双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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ロケットガールならマツリが好き。
花火遊びは数年していないので初投稿です。


13駅目 崩落

 

4月27日(水)

 

 

 登校すると、学校の至るところに予告状が貼られていた。

 内容は、鴨志田先生が悪いことしてるから自白させてやる、みたいな感じ。文面が少し……いや、何も言うまい。頑張って作ったのだけは伝わってくる。

 

 教室では、予告状片手に飯塚さんが待ち構えていた。

 

「子役希望くん、予告状の騒ぎは聞いたかね」

「聞いた聞いた」

 

 聞かずに教室まで上がってこられるはずがない。そこかしこで噂話になっている。クラスでも話題の種は怪盗一色だ。

 

「やられたね。

 退屈した観衆にサーカスをプレゼントするのは私たちだけでなかったようだ」

 

 飯塚さんは口ではそう言いながら、笑みを隠しきれていない。面白くなってきた、とか言い出しそうな感じだ。

 

「逆に燃えるって?」

「ああ、そうとも。ライバルがいたほうが磨かれるものもある。

 今日の放課後は演技の練習をしよう、予定は空いてるね?」

「あー……えっと」

 

 やる気になっているところ申し訳ないけれど、今日は雨宮先輩たちが鴨志田先生のオタカラを盗む日だ。

 流石に迂闊なことはしないとは思うけれど、心配は尽きない。彼らの様子は見ておかないとと思う。

 

「なんだ予定があるのか。まあいい。なら私は必要そうなものを揃えに行く」

「明日は空いてるから、その時はお願い」

「任せたまえ」

 

 

 

 

 放課後。

 前回同様、先輩たちから一つズレた路地からパレスに入った。

 

 城内は、常の何倍ものライトで照らされて、いつにも増して兵士たちが警戒している。

 予告状の効果は覿面だ。きっと最奥部で鴨志田先生が待ち構えているはず。

 

 

「って、うわ!」

『あまり急がないで。離れられると守りきれないわ』

 

 視界の端で、馬だったものがドロドロの汚泥になって消え失せた。

 気付かないうちに兵士の索敵範囲に入ってしまった様だ。オマケにリャナンシーが呪殺してから敵影を認識する始末。

 これでは命がいくつあっても足りない。大人しく仲魔の助言に従っておいたほうが良さそうだ。

 

『せめて護身ができればいいのだけど…いえ、無理を言ってはいけないわ。いいのよ、才は人それぞれだもの』

 

 慰められた。

 できるようになるかも知れないのに。多分はじめから上手くできる人に敵わないけど。

 

 

 主に僕が原因で、進行にたっぷり時間をかけてしまった。

 おかげで、最奥部にたどり着いた時には、既に事が始まっているようで、分厚い扉越しに男女の言い争う声が聞こえてくる。

 

「そうね、お前は人間なんかじゃない。

 ゲスな欲望に取り憑かれた、最低の悪魔よ!」

『そうだ、オレはお前ラと同じナンカじゃない。この世界を支配スル悪魔さ!』

 

 そっと扉を開けて宝物庫に入ると、先輩たちの背中越しに醜悪な化け物の姿が見えた。

 リャナンシーがぴたりと体を寄せて囁く。

 

『本性をあらわしたわね』

「本性……?」

 

 赤紫の矮躯に不釣り合いなほど肥大化した頭部。四本の腕と、ぎょろぎょろと忙しなく動く目玉。ぬらぬらと粘液を滴らせる長い舌。ごてごての装飾を施された王冠と捻れた角。

 本人が言った通り、それは悪魔と呼ぶにふさわしい姿だった。こんなものが、人間の本性でいいのか。

 

『現実世界のニンゲンとちがって、アレは体を持たない。人の見た目こそ模しているけれど、本質的には私達に近いの』

 

 お前は人間じゃないと突きつけられて、あるいは悪魔と呼称されたことでそちらに寄ったのかもしれないが、本来の姿が出てしまったということだろう。

 先輩たちは臨戦態勢をとる。彼らの背には各々のペルソナが立ち現れた。

 

『戦闘が終わるまで、物陰にでも隠れなさいな。流れ弾でも死ぬわよ』

「分かってる」

 

 バレーボールが次々と飛んでくる。

 その間は柱の陰から顔を出すのも危険だ。

 柱に引っ込んでいても、銃撃音や武器で殴打する音、連携を促す声が絶え間なく聞こえる。球による攻撃が落ち着いている隙に、リャナンシーとふたり、様子をうかがう。

 

