ふたつのスピカならライオンさんが好き。
祖母の家のハーモニカは音が半分くらい出なかったので初投稿です。
4月25日(月)
「おはよう、一葉」
「あ、雨宮先輩。おはようございます」
あまり登校時間を一致させないようにしていたのに、今日は雨宮先輩に声をかけられた。鞄に黒猫の姿はない。
「今日はモルガナを連れてないんですね」
「一葉と話したいと思った」
「……ご配慮ありがとうございます」
モルガナがいると落ち着かない。以前話してみたときの感じからして、そこまで警戒しなくてもいいと頭では分かっているけれど、どうも苦手だ。
僕と話すためにわざわざモルガナを置いて、時間帯を合わせてくれたらしい。
「金曜日、城にいた?」
「ええ、いましたよ」
「大丈夫なのか?」
今、他人の心配をしている状況じゃないでしょうに。
こうして平気で登校しているのだから、わざわざ聞く必要もないはずだ。
「戦いについては、どうとでもなります。先輩たちは、自分たちのことだけ心配していてください」
「一緒には来ない?」
「モルガナがいないなら構いません」
モルガナを理由に使ったけれど、はじめから同行するつもりはない。
というか、ついていけない。運動能力の話だけではなく。
自分が集団行動が苦手なのは自覚してるし、リャナンシーが僕以外を守ろうと思ってくれるかどうか怪しいところ。それに、自分に戦闘力があれば別の話だが、戦える強い人間に囲まれて心穏やかに過ごせない。
「それより、いつ決行するんです?」
「水曜日」
あっさり教えられた。
「一葉は今回のことが終わったら、どうするつもり?」
「まだ終わっていないのに後の話ですか?」
気の早い話だ。
あるいは肝が据わっている。成功するかも分からない、失敗したら次はないかもしれない状況で、不安でないはずがないのに。
「一葉も改心させたい相手がいる?」
「復讐するつもりはないと言ったはずです」
「それ以外のこともできるのでは?」
間髪入れずに質問を投げかけてくる。僕がこう返答するのを予想していたみたいだ。
雨宮先輩は不思議な人だ。今まで身近にいたタイプの人間ではないし、前世の知識をさらっても、今一つ行動の意図が読めない。
先輩は、どこまで分かって聞いているのだろう。
きっと、すぐに双葉のことも知れてしまう。こういう聞き方をしている時点で、いつまでも隠し通せることではない。
「知ってどうするんです?
先輩たちは城の件が終わったあとも、こっちに関わり続けるおつもりですか?」
自分が想定するよりも、刺々しい言い草になってしまった。
気を損ねただろうか。
ちらっと顔を見上げると、雨宮先輩と目が合って、咄嗟に目を伏せた。先輩は普段と変わらない平坦な声で返答する。
「一葉と関わり続ける」
「なんです、それ」
変な人。なんだか毒気が抜かれてしまった。
「あっ、佐倉くん」
「おはよう、芳澤さん」
教室に入ると、芳澤さんがぱっとこちらを向いた。ひとつ結びの赤髪が元気よく跳ねる。
「おはようございます。
あの、前にお話した件ですけど、ある程度めどが付いたので、今日の放課後とかどうですか?」
「芳澤さんは時間大丈夫なの?」
「はい。コーチから今日は練習禁止を言い渡されました…あはは」
芳澤さんは、困り顔のまま笑うなどという器用なことをした。
ちょうど教室に入ってきた矢嶋が話に乗っかってくる。
「なに、お二人さんデートなの?」
「いや、運動音痴をなんとかしたくて…」
「ああそういう……。その、できなくても落ち込むなよ」
慰められた。まだ何もしていないのに。
矢嶋はそれ以上この話に興味がなかったようで、飯塚さんの席で何やら楽しそうに話を始める。何がしたかったんだよ。
「ええと、できないと決まったわけじゃありません!」
「無理に励まさなくて大丈夫」
芳澤さん的にも、旗色の悪い勝負なんだなって。
そして放課後。
「佐倉くん、準備はいいですか?」
「やる気は持ってきたよ」
やってきたのは、中庭の休憩スペース。自販機とベンチと屋根がある高校生的にはいい感じの空間である。
休み時間にここで群れているような連中はみんな部活に行っているようで、放課後は人っ子ひとりいない。
「まずは、座学から入りましょうか」
「いきなり実践かと思ってた」
「それだと続かないと思ったので。佐倉くんは、頭で分かってから動くタイプでしょう?」
「え、うん」
続くのこれ。
やるからには本気で、というだけあって複数回コースは芳澤さんの中で当然のものとして決まっているらしい。
