若手カメラマンは覗き見たい。   作:水棲リクガメ

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4th shoot 光亨に踏み込みたい

 亨は動けなかった。

 正確には椅子に拘束されていた。

 両手は背もたれの後ろで縛られて、両脚は椅子の脚に固定されている。もがいても縄が食い込むばかりで、逃れることなどできそうにない。

 

「光くん、前を見なさい」

 

 耳元で囁くのは、氷のように冷たい声。黒い軍服に身を包んだかぐやが亨を見下ろしていた。

 

 亨が弾かれたように前を見れば、そこにいるのは自身で撮った写真たち。みな一様に幼児服を着て、お行儀よく一列に並んでいる。

 その後方に佇むのは、これまた軍服を着た早坂。その右手には立派なハサミが握られている。

 

「何をする気なの!?」

 

 亨の叫びに早坂は答えない。ただハサミを開閉するばかり。刃先がギラリと怪しく光る。

 

「はーい、チョキチョキしましょうねー」

 

 早坂は無表情のまま抑揚のない声で言うと、ハサミの先端を写真へ近付ける。

 

 これは処刑だ。まぎれもない処刑。

 

「何で、こんなことをっ!」

 

 かぐやは冷たく言い放つ。

 

「四宮に逆らった者の末路です」

「そんな……っ」

 

 思わず目を閉じようとしたが、かぐやの両手が亨の顔を覆い、まぶたをこじ開ける。

 

「安心してください、光くん。早坂はとっても『上手』なんですよ」

 

 ハサミが開閉するチョキチョキという音が、亨の脳内でこだまする。その切先が写真に触れる。

 

 ——そんな、こんなことが……!

 

 ◆◆◆

 

「やめろぉぉぉぉ!!」

「うぉっ」

 

 奇声と共に跳ね起きた亨に、白銀は反射的にのけぞった。

 汗びっしょりになって肩で息をする亨の顔を、白銀は心配そうに覗き込む。

 

「大丈夫か、光? 随分とうなされていたが」

「ああ、うん。ちょっと悪夢をね……。ここは、保健室か」

「朝ぶっ倒れてたのを、隣のクラスの早坂さん……は知ってるか? 金髪でちょっと制服着崩してるんだが」

「ああ、うん。知ってるよ」

 

 ——多分、白銀くんより詳しくね。と心の中で付け加える。

 

「ならいい。その人が運び込んでくれたそうだ。あとでお礼言っとけよ」

「うん、そうするよ」

 

 記憶が正しければ、亨が保健室にいるのは早坂にぶん殴られたせいなので、お礼を言うかは少し迷うところではあった。

 

「どのくらい寝てた?」

「いま昼休みだから、午前中まるごと寝てたことになるな。どうしたんだ、寝不足か?」

「まあ、そんなとこ」

 

 実際のところ、昨日の夜はかぐやが亨の写真に施した残虐行為(トリミング)のことが頭から離れず、まともに眠れなかったので、寝不足というのも嘘ではない。

 

「それで、白銀くんはどうしてここに?」

「お前がぶっ倒れたって聞いて様子を見に来たんだよ」

 

 心配したんだぞ、と白銀は腕を組む。

 

 半分はマジである。

 先日の写真撮影を経て、白銀と亨の間柄は、ただのクラスメイトからよく話すクラスメイトへ。そしてここ数日で、よく話すクラスメイトから気安い仲間にランクアップしていた。

 そんな間柄のやつが倒れて保健室に担ぎ込まれたとなれば、当たり前に心配するし、様子を見に行くに決まっている。

 

 半分は嘘である。

 白銀は朝、亨が倒れる直前の時間帯に、亨とかぐやが連れ立って隣の教室から出てくるのを目撃していた。しかもその時の亨は、決意に満ちているというか、何か覚悟を決めたような、そんな瞳をしていたのだ。

 そんな光景を目にした白銀の脳裏には、ある予感が芽生えた。

 

 ——こいつ四宮に告るんじゃね!?

