若手カメラマンは覗き見たい。   作:水棲リクガメ

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幕間の短編集です。


Photo book Vol.1 猫耳/インスタントカメラ/弁当/壁ダァン

【猫耳】

 

 藤原が生徒会室に持ち込んだ猫耳で、一悶着あった日の夜。

 

 かぐやから亨に掛かってきた電話の内容は、大変に奇妙なものだった。

 

「写真を撮って欲しいの。猫耳を着けた会長のね」

「え?」

 

 開口一番、意味不明なことを口走るかぐやに、亨はただ困惑することしかできなかった。

 

「ごめん、四宮さん。もう少し順を追って話してくれないかな」

 

 いつになく落ち着きのないかぐやの話をなんとかまとめると、こういうことだった。

 

 本日、藤原が生徒会室に猫耳を持ってきた。せっかくだし着けてみようということで、かぐやと白銀が猫耳を着用。結果、白銀と猫耳が奇跡的相性(マリアージュ)を発揮。なんとかしてその姿を写真に収めようとしたかぐやだったが、いろいろあってそれを断念。

 しかしどうしても諦めきれなかったかぐやは、こうして亨に依頼を持ちかけたという経緯である。

 

「光くん、あなたの写真の腕は本物よ。あなたが撮れば、奇跡的相性(マリアージュ)は更なる高みへと到達するはず」

「俺の腕を買ってくれてるのはありがとうだけど、いくらなんでも無理があるよ」

 

 というか、こんなまどろっこしいことをしなくても、もっとシンプルな手段がある。

 

「明日にでも白銀くんに頼んで着けてもらえばいいじゃん。で、その時に四宮さんが撮れば」

「ダメよ。猫耳は危険なの。あんなのまた直に見たら今度こそおかしくなるわ」

 

 アレは生徒会室内では禁止処分になったと、真剣な口調でかぐやは語る。

 

 ——もう既におかしくなってるな。

 

 二の句が継げない亨に、かぐやは続ける。

 

「それにそんなこと頼んだら、私がところ構わず猫耳の会長を見たがる浅ましい女みたいに見えるじゃない!」

 

 ——まさにところ構わず猫耳の会長を見たがる浅ましい女だよ!

 

 口から飛び出しそうになった言葉を、亨は必死に飲み込んだ。

 

「猫耳は既に早坂に入手させました」

「えぇ……」

 

 猫耳カチューシャを手に、死んだ魚みたいな目でため息をつく早坂の姿が、亨の脳内に浮かぶ。

 

「成功報酬は言い値で構いません。忘れず4Kで撮ってね、4K」

「待ってよ! まだ引き受けるとは——」

「頼んだわよ」

 

 無情にも一方的に通話が切断される。

 

 画面の消えたスマホを握ったまま、亨はただ立ち尽くすことしかできなかった。

 

 ◆◆◆

 

 翌日の昼休み。亨と早坂は中庭の隅で落ち合った。

 

「こちらが猫耳です」

 

 女子高生が無表情のまま猫耳カチューシャを持っている光景は、はっきり言って異常だった。

 早坂が差し出した猫耳に、亨は微妙な視線を送る。

 

「光くんの言いたいことは分かります」

「分かるなら降りさせてくれないかな」

「ダメです。この作戦から光くんがいなくなったら、私単独での遂行を余儀なくされます」

「俺としてはその方が嬉しいかも」

「嫌です。私を一人にしないでください」

 

 早坂はずぶ濡れの捨て猫みたいな目で亨を見た。今の亨と早坂の立場は同じ。かぐやから課された難題のクリアを目指す仲間である。

 それに、ここで亨がミッションを放棄したら後が怖い。かぐやもそうだが、特に見捨てられた時の早坂が。

 

「で、どうやるの? 猫耳着けてって言われて素直に着けるタイプじゃないでしょ白銀くんは」

「まず光くんが会長を呼び出します。隙を見て私が気絶させます。あとは写真撮り放題。——簡単でしょう?」

「それ本当に簡単かな?」

 

 簡単、と言った割には早坂の顔は暗い。当人も上手くいくとはあまり思っていないらしかった。

 

「気絶させるのもちょっとかわいそうだし……」

「じゃあ他にいい手があるんですか!?」

 

