双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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ジャングルはいつもハレのちグゥならポクテが好き。
古の声優早口ネタが懐かしいので初投稿です。



14駅目 囚われ

 

 

 懐かしい夢を見ていた。

 今まで忘れていた、遠い昔の記憶。

 

「ね、母さん、バッタとったよ。みて、ちっちゃいの。図鑑に書いてあったやつ。ヒシバッタだと思う」

「すごいね。一葉が捕ったの?」

「今日のはね、わたしがとったの」

 

 家族で公園に来ていた。ベンチに座る母に、二人で見つけたとっておきの面白いものを見せるのは、お決まりの遊び。

 このときの母は、まだ仕事もそこまで忙しくなかったから、休日に家族で出かけることもあった。

 

「飼うか、トカゲのごはんにするか、母さんはどっちがいいと思う?」

「双葉が捕ったのでしょう。双葉はどう思ってるの?」

「わたし? どっちでもいいよ。お兄ちゃんにあげたもん」

 

 近所の公園で日が暮れるまで遊んで、買い物をして帰る。たまにあるなんてことない日。

 前世の記憶も、置かれている人間関係も、余分なものは何ひとつなくて、世界は自分と片割れと母だけで満たされていた。

 

「二人とも。バッタにとって、それは生きるか死ぬかが決まる選択なの。

 少し大きく生まれただけで、どうして他の生き物の命の沙汰を決められると思うの?」

 

 母はたまに難しい話をした。

 幼い子供らしく母の言うことはいつも正しいと信じ切っていたから、僕は分かった顔で相槌を打つ。正直者の双葉は本当に分かっていて、うんうんと頷く。

 

「えっと、にがす?」

「でも、お兄ちゃんのトカゲがお腹すくよ?」

「そうね。お母さんが言いたいのは、自分でたくさん考えて決めなさいってこと」

 

 頭を撫でられる。

 双葉はきゃーっと喜んで、僕に飛びついた。虫かごを持ってるのに危ないじゃないか。ぷくっと膨らませた頬は妹の人差し指の前にあえなく敗れた。

 

「けっきょく、決めるんだ」

「とっちゃったもんね」

「考えおわるまで、カゴにしまっとこう」

「はっぱもいれていい?」

「ほそ長いのにしてね」

 

 ふたりで虫かごを覗いて、指でつまめるくらいの小さな虫を見た。

 バッタに人間の話なんて分かるはずもないのに、僕らの目から逃れるみたいに双葉が入れた葉っぱの裏に隠れる。

 

「ね、ふたば、どうして虫はとってよくて、鳥はダメなのかな?」

「虫はいっぱいいるから?」

「鳥もいっぱいいるよ」

「人からとおい仲間の生きものだから?」

「でもさ、公園のかんばんには花を摘んじゃいけませんって書いてある」

「うーん……おかあさんは、なんでだかしってる?」

 

 双葉に問われて、母は少し考えこむ。

 今なら母が悩む理由も分かるけれど、この時の僕は何でも分かる母にも難しいことがあるんだとか見当違いなことを考えていたと思う。

 

「そうねぇ……。

 お母さんとお隣さんが同時にじょうろを貸してくださいって来て、一個しかじょうろを持っていなかったらどうする?」

「おかあさんにわたす。おとなりさんにはじゅんばんこ、って言う」

「それと似たようなもの。

 全部を大事にできなくても、大事にしたいって思うものから守っていこうってことだってお母さんは思うよ」

 

 双葉はその答えで満足したみたいで、草陰のバッタを何とかして探し出そうと虫かごを持ち上げる。

 虫は大事にされないんだ。こんなに綺麗なのに。僕はやっぱり納得いかなくて、母に問うた。

 

「虫も花も鳥も、生きるか死ぬか決まることなのに順番を決めるの?」

「そう。神様なら全員生かせるかも知れないけれど、私たちは虫や花や鳥と同じ生き物だもの」

 

 だからよく考えて決めなさいと母は言ったけれど、大事に思うものがみんな一緒ではないのに、そんな不確かなものに判断を委ねていいのだろうか。

 

「でも、それはやっぱり変だよ。

 だって、大事とおもわなくても、虫がいないと花がさく意味がなくなっちゃう」

「そうかな?