 

 それはまずい。かなりまずい。もしも亨がかぐやに告白するとしたら、それがもしも成功してしまったら。白銀が着々と進めている「四宮かぐやに告らせる」というミッションに著しい支障をきたす。

 

 すぐに二人の後をつけようとしたのだが、運悪く藤原に捕まり、TG部で構想中の新作ゲームについて(一方的な)相談を受けていた。

 

 非常にもやもやした心持ちで朝のホームルームを迎えた白銀の耳に飛び込んできたのが、亨が倒れて保健室に運ばれたという話。

 ここで白銀の脳裏には、さらなる予感が芽生える。

 

 ——こいつ四宮にフラれたんじゃね!?

 

 まずあり得ない話だが、仮に白銀がかぐやに告白をし、万が一フラれた場合、確実に一週間は寝込む。

 過去には蛮勇をふるって、かぐやに告白する男子もいたという。しかし全員もれなく袖にされ、一部の者はショックで病院に搬送されたという噂もある。

 

 つまり、仮に亨がかぐやに告ってフラれた場合、ショックで倒れて保健室行きになってもおかしくないのである!

 

 当然、事実関係をかぐや本人に確認することはできない。そんなことをしようものなら。

 

『あら、会長。そんなに私の恋愛事情が気になるんですか?』

『違うぞ四宮っ、俺はただ生徒会メンバーの不純異性交遊をだな……』

『ふふっ、何をそんなに必死になっているんです?』

『なっ……それは……』

『まるで私が他の殿方に取られることを心配しているよう』

『……っ』

『お可愛いこと』

 

 白銀の敗北は目に見えている。そのような屈辱には耐えられない!

 

 だからこそ、白銀は亨からことの経緯を聞くしかない。あくまでさりげなく、何でもない風を装って。

 要となる情報を引き出し、点と点を繋ぎ真実を見抜く。秀知院学園きっての秀才、白銀御行にできないはずがない。これが無理なら四宮かぐやの攻略など夢のまた夢。

 

 ——光亨。お前と四宮の関係を今ここで暴く!

 

 ベッドから上体を起こした亨は、がっくりと項垂れている。いかにも意中の相手からフラれた、という様子。

 そうでなくとも何か大きな悩みを抱えていることは容易に見て取れる。

 

 亨とかぐやの間に何があったのか、それを突き止めることは白銀にとって急務だ。しかしそれと同時に、友人が悩んでいるのなら打算なしに力になってやりたいと思う。これもまた白銀御行という男の本心である。

 

 白銀は、ぽんと亨の肩に手を置いた。

 

「光、何か悩んでいるなら言ってくれ、力になる。もちろん無理にとは言わないが」

「白銀くん……」

 

 亨の顔に逡巡の色。少しの沈黙を経て、亨は口を開いた。

 

「これは、友達の話なんだけどね」

「いや無理があるだろ」

 

 己の考えや悩みを伝える時、つい架空の第三者を挟んでしまうという、アレ。亨も無意識のうちにそれを使おうとしたのだが、さすがに話の流れというものがある。

 白銀もツッコミを入れずにはいられなかった。

 

「さすがに今のは無理があったね」

「ここまでのくだりをやった上でそれはな」

 

 咳払い一つで、仕切り直し。

 

 今の亨が抱える事情を洗いざらい話すのはまずいだろう。特に亨とかぐやたちとの協力や、かぐやと早坂が主従の関係にあることについては。

 全てを話すことはできないが、白銀に対して嘘もつきたくない。そこで亨は、

 

「人間関係って難しいよね」

 

 とだけ続けた。

 

「友達と何かあったのか?」

 

 白銀の問いに、亨はかぐやと早坂と自分の関係を振り返る。

 

「友達、とはちょっと違うかな」

「そうか……」

 

 亨の反応や言葉選び、そしてこの物憂げな表情。

 白銀は一つの確信を得た。

 

 ——これ光のやつ告ってるわ! でもって多分フラれてるわ!

 

 当然おくびにも出さないが、白銀はとりあえず安堵する。四宮かぐやに告らせるという計画に大きな支障はなさそうだ。

 それと同時に白銀は焦りも感じた。カメラ以外に興味のなさそうなあの亨が、かぐやに告白したのである。他の男子、すなわち思春期特有の勢いと下心を抱える飢えた獣たちは、なおのことかぐやを狙っているのではあるまいか。

 

 ——くっ、露骨に四宮にアプローチをかけている男子はチェックしていたつもりだったが……。

 

 目下かぐやに対してアプローチをかけている己を棚に上げ、白銀は歯噛みした。

 

 と、ここで白銀の中でとある疑問が頭をもたげてくる。

 

 ——四宮はどうやって光をフッたんだ?

