若手カメラマンは覗き見たい。   作:水棲リクガメ

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2nd shoot Vol.1 そして光亨は巻き込まれる 〜昼〜

 ものの始まりはと問われれば、適切な回答は五日前の午後となるだろう。

 

 その日は休日で、学園内も平日に比べて静かだった。グラウンドの方から運動部の掛け声が聞こえてくるくらいのもの。

 

 人気のない廊下を歩き、生徒会室の前までやって来た亨は、その重厚な扉をノックした。

 

 部屋の中で誰かが歩く気配がして、それからすぐに扉が開く。

 

「すみません、休日にご足労いただいて……」

 

 言いながら顔を出したのは我が学園の生徒会長、白銀御行。彼は亨のクラスメイトでもある。

 

 その顔はすぐに驚きの色を浮かべた。

 

「光? どうしたんだ休日に」

「写真を撮りに来たんだ」

 

 これで伝わると思ったが、白銀は首を傾げるばかり。

 ここで亨は、校長が詳しく事情を説明していなかった可能性に思い当たる。

 

「今日、白銀君は後援会冊子の写真を撮ることになってるでしょ」

「ああ、もうすぐカメラマンが来ることになってる」

 

 秀知院学園の後援会は、政界の重鎮や大企業の重役など様々な人間が所属する。そこに向けて定期的に出される冊子には学園内のあれこれが掲載されるが、次に出される冊子には生徒会長の挨拶が掲載される。そのために白銀の写真が必要なのだ。

 だからこそ、休日にわざわざ制服を着て生徒会室までやって来たのだと、白銀は続けた。

 

「そのカメラマンが俺なんだよ」

「そうなの!?」

「その様子だと校長から聞かされてないね。学園から依頼を受けて、今回の後援会冊子の写真は俺が撮ることになってるんだ」

 

 白銀は目を見開く。

 

 亨がよく学園内外で写真を撮っていることは知っていたが、まさかこのようなことを依頼されるほどの腕前とは。

 

「そういえば、校内行事の時とかたまにいなくなっていたのは」

「カメラマンとして走り回ってました」

「す、すげぇな」

 

 ドヤ顔でピースする亨を、白銀は素直に賞賛する。

 

「というわけで、早速写真撮っちゃおうか」

「そうだな、頼む」

 

 白銀が扉を開いて、亨を生徒会室内へと迎え入れる。

 

 亨は生徒会室に何度か入ったことはあったものの、改めて見ると学校とは思えないほど豪奢な内装だ。

 調度品の全てが、素人目に見ても高級感あふれる重厚な雰囲気を醸し出している。

 

 生徒会室には白銀以外にも、もう一人生徒がいた。

 

 この学園に通う者であれば知らぬ者はいない、生徒会副会長の四宮かぐや。容姿端麗、頭脳明晰、博学多才。天が二物どころか三物も四物も与えた才女である。

 

 かぐやは亨に向かって折目正しく一礼する。

 

「光亨さん、ですよね。四宮かぐやです。こうして会話するのは初めてですね」

「えーと、どこかで……?」

「以前、あなたのお父様の個展でお見かけしましたものですから」

 

 亨の父、蓮治は世界的な写真家。彼の写真が展示される機会は星の数ほどあるし、亨自身、それについて回ることも多かった。

 

 その場に居合わせた人間などいちいち覚えていられないが、そんなことを馬鹿正直に言って四宮家ご令嬢の機嫌を損ねても良くない。

 本音はおくびにも出さず、亨は微笑んで見せた。

 

「ご丁寧にありがとうございます。四宮さん。——して、今日はどうしてこちらに?」

 

 今日はそもそも休日。撮影のために白銀と亨がいることが例外なのだ。さも当然のようなかぐやの存在に、亨は疑問を抱いた。

 

「せっかくのタイミングですから、生徒会の仕事を進めてしまおうと思いまして。必要とあらば、撮影のお手伝いもさせていただきますよ」

 

 お邪魔でなければですけど、とかぐやは微笑む。

 

 ——もちろん、嘘である。

 

 場所が生徒会室とはいえ、白銀と休日二人きりで過ごせるチャンスをかぐやが逃すはずもない。

 撮影スケジュールが平日の放課後ではなく休日になったのも、かぐやの根回しによるもの。

 休日の生徒会室に二人きり。写真撮影という非日常。写真撮影ということは白銀の身なりも整える必要が出てくるはず。そうなれば、あとはかぐやのターン。身だしなみチェックの名目で白銀と物理的な接触。

 

 これは、もう、白銀はかぐやのことを意識せざるを得ない——!