 わたしは、かんばんに書いてなくても虫を大事にしていいってことだと思ったよ?」

 

 でも、母が言うなら正しいのだ。だから、母には黙っておく。

 家族の中で、僕だけがいつも分からない。三人が二人と一人に別れるとき、気づけば一人の側にいる。

 

 けれど、少なくとも。

 どのようなものであれ、命の決定権は生き物にはないと覚えたのはこの時だった。

 

 

 

 

 次に目を開けたとき、線路があった。

 周囲は無機質な壁に囲まれていて、壁には赤黒い管が這っている。薄暗い道に灯りはまばらで、線路の先は暗闇に塗りつぶされて全く見えない。

 駅だ。人の集合的無意識、その具現。

 

『起きたの?』

「生きてる……なんで?」

 

 城の塔にいたはずだ。

 最新の記憶は、どう考えても助からなさそうな石の塊が頭上に落ちてきたところ。

 いつの間に駅へ来たのだろうか。

 

「先輩たちは?」

『さあ? 全く気配がしないもの。少なくとも、この辺りにはいないわ』

 

 無事帰り着いたと思いたい。

 

「どのくらいここにいた?」

『分からないわ』

 

 考えるのは後。

 リャナンシーがいるから比較的安全とはいえ、同じところに長くいるのは良くない。

 怪我がないか確かめながら、ゆっくり立ち上がって周囲を確認する。周りには化物の類はいない。ただ薄暗い線路があるだけだ。

 

「この感じだと結構浅いね」

 

 見える風景は、層構造をなす駅の中でも浅い部分であることを示している。歪みが比較的少ない。

 中学時代に少し深くまで降りたときは、もっと全体的に赤黒い感じだった。

 

「帰ろう。少し歩くよ」

『そう。ついて行くわ』

 

 一歩踏み出したところで、乾いた音が響く。

 

「うわっ!」

『大袈裟ね。枯れ葉を踏んだだけじゃない』

「ほっといてよ…」

 

 そんなのあると思わないじゃないか。

 集中している時の、想定外の音は心臓に悪い。

 

「さっきの場所は、二股に分かれている道の左端。

 こっちに向こうに空洞がある壁があって、こっちは行き止まり」

 

 駅は、入るたびに形を変える。

 現実世界での出来事に影響を受け、その時々によって、誰の無意識が優位になるか変わるためだ。

 それでも基本的な構造は共通している。道中は線路と部屋で構成されることが多いとか、階層はエスカレーターを使えば昇り降りできるとか、一階層の広さは徒歩で行くには少し広いけれど限度があるとか。

 だから少し歩いて、どのパターンの面を引いたか分かれば、決まった通りの道を進んで出口にたどり着ける。

 

「たぶん、こっち」

 

 たまにイレギュラーに出くわすけれど、ここは幸運にも通常のパターンを引いたらしい。

 

 しばらく歩くと明かりが見えた。

 方向は合っていたようで、より浅い層に上がれるエスカレーターが備え付けられた駅ホームを発見した。

 蛍光灯に照らされた待合室の近くには、青服の小柄な妖精が機嫌良さげに飛び回っていた。

 

 思わぬ先客だ。

 こういうところに化物たちは集まらないと思っていたのだけど。あまり強くはなさそうだけど、無駄な戦闘は避けたい。

 見つからないように通り過ぎられるだろうか。

 

『ねえ、貴女。ちょっといいかしら?』

 

 …と思っていたら、既にリャナンシーが声をかけに行っていた。

 彼女らしからぬ行動だ。殺すだけしかしないと思っていたのに。

 

『わあ、私に何か用? 強そうな妖精さん』

『貴女、ピクシーね。前に古城にいなかった?』

 

 妖精は可愛らしく首をかしげた。

 

『コジョウ? うーん。そうだったかも?

 あっ、もしかして、アナタも鴨志田サマのところから解放されたの?』

 

 パレスにいた妖精だったらしい。

 どうも会話がふわふわしているが、鴨志田サマという単語は向こうから出てきたものだ。

 

「パレスが集団的無意識に合流した、のか」

 

 なんとなくわかってきた。

 

 個人持ちの認知世界は、集団的無意識と全くの無関係ではない。

 自己愛の塊みたいだった鴨志田先生であっても、一応は社会人であり、人間社会に属している。

 ならば、核を失い自重を保てなくなった城の残骸が降ってくるのは、この地下鉄駅ということにならないか。

 

『仮面の男と一緒に、城の兵士と戦っていたでしょう?』

『うん、楽しかった!』

『それがどうしてここにいるの?』

『分かんないよ、キョーミないし。

 あー、古巣に帰ってきて、やっと羽がのばせるなぁ。じゃあね、強そうな妖精さんと……そのエモノ?』

 

