実のところ、というか。
普通に視線に敏感な俺は、箱(火薬入り)を見つけた同時にこちらを発見した人間がいたことに気がついていたし、その視線の主がこちらに向かって走ってきているのも察していた。
だけど明らかに面倒事だったし、なんか昼間っから蝶ネクタイしてるのも金持ちっぽくて腹立つし、なにより箱の中身の火薬付きの時計をどうにかするためにも、早く人のいないところに行きたいと思っていた。
あと、俺と同い年のガキって信用ならないよねみたいな。
「だからさっさと撤退したかったんだけどなぁ…」
「何言ってるのかわかんないけどその箱は危険なんだ!だからそれ貸して!」
「…この花火はガキにゃはえーよパパとママンのとこに帰んな。火遊びしたきゃ線香花火買ってもらうんだなぁ」
「さっきから初対面だよなオレ達!そこまで言われるようなことしたっけ!?」
してないが。
俺からすればおもちゃに等しくても、一般的な感覚として箱の中身が危険なものであることは理解していた。
なのでできるだけ突き放してみたのだけど、どうやらその程度で引き下がるお子様ではないらしい。
「…そんなにこの箱欲しい?」
「ああ!早く!」
「危ないものだって言っても?」
「だからだよ。他の人を危険に巻き込めない」
なんなら先程よりも正義感を滾らせるその青い瞳を前に、俺は突き放すのを諦めた。
…最近諦めてばっかだな、なんか。
なんだろう。
どいつもこいつも俺より意思強いのやめてもらってもいいですか?
「……うーん、死にそうなら助けりゃいい…のかなぁ。ぼっちゃん、お前が地獄への船頭じゃないことを祈ってるよ」
「ぼっちゃんじゃなくて江戸川コナン!くそ、川まで間に合うか!?」
「川ぁ?子どもだから知らねーのかもだけど水に沈めても爆弾って壊れないんだぜ。俺はもちろん知ってるけどな。賢いから!」
「オレだって知ってるっての!そうじゃなくて、できるだけ人がいないところに持ってくんだよ!あと5分…3分で!」
「……えぇ…」
てっきり爆弾解体のスペシャリストなのかと思っていたけど、どうやらそういうわけではないらしい。
え、じゃあなんでこの爆弾どうにかしようとしてんの?
自力でどうにでもできるわけでもなく、ただ人のために自分を危険に晒してるってこと?
やばくね?
都会の人ってみんなこうなの?みたいな疑問が頭をよぎるが、先程から目を合わせないように通り過ぎていく大人たちを見るに、この眼の前のコナンとやらが異常なのだろう。
「…ま、まぁ…人のいないところは俺も探してたし、うん。道案内頼むなぼっちゃん」
「わぁおい、どんな力してんだ!?あとぼっちゃんじゃなくて───!」
「はいはいコナンコナン。ネーミングセンスどうかしてんじゃないかなって。親がイカれてたんじゃなきゃ絶対偽名だよな間違いない」
「失礼のオンパレードだなこの子供!」
俺は慌てふためくコナンを有無を言わせずに背負いあげると、箱を引っ掴み猫を頭に乗せたまま走り始める。
子どもの体重なんて、師匠と会うよりも前に課されていた修行で背負ってた重りに比べれば可愛いもんだ。
その速度はさながら韋駄天。
というかほとんど重力なんてないかのように走れて最高だ。
最近の鬱憤が晴れてきて楽しくなってきた俺は、バイクとか抜かす勢いで加速していく。
「エッホエッホ」
「速い速い速い速い!?」
「ひひっ!どけどけ都会人!それとも一緒にきたねぇ花火になるかぁ!?」
「お前何者だよ!」
「通りすがりの忍者様だよ!不本意だけど!」
「忍者ぁ!?」
「あとついでにホームレスで孤児で山育ちで虐待みたいな修業から解放されたけど仕事がねぇご近所さんだったりするかなぁ…この街にしばらく居着くから見かけたらよろしく!」
「ほっとけない要素の羅列しかない!」
「そういや方向ってどっち?水の匂いがする方にとりあえず向かってんだけど」
「そこ右!…って、前前前!車来てる!…どわぁ!?」
「忍法・八艘飛び…みたいな!」
「…おいおいほんとに忍者かよ…?」
柵を超え、屋根を越え、通行人の頭どころか車の上を抜けて。
二人と一匹は2分もかからずに堤無津川にたどり着く。
「なんか途中タイマー止まったけど、あれなんだったんだの?もしかして俺が早すぎて時間停止してた?」
「ハァ…ハァ…速すぎてわかんなかったけど…!?」
「あ、そう?まぁ時間停止ものって9割偽物らしいしな…」
「…それで…止まったとこって…」
「あのなんか、ガス灯?みたいな、時代錯誤な物が立ってる公園。LEDにしとけLEDに。なんならネオンとかでもいいぜ。都会なんだからガビガビに光らせててほしい」
