若手カメラマンは覗き見たい。 作:水棲リクガメ
「嬉しいです。ありがとうございます」
「…………」
早坂から向けられた真っ直ぐな感謝の言葉。
亨はどうにかなってしまいそうだった。
一枚の写真を抱えるようにしながら柔らかく微笑む早坂を直視できない。
口内の頬の肉を思い切り噛んで、表情が緩むのを堪えるのに必死だ。
夏休み半ばに一度会ってから、早坂と直接顔を合わせるのは今日が初めて。もっと言えば、早坂に対する自身の感情に気付いてから会うのは初めてである。
——早坂さんってこんなに可愛かったっけ……!?
恋愛フィルターとは恐ろしいもので、亨の視覚はバグり散らかしていた。
亨の内心など知らぬ早坂は、一歩距離を詰めてくる。
「それにしても、よく撮れてますね」
さりげなく一歩引いて、亨は距離を取る。
「そうかな」
「はい。花火の写真は難しいと思います。ちょっとした手ブレで光がぐちゃぐちゃになりません?」
「まあ、このくらいだったら全然」
嘘である。
この男、慣れないインスタントカメラで早坂に贈る写真を撮るために、凄まじい練習を重ねていた。
首都圏の花火大会を回れるだけ回り、とにかく花火の写真を撮りまくっていた。納得のいくものが撮れるようになるまで、二十近い数のフィルムを無駄にしている。
ついでに花火の写真を撮るたびに、花火を背景に佇む浴衣姿の早坂を妄想もしている。
重症だった。
何はともあれ、早坂が喜んでくれたことに亨は安堵の息をつく。
そのために「藤原への恋愛相談の約束」という重すぎるツケを背負ったものの、それは考えても仕方ない。
「四宮さんたちも、花火見られたみたいだね」
「ええ。かぐや様も大変満足してます。ここ数日ちょっとぽやぽやしてるのだけ気になりますが……。光くんのおかげです」
ありがとうございます、と早坂が頭を下げる。
「俺は何もしてないよ」
計画を立案したのも、消沈するかぐやを焚き付けたのも早坂だ。亨はあくまで早坂の話を聞いていただけ。
「話を聞いてくれたじゃないですか」
「そんなことくらいしかできなかったから」
「あの場で冷静になれたのは光くんがいたからですよ。……感謝を素直に受け取ってくれた方が私も嬉しいんですけど」
そこまで言われて謙遜の言葉を口にできるほど、亨は頑固になれない。
「じゃあ、まあ、うん。どういたしまして?」
早坂はくすりと笑った。
「それじゃ、私は行きます」
「うん」
去り際、早坂がくるりと亨に振り向く。
「二学期もよろしくお願いします」
「こちらこそ」
去っていく早坂の後ろ姿が見えなくなるまで、亨は立ち尽くして動かなかった。
◆◆◆
「さあ、光くん。観念してください」
翌日の放課後。
人のいない教室で、亨は藤原に捕まった。
一体どこから手に入れたのか、よれよれの丈長のコートを羽織った藤原は、煙草を模したチョコ菓子を咥え、亨が座っている席の回りをぐるぐると歩いている。
往年の刑事にしてはちょっと瑞々しすぎる印象。
「何これ、取調べ?」
「話を逸らすなっ!」
亨の前の机に勢いよく手をつく藤原。ペタン、という音は少々迫力に欠ける。
「さっさとゲロった方が楽になりますよ。光くんが想いを寄せる女の子についてね!」
——やりにくい……。
夏祭り、火ノ口と駿河を探していた亨は、その居場所を教えてもらう代わりに藤原に恋愛相談するという約束をしてしまった。
あの瞬間に戻れるなら、迷いなく自分をぶん殴る。
何と答えるべきかを考える。
馬鹿正直に早坂の名を挙げるのは論外。どんな惨事を引き起こすことになるか分からない。