 認知世界と現実世界の往還という点から考えて、城を守っていた怪物たちがもとはこの駅にいたというのも頷ける話だ。

 

 小さな妖精は、楽しげな笑い声とともに風のように去っていった。

 待合室前に残されたリャナンシーは黙りこくっている。

 

「リャナンシー?」

『…ええ、行くわ』

 

 エスカレーターに乗る。

 認知世界と現実世界の境目は物質的なものではない。けれど、目に見える境界は意味を持つ。

 

 校門と城の門が繋がるようなもので、二つの世界は重ね絵のごとくぴたりと合わさる。それだけに、この場所のエスカレーターは現実のエスカレーターと繋がり得る。

 ただ乗っていては、もう一つ上の階層に着くだけだ。

 境界をまたぐには少しコツがある。ラジオの周波数を合せるみたいな、そんなイメージだ。

 

 僕が思うに、イセカイナビはこうして手動で行っている調整を、自動的にやってくれるものだ。

 今までは、先輩たちが無事逃げおおせたとき僕も現実世界に戻っていた。

 自分の心のうちに部外者を入れたくないと感じるのは自然なこと。帰還のためナビが起動して世界の境界が曖昧になった隙に、自分でないものは現実へ弾き出した、のだと思う。

 

 

 エスカレーターの終着は、現実世界の渋谷駅。

 多分、本来は集合的無意識なんてそこまで場所に囚われない概念なのだけど、僕があまりにもあの場所を駅と認識しすぎているためか、経験上ここが一番つながりやすい。

 

 いつもは煩わしいはずの雑踏が現実世界に帰ってきたという安心感を与えてくる。

 帰りの電車に乗って、スマホの電源を入れる。時刻は19時前というところ。急いで駅を抜けたから、いつもよりやや遅いくらいの範囲になんとか収まっている。

 

『遅いぞ』

 

 双葉からメッセージが飛んでくる。

 通知はなかったから油断していた。この分だと、電源を入れ直すのは今が今かと待ち構えていたみたいだ。

 

『来客あった』

『いつもの刑事さんじゃなくて?』

『ルブランの居候。たぶん一葉を捜してた。猫がね、にゃーにゃー鳴いてた』

『ちょっとルブラン寄ってから帰るね』

 

 もう一度スマホの電源を切っておく。

 雨宮先輩たちに死んだと思われているかもしれない。自分でも死んだと思った。

 

 四軒茶屋の駅で降りて、ルブランに向かう。もう店の明かりは消えていて、佐倉さんは家に帰っているようだ。

 鍵を開けて店の中へ。

 暗闇の中で二つの目が爛々と光っている。

 

「…なんだモルガナか」

『っ、お、お前!

 ワガハイたちがどんな思いでっ!!』

 

 店の明かりがともる。

 屋根裏から雨宮先輩が降りてきていた。色々と捲し立てていた黒猫は先輩に回収される。

 

「ご心配をおかけしました」

「一葉から、自分たちの心配だけしろと聞いた」

 

 ぐうの音も出ない。

 まさかパレスが崩れるなんて思ってもみなかった。

 いや、何が起こってもおかしくない認知世界において、想定外だったというのは言い訳にもならない。ミイラ取りがミイラに…とは少し違うな、端から見たら当たり屋みたいなものだった感じというか。

 

 今回はたまたま命を拾っただけで、次はないかもしれない。

 

「また明日、学校で」

「…はい」

 

 思う通りにいかないことばかりだ。

 雨宮先輩とモルガナは、それ以上この場で突っ込んで聞いてくることはなかった。

 

 

 

 

 家に帰ると、佐倉さんが夕飯を用意しているみたいだった。今日は野菜炒めらしい。

 鞄だけ自室に置きに行って、洗面所で手を洗ってから台所に戻る。

 

「おう、遅かったな」

 

 佐倉さんの後ろから、双葉がひょっこり顔を出した。

 

「ルブランに寄ってたって」

 

 盛り付けはもう済んでいて、ひょいと皿を渡された。運べということらしい。

 

「へえ、アイツと喧嘩でもしたのか?」

「…してないです」

「いま間があったぞ」

「当てずっぽうで言ったんだが……」

 

 喧嘩はしていない。

 ただ僕がいつものように余計なことにまで手を出して痛い目を見ただけだ。

 