 声を荒げる早坂。気乗りしないのは亨も早坂も同じである。亨は己の軽率な発言を反省した。

 

「ごめん、悪かった。じゃあ早速やろう」

「はい。私は物陰で待機してます」

 

 ◆◆◆

 

 数分後。

 亨から呼び出された白銀は、何も知らないままのこのこと中庭にやってきた。

 

「悪いね白銀くん。来てもらったりして」

「どうしたんだ? 急に呼び出したりなんかして」

 

 ここが作戦の要にして唯一の山場。亨は白銀を隠れている早坂の近くまで誘導しなければならない。

 

「こないだの後援会冊子の写真、あったでしょ」

「ああ」

「校長が喜んでたよ。うちの学園を背負って立つに相応しいってさ!」

「そ、そうか。まああれは光と四宮の手助けあってのことだからな。——で、何かあったのか?」

 

 そんな世辞を言うために呼び出したんじゃないだろう、と白銀は首を傾げる。

 

 ここからが本題。昼休みの時間は有限だ。失敗は許されない。

 罪悪感を抱きつつ、亨は言葉を紡ぐ。

 

「実は最近、ポートレートの練習をしてるんだ。白銀くんにモデルをお願いしたくてね」

「ほう、人物写真か。それなら俺でなくても、もっといいモデルはいるだろう」

「いやぁ、なかなか他人には頼みづらくてさ。それに白銀くんの写真は何度も撮ってるから、俺としても撮りやすいし」

 

 亨は高い位置にある太陽を指差す。

 

「今の時刻は光の角度も丁度いいんだ」

「そういうものなのか」

「そうそう、そういうものそういうもの」

 

 腕を組み、白銀は頷く。

 

「よし、俺でよければ力になろう。いい感じに撮ってくれよ」

「もちろん、任せてよ!」

 

 にっこり笑って亨は親指を立てた。

 

 ——我ながらすっごい白々しいな……。

 

 これから自分がどんな目に遭わされるのかも知らず、白銀はのんきに「どの辺に立てばいいんだ?」などと訊いてくる。

 

「そうだな……そこからもう少し後ろに……もうちょい左。そう白銀くんから見て左……」

 

 カメラを構えながら、亨は白銀の立ち位置を指示していく。何も知らない白銀は素直に従い、早坂の潜む物陰へと一歩一歩近付いていく。

 

「あと半歩後ろに下がって」

「ここでいいか?」

「うん、ベスト! ありがとう白銀くん」

 

 ——ホント、ごめん。

 

 白銀の背後に音もなく忍び寄った早坂が、鋭い当身を繰り出す。

 

「うっ……」

 

 くずおれる白銀。

 

 地に伏し物言わぬ白銀を亨は複雑な面持ちで見下ろす。

 

「殺してないよね……?」

「失礼な。ちゃんと呼吸してますよ」

「ああ……やっちゃった……」

 

 早坂が薄く笑みを浮かべる。

 

「光くん、落ちるところまで落ちましたね」

「やめてよ人聞きの悪い」

「さあ、人が来る前に終わらせますよ」

 

 亨と早坂は白銀を両側から抱えて立たせ、手近なベンチに座らせる。

 

「死んだように眠ってるね」

「光くんの物言いも大概です」

 

 早坂がベンチで気絶している(眠りこけている)白銀に猫耳カチューシャを装着する。

 その姿を見て早坂は微妙な顔をした。

 

「あまり似合いませんね」

 

 もっと似合う人間はいるだろうにと早坂は首を傾げるが、主人の趣味嗜好にとやかく言っても仕方ない。

 

「猫耳着けた寝顔の写真ならかぐや様も満足でしょう。さあ光くん、ささっと撮って——光くん?」

 

 白銀を見つめる亨は微動だにしない。よく見ると体が小刻みに震えている。

 

「これは——」

「……?」

「——素晴らしい……!」

 

 ——は?

 

 奇跡的相性(マリアージュ)!!

 

 亨は衝撃を受けていた。武者震いである。

 猫耳と白銀がここまでの親和性を持つとは想定外だった!

 普段の白銀が持つやや険のある雰囲気が、猫耳によって中和、いや補完され、筆舌に尽くしがたい素晴らしさは!

