【ねがいをいえ】
男なのか、女なのか。
子供か大人か老人か。
不明瞭な声は告げる。
「…あなたには、強盗の手伝いをお願いしたいの」
闇に溶け込むように潜む何者かに向かって、私はそう言った。
●
とあるアパートの一室で、一人の女性が途方に暮れていた。
「ほんとにうまくいっちゃった…」
「まぁ、こちとら依頼達成率100%なもんで」
「そっか…そっかぁ」
「なんか現実逃避してない?」
「ちょっと展開があまりにも早くて…」
鬼に金棒。
とある世界的な泥棒に凄腕剣士。
そんな言葉が思い浮かぶほど、今回の強盗はうまくいった。
というかぶっちゃけ俺がいなくても、一から仲間を集めて十億円強盗を見事やってのけただろって感じの女性の名前は、宮野明美。
普段は明るいだけの美人なのに、覚悟ガンギマリなお方である。
『当身!当身…からの当身ぃ!お頭ぁ!全員制圧しましたぜ!』
『ちょっと!お頭って呼ばないでよ!』
『監視カメラも破壊済み!目撃者はゼロ!金庫の鍵は切断済み!指紋、毛髪、証拠は何一つありませんぜ!』
『その三下口調どうにかならない!?ああどうしよ、言いくるめられて子ども巻き込んじゃった、ほんとにどうしよう!』
『あの…力担当の俺の出番は…』
『お頭ぁ!金塊とか持ってっていいですかい!?』
『やめてぇ!必要な分だけでいいから!』
『逃げれば一つ、進めば2つ!奪えば全部ぅ!ひひっ!』
『泥棒の才能がありすぎるよ!!!!』
『お頭のほうがありますぜ安心してくだせぇ!』
『安心できないよ!!!!』
なんか強盗中終始悲鳴あげてた気もする上に、出会いの当初こそ噂の忍者が子どもであることに驚き、巻き込むわけにはいかないと説得を頑張っていたが、言いくるめた。
ふふん。
…まぁ物心ついてた頃から忍者の心得を文字通り叩き込まれてきた俺相手になら、善戦したほうだ。
伊達に幼い頃から悪の組織にいたわけではないらしい。
『やー、見ず知らずのやつに強盗頼むほど追い詰められてる人を見なかったことにするのはちょっと無理かなって』
『いや、ほんとにダメだって!』
『大丈夫大丈夫。俺泥棒とか超得意だから』
『そうじゃなくて…!』
『爽快無敵なBGMはまだだけど、反撃の狼煙くらいはあげようぜ───宮野明美さん』
なにもなければ未来永劫未解決事件として記録されてもおかしくないほど証拠も目撃者もいないこの強盗団は、しかし1人の裏切りによってそこそこの窮地に立たされていた。
「でもどうしよう十億」
「どうしようとか言われても…取り返すしかないんじゃない?つーかあの人、車の運転はうまいけど人生の運転はうまくなかったみたいだなぁ」
「こら!あんまり人の悪口とか言わないの!」
「強盗リーダーがなんか言ってら」
広田健三。
タクシー会社に務めていたところ、明美さんに勧誘されて強盗に参加。
なぜ一介のタクシードライバーが強盗に成功するほどのドラテクを所持しているかを明美さんが見抜けたのかも、そもそもどうやって普通にタクシーの運ちゃんを勧誘したのかも一切の謎ではあるが、ともかく。
彼は現在十億円を持ち逃げして失踪中であり、妹解放のため強盗を敢行した行動力の化身お姉さんは怒り心頭であった。
「とりあえず人探しの得意な探偵さん探さなきゃ…絶対毛利探偵事務所がいいと思うんだけど」
「…うーんこの。的確に才能を引き当てる力を褒めればいいのか、意外と危機感ねーなこの人みたいな感想を持てばいいのか」
双眼鏡で毛利探偵事務所を覗き込みながら、二人揃ってその辺のワクドナルドで買ったポテトをつまむ。
あ、コナンのやつが少年探偵団に連れられて出かけてった。
天才君も小学生してんなぁ…。
うーん、ああいうの見ると小学校通いたくなるな。
今度住民票取りに行くか?