かと言って下手な誤魔化しも効くか怪しい。自分に策謀の才がないことは自覚している。中途半端な言葉で藤原を納得させられる自信はなかった。
結果、亨は黙秘を貫くしかないのだが、このままでは藤原は出鱈目な調書を捏造しかねない。
八方塞がりである。
そんな亨に藤原はため息をつく。
「ある程度の目星はついてるんですよ?」
「えっ」
藤原がぴょこんと人差し指を立てる。
「まず、この学園の生徒であるということ」
「んなっ」
動揺する亨に、藤原が得意げに笑みを浮かべる。
「光くんの沈黙が答えです。簡単に名前を出せないということは、この学園の外にいる人ではないです。さらに言えば私と知り合いである可能性が高い!」
どうですか! と指を突きつけてくる藤原。普通に当たりである。藤原の勘は無駄に冴えていた。
藤原の推理は続く。
「そしてっ! 花火大会の日の光くんの言動、これが鍵です。光くんは私にこう訊いたんです。『火ノ口さんか駿河さん、見なかった?』と。なぜ一方に限定しなかったのか……」
焦らすように藤原は目を閉じ、大きく息を吸った。そしてカッと目を見開く。
自信に満ちたその顔は、まさしく推理小説クライマックスの探偵そのもの。
「どちらでもよかったからです。二人のうちどちらかに会えれば、自ずと目的の人、すなわち光くんの好きな人の居場所も分かると踏んだから! つまり、あの二人と仲良しな人が、光くんの好きな人ということです!」
藤原の推理は当てずっぽうもいいところ。しかし恐ろしいのが、確実に
——普段はアホなくせに!
亨は内心毒づいた。生きた心地がしない。
「ここまでのことから考えられるのは——」
「くそっ、分かったよ! 言えばいいんでしょ、言えば!」
「ふふん、始めから素直になればよかったんです」
亨はため息をついた。何だかんだで、こうなる予感はしていたのだ。
藤原が意気揚々と推理を開陳している間に、思いついていた答えを口にする。
「……四宮さんの——」
「かぐやさんの……!?」
「——家の、メイドさん」
なお、嘘ではない。
藤原は快哉の声を上げた。
◆◆◆
かぐやは生徒会室で書類整理をしていた。白銀もまた部活連の会合で使う資料を作成している。
本音としては花火大会の夜のトキメキに浸っていたいところだが、生徒会は二学期早々にして激務だ。手を抜くことはできない。
「藤原さんまだ来ませんね」
作業の手を止め、白銀に声をかける。
「ああ。そういえば、放課後すぐに光のところに飛んでいったな」
「そうですか」
変なことやってなければいいが、と苦笑する白銀に、かぐやも頷く。
藤原の自由奔放さは予測がつかない。亨を巻き込んで面倒ごとを起こさなければいいのだが。藤原が何かをしでかした時、大抵の場合はかぐやか白銀が割を食う羽目になる。
そして噂をすれば何とやら。かぐやの携帯が震えた。発信者の名前は『藤原千花』。
かぐやはため息をついて通話ボタンを押す。
「事件ですっ!!」
かぐやが何か言う前に藤原が叫んだ。
かぐやは耳元から少しだけ携帯を離して応じる。
「恋のお悩みです。光くんが恋わずらいです」
「はい?」
藤原の声の奥で「わずらってないよー」という亨の声が聞こえた。
「すぐ来てください。このお悩みを解決できるのは、かぐやさんしかいません!」
「はぁ……」
藤原が突拍子もないことを言い出すのはいつものことだが、今日は一段と意味不明だ。
光亨という男が恋わずらいなんてお可愛い病にかかるはずもないし、恋愛相談するにしてもかぐやを選ぶとは思えない。
かぐやと亨の表向きの関係は、顔見知りの同学年。廊下で会えば二言三言会話する程度。
