そして、誤字報告本当にありがとうございます。
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灰原家、あるいは望月家の朝は緩い。
なんせ現状無職と不登校児(入学すらしていない)だ。
師匠がいなければ出来れば早起きはしたくない雪音は布団から出てこないし、同居人を起こすのを気にして明美は布団で寝転びながらのんびり二度寝を楽しんでいる。
とはいえ、元来真面目な性格の明美がゆっくりできるのも七時までで、それ以降は朝食の準備を始める。
そして、その三十分後。
ようやく雪音が布団から這い出してくるというのがここ最近の光景だった。
「…おあよ」
「ふふっ、おはよう雪音くん。先に顔洗って来たら?」
「あい…うええええ…ねっむい…」
普段綺麗に整えられた黒髪が乱れに乱れ、パジャマも半脱ぎ。
ぬいぐるみのように小脇に抱えられた小太郎が欠伸をするが、それ以上に眠そうな雪音が持ち上げて背中に顔を埋めてきたことで若干迷惑そうな顔になる。
…酷い有様だが、ある意味懐いてくれた証なので明美は苦笑いをしつつも咎めない。
なんだか野良猫が懐いてくれたような達成感もありつつ、むしろ最初の1週間ほどの雪音の様子を思い出すと素直に喜んでいいのやら、といった心境だった。
最初の1週間。
強盗をしていたときすら、寝床は雪音が自分で外に確保していたのもあって、初めての共同生活。
その事実に少しわくわくしていた明美は、雪音の意外な警戒心の高さに驚いた。
明美が寝返りを打てば気配が消える。
まるで誰もいなかったかのようなレベルの隠密は、数秒間雪音が明美のことを思い出して気を緩めるまで続いていた。
朝だって明美よりも先に起きて、申し訳なさそうな顔をしながら寝たふりをしていたのだから、本当によく心を許してもらえたものだ。
知り合いを見て羨ましくなったり、嫌いな食べ物は姑息な手段でより分けるし、大人に心を許すのだって時間がかかる。
雪音だってまだ子供なのだ、という。
そんな当たり前の事実を目の当たりにした明美は、むしろもっと懐かれるのには時間がかかると思っていたのだけど。
むしろ警戒心が消えないことに申し訳なさを感じていたくらいなのだから、もっと子供扱いしてあげないといけないかもしれない。
───うーん、ほら。あれだよ。俺ってろくな幼少期過ごしてないから、なんとなく大人の近くで寝るって慣れてなくて。いやほんと、明美さんに暴力振るわれるとかそう思ってるとかじゃないんで、ほんと。
なお、かの師匠すら寝ているときの雪音にはかなり気を使っていた。
子育てしたことなどないなりに、自分を信用して安心して寝ている子供に向かって、寝てる時すら油断するな、なんてことを言えるほど悪魔にもなれなかったのだ。
「雪音くん…雪音くんちょっと!トイレで寝ないで!お願い!ねぇ!?」
「ぬぁ…にゃ、ぇてな…ねてない…にゃあ?」
「起きてー!お願い起きて!ほら、今日コナン君に事情説明しに行くんでしょ!?」
「…………ふがっ」
「雪音くん!!!!!!!」
でもトイレの中で寝ないでほしい。
明美は心の底からそう思った。
…ちなみに、なんとか明美は間に合ったことと雪音がしこたま説教されたことをここに明記しておく。
なので、変な性癖の人は着席するように。
●
「つまり、二人は十億円強盗事件の犯人で、なおかつ明美さんは黒の組織に所属してて、組織はFBIすら手をこまねくくらい闇が深くて、雪音はそんな組織の幹部を騙せる技術を持ってるってことでいいんだな!?」
「…まぁ、そんな感じです」
騙せるだけ。
あと脱がせるだけ。
基本そんな感じでやってます。
あんまり他人に暴力というか、殺意向けられないんだよね。
向けられないと言うか、非常事態の時以外向けないって墓前で誓ったと言うか。
非常事態は振るうよもちろん。
非常事態だもん。
「そんなにカリカリしてて疲れない?」
「にゃー?」
「…疲れた」
ゼェゼェと息を荒げるコナンを見上げながら正座するのは容疑者望月雪音6歳。
つまりは俺である。
せめてもの抵抗として頭に小太郎乗せて鼻ヒゲ眼鏡をしているわけだが、ガン無視されて少し悲しい。
明美さんは普通に…いや、ちょっと困ったような笑みを浮かべながらソファに腰掛けて、アガサ博士にもてなされてる。
この扱いの差よ。
まぁ、コナン的に助けられなかったかもと思っていた人が生きていた上に、闇雲に追いかけても尻尾を掴めなかった相手の面影を捉えることに成功したのだから多少情緒もぶっ壊れはするのだろう。
しかも探偵として一度でも騙された以上、嬉しさと同時に悔しさも感じているに違いない。
いいじゃん。