『あら、面白い物を持っているわね』

「優勝カップ?」

 

 パレスの主たる悪魔は、金色の巨大な賞杯の中にフォークを突き立て、ひとがたを貪った。みるみるうちに先輩たちがつけた傷が癒えていく。

 冒涜的な光景にくらくらする。アレは鴨志田先生がそう見ているだけで、普通に生きている人間なのだ。

 

「あれじゃ、埒が明かない」

『杯は力で満たされていると決まっているわ。繁栄をもたらすのよ』

「そりゃ認知世界では回復アイテムになりそうだね」

 

 先輩たちは黒猫の指示で、巨大な賞杯を優先的に狙うことにしたようだ。

 ギミックボスを倒すには強化アイテムから狙え、ヒーラーからやっつけろ、と双葉がいつも言っていた。もしかしたら、そうした認知もこの世界では有利に機能するのかもしれない。

 集中砲火を受けた杯には罅が入り、やがて完全に割れる。

 

『嘘だろ…全日本で…優勝のときの…』

 

 悪魔カモシダは大きく体勢を崩して項垂れた。相当大事にしていたものらしい。

 畳み掛けるように攻撃を続ける先輩たち。先ほど回復した分の体力は既に使い切っているのだろう。赤紫の肌に傷が刻まれていく。

 

 カモシダも黙ってはいない。

 長ったらしい前口上を偉そうにたれて、先輩たちを睨めつける。

 あの悪魔が絶対の自信を持つスパイクなんて、まともに食らったら無事では済まない。

 

『「必」ず「殺」すスパイクだ!』

 

 小学生でも言わないようなことを言いながら、カモシダは奴隷に指示を飛ばす。

 どこからか走ってきた見知らぬ男子生徒が、悪魔に恭しくボールを献上した。奴隷と呼ばれているあたり、バレー部員なのだろうが……。

 あれもまた、悪魔に食べられたひとがた同様、そう見られているだけの存在だ。

 

『よぉし、三嶋ァ! 俺様にパスだ!

 グズでもそのくらいは出来るだろ!』

「い、いきます!」

 

 轟音とともに城全体が揺れた。

 バレーボールが叩きつけられた、それだけだというのに、身を守っていたはずの先輩たちはボロボロだ。これほどまで認知の力は強いのか。

 だけど、まだ立っている。

 

 カモシダは不満げにバレー部員を怒鳴りつけて、その場から追い出した。かわりに、うさぎのコスチュームを着せられた女子部員が入ってくる。

 

「なんで志帆が!」

 

 確か、落ちた女生徒だ。

 またあの攻撃が来る。あれを二度も受けたら、保たないかもしれない。回復担当の黒猫は目を回している。

 

「回復いける?」

『……メディラマ』

「モナ、ありがとう!」

『え、ワガハイは……?』

 

 リャナンシーの回復が入って、先輩たちが体勢を立てなおした。すぐに雨宮先輩の指令が飛ぶ。

 

「カモシダを狙う!」

 

 先輩たちは次々と攻撃を仕掛ける。

 嵩むダメージに苛ついた悪魔は、女生徒を怒鳴りつけて退室させた。

 

『どうしたどうした、奴隷どもォッ!

 もっとボールを持って来いっつーの!』

 

 もう誰もカモシダの周囲には残っていない。

 ボールがなければスパイクを打てないと狼狽えている。今日以上に、バレーボールが個人競技でなくて良かった、と思う日は今後来ないだろう。

 

『自分で追っ払ったのに、おかしいのね』

「それでも、根比べだとあっちに分がある」

 

 回復手段と攻撃手段を奪われても、いまだカモシダは余力を残していそうだ。

 対する先輩たちは、まだ戦えてはいるものの、弾薬は尽きたようだし炎や風撃の回数も目に見えて減っている。

 

 先輩たちも、力押しは難しいと判断したのだろう。

 坂本先輩が戦線を一時離脱して、奥の柱の影に駆け出した。上のテラスから王冠を狙うつもりだろう。

 残るメンバーは陽動か。炎やかまいたちのような風撃など、次々と攻撃を叩き込んでいく。

 

 カモシダが本命に気づいた頃には、柱の上に登っていた坂本先輩が、ワイヤーを使って王冠を弾き飛ばした。

 

『ああ!?