実際のところも、お互いのパーソナルな部分に触れたことはほとんどない。夏休み初日、自宅に呼び出した時が最初で最後だ。
亨が仮に相談するなら、クラスメイトで仲の良い白銀辺りを選ぶのが妥当だろう。
「あの、光くんの悩みを解決するなら私でなくとも……」
かぐやの正論に、しかし藤原は譲らない。
「いいえ、これはかぐやさんにしかできません! お願いします! 何卒っ!」
亨本人よりも藤原の方が真剣なのは気のせいだろうか。いや、藤原はそういう人間かとかぐやは思い直す。
落ち合う場所を聞き出し、かぐやは電話を切った。
——かわいそうに、光くん。
十中八九、藤原が勘違いを暴走させて亨が巻き込まれたのだろう。知らない仲でもないし、多少の手助けはしてやろうか。
ソファから立ち上がり、かぐやは白銀に告げる。
「少し外します」
「藤原か?」
「ええ」
白銀が苦笑いを浮かべて肩をすくめる。
「俺も行こうか?」
「いえ、会長の手をわずらわせるほどのことではないと思います。光くんの恋愛相談に乗ってくれと」
白銀が吹き出す。
「明日、槍が降るんじゃないか」
「そうならないことを祈ります」
「すまんな。頑張ってくれ、四宮」
「藤原さんの暴走はいつものことですから……」
◆◆◆
藤原はちゃっかり小会議室を押さえていた。生徒会役員の職権濫用に他ならない。後で小言を言った方がいいかもしれないと、かぐやは思った。
かぐやが入室すると、目をキラキラさせた藤原と、死んだ魚みたいな目をした亨が、既に席に着いていた。
「あ、かぐやさん。よくぞ来てくれました。光くん、かぐやさんがいればもう安心だよ」
「ああ、うん……」
亨が曖昧な笑みを浮かべた。
「ごめんね四宮さん。わざわざ来てもらっちゃって」
「いえ、光くんも——」
大変だったわね、と内心でかぐやは労いの言葉をかける。
「さあ、光くん。もう一度話してください」
すっかり議長気取りの藤原は、はきはきと指示を飛ばす。
観念したように、亨は口を開いた。
「夏休み初日、四宮さんの家に行ったでしょ」
「ええ、そうですね」
——何で今、その話を……?
かぐやは冷や汗をかいた。かぐやと亨の関係が露呈しかねない危険な情報だ。
「いいなー。私もかぐやさんのお家行きたかったです」
呑気に藤原はそんなことを言った。
「さっきも言ったでしょ。写真の仕事だから、遊びに行ったんじゃない」
「分かってますよー」
縋るような亨の視線に、かぐやは理解する。話を合わせてくれということだろう。
「ええ、本邸の方で私の写真が必要になったので、知り合いの光くんにお願いしたんです」
かぐやからすれば、この程度の合いの手を入れることくらい訳はない。藤原も特に怪しんではいない様子。
小さく安堵の息を吐くかぐや。
かぐやは思考を巡らせる。かぐやの家を亨が訪れたことと恋愛相談に、どんな関係があるのだろう。
今後の会話の展開次第では、ボロが出る可能性もある。
かぐやはこの状況に対する警戒レベルを引き上げた。
亨の話が続く。
「その時に応対してくれたメイドさん、いたじゃない?」
「ええ、はゃ……うちのメイドが、どうかしたの?」
——何で早坂が出てくるの?
亨が気まずそうに目をそらす。
亨の話は、かぐやの想定の斜め上に転がり始めている。
かぐやは困惑することしかできない。
口を閉じてしまった亨の代わりに、藤原が高らかに宣言する。
「しちゃったんですよね、一目惚れ! メイドさんに!」
「はいぃ!?」
「まあ……そういうことです、はい」
頷く亨の顔は青ざめている。
かぐやは口をあんぐり開けた。
——何がどうこんがらがったらそういう話になるの!?