 

 今日だけで告白に漕ぎ着けることは簡単ではないだろうが、こういったジャブの積み重ねがノックアウトに繋がるのだ。

 

 内心ほくそ笑むかぐや。

 

 そして、そんな彼女の奸計など知る由もない亨は、

 

「生徒会も大変ですね。じゃあ、手早く終わらせよう」

 

 休日まで仕事だなんて生徒会は大変だ、自分には絶対できない、なんてことを思っていた。

 

 ◆◆◆

 

「白銀くーん、肩の力抜いてー」

「会長、リラックスですよ」

「わ、わかっている、わかっているが……」

 

 開始十分後。早くも撮影は苦戦を強いられていた。

 

 生徒会長の席に座ってカメラを向けられる白銀は、ガチガチに緊張していた。

 友達同士や行事の際に撮る写真とは訳が違う。学園の内外に向けて配布される冊子。学外の人間からすれば、当代生徒会長の印象はこれで決まるといっても過言ではないのだ。

 白銀の肩にのしかかるプレッシャーは並大抵のものではない。

 

「弱ったなー、こうなっちゃうとは」

 

 亨は腕組みをして唸る。

 写真を撮るとなると緊張してしまう人というのは少なからずいるものであるが、白銀の緊張がここまでのものとは想定外だ。

 

 撮影を始める前に、血色がよく見えるようにとかぐやが薄く化粧を施してくれているものの、それすら貫通するレベルで顔色が悪い。

 

 さて、どうしたものかと思案を巡らせ、ふと本棚に並ぶ本の一つが目に留まる。

 百科事典を思わせる大きさに、革張りの立派な装丁。魔法使いの魔導書みたいな雰囲気を醸し出している。

 

「四宮さん、あれ使ってもいいかな」

 

 亨の視線の先を追ったかぐやは怪訝そうな顔をした。

 

「あれは学校史ですね。使うってどうするんですか?」

 

 それはね、と言葉を切って亨は本棚から学校史を引っ張り出す。

 見た目通りのずっしりとした重み。由緒正しい秀知院学院の歴史の重さといえるかもしれない。取り落としそうになって慌てて両手で持ち直す。

 

「じゃあ、はい。白銀くん」

 

 未だ椅子の上で硬い表情のままの白銀に、学校史を差し出す。

 事態が飲み込めない白銀はきょとんとした様子で亨と学校史の間で視線を彷徨わせる。

 

「光、これは……?」

「雰囲気出るかなと思ってさ。足組んで本は手元で広げてみてよ」

「お、おう」

 

 白銀は亨の言う通り、椅子に深く腰掛けて両脚を組むと、渡された学校史を手元で開いて見せた。

 

 亨はいろいろな角度から白銀を観察し、よしと頷くとカメラを構えた。

 

「お、おい、光。この格好、カッコつけっぽくて、なんか、こう……痛々しくないか?」

 

 白銀のポーズは側から見れば極度のナルシズムを感じざるを得ないものだ。小道具として亨が持たせた学校史の装丁も革張りに金の装飾と、かなり「ぽい」やつである。

 

 白銀の懸念はいかにもだった。

 横で見ていたかぐやも、白銀が恥をかく結果にならないかと不安が過ぎる。

 

 二人の心配などどこ吹く風で、亨はファインダーを覗き込みながら指示を飛ばす。

 

「はい、視線は手元で体動かさないでねー」

「あ、あぁ……」

 

 結局のところ白銀は亨の指示に従う。

 数秒後、控えめなシャッター音が鳴った。

 

「うん、いい感じだね!」

 

 カメラのディスプレイで写真の出来映えを確認し、亨は満足げに頷いた。

 

「四宮さんも見てごらんよ、『カッコつけ』じゃなくて『カッコいい』写真になったからさ」

「は、はぁ」

 

 亨は自信満々に、かぐやへカメラのディスプレイを見せつける。

 

「…………!!」

 

 映し出された写真を目にしたかぐやは絶句する。

 

 やや見上げるような角度で撮影された白銀の姿。分厚い本へと落とされる鋭い視線は白銀の顔色も相まって、アンニュイな雰囲気を演出。窓から差し込む陽光は、白銀の知的な印象をさらに補強していた。

 

 ——かっこいい……!