「本題に入りますね。練習は何のためにすると思いますか?」
「できるようになるため?」
「正解です。けど、それだけじゃありません」
芳澤さんは、ピンと人さし指を立てた。
「うまくできるようになるためです」
「習得と最適化ってことね」
「はい。私に限らず運動をする人は、練習を通して動きの最適化……心理的限界を生物学的な限界に近づけていく作業をします」
もしかして、火事場の馬鹿力がどうとか、そういう話だろうか。
「人間は本来の能力をセーブしています。それは体を守るための機構ですけど、競技をするうえでは枷になるものです」
「競技の世界こわ……」
それは、肉体の強度の限界まで能力を発揮するということだ。普通じゃない。壊れるリスクを犯してまで、一つの競技にすべてを費やす姿が称賛されるのは分からないでもないけれど。
「気持ちの限界と体の限界は違います。自分が思う自分の体と実際の体も違います。
だから、自分の体を自分の意志の下に置くために練習があるんです」
芳澤さんは、所作が常人のそれとは違うのだ。その気になれば、髪の毛の先まで自分の意志で動かせそうに思えるほど。
そこまでの域に達しているのは、彼女が新体操に人生を注いできたからだ。
「驚いた。芳澤さんってもっとこう、天才肌なのかと思ってた」
「そうですか? ほとんどコーチの受け売りですよ」
芳澤さんは印象に反して、かなり理論派だった。僕としては、その方が話が通じていいけれど、意外な一面に感じる。
「ええと、話を戻しますね。
それで、佐倉くんが困っているのは、どちらかというと最適化の方だと思うんです。普段の生活に使う動きは、既に習得しているはずですから。
というわけで、練習あるのみ、です」
「練習かぁ……」
日々反復しているはずの日常生活にすら支障をきたすレベルの運動音痴には、もはや救いがないかも。
というか、軽い気持ちで芳澤さんの貴重な時間を僕に注がせてしまったのが申し訳なくなってくるレベルだ。
「まずは、自分の体を把握しましょう。
どれだけ力を入れたら動くのか、どんな感覚が返ってくるのか、確かめるんです」
「つまり、今は自分の体を把握できてないのか……」
無意識に前世の感覚で体を動かそうとしている、とか。
幼少から付き纏っている今ここにいる自分が自分とは感じられない違和感が、運動面に響いているというなら、芳澤さんの言う通り自分の体の把握をすることは効果的だろう。
「そういう人は多いですよ。意外かも知れませんけど、スポーツしている人は特に」
「そうなの?」
むしろ、感覚が鋭いほど運動に向いていると思うけれど。
「はい。自分の体が受け取る感覚が鈍いから、あまりつらいと感じずに練習に打ち込むタイプですね。
コーチがきちんとメニューを組まないと、体を壊すくらい練習漬けになっちゃうんです」
「見てきたんだ」
「たくさん見てきましたね」
自己紹介かもしれない。
芳澤さんはベンチから立ち上がって軽やかにターンする。体幹のブレが一切ない。遠心力に振り回されて、髪とスカートがひらりと舞った。
「それでは、始めましょうか!」
4月26日(火)
昼休み、矢嶋に声をかけられた。
「樋口、中庭に集まるぞ」
「なんで?」
「飯塚劇団、第3回作戦会議だ」
また中庭である。
散々だった昨日の練習が思い出される。体育会系だったとか、スパルタだったとか、そういうのではない。
佐倉くんは競技しないですもんね、の一言で許された、本来なら許されなかっただろうことがたくさんあったとだけ言っておこう。
「何だよ、変な顔して」
劇について、教室で盛大なネタバレをやるわけにもいかないし、別の場所が選ばれるのは当然だけど、他にいい場所はないのだろうか。
「お二人とも、今日は外で食べるんですか?」
矢嶋とのやりとりを聞いていた芳澤さんが、小首をかしげた。
「そうそう。魔女集会に行かなきゃいけないから、新米魔女っ娘の樋口も連れてくわ」
「あちこちに喧嘩売るなよ買うぞ」
「凄まれても全く怖くないっての」
「ぐぬぬ」
飯塚さんも僕も魔女じゃないし、矢嶋はいいとこ使い魔のフクロウとかだろ。とはいえ体格的に一切勝てないので、恨みを込めて睨みつけておいた。効果はないようだ。
芳澤さんは、とりあえずニコニコ笑っておくという日本人らしい態度で、僕らのじゃれ合いを眺めている。
「私はお邪魔みたいですね」
あらぬ誤解を生みそうな発言をされた。