人目がなければ頭を抱えるところだ。
しかし、かぐやとて秀知院きっての才女。すぐさま冷静さを取り戻し、亨を見据える。
亨の真意を掴みたかった。
藤原の追及から逃れるための出まかせか、何かしら裏の意図があるのか、もしくは——。
かぐやと亨の視線が交錯する。亨の目からかぐやが読み取れたのはSOS。
かぐやの思考は、一つの結論を得た。
——上手い手を考えたわね、光くん。
何があったかは分からないが、藤原は亨の恋愛事情を聞き出そうと試みたのだろう。逃れるのが困難を極めるそれを打開するために、亨はかぐやの力を借りることを思いついたに違いない。
誤魔化すために、学園内の生徒の名前を出そうものなら、藤原がどうなるかは火を見るよりも明らか。
そこで、四宮家お抱えのメイドの名前を出せば、かぐやの力を借りられる上に、今後の藤原からの追及も封じることができる。
なかなかトリッキーだが、即興としては悪くないアイデアだ。
「ね、かぐやさんが適任でしょう?」
ドヤ顔を浮かべる藤原にかぐやは頷く。
「呼んでくれてありがとう藤原さん。少し光くんと二人で話がしたいから、席を外してくれますか」
「えっ、嫌です。私も恋バナしたいですよ」
「ごめんなさいね。うちのメイドの個人的なことも話さなきゃいけないので」
「そんな殺生な! カメラ中毒の光くんの恋バナですよ!? せっかくいいところなのに、これじゃ生殺しです!」
あまりにも自分本位な本音を曝け出す藤原。
「後できちんと話しますから。……そうでした、生徒会室にルトノールの期間限定マカロンがあります。会長が食べ切っていなければ、まだいくつか残っているはず……」
嘘である。そんなものはない。
しかし、フランス発祥高級洋菓子店の限定マカロンは、藤原の欲求にさざなみを立てることには成功したらしい。
ごくり、と唾を飲んだ藤原は、数秒躊躇ってから、会議室の扉に手をかけた。
絶対ちゃんと聞かせてもらいますからね、と残して藤原が走り去っていく。
藤原の足音が聞こえなくなったところで、亨が安堵の息をついた。
「ごめん、四宮さん。助かったよ……」
「この貸しは高くつきますからね」
「はは、覚えとくよ……」
かぐやは、努めてきょとんとした表情を装い、亨に尋ねる。
「それで、光くんは早坂のどこが好きなの?」
「うぇっ!?」
文字通り飛び上がる亨。
「冗談よ」
「なんだ、冗談ね……。びっくりした……」
亨が引きつった笑みを浮かべる。ちょっと過剰反応すぎやしないかと、かぐやは思った。
「あ、このこと早坂さんには……」
「安心しなさい。言わないから」
「よかった。ありがとう」
学園内での亨は、恋愛など歯牙にも掛けない生粋のカメラマンとして通っている。
亨が何をして、藤原からの追及を受けることになったのか、かぐやには検討がつかなかった。
「どうしてこうなったの?」
「まあ、ちょっといろいろあってね」
「ふぅん……?」
落ち着かなさげな亨は、かぐやの知る普段の飄々とした態度から、やや乖離しているように思えた。
「もしかして、本当に好きな人がいるとか」
九割がた冗談で、かぐやはそんなことを言い、それから亨の顔を見てぎょっと目を見開いた。
腕を組み深々と椅子に腰かける亨は、頰をうっすら染めている。いわゆる、恋している人間がする表情。
「えっ、ちょ、嘘でしょ? 恋してるの? 光くんが!?」
「……否定はしないよ」
口をもごもごさせて、蚊の鳴くような声で亨が答えた。
何ということだろう、光亨は恋愛感情を持ち合わせている!