 

 これは重要な情報だ。告白を断る理由、もとい口実は様々。恋愛に興味がない、恋愛対象として見れなかった、もう既に交際相手がいる、そして——。

 

 ()()()()()()()()()

 

 かぐやが亨の告白を断った理由が、「他に好きな人がいる」だったら、この情報は白銀にとって大きなアドバンテージとなる!

 かぐやに好きな人がいるとするならば、それは八割方、いや九割九分九厘、白銀自身だろう。多分。いやきっとそうだ。そうでなきゃ他に誰がいる。

 

 とにかく、白銀は恋愛頭脳戦における強力な情報を手に入れるチャンスを逃す気はない。傷心中の亨につけ込むようで、わずかな罪悪感が湧き上がるが、白銀にも譲れないものはある。

 

 恋愛頭脳戦の遂行。傷心の友人のケア。白銀御行の頭脳を以てすれば、両方やるのは訳ないことだ。

 

 別に、かぐやに好きな人がいるのかとか、それが自分以外だったらどうしようとか、そんな心配をしているわけではない。断じて。

 

 ◆◆◆

 

 亨が保健室のベッドで目を覚ましたのと、ほぼ同時刻。人気のない体育館裏で落ち合った二つの人影。四宮かぐやと早坂愛である。

 

「——というわけで、今朝の噂話は両隣のクラスあたりまで広まっているようです」

 

 目を閉じ、黙って報告を聞いていたかぐやは、ゆっくりと目を開けた。

 

「会長は?」

「光くんのお見舞いに保健室へ向かいました」

「そう」

 

 かぐやの唇が緩やかな弧を描く。即席のトラップであるものの、ある程度の効果は発揮してくれそうだ。

 

 今朝、話があると公衆の面前でかぐやを呼び出した亨。下世話な高校生たちの間では「光亨が四宮かぐやに告白するのでは」という噂が流れるの当然の成り行き。

 さらに、かぐやは気付いていた。亨がかぐやの教室へ足を踏み入れる瞬間、ちょうど白銀が教室の前を通っていることに。

 そしてかぐやは思いつく。亨を白銀の動揺を誘うためのトラップに仕立て上げることを。

 

 つまり、白銀が亨のお見舞いで保健室へ行き、その時に「かぐやに告白したのではないか」と探りを入れることは、全てかぐや自身の策略だった!

 当然、亨はかぐやに恋愛感情など抱いていないし、まして告白などあり得ない。だが、ここで重要なのは、一瞬でも白銀に「亨がかぐやに告白したのでは」と疑わせること。

 あのカメラバカでさえ、かぐやに告白したのだから、水面下ではかぐやに猛アプローチをかける男が他にもいる——と、白銀が考えるのは当然の流れ。

 

 焦った白銀がかぐやにアプローチをかけてくれば、かぐやの勝利(ミッションコンプリート)

 

 ——さあ会長、焦りなさい。そして告白してきなさい……!

 

 ヒーローもののラスボスさながらの微笑み。

 そんな主人を見た早坂は。

 

 ——すっごくいい笑顔……。

 

 ちょっと引いていた。

 

「では、かぐや様。『光くんがかぐや様に告白した』という噂はこのまま放置してよろしいですか?」

「……あまり広がりすぎても面倒だし、これ以上は大きくならないように、世論誘導の準備はしておいて」

「承知しました」

「…………」

「いかがされましたか?」

 

 首を傾げる早坂に、かぐやは午前中ずっと引っかかっていたことを訊いてみることにした。

 

「早坂は、光くんについてどう思う?」

「写真好きの変わった人だな、と()()()()()思っていました」

「……今朝からは?」

「写真好きの気持ち悪い奴だな、と」

「そうね……」

 

 かぐやも大体同意見だった。

 今朝の爆発っぷりを目の当たりにして、ポジティブな印象を抱く奴はそういないだろう。

 

