「お主は主を探す必要がある」
「は?何言ってんだ師匠。俺が使い方教えたパソコンで変なものでも読んだか?これだから老人は…」
そこは、秘境とも呼べる山の奥。
空から調べても、素直に山を登っても見つからなず、地図にもない。
俺と師匠以外存在しない、いわゆる隠れ里と呼ばれるその村はしかし、俺と師匠が二人がかりでインフラを整えたおかげで暮らす分には困らなかった。
というかネット回線も引いてあるので結構快適。
「ふん!」
「ってぇ!図星か?図星だから殴ったのかあんた!」
「………そんなわけなかろう」
「ならこっちを見ろよおい」
というか痛い。
めっちゃ痛いが?
頭割れてないだろうなこれ。
こないだ師匠が素手で岩割ってんの見たけど、俺の頭割れてないよなほんとに。
頭をさすりながら、ガラスのない木窓から青空を見上げる。
着物の二人。
山の中で自給自足するという時代錯誤な二人は、収穫したての人参とじゃがいもを洗いながら会話をしていた。
「お主は根っからの忍者だ」
「この村の忍者なら根こそぎ滅んだだろ」
「お主以外は、だ。ならお主が継ぐべきだ、忍びというものを」
「やだよめんどくさい。俺は普通に農家やって畳の上で死にたいの知ってるだろ」
「拙者とてお主のような幼子に戦場へ赴けと行っているわけではない。戦場に出ても何ら問題のない実力だとは思ってはいるが」
「…よーし野菜洗えたし仕上げでもするか」
「待て」
話を終わらせて料理を開始しようとした俺は、しかし師匠の真剣な声音に振り返った。
「あのなぁ師匠。忍者とか時代錯誤なの。世は平成。忍者がいるのはジャパニメーションの中だけ。俺のお腹には九尾とかいないわけ」
そういう俺の目線の先では、着物に刀という装いの現代の侍と言われる人物が難しい顔をしている上に、壁には手裏剣やら鎖鎌やら刀が吊るされているのが見えて、俺はため息を付く。
物騒で血生臭くて、本当に自分の生まれが嫌になる。
いや、師匠には感謝してるんだけども。
「忍者が架空のものではないことをお主は知っているはずだ」
「そりゃそうだけどさ…」
「それに平成の子供が農家だけして余生を過ごしたいとかいうわけがない」
「やばいな、師匠がまともなこと言ってる。熱とかあるのかな。普段は実践あるのみとか言って真剣で斬り掛かってくるくせに…」
「………お主が無軌道なのは、軸となる主がいないからだ」
「無軌道なのは師匠の修行だろ。自己鍛錬得意なのに弟子取った途端テンパりやがって」
「「…………」」
両者無言。
片やどうにか説き伏せたい師匠と、片やどうにかこの嫌な流れを絶ちたい弟子の俺。
と。
鍋が泡を吹く音で、一度睨み合いをやめた俺達は刀を構える。
そして、俺が台所を蹴れば野菜だけが飛び上がり、直後、みじん切りになった玉ねぎとざく切りの人参、皮の剥かれたじゃがいもが鍋の中へと落ちた。
何も知りない人間が見れば、突然野菜がばらばらになったように見えるのだろうが、その程度で驚く人間はここにはいない。
だって俺と師匠しかいないし。
そこに追い打ちをかけるように雑にカレーのルーを放り込む俺に向かって、師匠は嘆かわしいと言わんばかりのため息を付いた。
「またお主はそうやって楽な方法を取る」
「じゃあ食べなくていいよ。師匠は頑張ってスパイスとかからカレー作ってくれ」
「……話を戻すが」
「戻すなよ。俺はカレーの話をしてんだけど?」
「…戻すが!」
「聞きたくねぇ〜」
思いっきり目をそらしながらも話を進めようとする師匠に、今度は俺がため息をつく。
なんで師匠って家事関連だと俺に頭上がらないのに口出しするんだろうな。
いや、これはあれか。
ちょっと俺が甘やかしすぎたせいか?