ここ数年で一番の衝撃がかぐやを貫く。
「一応確認するけど、それはキヤ○ンとかニ○ンとかではない、のよね……?」
「ちゃんと人間だよ。みんなして俺のこと何だと思ってるの?」
かぐやは考える。
亨が想いを寄せる人間とは、どんな人間なのだろうか。そんじょそこらの一般人ではないだろう。芸術家気質であることは間違いない。
「どんな人なの?」
純粋な興味から来る質問だった。
「やっぱり四宮さんも気になるんだね」
「まあ、ね。……安心して。特定しようなんて思ってませんから」
亨は学園内外を問わず顔が広い。広い交友関係の中から想い人を見つけることは困難だ。そもそも、わざわざ突き止めようなどと無粋なことは考えていない。
何かに迷うような素振りを見せる亨が、慎重に言葉を選んでいることは、見れば分かる。
「かっこいい人だよ。苦労人だけど、頼りになる人だ。一緒にいると心強い」
「へぇ……」
「あと、たまに気を抜いてる時、ちょっと可愛い」
「分かったわ。もういいから……」
かぐやは亨の話を遮った。これ以上聞いていると、間違いなく胸焼けを起こす。
亨にこれだけのことを言わせる女。どこの誰だか知らないが、恐ろしい奴である。
「告白するつもりはないの?」
「どうだろうなぁ……向こうがどう思ってるか分からないし。今の関係も悪くないから」
肩をすくめる亨を、かぐやはじっと見つめた。
「らしくないわね。カメラのことになればいつも一直線でしょう」
「カメラと恋愛は違うよ」
「尻込みしてても何も変わらないわ。いつまでも二の足を踏んでると、気付いたら手遅れ、なんてこともあるのよ。もっと堂々としなさい」
かぐやは、自分のことを棚に上げた。
じっとりとした亨の視線を受け流し、咳払い一つで誤魔化す。
「とにかく。頑張ってね、応援くらいはしてあげるから」
「善処するよ」
「煮え切らないわね」
亨の性格からして、相手を傷付けるとか、妙に拗れさせたりだとか、そういったことはないだろう。
今のところ、かぐやは亨に一定の信頼は置いているつもりだ。亨と名も知らぬ女性の今後を思いつつ、かぐやは席を立つ。
「しばらくの間、あなたの恋のお相手はうちのメイドってことにしといてあげる。藤原さんには『見込みがない』と伝えておく、これでいい?」
「ああ、うん。ごめんね、手間かけさせて」
「いいのよ。このくらい」
「早坂さんにも……」
「大丈夫よ。こんなの言わなきゃバレないから」
亨が恋をしていて、その相手が便宜上自分であると知ったら、早坂はどんな反応をするだろうか。
私をダシにしないでください、と眉をひそめるか。ひょっとすると案外面白がるかもしれない。
そんなことを考えてから、ふとかぐやは思い出した。
「昨日あたりから妙に早坂の機嫌がいいのだけど、光くんは何も知らないわよね?」
昨日の夜、笑みを浮かべて鼻歌混じりにベッドメイキングする早坂の姿を、かぐやは目撃していた。
何かあったのか聞いても、真顔で「いえ別に」と返すだけで、その場はうやむやになった。
亨はいつも通りの微笑みを浮かべる。
「さあ、ちょっと分からないな」
「そう」
かぐやは会議室の扉に手をかけた。
今は何より、マカロンを求めて生徒会室に向かっていった藤原と、その相手をしているはずの白銀のことが心配だ。
◆◆◆
かぐやが去って一人きりになったところで、亨は机に突っ伏した。
安堵と後悔と動揺が、胸中をぐるぐると渦巻いている。
かぐやの協力を得た亨は、藤原からの追及をひとまず逃れることができた。亨の早坂に対する思いは何とか露呈せずに済んだのである。
しかし。
「言った方がよかったのかなぁ……」
先ほどの会話を経て、亨はかぐやの知らない誰かに対して恋愛感情を持っている、ということになってしまった。というか、そうなるようにしてしまった。
亨の想いを成就させるための最短ルートは、かぐやに「俺は早坂さんのことが好きなんだよね」と宣言すること。
しかし亨は言えなかった。保留を選択してしまった。
つまりチキった。チキってしまったのである!
「ぐうぅ……」
突っ伏したまま、頭を抱える。
亨は交際経験がないわけではない。むしろ同い年の男から見たら、嫉妬の眼差しを向けられることもあり得るシチュエーションを経験済みである。
だからこそ慢心していた。早坂に対する感情を自覚した時も、自分がここまで余裕を失うことになるとは思っていなかった。
この持て余した甘酸っぱい感情を、どのように処理すればいいか分からない。
かぐやとの会話を反芻する。
去り際、かぐやは「妙に早坂の機嫌がいい」と言っていた。つまり、早坂は喜んでくれているのだ。亨が渡した写真で。
意味もなく机をダンダンと叩く。
まるで何らかの生物の求愛行動のよう。第三者から見れば間抜けに映るに違いない。
心の冷静な部分が、別に早坂の機嫌がいいのは写真のおかげとは限らないと告げてくるが、そんなことはどうでもいい。
唸り声を上げながら悶える亨の奇行は、藤原が会議室の施錠のために戻ってくるまで続いた。