スチームパンク的な世界っていいよね。
「…公園…なんでだ…?」
「そんなの俺じゃなくてこんなもんを駅前に置いたテロリストに聞いてくれない?つーか結局この爆弾どうすんの?」
「川に向かって投げるんだよ!」
「思ったより強引!…ま、コナンの役目はここまでってことで」
ここからは自分の仕事だ。
俺が懐から短刀を取り出したのを見て、コナンがぎょっとしたように目を見開く。
まぁまぁ、これは刃が潰れている短い鈍ら刀だ。
俺が使わなきゃ野菜も切れない代物だから安心しな。
「───えい」
「………………は?」
それは遠くから見ていた犯人の声か、間近で神業を目の当たりにした探偵の声か。
とても軽い掛け声の直後、するりと音も無く落ちてくるのは爆弾の信管らしきもの。
更にそれに続くように、部品がバラバラと爆弾からこぼれ落ちていき、そして。
「爆薬一丁お上がりよ」
瞬く間に、爆薬のみの塊へと解体された。
●
正規の手順をすっ飛ばして信管のみを切り出すとかいうインチキ剣術を披露した少年は、ごく自然な態度のままコナンへと笑いかける。
「これもらっていい?」
「あ、ああ…ああ?いや、ダメだけど…?」
「ダメかぁ…まぁ、火起こしなら石でもできるしな」
「お前…何者だ…?」
眼の前の脅威が去って改めて、コナンは考える。
こののほほんとした子供は、かなり異常だ。
なんの事情も知らずとも爆弾に気がついていた鼻と耳。
コナンを担いで走れる怪力と脚力。
暴言で誤魔化されそうになるが、語られる無視できない彼の状況。
そして何より、今の現象。
理屈としてはわかる。
手に持つ短刀で中身だけを切り抜いたのだろう。
だが、テーブルに手を叩きつけてすり抜けされるのが確率上可能だったとしても、それは現実的には不可能なように。
剣を透過させて狙った部分だけ切り抜くなど、超能力と言われたほうが納得できる。
トリックという可能性が頭によぎるが、そんな訳はない。
なぜなら、彼にコナンを騙す必要性がこれっぽっちも存在しないのだから。
他にもいくつかの可能性が浮かんでは消えていき、出た結論は。
───今のがただの技術である、というもの。
怪盗キッドが変装の達人であるのと同じように、目の前の小さくなった自分と同じくらいの年の子供もまた剣の達人ということなのだろう。
ありえないが、それしかない。
彼は刃物を使って切りたいものだけを切る、という技術を持ち合わせている。
尊敬する名探偵の言葉通り、可能性をすべて消して出した結論を前に、コナンの思考は停止しかけた。
ちなみにこのクソガキ忍者は、師匠がこの年で戦場に送り込んでも何ら問題ないといい切れるほどの天才剣士だ。
そも、師匠とて対象を選んで斬ることはできても(服だけとか)、中身を見透かしてすり抜けて斬るという芸当はそうやすやすとできるものではない。
金属すら見透かす構造把握能力とすり抜ける剣術。
どこを斬ってよくて、斬ったらダメかを理解する天性の才を持ち、この一点だけは師匠を凌ぐ化物剣士。
泥棒いわく、忍者より医者になったほうがいいとまで言われる子ども。
それがこの少年だった。
もっとも、師匠のなんでも斬れる神速の剣術と剣の組み合わせとすり抜ける剣術とどっちが便利なのかに関しては、議論の別れるところではある。
少年は、そんなに硬いものを切り裂けるわけではない。
「師匠にどつかれて嫌々東都に出てきた忍者だつったじゃん。難聴か?」
「忍者…忍者な…。忍者ってなんだ?というか師匠云々は初耳だけど?」
「そうだっけ?…まぁまぁ、細かいことはいいじゃん。それよか、なんかこの辺詳しそうだしいい感じに雨風しのげるところ知らない?」
「いや、知らない…けど。ほんとに行く場所ないなら俺の家とか…」
「お前の家ぇー?えぇー?そこまでしてもらう義理はないかなぁ。というかもしかして捨て猫感覚?お母さんに元の場所に返してきなさい!って怒られるやつじゃんやだよ…ん、パトカー?」
異常事態の連続で思考が回りすぎて、逆に現状に追いつけない様子のコナンに、聞き慣れた大嫌いな音を耳にした少年は爆薬を押し付けた。
「じゃ、おまわりさんによろしく」
「あ、おい!?」
自分が補導対象な事をよく理解している少年は、遠くから聞こえてくるパトカーのサイレンを背に一息で駆け出す。
───三十六計逃げるに如かず。
師匠に会うためにたまに顔を出しに来るどっかの泥棒を真似るように、少年は全てを振り切る風になった。
「あーばよぼっちゃぁん!」
「だからオレは江戸川コナン───!」