 

「早坂さん、俺は驚いてるよ。四宮さんの言葉は本当だった。白銀くんと猫耳は、いわば補色の関係にあったんだ!」

「は?」

 

 補色。それは色相環において正反対に位置する色同士の組み合わせ。色相の差が最も大きいそれらは、互いの色を引き立たせ合うのだ!

 

「これはすごいことだよ。四宮さんがおかしくなるのも頷ける……!」

 

 ——こいつは何を言っているのだろう?

 

 ドン引きする早坂には目もくれず、亨はシャッターを切りまくる。

 

 結局、亨は昼休み終了ギリギリまで、白銀をファインダーから外すことはなかった。

 

「自分の限界を思い知ったよ。あの魅力を最大限写真に封じ込めるには、俺はまだ力不足だ」

 

 生き生きとした目で悔しそうに語る亨に、早坂はかける言葉が分からなかった。

 

「四宮さんに伝えておいて。ありがとうって」

「は、はぁ……」

 

 ——私か? 私の方がおかしいのか……?

 

 早坂は頭を抱えることしかできなかった。

 

 

 

【インスタントカメラ】

 

 とある日の放課後。

 口うるさい伊井野をやり過ごした石上は、生徒会室のそばの物陰でゲームに興じていた。

 本当は生徒会室に行って、仕上げた会計の仕事を報告しに行かなければならないのだが、生徒会室に入ろうにも入れない事情があった。

 

 先ほど生徒会室の扉を開いたところ、白銀と楽しそうに談笑する藤原と、それを害虫を見る目で眺めるかぐやという、この世の終わりにも似た光景を目撃してしまったのだ。

 あんな場所にのこのこと乗り込んで行くのは、丸腰で銃撃戦に突っ込んでいくのに等しい。

 事態が収まるまで、石上はゲームをしながら時間を潰しているところだった。

 

 そんな彼に歩み寄る影が一つ。

 

「石上くん」

「うわぁっ……あ、光先輩ですか」

「ごめん、ゲーム中だった?」

「大丈夫ですよ。丁度キリ良かったんで」

 

 カメラを首から下げて、柔らかな笑みを浮かべるのは光亨。石上の一つ上の先輩だ。

 カメラ片手に校内をうろつく亨は少し変わり者ではあるが、人当たりもよく、実は顔も広い。

 石上が気安く話せる、数少ない人間のうちの一人でもあった。

 

「どうしたのこんなところで」

「死地に突っ込む勇気をかき集めてるんです」

 

 石上の言葉の意味が伝わったか伝わらなかったか、亨は「そうなんだ」とだけ返した。

 

「光先輩こそどうしてここに?」

「待ち合わせがあってさ。相手の方がちょっと遅れるみたいで」

 

 石上の視線にやや恨みが込められる。

 

「女ですか?」

 

 亨は苦笑しながら肩をすくめた。

 

「相変わらずのカップル嫌いだね。半分は正解。もう半分は男。一個上のカップルがね、ちょうど付き合って一年だから記念に写真撮って欲しいんだって」

「死ねばいいのに」

「そう言わないであげてよ。高校生で一年ってのは結構長続きしてる方だと思うよ」

「学校は勉強するところですよ。色ボケして馬鹿やってるなんて恥ずかしくないんですかね。大体三年なんて人によっちゃ受験だってあるんですよ! 貴重な時間を性欲に振り回されて——!」

 

 怨嗟を吐き始めた石上。温かい眼差しでそれを眺めていた亨はぽんと石上の肩に手を置いた。

 

「落ち着いて。ゲーム機握りしめながら言っても説得力ないって」

「うっ……」

「それに何だかんだ言って羨ましいんでしょ」

「…………死にたいので帰ります」

「うわぁ、ごめん、待って待って!」

 

 胸を押さえて立ち上がろうとする石上を、亨は慌てて引き留める。

 

「見てもらいたい写真があるんだ」

「……彼女の写真とかじゃないですよね」

「そんな警戒しないでよ」

 

 亨はカメラを操作して、ディスプレイを石上に見せる。

 

「タンポポ?」

「そう。この間教えてくれたじゃん。セイヨウタンポポとカントウタンポポの違い」

 