「仲直りのおまじないでも教えてやろうか?」

 

 佐倉さんは冗談めかして言った。

 双葉は乗っかることに決めたみたいで、正解を口にする。

 

「ごめんなさいするんでしょ?」

「ああ。自分に非があればな」

 

 というか、仲直り以前の話、穏便に全てが済めば顔を合わせるつもりもなかった。

 雨宮先輩はともかく、他の人たちとは今後関わる予定もない。今回の件さえ終われば、先輩たちが危険を冒してまで認知世界に行く理由は消える。

 

「まずは、相手がいい気分になっている時を狙う。腹一杯の時とかな」

「そうじろう、それおまじないの話か?」

 

 ……嘘だ。ちょっと願望が入った。

 イセカイナビが超常のものの手によって作られたものなら、都合よくペルソナ使いになんてなった雨宮先輩たちがこの件から足抜け出来る筈がない。ご丁寧に、モルガナという水先案内猫もつけられてるし。

 僕が警告をしようがしまいが、否応なしに関わらざるを得ない状況にされることだろう。

 

「で、あとは誠心誠意話すだけだ」

「それだけ?」

「これが意外と難しいんだ。ついつい自分が不利にならないように、話をねじ曲げちまう」

 

 それを分かっていながら、彼ら全員と顔を合わせて話をしなかったのは不合理な理由から。生き物が持つ、唾棄すべき悪癖のため。

 つまり、そう、怖かった。

 

 知られたくないことがたくさんある。

 

 双葉のことを話さずに、僕がこの件に執着した理由の説明なんてできない。

 それは、ただ僕らのために尽くした母でもなく、母譲りの才能を自由に振るっていた幼い日の双葉でもなく、守られていた僕だけがのうのうと日々を享受している、その現実を言葉にしなければならないことを意味する。

 ならば、お前は誰かのために何を成したのかと、我が身可愛さに目と耳を塞ぎ続けてきたのかと、そうでない彼らに糾弾されるかもしれないと恐れた。

 

 もし僕の願望が叶って、先輩たちが認知世界に関わらずに過ごすなら、このまま逃げに一手を打って、最悪よりはマシな現状維持を選ぶことも出来るだろうに。

 

 けれど、もう黙ったままでいるのは不義理だ。

 雨宮先輩は、内心どう思っているにしろ、僕が自分から話さない限り、直接そこには触れてこないと思う。けれど、他の先輩たちは?

 ……分からない。分からないものは怖い。

 

「ま、どうしても嫌なら縁を切るって手もある。勧めはしないがな」

 

 順番を間違えてはいけない。

 一番は双葉の自由を取り戻すこと。他のことまで気にしていては本命が疎かになる。それは、分かっているのだけど。

 

 人との縁が簡単に切れるなら、そんなに楽なことはないと思う。

 世間は狭い。

 生活圏は限られているのだから当然だ。一度の失敗は長々と尾を引くし、見なかったことにしてくれる人は稀。

 

 だから、その場の大多数から見て“よく”あらなければならないのに。

 今回のことは、明確に失敗だった。

 

 

「一葉、みそ汁何味がいい?」

「みそ味以外のみそ汁があるのか?」

「長ねぎ味にしといて」

「りょーかい」

「具の話かよ」

 

 味噌汁は基本昼食で消費されるアイテムなので、符丁を知ってるのは僕らだけ。

 置いてけぼりになっていた佐倉さんに、インスタント味噌汁のパックを見せた。

 

「佐倉さんは何味がいいですか?」

「とうふ味」

「一葉、パス」

「しないからね」

 

 ノーコンだし。

 横着すると碌なことがない。安全策を取って手渡した。

 

「佐倉さん」

「どうした?」

 

 佐倉さんは何も聞かない。

 心地いい距離に甘えて、秘密にしていることも、飲み込んだ言葉もたくさんあるのに。

 

「ありがとうございます」

「何のことやら」

 

 感謝を言葉にする。助言も、歩み寄りも、してもらった嬉しいことだから。

 そうするものだと、母に教わった。忘れることを知らない双葉が、繰り返しなぞってきたこと。だから、僕も母に教わったことだと覚えていられた。

 

 僕の個人的な感情を抜きにすれば、母の教えに従順な今の双葉の在り方は、悪いことばかりではないのかもしれない。

 

 双葉は全部覚えている。

 覚えているから、自分で自分の命を断つことだけは絶対にない。

 そんな権利は生き物にないのだから。

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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