 ——たまにいるのよね。権力に与するでもなく、反発するでもなく、我が道突き進むだけが全て、みたいなタイプ。

 

 媚びへつらってくる者を相手にするのは簡単だ。必要ならば友好的に接して、害になるなら切り捨てる。

 敵対的な態度を取る奴を相手にするのはより容易い。それらを上回る力で叩き伏せればよいのだから。

 

「ただ珍しいとは思いました」

「珍しい?」

「この学園内で、かぐや様に対して真っ向から啖呵を切れる生徒はまずいませんから」

 

 気持ち悪いですが興味深くはあります、と早坂は述べた。

 

「ただの命知らずかもしれないわ」

「そうかもしれません」

 

 ですが、と苦笑いを浮かべた早坂は続ける。

 

「かぐや様と会長の間の子供と、自分が撮った写真を同列に語る人間がこの世に存在するとは思いませんでした」

「ちょっ、早坂っ……!」

「申し訳ありません、言葉が過ぎました」

 

 悪びれた様子もなく早坂は肩をすくめる。

 

「はぁ……、まあいいけど——いやよくないけど! とにかく、光くんみたいなタイプの人間とどう接したらいいか分からな——」

 

 ここまで言って、かぐやは目を見開いた。自分の口から飛び出した言葉が、自分の中で腑に落ちる。

 

 ——分からない。そう、分からない!

 

 亨はこれまでかぐやが関係を築いてきた人間とは全然違う。

 

 尊敬や羨望、下心を向けてくるわけではない。嫌悪や嫉妬、敵意を向けてくるわけでもない。

 

 白銀御行のように、確固たる理想像に向けて進み続けて研鑽を重ね、時にかぐやと張り合おうとするわけでもない。

 藤原千花のように、持ち前の天真爛漫さで、良くも悪くも賑やかな場所へかぐやを引っ張り出してくれるわけでもない。

 石上優のように、正義感と素直さから、不器用ながらもかぐやの期待に応えようとするわけでもない。

 早坂愛のように、かぐやの忠実な近侍として、あるいは家族にも似た存在として、共にいてくれるわけでもない。

 

 光亨は違う。彼にとっては写真が第一。あの妙に飄々とした雰囲気は、写真のトリミングでかぐやにブチギレたのは。彼の行動や価値判断にかぐやの存在が介在していないからだ。

 

 光亨は四宮かぐやを見ていない。

 

「かぐや様の仰せとあらば、光亨をどうとでもする準備はありますが」

 

 早坂の提案に、かぐやはゆっくりと首を横に振った。

 

「光くんに、謝ろうと思います」

「え」

 

 亨の価値観を知らずに彼の地雷を踏み抜いたのはかぐやだ。誰しも越えられたくない一線は存在するのだから。

 

 早坂は口をあんぐり開けた。

 

「そして光くんにも謝ってもらいます」

「は、はあ……」

 

 理由はどうあれ怒りに任せて、かの四宮家息女、四宮かぐやに詰め寄り、支離滅裂な言動のもと、大いなる混乱に陥れたのだから。

 

 困惑する早坂に、かぐやは人差し指をビシッと立てて見せた。

 

「私は光くんの資質を高く評価してます。彼と協力関係にあるのは心強い。だけど、私は光くんの素質は理解できていない。桂馬は一直線に進めないわ。関わりある人間を知らぬままでいるのは、四宮家息女たる私のプライドが許せないの」

 

 ——分かるでしょう、早坂。

 

 かぐやの赤みがかった瞳が早坂を見据える。

 

 早坂はこくりと頷く。

 

「私はかぐや様の言葉に従うのみです」

 

 ——かぐや様は何を言っているのだろう?