思いの外、都会生活も悪くないし。
それからしばらく雑談に花を咲かせ、依頼を持ち込む時の設定を練り、明美さんが一度離席する。
戻ってきた明美さんの装いはかなり変化していたが、俺はそれをちらりと冷めた目で眺め、時計へと目を移す。
「女子高生に変装してみたんだけど…どう?」
「展開が早いけど早着替えとしては及第点未満」
「結構雪音くんって厳しいよね。これでもだいぶ早くなったんだけど。だって5分よ?」
「目標は一秒未満って言いたいけど、まぁとりあえず一分目指してほしいかなって。こういうのは早ければ早いほどいいから」
「なんかアドバイスとか…」
「んー、とりあえず咄嗟に変装しやすいように普段からもうちょいナチュラルにチークはこう薄く…いや、もうなしでいいな。どんな肌艶してんの?まぁどのみち地味な女子高生設定ならメイクは最低限な方がいいし。とりあえず小じわと隈隠しくらいで。えーとまつ毛がこうで、うーんこの辺はもう少し薄くていいかな…。で、髪型なぁ…大げさすぎるか?いや、まぁ、年齢誤魔化すならむしろ大げさな方がそっちに目が行くし…」
「雪音くん…改めて聞くけどあなた何者?」
「忍者」
自分の顔に鏡を使わずにお手本のメイクを施す6歳男子に向かって、明美さんは何度目かわからない質問を投げかけてくるが、俺に出せる答えは一つしかない。
「あとやっぱ女子高生に化けるの恥ずかしいかも…」
「今更ぁ?というか人探しも俺がやればよくない?」
「ダメよ!これ以上巻き込むのは!」
「もっかい言うけどさ、今更じゃね?」
「それはそうなんだけど…!すでに2個目のお願いまでしてるのすら心苦しいのに、これ以上はほんとに私が自分のこと嫌いになる!」
「俺にしかできないって信頼からのお願いだし、2個でも3個でも別にいいんだけど…」
「あんまり私を甘やかさないで!小学生のヒモになっちゃうから!」
「やばい聞いたことないキレ方されてる。あといい忘れてたけどその服やめな?生地がテロテロ過ぎてどう見ても夜の店のねーちゃんだから」
「やっぱドンキじゃダメよね…」
●
「そう言えばそのお化粧、すごくかわいいです!」
「これは…友達が教えてくれたんです。今をときめく超有名な探偵の前に行くのにすっぴんは流石にどーよって、よくわかってない私につきっきりで教えてくれて…」
「いいご友人ですね?」
「はい…ほんとに。私にはもったいないくらい…見た目可愛いのに口は悪かったりするとこも結構好きなんです」
「へー!」
なんてことない人探しの依頼だというのを理解したコナンは、緊張をほぐすために蘭がした質問にはにかむ依頼者を見ながら肩の力を抜く。
爆弾テロの騒ぎも収まり、世間の混乱に乗じたかのような誘拐殺人事件も終幕。
暗くなりかけていた世間をひっくり返すように怪盗が現れたりしたものの、最近の米花町は平和と言っても過言ではなかった。
コナンとしてもやりがいのあるライバルの出現に胸を踊らせたものの、平和なら平和で、それを満喫しようという気持ちはあった。
「ではよろしくお願いします…」
「大丈夫よ!うちの父さん名探偵だもん!きっと見つかるよ!」
たった一人の家族が心配だと流す涙に心打たれた蘭の言葉に、心の底から安心した顔をする広田雅美さんを見て、何も推理できないなりにやってみるかと、コナンは気合を入れ直すのだった。
だが、その1週間後。
コナンたちは、雅美の父であるという広田健三氏が遺体で発見されたという報告を目暮警部からの電話で受け取ることになる。
●
『困り事、解決し〼───米花町忍者』
そんな広告を見かけたのはたまたまだ。
同時に、自分の状況を省みて、こんなふざけた広告を出す誰かを困らせてやろう。
そう思った…はずだ。
その後に出会った少年いわく、あのチラシに悪意を持って目をつけた人間が全部うまくいくわけ無いじゃん強盗成功してるじゃんとのことだが、少なくとも、あの時の私は自分の降って湧いた悪意に自嘲していたくらいだ。
そう続けたら、じゃあよほど普段悪意なく人と接してんだわ。滅私奉公?みたいな?だから呪いの判定に引っかからなかったんでしょ、よくわかんないけど。魔法とか知らんし。あの魔女が嘘ついてるだけだろうし。それか後からしっぺ返しが来るのかだろうし。
と、あっさりと流されてしまった。
───正確にいうと、本当に必要としている人以外が利用すると失敗するって呪いなんだけどね。あの子の怖がる顔が面白くてちょっと話を盛ったのよ、ふふ
なんて魔女の独白は、私も少年も知らない話だ。
とにかく、私は忍者に出会えた運命に感謝している。
それだけは確かな、たった一つの真実だった。
「ふん…あっけねえ最期だ…」
探偵は間に合わず。
忍者は失敗を悔やみ。
それでも、私はこの出会いを恨むことはない。
広告きっかけで頼まれたのは強盗だけ、という話。