でも普通に考えて、恩人で師匠な相手に炊事洗濯掃除をさせるわけにもいかないし…。
結果として生活を弟子に依存するダメ師匠が出来上がってしまっているの、軽く罪悪感を覚えるな…。
あと、師匠は思い込んだら一直線なので、たぶんこの強引さは話を聞くまで折れないやつだ。
そう諦めた俺の目を真っ直ぐ見るようにして、師匠は言い放った。
「お主は忍者であり、子供だ。生き方を決めるためにも、一度その血の定めに従ってみるのだ」
「これもまた修行とか言うつもりか?」
「そうだ。お主は根っからの忍者だ。仕えるべき主がいてこそ、ようやく進む道が定まるというもの……と、いんたーねっとで」
「台無しだよふざけんな!おいどけ師匠、そいつぶった切るから!!没収だ没収!つーか忍者の隠れ里にパソコンなんて持ってくんな!こういうのはない方がそれっぽいだろ!インターネットは悪い文明!インターネットやめろ!」
「ならん。これはやつと連絡を取るための仕事道具だ」
「嘘つけ、あんた別にあの猿顔と連絡取れなくても修行に打ち込む良い機会だとか言って気にしねえだろ」
「………やつは仲間だ」
「どんだけパソコン取り上げられたくねぇんだよ子供か!」
「お主だっていんたーねっとを楽しんでいるくせに…」
「ますます子どもか!?拗ねんな!あと俺はいーの。だって子どもだから!子どもがこんな限界集落でネットという娯楽もなしに生きてけるかってんだ!ダブスタ?うるせーかかってこい!俺がぶっ飛ばしてやる!」
───そして、翌日。
「おいおい…おいおいおい。まじで東都に来ちゃったんですけど?やばいだろ、あの師匠。ヤホー知恵袋で騙されやがって…」
〝忍者の子供が農家になると言っています。どうするべきでしょうか〟
〝可愛い子には旅をさせろ、という言葉があります。かわいい忍者には主探しの旅に行かせるべきでしょう(猿)〟
〝質問者も最初の回答者も頭おかしくて草〟
〝これ真面目に答えるやつ?というか(猿)ってなんだよ〟
〝農家になる方が子供のためだろ〟
〝これだから木の葉の里は生ぬるいんだよ。俺なんて毎日仲間内で◯し合いしてんだぞ〟
〝霧隠れ出身の忍者がいますね…〟
〝我々は知らなかった。この子供が、実は本当に忍者で火影になることを…〟
〝忍者ネタでなんでナルト一辺倒なんだよそこは服部くんだろ〟
思い出すだけでも腹が立つ。
弟子の人生をなんだと思っているのか。
「クソ、こないだまで5歳児だったガキのことなんだと思ってんだあの師匠!とりあえず主探しの前に宿探し!あと飯!仕事!やることいっぱいだやったぁー!」
看板に『米花駅』と書かれた駅の前でやけくそ気味に拳を振り上げた俺は、目を合わせないようにたくさんの大人が足早に通り過ぎていったのを感じて無言になる。
……俺、都会って嫌い。
●
「…ところで、お前さんはなんで爆弾なんかしかけられてるわけ?東都で流行してるファッション?」
ガッツポーズをやめ、足場にしていたベンチから降りてその下を覗き込む。
そこにあったのはただ通り過ぎるだけでは雑踏に紛れて絶対聞き取れない音量の電子音を響かせ、火薬と甘い煙草の香りを纏った箱…と、そこに囚われた白い猫。
残念ながら、俺の鼻はこういう悪意とか危険な香りに敏感なので見つけちゃったわけだけど。
見つけちゃわなければよかったかも。
箱の中に囚われていた猫を持ち上げると、俺はその喉をくすぐった。
「『拾ってください?』…なんだよ白猫。お前も捨てられたのか?」
「にゃー」
「にゃーじゃわかんねえな。ほれほれ、ここがいいのか?はっはっは、かわいい奴め」
「なーお」
「おー…ちんちんある。オスかぁ」
「───そこの君!逃げるんだ!」
「よし、お前小太郎な。都会で一人だと寂しかったし。安心しろ、ちゃんとお前の分の餌も確保してやっから」
「にゃーん」
「じゃ、行くかぁ」
「行くなぁ!?」
「…なんだよぼっちゃん。綺麗なおべべ着てますって自慢か?それとも誕生日か?ムカつくな。はいはいおめでとぉ…じゃ、これでいい?バイバイだね?」
「初対面とは思えない当たりの強さ!」
俺は、同い年くらいの子供のくせに蝶ネクタイしてメガネして、頭の良さそうな顔が驚愕にゆがむのを尻目に、大きなあくびを一つ。
忍者と探偵が交差したその日。
米花町を巻き込んだ長い1日は、ここからより加速していく…かもしれない。