 俺様の、一番大事な…ぁ!』

 

 王冠を失ったカモシダは覇気を失い、再び大きく体勢を崩す。

 

「いけんじゃない、これ!?」

 

 勢いづいた先輩たちの攻撃で、先ほどとは比べものにならないくらい深くダメージが通っているようだ。

 やがて、傷だらけになった巨体が倒れ、床に伏す。王冠は床に転がり、先輩たちの前で止まった。

 

 巨体の悪魔はみるみるうちに姿が縮み、元の裸の王様スタイルに戻っていく。もう戦う力は残っていないみたいだ。

 後は王冠を持って帰るだけ。

 

「これだけは、誰にも渡さん」

 

 土壇場で、カモシダは王冠を抱きかかえる。走り出すも、雨宮先輩たちに出口は塞がれている。反対方向の窓の前で立ち止まる。

 ここは塔の上。逃げ場なんてどこにもない。

 

「どうしたの、逃げないの?」

 

 高く鋭い声が響く。

 振り返ったカモシダは憎悪に満ちた顔つきで、不平を漏らす。

 

「お前らは昔からそうだ。期待という名の押しつけばかり。そいつらの分までやってやってるんだ。見返りを求めて何が悪い」

「言い訳かよ。

 お前のその歪んだ心、俺らがなんとかしてやるよ」

 

 見苦しい台詞は坂本先輩に一蹴された。

 これだけ言われて、なお懲りていないのか。あるいは、自分の過ちを認めたくないだけか。

 

「怖い?

 今アンタは志帆と同じ景色を見てるんだよ。きっと志保も怖かった…でも飛び降りるしかなかった…

 アンタはどうするの?」

 

 烈火のごとき感情を秘めた青の目が、仮面越しに城主を射抜く。

 立ちすくんだままのカモシダは、依然として王冠を手放そうとしない。

 

「飛び降りるの?

 それとも、ここで、死んでみる?」

 

 真紅のドレスのペルソナが火球を宙に浮かべた。放射された熱がじりじりと肌に届く。

 

『ひと思いにトドメ刺しちまうか? まあ任すぜ』

 

 黒猫は楽しげに甘い言葉を吐いた。

 

「やめてくれぇ!! 頼む! やめてくれぇぇぇー!」

「みんなッ、アンタにそう言ったんじゃないの!?」

 

 まずい。

 

「っ、リャナンシー!」

『やっと出番ね』

 

 軌道上に立ち塞がったリャナンシーは火球を腕で振り払った。進路を逸らされた炎は壁を焦がしただけに終わる。

 彼女に指示を出した以上、表に出ないわけにもいかず、カモシダの前へ。

 

「お前は、確か1年の落ちこぼれ……そうだ、俺を守れ! 俺を守ればいい思いをさせてやる!」

 

 先輩たちが身構える。

 そんなに心配しなくても、カモシダ側につくわけがない。個人的に嫌いな部類の人間だし。

 

「悪いけど、悪魔の言葉は聞かないことにしてる」

「へ?」

 

 いつの間にかカモシダの後ろに回ったリャナンシーが、城主の首に滑らかな指を這わせて冷たく微笑んだ。いつでも殺せるという合図。

 

「リャナンシー、ダメ」

『私を、待てのできない犬と同じに扱うなんて、あなたくらいよ』

 

 ようやく立場を理解したカモシダは、口を噤んだ。

 坂本先輩が鈍器を構えたまま、一歩前に出る。迫力に逃げ出したくなる足をその場に縫い止めて、髑髏の仮面を見据えた。

 

「邪魔する気はないんじゃなかったのかよ」

「盗みの邪魔をするつもりはありませんでしたよ。それ以上に至りそうだったので止めただけです。

 人を殺したかったんですか?」

 

 沈黙。

 全員の視線が僕に向いた。心臓の音がうるさいくらいに鳴っている。

 この場の人間に、少しでも理性が残っていることを祈る。論理で止められなければ、戦わねばならない。

 

「そうされて当然と思われるような人間相手でも、それだけはダメです」

 

 何か言いかけた坂本先輩を制して、高巻先輩が前へ。

 

「…君がジョーカーの言ってた佐倉くん?」

「はい」

「大丈夫。君が心配するようなことはしないから。そこ、どいて」

 

 瞳の奥の炎はくすぶったまま。

 けれど、先程よりも落ち着いた語気が、そこまでのことはしないだろうと予想させた。

 

 目配せしてリャナンシーを下がらせる。同時に僕もカモシダの前から引いた。殺さないのであれば僕の出る幕はない。

 城主はへたり込んだまま、赤い仮面を見上げた。王冠をかき抱いて、ズルズルと後ろへ下がる。

 