 

 かぐやの心拍数、増加。

 

 そんな彼女の内心など知りもせず、白銀は不安そうに尋ねてくる。

 

「おい、四宮。黙らずに教えてくれ。どうなんだ? やっぱりちょっと痛いか……?」

 

 冷静さを失いかけているかぐやは上手いこと言葉が紡げない。

 代わりに亨が後を引き取る。

 

「思わず見惚れるほどカッコいいってさ!」

「みとっ……!?」

 

 想定外の爆弾発言にかぐやの心拍数、さらに増加。

 

 かぐやの脳内で、薄ら笑いを浮かべた白銀がかぐやを見下す光景が浮かび上がった。

 

『ほう、四宮。写真の俺に見惚れて、随分と夢中になっているようだな?』

『ち、違うんです会長! これは……!』

『何を焦っている? ほんの冗談、だろ?』

『うぐ……っ』

『たかが写真一枚に百面相とは——お可愛い奴め』

 

 少しでも優位を明け渡せばこの展開は必然。何としても挽回しなければ。

 

 刹那のうちに脳内で返す言葉を組み上げる。少しでも間が開けばそれはもうガチっぽくなってしまう。それだけはダメだ。断じて。

 

「決して見惚れていた訳ではありませんよ。カメラマンの技術次第でこのような演出が可能になるのかと、感心していたのです」

 

 思考時間わずか0.4秒。

 かぐやはほんの少しだけ早口になりながらも、亨の爆弾発言をさらりと受け流してみせる。

 

「そんな褒められちゃうと恐縮だなぁ」

 

 かぐやが肝を冷やす原因となった男は、世辞一つで一丁前に相好を崩している。

 

 ——光亨……この男さえいなければこんな気苦労を背負わず済んだというのに!

 

 理不尽な怒りの視線が亨に突き刺さるが、彼はそんなものには気付かずに、撮れた写真を白銀にも見せている。

 

 そして白銀もまた、己が写った写真に驚愕していた。

 

「これが、俺か?」

「正真正銘、白銀くんだよ」

「俺、こんなに写真写りよかったか?」

 

 亨はドヤ顔で人差し指を左右に振って見せた。

 

「写真写りってのはね、工夫次第である程度は変えられるものなんだよ。加工アプリだとかトリミングだとかに頼らなくてもね」

「うーむ、こうして実際に見せつけられると説得力があるな」

「このクオリティなら後援会冊子どころかファッション雑誌に載ったって違和感ないよ!」

「いや、それは言い過ぎだろ。……だけど、かなりいい感じな気がする。光、もっと撮ってみてくれるか」

「もちろん、そのために来たんだから!」

 

 そんなわけで、すっかりノってきた白銀と亨は、勢いに任せ撮って撮って撮りまくった。構図を変えポーズを変え、シチュエーションもあれこれ試して、最終的にはかぐやまでも被写体に引っ張り込んで、撮った写真が五十枚を超えた辺りでやっと手が止まった。

 

「いやぁ、撮った撮った。被写体がいいと映えるね」

 

 心なしか肌ツヤが良くなったように見える亨は、満足そうにカメラのレンズに蓋をする。

 

「こんなに写真を撮られまくる機会はなかなかないからな。意外と楽しかったぞ。これだけあれば後援会冊子の分も足りるだろう」

 

 亨は白銀に向けて親指を立てる。

 

「もちろん。お釣りが来るレベルだよ」

「そうか! これで一段落だな」

 

 盛り上がる男子二人から少し離れた位置で、かぐやは深呼吸を繰り返していた。心臓は今にも破裂しそうなくらい高鳴っている。

 撮影の途中から「せっかくだから四宮さんも一緒に入ってよ」と亨から誘いを受けた。家庭の方針から顔が写るのはまずいと辞退しようとしたものの、ならば演出の一部として手足だけでもと言われ、渋々了承。

 亨の注文の中には白銀とかなり接近するようなものもあり、かぐやの心臓はバクバクしっぱなしだった。

 

 表面上は取り繕っていたものの、内心気をやりそうなくらい緊張していたのだ。

 当の白銀はといえば、亨に乗せられテンションぶち上がり。かぐやのことなんてこれっぽっちも気にしていない様子。

 かぐやからすれば、それもまた面白くない。

 

 白銀と話していた亨がふとかぐやの方を振り返った。

 

「四宮さんもありがとうね。おかげでいい写真がたくさん撮れた」

「え、ええ。お役に立てたならよかったです」

 

 白銀がかぐやを手招きする。

 

「四宮も見てくれ。どれもいい写真ばかりだ」

「そうですね。見せていただきます」

 

 かぐやも亨のそばへと歩み寄り、カメラのディスプレイに視線を落とす。

 

 画面に次々と映される白銀は、どれも堂々とした佇まいに知的な眼差し。

 どこに出しても恥ずかしくない、誇らしき我らが生徒会長の姿に、かぐやはほんのわずかに口元を綻ばせる。

 

「四宮さんはどの写真がいいと思う?」

 

 亨の質問に、かぐやはしばし黙考。

 

「そ、そうですね。この写真なら、顔もはっきり写っていますし、冊子に掲載するのにも最適かと」

 

 あくまで、後援会冊子に載せる上でどれがいいか、という観点を強調して述べるかぐや。

 己の欲求に従って発言してしまえば、とんでもないことを口走ってもおかしくない。それを抑えるだけの理性は、まだかぐやに残っていた。

 

 写真を眺めながらあれこれと会話している亨とかぐやの一方で、白銀はこの場における己の優位を確信していた。

 

 亨の撮影した白銀の写真。白銀自身が見ても、かなりカッコよい出来映えであると断言できる。

 そして今、その写真を見てかぐやはわずかに浮き足立っている。決して短くはない交流期間を経て、かぐやのテンションの上下はなんとなく分かってきたつもりだ。

 

 ——つまり、写真の俺を見た四宮は俺本人を意識しつつある!