 セイヨウタンポポは外来種で、カントウタンポポは日本在来種だ。セイヨウタンポポは繁殖力が強く、カントウタンポポは年々数を減らしている。

 確かにそんな話を前にしたなと石上は思い出した。その時に見分け方も教えている。花の付け根が反り返っているのがセイヨウタンポポで、反り返っていないのがカントウタンポポだ。

 

「この写真のタンポポを見てよ。校舎裏の日向で撮ったんだけど、付け根が反り返ってないでしょ」

「確かに」

「カントウタンポポの特徴なんでしょ。こんな近くにあるとは思わなかったから見せようと思ってさ」

 

 わんぱくな小学生みたいな笑みを浮かべる亨。

 

「あー……そうなんですね」

 

 対して石上の表情は複雑。

 

「あのですね、光先輩。カントウタンポポとセイヨウタンポポは、実は交雑も結構進んでて……最近だと反り返りのないセイヨウタンポポも多いんですよ」

「そうなの? じゃあ、これは……」

「多分、カントウタンポポのフリしたセイヨウタンポポですね」

「そんな……残念」

 

 亨は肩を落とす。

 

「すみません。水差しちゃって」

「いや、いいんだよ。教えてくれてありがとう」

 

 沈黙が降りる。

 亨からすればなんてことはないのだろうが、石上からすればかなり気まずい。帰りたくなってきていた。

 

「タンポポはとりあえず置いといて、もう一つ石上くんに見せたいものがあるんだよね」

「何ですか?」

 

 亨はウェストポーチに手を突っ込む。出てきたのは、カメラ。ただし亨がいつも手にしている一眼レフに比べて丸み帯びていて厚みもそれほどない。

 

「カメラですか」

「新しく新調したんだよね。インスタントカメラって知ってる?」

「あれですよね、アイドルとかがチェキ撮ったりするやつ」

「そう。その場で現像できるやつね」

 

 カメラを撫でる亨の目はうっとりしている。

 

「今日試しに使ってみようと思ってね。これから撮るカップルに現像したらいろいろコメントとか書けたらいいかもって」

「うわぁ……」

「そんな嫌そうな顔しないでよ……」

 

 石上の脳内にイチャつくリア充のセリフがこだまする。

 

「ほら、こうしたらもっと可愛くね?」「ちょっと! 勝手にウサ耳描かないで!」「いいじゃんちょっとくらい」「もー、やだー」

 

 ——あらゆる拷問を受けた上で苦しみながら死ねばいいのに。

 

「石上くーん、すごい顔してるよー。戻ってきなー」

「すみません。憎しみで全身が爆発しそうでした」

「んな大げさな……」

 

 亨に石上の気持ちなど分かるわけもない。

 好みの女子のタイプを聞かれて、キ○ノンやらニ○ンやらの魅力を熱く語り始める男に、非リアの男子高校生の苦しみなど分かるはずもないのだ。

 

 ふと、石上は亨の地雷を思い出す。自分が撮った写真を好き勝手に加工されることを、亨は何よりも嫌っていた。

 自分が撮った写真に落書きさせるなんて、血涙を流して阻止しようとするはず。どういう風の吹き回しだろう。

 

「大丈夫なんですか、写真にあれこれ書き加えさせたりして」

 

 石上の問いに、亨は気まずそうに視線を逸らした。

 

「まあ、ちょっといろいろあってね。俺も変わっていこうと思ったんだよ」

「へー」

「始めから加工されるって分かってるなら、それを踏まえた撮り方をしていこうかなって…………うっ、くぅっ……」

 

 胸を押さえて亨は蹲った。

 

 ——泣いてる……。

 

 いい人だが、やはりどこかズレてるなと石上は思った。

 

「そうだ。先輩の写真、他にも見せてくださいよ」

「もちろん! はい」

 

 目を輝かせ、亨はカメラを石上に手渡す。

 泣いたり笑ったりと忙しい。

 

 受け取ったカメラを操作して、石上はディスプレイに表示される画像を流し見る。

 植物や街並み、動物など、様々な写真が流れてくる。何十枚もの写真が撮られた日付は、全部今日のもの。

 