憧れのホームズだってなんか女の人に騙されてたし。
「まぁまぁしん…コナン君もその辺にして。雪音くんもどうじゃ?」
「…新コナン君?なに?リメイク版なの?ゴメラ?それとも仮面ヤイバー?」
「心機一転頑張りましょうって意味だよ」
「なんか適当じゃね?ちなみに俺はゴメラか仮面ヤイバーならゴメラのほうが好きかな。でっかい生き物っていいよね超好き」
「もういいよなんでも…」
「?」
アホ毛を揺らす俺を見ながら、コナンは心底疲れたようにため息を付いた。
なんだよその目は。
俺が常識の通じない変なやつみたいな顔するんじゃねーよ。
●
「博士!」
「ワ、ワシは大丈夫じゃ!追え、新一!追うんだ!」
「───わかった!」
「夕飯までには帰るのよ〜!…なんちって」
コナンが全力で飛び出していくのを眺めながら、俺は頭によぎったそのスケボーって法律的にどうなの?という疑問を飲み込み、倒れ伏したアガサ博士の手当を開始する。
「雪音くんは追わなくていいの?」
「…?なんで?」
明美さんが俺がいつも持ち歩いてる巾着から手早く包帯とかを手渡しながらそんなことを聞いてくるが、本当に俺が追う理由に思い当たらない。
アガサ博士が来訪者を装ったフルフェイスの男にボウガンで狙撃されたからといって、コナンだけでなく俺まで追いかける理由なんてあるのだろうか。
「ほら、その。もしかしたら私達のせいかもしれないし…」
「…それはないかなぁ。だとしたら手ぬるすぎるし」
なるほど。
明美さんはどうやら、組織のことを話したから襲われたのかもと思っているわけか。
ないない。
仮に来るならもっと静かに、もっと確実に博士の命は奪われている。
いや静かかはわかんないか。
もしかしたらマシンガン付いたヘリが突っ込んてくるかもしれないし。
「それに、雪音君は優しいから」
「残念ながら犯人追いかけるより治療するほうが優しさだと思うタイプなんで。あと俺探偵でも警察でもないし」
いや、コナンもだいぶ迷ってたけどね。
博士がその背中を押したのと、俺と明美さんに博士のことを任せられると判断しただけで。
「でも怒ってるでしょ。親切にしてくれた人割とすぐ好きになるしね。…心の底から気を許すまではちょっとあるけど。だから阿笠さんにひどいことした犯人ぶちのめそうかなぁとか考えてる。違う?」
「……お頭こわぁ」
「お頭やめて」
ほんと、明美さんは人のことをよく見てる。
…見えすぎててたまに怖いけど。
こないだ嫌いなきのこをさり気なく窓の外に飛ばしてたら、即バレしてめっちゃ皿に盛られる羽目になったし。
普通に泣いた。
なんで忍者パワーフルに使ってる俺の偽装工作に気がつけるんだよ怖いよ。
「…仮にそうでも、君らは気にしなくていいんじゃよ?」
「あんまいい人なとこ見せられるといよいよ犯人追っとけばよかったなぁってなるからやめてくんない?」
「雪音くん、あんまり口が悪いと私怒るからね?」
「母親か?…はい。消毒に簡単な止血、通報も終わり。清潔なガーゼも貼ってるし、脈拍も襲われたにしては安定してるし、瞳孔その他不自然な部分もなし。熱もないなぁ。おっけおっけ。あとは救急車来るまで安静にしてたら死ぬことはねーよ命拾いおめでとう」
「おお…すまない。助かったよ。なんだか痛みもマシになった気がするのぉ」
「爺さん、そりゃ気持ちの問題だ」
意外と鋭いな、アガサ博士。
でも俺がなにしたのかは秘密にしておこう。
実は悪の科学者で、解剖とかされるかもしれないし。
───蝦蟇の軟膏。
痛みを消して傷の治りを早める忍者の秘薬…を水で超薄めたのを軽く塗ってるので痛みも和らぐし傷の治りも多少早かろう。
とは言えあくまで超薄めたやつなので、劇的な効果はない。
あと自然由来の成分100%なので、このあと麻酔やら検査、手術等をしたとしても変なことにはならない…はず。
知らないけど。
「…なんか先祖が毎日これ塗り込んでたら蛙になったとかいう口伝もあるけど…大丈夫でしょ」
「雪音くん今とんでもないこと言わなかった?」
「言ってない」
「じゃあ私の目を見ていってみて?」
「言ってないですぅー!」
「あ、こら!都合悪くなったからって逃げないの!」
「うるせえー!
「あれは事故だから!びっくりしただけだし!というかお風呂上がり裸でうろちょろするのホントやめて!!目に毒だから!」
「あんまり家の前で変なこと言うのはやめてほしいのぉ…」
「ああっ、ごめんなさい阿笠さん!」
「やーい怒られてやんの」
「ゆーきーねーくーんー!?」
「ひひっ、コンビニでジャンプ買ってきまーす!」
逃げる雪音に追いかける明美。
はみ出し者同士、偽りの身分同士。
そんな二人は、それでも仲良くやっていた。
それこそ、本物の姉弟のように。