスキーな手段だが、上手くいっただろうか。

 

 少しして早坂の返信が来る。

 

『ありがとうございます。こっちも上手く騙せました。ざまあみろ』

『それはよかった』

 

 亨は安堵の息を吐く。あとはもう運次第だ。白銀もかぐやも日頃の行いはいいはず。

 

 花火は佳境に差し掛かっている。一層華やかさを増す光に、亨は清々しい気分になった。

 

 スマホをしまおうとしたところで、新しくメッセージが届いていることに気が付いた。

 先ほど交換したばかりの、火ノ口三鈴からだ。

 

 亨の口元に笑みが浮かぶ。

 

「ナイスタイミング」

 

 白銀から亨に、皆で花火が見られたという旨のメッセージが届いたのは、翌日のことだった。

 

 ◆◆◆

 

 新学期の登校初日。

 

 自分の席に座った早坂の所へ、火ノ口と駿河がやって来た。

 夏休み中にできた思い出についてあれこれ話していると、自然と夏休み終盤の花火大会の話になった。

 

 そこで火ノ口が一枚の写真を早坂に渡す。

 

 普通の写真と違う、チェキフィルム特有のサイズの写真。そこに写っている火ノ口と駿河は浴衣に身を包み、夜空を彩る花火を背景に満面の笑みを浮かべている。

 

 早坂は無意識のうちに二人の真ん中に立つ己の姿を幻視した。写真の中に引き込まれるような、自分が当たり前にその中に在るような感覚は、初めてではない。

 

「……これ、どうしたの?」

「偶然、光くんと会ってね。『早坂さんは?』って訊かれたから、バイトで来れなかったって言ったら、せっかくだから渡してあげたらって写真撮ってくれたんだよね」

 

 よく撮れてるでしょ、と胸を張る二人。

 

 早坂は言葉を失う。

 あの日、亨は裏側でこんなことをやっていたのか。

 

 思い出のお裾分けね、と去っていく二人を見送る。

 

 写真の裏には、バイト三昧の早坂への労いと、来年は一緒に行こうという旨のメッセージが、丸み帯びた字体で書かれていた。

 

 早坂の脳内で、亨と買い物をした日のことが想起される。

 

 亨は新しい夜間撮影のためにと新しいチェキカメラと、三脚を買っていた。

 亨が既にチェキカメラを持っていることは知っていたし、考えてみればカメラを生業にする亨が三脚を持っていないわけがない。

 よく思い出してみれば、友達からの花火大会の誘いを断ったと早坂が言った直後に亨は買い物に行きたいと提案してきた。

 

 ——まさか、全部このために……?

 

 思い浮かんだ推論を、早坂はかき消す。さすがに自分に都合がよすぎるし、そんなロマンチストなタイプではないだろう、あの男は。

 

 でも、お礼は言っておかなきゃかな、と早坂は思った。

 

 ◆◆◆

 

 そして、放課後。

 

 早坂は、いつも通りカメラを手に学園を徘徊していた亨を捕まえた。

 

「どうしたの、早坂さん?」

 

 いつも通り、柔和な笑みで亨は早坂と相対している。

 

 早坂はつい今朝方もらったばかりの写真を亨に突きつけた。

 

「これ、もらいました」

「へー。よかったね」

 

 亨はシラを切っているつもりだろうが、目が泳いでいる。バレバレだ。

 

 笑いを噛み殺しながら、早坂は亨の目を真っ直ぐ見つめた。

 

「嬉しいです。ありがとうございます」

 

 亨はぴしりと固まり、それから落ち着かなさげに視線を彷徨わせ、隠れるようにカメラのファインダーを覗き込むとそっぽを向いた。

 その表情を写真に撮ってやれなかったのが惜しいと、早坂は思った。

 

 ——お可愛いこと。

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