「一日に何枚撮ってるんですか」

「んー、百くらい?」

「すご」

 

 石上は写真に詳しいわけではないが、亨の写真は不思議と引き込まれる魅力がある。

 これは好きです、とかこれはどこで撮ったんですか、などと訊きながら、写真はどんどん流れていき、写真の日付が昨日になった。

 

 夜空や夕暮れ、鳥の写真なんかを過ぎ、とある一枚の写真で石上の手が止まる。

 

 放課後の教室だろうか。金髪碧眼の美少女が、ペットボトルを片手にぽかんとした顔でカメラの方を向いている。制服を着崩し、ネイルをつけて、いかにも青春を謳歌するギャルといったところ。

 

「あっ」

 

 亨の口から小さく声が漏れたのを、石上は聞き逃さなかった。ギロリとした目で亨を睨め付ける。

 

「何ですか先輩。今の『やべっ』みたいな『あっ』は?」

「いや、その人は、あの……隣のクラスの知り合いで」

「ふぅん……()()()()ですか」

「そうそう、ただの知り合い」

「ただの知り合いが、こんな至近距離で、こんなリラックスした表情するんですか」

 

 石上の人間観察能力はずば抜けている。亨が明らかに動揺しているのは一目瞭然。

 つまりこの美少女ギャルと亨は、何かしらの深い関わりがあるということ。

 

「光先輩、リア充っすか」

「違う! そういうのではなくて」

 

 石上優は目を閉じた。この吐き気を催す邪悪には、それ相応の天罰が必要だ。

 手の中にあるカメラを思い切り振り上げる。

 

「この裏切り者ッ!」

「やめて! カメラ壊さないで!」

 

 

 

【弁当】

 

「それじゃあ、やっぱり光が四宮に告ったという噂はデマだったのか」

「そうだよ。追い回されて大変だった。特に藤原さん」

「ああ……それは大変だったな……」

 

 昼休みの生徒会室で、亨と白銀はランチタイムを過ごしていた。

 

 この生徒会室にて繰り広げられた恋愛頭脳戦の結果、白銀とかぐやが亨の個展に行くことが決定したのは、つい一昨日のこと。

 

 白銀は己の中にあった疑惑を完全に晴らすため、さりげなく亨を昼食に誘った。結果、白銀があれこれ悩んでいた数日は、全てかぐやのトラップであったと結論が出た。

 もちろん、白銀は亨にこのことは話していない。

 

「それにしても、白銀くんの弁当美味しそうだね」

「そうか? 実は全部手作りなんだ」

「へー! そりゃすごい」

「ふふん、実はな、この魔法瓶の中は味噌汁だ」

「女子力たっか!」

 

 意外に思われることもあるが、白銀は料理上手だ。今日の弁当も自信作である。

 

 亨は尊敬の眼差しを白銀に向ける。ひけらかすつもりなどはなかったが、白銀としても誇らしい気持ちになった。

 

「ねえ、写真撮ってもいい?」

「一口くれじゃなくて写真撮らせろってところがお前らしいよ」

 

 白銀の弁当にカメラを向ける亨の手元には惣菜パンが二つ置かれている。

 

「光はいつも昼飯はパンか?」

「そうだね。通学途中で買ってる」

 

 白銀は腕を組んだ。

 

「ちゃんと栄養バランス取れてるのか?」

「母親みたいなこと言うね」

「偏りがあると体にも悪いからな。せっかくだから明日の弁当作ってきてやろうか?」

「いよいよお母さんだよ。でも、それいいな。手間にならない?」

 

 白銀は堂々と胸を張る。

 

「一人二人増えたところで変わらん。よし、作ってきてやる」

「やったね! ぜひお願いするよ」

「よし、任せろ」

 

 男をオトすならまず胃袋を掴め、という言葉がある。別に白銀は亨に恋愛感情を抱いているわけではない。

 しかし人をオトす時、その目的は恋愛だけではない。友として、強固な味方となってもらうことも目的となり得る。

 

 つまり白銀は、友人の亨にかぐやに告らせるための心強い味方になって欲しいのである。

 白銀は全校から注目される生徒会長だ。それゆえに様々な相談を受けることも少なくない。しかし、白銀自身が心許してあれこれと相談できる人間は多くない。

 