「アンタ、恥ずかしいよ。

 自分より弱い立場の人を奴隷みたいに扱って、やり返されたらコレ? 見下してた相手に守られて、平気な顔でまた王様やろうっての?」

 

 一歩一歩、ゆっくりと距離を詰めていく。

 

「…わ、分かった。俺の…負けだ!」

 

 悲鳴とともに、王冠が雨宮先輩に投げ渡される。王冠に目をやり、カモシダは自嘲する。

 

「トドメをさせよ。そうすれば、『現実の俺』にもトドメをさせる。

 勝ったお前らには、その資格がある」

 

 ああ、本当に認めちゃいないんだ。

 カモシダはどこか遠くを見て、うわ言のように言葉を垂れ流している。

 

「俺は…負けた。

負けたら、終わりだ…これから、どうすればいいんだ…」

「終わらない。

 今度は、人生から逃げるつもり?」

 

 高巻先輩に胸ぐらを掴まれて、カモシダは否応なしに目線を合わせられる。

 そこまでされて、ようやく結論が出たらしい。表情が穏やかなものへと変わる。

 

「わかった…俺は、現実の俺の中に帰ろう…」

 

 パレスの主は光になって消えていった。

 それが心からの反省なのか、ただの逃げなのか、それは現実世界に戻ればわかることだ。

 

 やるべきことはすべて済んだ。

 先輩たちはオタカラの奪取に成功して、誰も死ななかった。

 それでなお苦々しさが残留するのは、剥き出しになった歪んだ心に触れた直後だからか、それとも結果をこの目で確かめられていないからか。

 重々しい空気の中で、口火を切ったのは高巻先輩だった。

 

「佐倉くん、あんがとね」

「僕は何も」

「止めてくれたでしょ」

 

 感謝の言葉を受け取るべきは、リャナンシーであって僕ではない。

 それに、僕は先輩たちの善性を信じなかったから止めに来ていたというのに、感謝までされるのは虫の居所が悪い。何もしなくても世界はうまく行っていて、僕はただ出過ぎた真似をしただけかも分からない。

 

「私たちのこと心配してくれたんだよね?」

 

 直後。

 突如として、城を揺れが襲う。

 

「オイオイ、長話してる暇はないぜ。

 ここはすぐに崩壊する!」

 

 黒猫の叫び声とともに、窓の外から隣の塔が崩れたのだろう轟音が響く。

 

「走れ!」

『走って!』

 

 先輩たちは慌てて螺旋階段を駆け下りていく。リャナンシーの声に、僕も駆け出した。

 運動神経の悪さが足を引っ張って、みるみるうちに先輩たちと距離が開いていく。崩れていく塔の壁面が、いつ足元に波及するかと気が気でない。

 

「わっ」

 

 転んだと気づいた時にはすべてが遅かった。顔をあげたとき、目の前の螺旋階段が数メートルに渡って崩落した。

 

「一葉!?」

 

 大きな空洞を隔てた向こう岸で、仮面越しにも分かるほど焦った顔の雨宮先輩が声を上げた。

 

「行って!」

 

 勝手についてきたくせに、足手まといになってはいけない。

 叫び声が届いたかわからない。飛んできたリャナンシーが僕の腕をつかんで、ひときわ大きな石塊が頭上に

 

 

 

 

 

 路地裏。

 崩落するパレスから無我夢中で逃げて、三人と一匹は上がった息を整えていた。

 

「おい、ナビみてみろ」

 

 竜司が見せたスマホ画面には、ナビが表示されている。

 “目的地が消去されました”などと無機質なアナウンスが鳴る。

 

「…本当だ、行けなくなってる」

 

 杏も自分の端末でナビを確認する。竜司のものと同様、経路案内が消えて待機画面になっていた。

 

「一葉は?」

 

 蓮の言葉に、はじかれるようにしてそれぞれ周囲の路地をのぞいて回った。しかし、一葉の姿はない。

 

「この辺りにはいねぇぞ」

「あの子の連絡先知ってる?」

「交換してない」

「マジかよ。俺らは知るわけないからな、初対面だし」

 

 次々と交わされていた言葉が途切れるタイミングがあって、そこから誰も一言も発さない。

 沈黙がしばらく続いた後、わずかに震えた声で杏が皆に問いかける。

 

「大丈夫、だよね…?」

 

 答える者はなかった。

 





一部勘違いがあったためしれっと修正しています。
大筋には関係ありません。

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
  • その他(感想へ)
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