ふざけているうちに、周囲の注目を集めていたようで、他の女子が芳澤さんの机にやってくる。
「じゃ、ウチらと食べよ。どっちが本命なのか気になるし」
「いいじゃん、恋バナしよ?」
「はい!」
先行き不安だ。
いい玩具にされそう。いや、天然ムーブで回避するか? どちらにせよ、芳澤さんがOKしたことを、こちらでどうこうするのは違う。
健闘を祈りつつ席を立った。
弁当を持って、矢嶋と中庭に行くと、既に飯塚さんたちを含めて何人か集まっていた。
「全員揃ったね。
今日の司会は私、飯塚がつとめる。議題は、冒険譚 花咲かロリータの最終調整だ」
結局、花見も冒険もするのか。
何か猛烈に嫌な予感がする。及び腰になって話を聞いていたら、司会の飯塚さんに突然スポットライトを当てられた。
「今日は新たな参加者がいる。子役希望くんだ」
その設定生きてたんだ。
パチパチとまばらに拍手をしているのはグループチャットで見た顔ぶれだ。メンバーは僕を除いて総勢6名。飯塚さんと矢嶋。声のでかいやつと顔のいいやつ、陽キャ2人組。
チャット名とアイコンしか知らないのは、眼鏡をかけた男女。確か転落事故のとき冷静に自席にとどまっていた2人だ。
「それから、シナリオがあがっている。作者はそこな眼鏡ちゃん。拍手! グループの資料箱に投下してある」
見てみると、確かに台本があがっている。
台本といっても、そこまできっちりしたものではない。台詞も確定していないところが多くて、大筋の流れが書かれているだけだ。
「基本設定は頭に入れておいてくれ。もちろん、細かいアドリブは大歓迎だ。それでこそ意味がある」
「はい、いーづかせんせー!」
「なんザマスか、矢嶋くん」
何か始まった。
飯塚さんは、どこからか赤い三角の眼鏡を取り出して装着する。一昔前の、というか三昔くらい前の女教師を気取っているらしい。
「教室の後ろの方に桃源郷を作るって台本に書いてあります。どうするんですか?」
「あなたにしてはいい質問ですね。
本演目は前後編。つまり、劇中に教室移動を挟みます。その隙に…他生徒が教室を離れている間に舞台をつくるザマス」
ハイヒールでないのが惜しまれる。飯塚さんはメガネを再び何処かにしまい込んだ。
「つまり俺らは、なるべく早くみんなを教室移動させて、なるべく遅く帰らせればいいってことか」」
陽キャ2人組は、さっさと得意分野で自分たちの担当を決めた。
「ということで、使えそうな装飾を用意してもらった。製作者はそこな眼鏡くん。拍手!」
思っていたよりも大がかりだ。
お花紙で作ったピンク色の花が大きめな袋いっぱいに用意されている。器用にも端がカットされていて華やか。
「あとはロリータ役だが、やりたいものはいるかい?」
なぜこちらを見るのか。
矢嶋の悪ノリの結果だったら本気で恨む。そもそも女子は、飯塚さんと眼鏡ちゃんしかいない。男女比をよく見てから演目を決めて欲しい。
「よし。子役希望くん、出番だ」
「なんでさ!」
知ってた。
はじめからその役割しか空いていなかった。
飯塚さんはロリータというには高身長だし、眼鏡ちゃんはシナリオ担当。陽キャたちはクラスメイトの誘導とくれば、残る席は装飾と主役だけ。天井の装飾はたぶん矢嶋が適任だ。世界はチビに厳しいので。
「不満かい? 子役じゃないか」
「娘役の間違いでしょ」
「女子供というだろう、同じだ同じ」
「暴論……」
何を言っても無駄そうだ。
ありがたーく、ロリータ役を拝命した。
「これからロリータ役には演技指導が入る。そして、土曜日には公演だ。お花見ネタが許されるのは4月までだからね。
みんな励んでくれ。それでは解散」
ソシャゲみたいな季節感で生きている。
飯塚さんの号令で、各々散っていって残ったのは僕と矢嶋だけになった。
この集会は仲良しグループというわけではないらしい。その方が新参者の肩身が狭くなくていいか。
「今日の会議、どこまで仕込みだったの?」
「いや、何も? 飯塚女史はな、どんなネタ振っても拾ってくれるんだよ」
矢嶋はエア眼鏡をくいくいっとした。
「そっちじゃなくて、配役」
「それは飯塚女史の趣味だろ、たぶん」
「ええ……」
「少なくとも俺は事前に何も聞いてないっての」
聞いてないにしろ、こうなることは予想できただろうに。
この感じだと僕を劇団に誘うところまでしか指示されていないと言い張りそうだし、飯塚さんの方に聞くか。
「さっそく演技指導をご希望かね? 熱心だな、感心感心」
「飯塚さん、配役について一言言いたいんだけど」