 

 白銀は内心で亨に感謝の言葉を叫ぶ。

 カメラ好きのクラスメイトは、使い方次第で恋愛頭脳戦における特殊武器へと化けるのだ!

 

 正直言って白銀は、今日一日苦境に立たされていた。

 重要な写真撮影の緊張に加えて、少しでも写真写りをよくしようというかぐやの「善意」から施された薄化粧。真剣な表情で顔を覗き込んでくる彼女の破壊力はマジでヤバかったのである。

 

 しかし勝負の行方とは往々にして分からないもの。

 光亨というトランプのジョーカーが、今この瞬間ではチェスのクイーンとなったのだ。

 

 腹の中で不敵な笑みを浮かべる白銀とは別に、かぐやの脳内ではとある目標が設定されつつあった。

 

 ——会長の写真が欲しい!

 

 亨のカメラに収められた白銀の姿。亨の腕前もあってか、そのクオリティはまさしく芸術作品の域。

 

 その写真を手元に置いておきたくなるのは、かぐやからすれば当然の成り行きだった。

 かぐやは想像する。白銀の写真で彩られたアルバムが自室の本棚に収められた光景を。それが現実となれば、それは、それはどんなにか——。

 

 が、今この場で亨に「写真ください」なんて言えるはずがない。間抜けにも程があるし、当然かぐや自身のプライドが許すはずもない。

 

 また、後ほど亨に写真のデータを要求することも難しいだろう。

 かぐやと亨はまだ知り合ったばかり。いきなり写真を要求しようものなら、かぐやが白銀のことが好きだというあらぬ誤解を受けかねない。

 加えて白銀と亨はクラスメイトの間柄だ。亨が何かの拍子に「かぐやが白銀の写真を欲しがっていた」と白銀に漏らす可能性だってある。そんなことになったらそれこそ赤っ恥。

 そのような恥をかくくらいなら、煮えたぎった鉛を飲んだ方がマシというもの。

 

 かぐやを追い詰めるために次の一手を講ずる白銀。

 自然な流れで写真を入手するべく思案するかぐや。

 何も知らず撮りたてほやほやの写真を選定する亨。

 

 生徒会室には三者三様の思惑が渦巻いている。恋愛頭脳戦は膠着状態に陥りつつあった。

 

 そして、次の一手を放ったのは白銀だった。

 

「なあ、光。もしよかったら今の写真データ、俺にくれないか?」

 

 かぐやが己を意識しているとすれば、当然写真データは欲しいはず。それを見越した白銀の見え透いたトラップ。もっと分かりやすく言えば、幼稚園のガキ大将がおもちゃを独り占めして「やーい、うらやましいだろー」とやっているだけ。

 

 しかし、そのシンプルなアクション故に、かぐやは動揺していた。もっと分かりやすく言えば、おもちゃを独り占めされた幼稚園児が「うらやましい……」と唇を噛んでいる状態。

 

 二人の間で繰り広げられる高度な心理戦など知らない亨は、当然白銀の頼みを快諾する。

 

「もちろん構わないよ。そんなに気に入ったの?」

「ああ、こんなに良く撮ってくれると思わなかったからな。それに俺の立場上これからも写真が必要になる場面もあるだろうし、せっかくだからその時にも使わせてもらおうと思ってな」

「いやぁ、そこまで言われるとカメラマン冥利に尽きるよ。あ、でもこのSDカードはすぐ提出しなきゃいけないから、何か別のものにデータコピーしないと」

「それなら生徒会室のパソコンに保存すればいい。後日俺が私物のUSBにでも入れて持ち帰る」

 

 かぐやが口を挟む暇もなく、あれよあれよと話が進んでいく。このままではかぐやが写真を手に入れるチャンスは永遠に巡ってこない。

 

 しかし、窮すれば通ずとは昔の人はよく言ったもの。今の白銀の言葉に、かぐやは活路を見出した。

 

 写真データは生徒会室のパソコンに、少なくとも今日一日は一時保管される。つまり今夜、生徒会室に忍び込めば、誰からも見られることなく写真のデータは入手できるのだ。

 幸いにしてかぐやの元には電子機器に詳しい近侍もいる。必要な手札は揃っている。

 

 ——勝った……!

 

 勝利を確信したかぐやは、そっと拳を握りしめた。

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