 そんな内心はおくびにも出せなかった。

 

 ◆◆◆

 

 ところ変わって保健室。

 

 恋愛頭脳戦における重要情報を手に入れるべく、そして友人の傷心を少しでも癒すため、白銀は言葉を紡いでいた。

 

「で、その友達、じゃなくて知り合い? と何かあったんだな」

「まあ、そうなんだけど……」

 

 亨は腕を組んで言葉に詰まっている。

 

 ——分かるぞ、光。告ってフラれたことを話すのは恥ずかしいってことくらいはな。

 

 ——うーん、四宮さんとの繋がりを知られたら、白銀くんの写真を横流ししてるのがバレるかもしれないし……。

 

「実は、怒っちゃったんだよね」

「怒った? しの、じゃなくて、知り合いがか?」

「いや、俺の方がさ」

「ほう。悲しんだのではなく、か?」

「当然悲しかったさ! でもそれよりも感情が抑えられなかったんだ。どうしても許せなかった……!」

 

 大人げなかったな、と亨は自嘲的な笑みを浮かべる。

 

 ——そうか、フラれたショックで光のやつ、逆ギレして四宮に当たってしまったのか!

 

 告白する時の精神状態が普通とはかけ離れているであろうことは、白銀にも容易に想像がつく。

 そんな状態で思いの丈を募らせた相手から、その気持ちを断られてしまったら、人によっては、ショックのあまり平時では考えられないような行動を取ってしまうかもしれない。

 

 フラれて逆ギレとは、同じ男として肯定できる行いではないが、ベッドの上で肩を落とす亨を見ると、白銀は彼を責める気にはなれなかった。

 

「光、お前の行動は褒められたものではなかったかもしれんが、俺も男として、いや友人として、お前の気持ちを汲んでやりたいと思う」

 

 ——「気持ちを汲む」……? やっぱり白銀くんもトリミングは許せないのかな。よかった、共感してくれる人がいて。

 

「あ、うん。ありがとう……。ごめん、白銀くん」

「気にするな。誰しも間違えることはある」

「でも、やっぱりまずいことやっちゃったよ。これからしの、じゃなくてその人にどんな顔して会えばいいのか……」

 

 亨としては、できることなら会って謝りたいが。そもそも会ってくれるのか。次に会ったら早坂あたりから殺されるような予感すらしている。

 

 亨は別に写真のためなら人を蔑ろにしていいなんて考えているわけではない。前提として多くの人に写真を見せて感動してもらいたいのだ。

 

 ——今回の一件、四宮は気にも留めていないだろう。しかし、光自身のけじめは必要だな。

 

 そう判断した白銀は、亨に問う。

 

「光、お前自身はどうしたいんだ? さすがにそっくり元通りというわけにはいかんだろうが……」

「そうだな……。せめて一度謝りたいな。殺されたくないし」

「べ、別に殺されはしないだろ!」

「そうかなぁ」

「そうだとも! 謝りたいなら、謝ろう。どうしても不安だと言うなら、俺もついてってやる」

「本当に!? すごく心強いよ」

「ああ、任せておけ」

 

 ——白銀くんがついてきてくれるなら、こんなに頼もしいことはないな。都合よく利用してるみたいで心苦しいけど、白銀くんがいれば四宮さんも少しは冷静に話してくれるかもしれない。

 

 ——四宮のことはよく知っている。俺がついて口添えしてやれば、穏便に決着をつけてやれる。それに万が一……いや億が一、四宮と光が雨降って地固まる的なアレになってしまわないためにも、俺はついていた方がいい。

 

 すれ違っていた二人の思惑が微妙に一致したところで、白銀は亨に、気になっていたことを尋ねた。

 

「ちなみになんだが、光は、その……きっかけは何だったんだ?」

「きっかけ?」

「そうそう、付き合いたいなーって思った理由みたいなの、あるだろ?」

「あー……」

 

 亨は、あの日の夜——生徒会室で早坂と鉢合わせた時のことを思い出す。電話越しにした、かぐやとのやり取りも。

 

「……命の危機を、感じた……から……?」

「命の危機……?」

 

 想定外のワードに、白銀は首を捻る。

 

 思わず口を滑らせたことに気付いた亨は、慌てて修正を試みる。

 

「あ、いや、えっと……俺は写真を自分の命のように大事にしてるからさ! それを見て気に入ってくれたのは、やっぱり嬉しいっていうか!」

 

 反射的に口から滑り出た言葉。しかし、亨はその言葉に合点が行った。

 

 そうだ、嬉しかったのだ。四宮かぐやが、あの学園きっての才女が、自分の写真を見て感動し、賞賛し、少しズルをしてまで欲しがってくれたことが。

 一度気付けば、それは実感となって亨の胸を満たす。

 

 その一方で白銀は。

 

 ——後援会冊子(あのとき)の写真撮影か……!