 ——光はいい奴だ。少し変わり者だが尊敬できる点も多々ある。

 

 亨と仲のいい友人でいたいというのは、裏表のない白銀の本音であった。

 

 白銀の目の前で、亨はカメラのバッテリーを交換している。怪しげな笑みを浮かべて「さぁ、ご飯だよー。お腹いっぱいだねー」などと呟いている。

 

 ——そう、少しだけ変わってるんだ。少しだけ。

 

 白銀が微妙な顔をしていることに、亨は気付いていない。

 

「そういえば、生徒会の人たちにも弁当作ってるの?」

 

 亨の質問に白銀は頷く。

 

「たまにな。藤原なんかは気に入ってくれてる。めちゃめちゃ美味そうに食べてくれるんだ」

「想像できるなぁ。四宮さんは?」

 

 白銀の表情がわずかに曇る。

 

「あいつの弁当、見たことあるか?」

「ないけど」

「すごかったぞ。漆塗りの箱に入っていてな、高級食材をふんだんに使った、こう、料亭みたいな感じだった」

「あー、お嬢様って感じ?」

「そうなんだ! 俺のような庶民が作る弁当ではとても太刀打ちできそうにない」

 

 白銀は忘れもしない。いつだったか持ってきた手弁当を見た時のかぐやの視線を。あれはそう、軽蔑、いや殺意すら内包されていた気がする。

 

 もちろん白銀の勘違いであるが、そんなことは知る由もない。

 

「で、でもさ! 白銀くんが作ったってならきっと喜んで食べてくれるんじゃないかな!」

「いや、しかし……」

「俺の分とかついででもいいからさ、作ってあげたら?」

「お前、なんかやけに食い下がってくるな……どうした?」

「え、あ、いや。せっかくなら色んな人に食べてもらった方がいいんじゃないかと思って」

 

 ——一昨日の四宮さんの計画はおじゃんにしちゃったし、少しでも挽回しとかないと、とか思ったけどやりすぎたか?

 

 亨は、白銀をダシにかぐやのご機嫌を取ろうという、浅ましい思惑を抱えていた。

 

「まあ、せっかくだしな。お前のも含めて皆のも作ってやるか」

「そう、それがいいよ」

 

 傾きかけた白銀の意思を、亨はさらにダメ押し。

 

「白銀くんの弁当食べたらさ、四宮さんもオチるんじゃない?」

「ん? お、俺は別に四宮に、す、好きになってもらおうとかは、考えてないぞ……!」

「えっ、あ、いや。落ちるんじゃないかなって、……ほっぺたが!」

「あ、あー! ほっぺたね! そうだな、落ちるかもしれんな!」

 

 ——あっぶな……口滑らせた……。誤魔化しきいた? 大丈夫だよね? やっぱ俺こういうの向いてないや。

 

 ——光のやつ、急に何を言い出すかと思えば。俺が四宮に告白させようとしていることはバレてない、よな……?

 

 男子二人の思惑は、辛くも露呈することなく済んだ。

 

 

 

【壁ダァン】

 

 次の日、白銀は生徒会メンバー、そして亨の弁当を持ってきていた。

 昼休みに白銀とかぐや、そして藤原は三人揃って弁当を食べ、そこでも一悶着あったのだが——。

 

 それは置いておいて。

 

「悪いな光、こんな雑用を手伝ってもらって」

「いやいいんだよ。美味しいもの食べさせてもらったし」

 

 放課後。

 教師から頼まれて書類の束を亨と白銀で運んだ帰りのことだった。

 

「弁当箱は洗って返すから」

「気にしなくていいんだぞ」

「このくらいはさせてもらわないと」

 

 亨は昼間食べた弁当を思い出す。白飯に梅干し、だし巻き卵、唐揚げ、筑前煮。まさしく模範的な弁当だった。

 

「本当に美味しかったよ」

「気に入ってもらえたなら何よりだ」

 

 鼻高々の白銀に、亨はニヤリと笑う。

 

「白銀くん、モテるね?」

「…………まあ、それなりには、な」

 

 白銀御行(彼女いない歴=年齢)、見栄を張った。

 