中庭の片隅に一人、ぽつねんと芝生に座っていた飯塚さんに声をかける。脇に置かれたコンビニ袋には未開封のパンが収まっている。わざわざ待っていたという感じだ。
「いやね、矢嶋から君は女役を嫌がるだろうと聞いていたんだよ」
まあ座ってくれ、なんていけしゃあしゃあと言い放った。
隣に座ると飯塚さんは、コンビニ袋からあんぱんを引っ張り出して封を切った。僕も持ってきていた弁当を広げる。
「断るかと思っていた」
「単純な役割分担の話でしょ。その方が全体が滞りないならやるべきだ」
個人の趣味嗜好で、初っ端から役を突っぱねたら劇団に僕の席はなくなる。
いや、なくても今までと変わらないだけなんだけど、なんというか、責任のようなものが生じたのは分かっている。
それで断れなくするというのは、とても戦略的で、言葉を選ばず言うなら卑怯だ。
「やり方が気に障ったかい?」
「端的に言えば。
役割を与えて仲間の輪に入れること、前に約束した演技指導をすること、それから僕がどういう行動をとるか観察すること。一石三鳥だね」
「説明の手間が省けるね」
飯塚さんはクリームパンを齧っている。いつの間にか先程までのあんぱんは胃空間に消滅していた。
校舎の壁面の時計を見ると、昼休みの終わりが迫っている。もたもたしていると食いっぱぐれる。
「一つ付け足しだ。
女役にしたのは、教室の君と舞台の上の君とを切り分ける意図もあった」
飯塚さんが言わんとしていることは分かる。見た目をガラッと変えることで、あくまで役を演じているという体にしたいのだろう。
賢そうなことを言いながらも、飯塚さんは空のパンの袋をきれいに畳んで結び目を作って遊んでいる。クリームパンも長くは保たなかったらしい。
「本気でやってほしいって言ったのに、本気でなくてもいい言い訳を用意してくるとは思わなかったよ」
「何事も逃げ道はあったほうがいいと思わないかい? それと本気かどうかは話が別だ」
手を抜こうと思えば抜ける状況で、手抜きを容認されて、それでいて手を抜くなと仰るか。
「いいかい、今回の演技指導のテーマは、場の作り方についてだ」
「その場のノリを意図的に作るってことか」
思えば、そうやって演技指導へ同意するに至った気がする。
させられた感が薄かったから深く考えていなかった。それが飯塚さんのテクニックなのかもしれない。
「そう。それにはいくつか方法がある。
前にやったのはリーダー格に動いてもらう方法。人は特に支障がない限り、強いものに従うからね」
これは馴染みのある方法だ。人に限らず、認知世界の連中にもよく効く。
もっとも、脅す前にいろいろと吸い取っていくのが身近にいるから、実践したことはほとんどない。
「次回やろうとしているのは、視覚的効果による雰囲気作りだ。いつもの教室でも暗くすればお化け屋敷になるだろう?」
そのために大量の花飾りを用意させたのか。桃源郷と分からなくても、何か別の空間なのだと誰でも分かるはずだ。
「舞台だけじゃない、小道具や化粧も効果的だ。別の自分に化けることもできる」
「理屈こねて女装させる気だこの人」
飯塚さんは、先ほどの三角の赤縁メガネをどこからともなく取り出して指で弄んでいる。
「恥ずかしいかい?」
「……そりゃね」
「舞台の上で恥ずかしがるのが一番恥ずかしいと思うがね」
堂々としているから、即興で女教師を演じた飯塚さんをそういうものとしてその場のみんなは受け入れていた。
彼女の言う通り、中途半端にやったら恥を晒すだけだ。
「やるからには本気でやってほしいって、そういうこと?」
「まさか。もっともらしいことを言えば、趣味を通しても気づかれないと思ったんだ」
「今全部バレたよ」
冗談だ、と飯塚さんは笑う。
最後の最後で雰囲気を台無しにしたのは、たぶん意図してのことだろう。
女装させることに関しては、変な方向を向いた気づかいなのか、矢嶋の言う通り趣味なのか、それとも他の何かなのかよくわからない。
昼休みの終わりのチャイムが鳴って、その場は終わった。
祝日を忘れていた件で台詞を修正しました
一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします
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カズハ
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