 

 恋というものは分からない。何がきっかけで始まるかなんて。迂闊だったと、唇を噛んでいた。

 

「白銀くん、ありがとう。おかげで自分の気持ちがはっきりした」

「え? あ、ああ」

 

 先ほどまでとは一転して、亨の表情は晴れ渡っていた。

 

「白銀くんはついて来なくて大丈夫。自分の気持ちをしっかり伝えてみることにするよ」

「えっ」

 

 亨の声に力が漲っている。

 何だか雨降って地固まりそうな雰囲気。白銀の胸中に暗雲が立ち込める。

 

「い、いや、光? やっぱり一人で行かせるのは不安だ。俺にもついて行かせてくれ」

「大丈夫だよ。何だか上手くいきそうな気がするんだ。仮に上手くいかなくても、それはそれできっぱりケジメにもなるしね!」

 

 初夏の真っ青な空を思わせる爽やかさ。

 まさしくそれは、恋愛漫画のクライマックス、(主人公)かぐや(ヒロイン)に告白する直前のような——。

 

「光! 待て! す、ストップだ。行くな、一回待つんだ!」

「そうだね、もうすぐ昼休み終わっちゃうし。放課後一番に話してみることにするよ」

「違う! そうじゃない!」

 

 ◆◆◆

 

 一度冷静になってみると、朝のあれは本当にまずかったと、亨は思い直した。

 

 学園のマドンナこと四宮かぐやに対して公衆の面前で、話があるなどと言えば、あらぬ誤解を招きかねないのは、少し考えれば分かること。

 己の軽率さを恥じた。

 

 決死の思いで付き人の早坂に、かぐやと放課後話したいという旨のメッセージを送ると、素っ気ない文面で「かぐや様も話したいとおっしゃっています」の返答が。

 

 帰りのホームルームを終えて、待ち合わせ場所として指定された校舎裏へ行くと、既にかぐやはそこにいた。

 

「ごめん、四宮さん!」

 

 開口一番勢いよく頭を下げた。

 

 亨に対して、かぐやは怒りも狼狽もしなかった。ただ「そうですか」と一言呟くと、かぐやもまた頭を下げた。

 

「あなたのポリシーを把握していなかったこちらのミスでもありますから」

 

 とまで言ってくれた。

 

 慌てて頭を上げさせ、亨は続ける。

 

「実は、四宮さんが俺の写真を欲しがってるって知った時、結構嬉しかったんだ。あの四宮かぐやにも通用するんだなってさ。だから、これからも——まあ、いつでもってわけにはいかないけど、写真を注文してくれると嬉しい。……あと、トリミングは……できれば、ナシの方向で……」

 

 かぐやはため息をつくと、人差し指を立てた。

 

「一つ、朝のアレはやり過ぎです。何ですか、怒りに任せてギャーギャーと! 秀知院の生徒として分別をつけなさい! 私の協力者にあんな扱い辛いのはいりません」

 

 続けて中指。

 

「二つ、私との連絡は早坂を通すこと。朝みたいに直接来られたら噂が立って鬱陶しいったらないですから」

 

 そして薬指。

 

「三つ、私に言われたら写真以外のことでも協力すること。——この三つを約束できるなら、朝の無礼は許します」

「もちろん、約束する」

 

 かぐやは一瞬疑うような視線を向けてから、亨の目を真正面から見据える。

 

「期待は裏切らないでくださいね。光亨くん」

 

 その視線を真っ直ぐ受け止めて亨は答える。

 

「お手柔らかに頼むよ。四宮かぐやさん」

 

 こうして名実共に亨はかぐやの協力者となった。

 

 ◆◆◆

 

 放課後すぐに教室を出ていった亨を追いかけようとした白銀は、運悪く隣のクラスの金髪ギャルに捕まって、荷物運びを手伝わされたらしい。




随分と扱い辛い手札ですが、かぐやさんなら上手く使ってくれる……はず……。
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