「恋愛相談受けることも多いんじゃない?」

「なんだ、光。好きな人でもいるのか?」

「いないな」

 

 即答である。白銀もそんな気はしていた。

 

「お前は恋愛ごととかにも興味なさそうだもんな」

「そんなことないよ。彼女いたことあるし」

「へー。…………えっ!!?」

 

 さらりと明かされた衝撃の事実。文字通り白銀は飛び上がった。

 

 亨は不満げに顔をしかめる。

 

「俺に彼女いたのがそんなにおかしい?」

「いや、そういうわけではないが」

 

 ——うっそだろ!? カメラ以外に愛情をそそぐところなんか想像つかんぞ! 

 

 白銀は強烈な敗北感に襲われた。

 

「どんな人だったんだ?」

「イタリア人。中等部のころ父さんについてってイタリアにいた時期があったから」

 

 ——国際恋愛ぃ!?

 

 白銀は目眩を覚えた。

 

「まあ、高等部上がった頃、向こうの歳上に寝取られちゃったけどね」

「そ、そうなのか……」

 

 ——重いわっ!

 

 光亨という男、とんでもない経歴を隠し持っていた。白銀のなけなしの見栄に亀裂が入る。

 

「ま、まあ、きっといい出会いがあるさ。気を落とすなよ」

「うん。もう気にしてないよ」

「何かあったら相談してくれ。この間も俺がアドバイスした男が見事告白に成功したんだ」

 

 白銀、亀裂の入った見栄に補修剤(パテ)を塗り込んだ。

 

「へぇ、すごいな。どんなアドバイスしたの?」

「俺が考案した必殺技を伝授した」

「そんな漫画みたいな……。で、どんな技?」

「見せてやろう」

 

 おもむろに白銀は、壁と向かい合った。

 

「ここに女が立ってるとするだろ」

「うん」

「そして、——こう!」

 

 ダァン、と音を立てて、白銀は壁に勢いよく両手をついた。

 

「そしてすかさずこう言う。——『俺と付き合え』。どうだ?」

 

 亨は口をあんぐり開けて、呆気に取られている。やはり国際恋愛経験者にも、この技は天啓だったらしい。

 

「女の不安とトキメキ、この落差を作ることが肝心だ。俺が考えた必殺技『壁ダァン』。いざという時使ってくれ」

「う、うん。考えとくよ」

 

 ——え、これ、笑っていいやつ!? いや、ダメだ、白銀くんの表情は真剣そのものだ。笑っちゃダメなやつだ!

 

 亨は混乱していた。

 

 ——これ四宮さんにもやるつもりなのか? こんなんでオチるの? いや、でも、どうなの……?

 

 しかしここで亨は閃いた。閃いてしまった!

 

 ——この壁ドン——じゃなくて、壁ダァンの写真なら四宮さんも喜ぶんじゃないか!?

 

 かぐやの協力者として、いや写真で人を感動させるカメラマンとして、亨の矜持に火がついた!

 別にかぐやのご機嫌を取ろうとか、そういう下心はない!

 

「白銀くん、今の壁ダァン、もう一回やってくれないかな。参考のために写真に収めたい」

「ほう。少々気恥ずかしいが、お前のためなら仕方ない。撮れ!」

 

 ◆◆◆

 

 亨から白銀の写真を受け取った早坂は、口をもごもごさせた。

 

 校内の色んな姿の白銀の写真。いつも通り問題はなかった。

 ある一枚を除いては。

 

「これ、なんですか?」

 

 早坂は一枚の写真を指差す。ドアップになった白銀の真剣な顔。こちらに伸ばされた両腕は、写真の端で見切れている。

 つまり、白銀に壁ドンされた時に見える光景が写っていた。

 

「白銀くん考案の必殺技『壁ダァン』だよ。正直どうかと思ったけど、これなら四宮さんも喜ぶと思う」

 

 亨の表情は真剣そのもの。いつも通り、己の写真に対する絶対的な自信がみなぎっている。

 

「どうかな?」

 

 早坂はありったけの、呆れと、羞恥と、嘲りと、苛立ちと、その他もろもろの感情を込めて言い放った。

 

「バカなんですか?」

 




光亨は結構バカです。
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