ヨコハマ買い出し紀行ならアルファさんが好き。
ゆるやかに滅ぶものが美しいと学んだので初投稿です。
4月29日(金)
朝、いつも通りの時間に目を覚ます。
「……つかれた」
一晩寝たら体力が全回復する世界ならいいのに。RPG風の世界になるようなアプデを切に希望する。毎週末この感じだったらと思うと、やっていける気がしないし。
今日は祝日、合法的に引きこもれる日。
少しほっとする。
そろそろ体力的に厳しかったのもあるし、なにより学校で人と会わなくて済む。双葉ほどでないにしろ、人と話すのはやはり苦手だ。特に会ってすぐの人は。
ひとまずベッドから抜け出す。二度寝するにしても、朝ご飯を食べてからにしよう。生活リズムが狂うのがのちのち一番キツイので。
洗面所で顔を洗ってから、台所を覗く。作り置きの朝食にラップをかけている佐倉さんがこちらに気づいた。
「おはよう」
「おはようございます」
朝食は冷蔵庫の食材をいろいろ炒めた感じの名もなき料理みたいだ。双葉が得意としない方の味噌汁もついている。
「朝から顔が疲れてるな、変な夢でも見たか?」
「覚えてないです」
夢見は悪くなかったと思う。
この一週間も色々ありすぎた。起きた時点でうっすら体が重いのは良くない。体力の回復に午前中を費やさないといけなさそうだ。
「そうか。飯できてるぞ」
「ありがとうございます。双葉のは後で冷蔵庫に仕舞っておきますね」
「ああ、助かる」
多分、双葉はまだ寝ているのだろう。部屋から物音がしなかった。
残り二人分の皿を食卓に並べて席に着く。いただきます、合わせたわけでもないけれど声が重なった。
「一葉、学校はどうだ?」
「楽しいです…?」
何を答えたものか。
イベントがありすぎて、話すことを絞りきれない。結局、当たり障りない浅い回答を返すことになる。
「ああ…そうだな、馴染めてるか?」
「はい。友達もできましたし」
「そうか。
行きたいところとか、やりたいことがあったら言えよ。金なら出してやれる」
「?」
「ゴールデンウィークだろ?」
そういえばそんな時期か。明日が登校日からそんな感覚はなかったけれど。
お金に関しては、認知世界で化物たちからむしり取った分がそこそこあるので困っていない、なんてことはなく普通に助かる話だ。
向こうを経由した金銭なんて、あまり大っぴらに使えない。少額ならどうでもいいことに使い切るけれど、お小遣い以上の金額を使うのは色々とリスキー。羽振りがいい弱そうなやつなんて鴨が葱を背負って来るのと同じことだ。
稼ぐ手段もないはずなのになぜか持っているお金などという怪しげなものを口座に入れられる訳もなく、結局メメントスの一角に宝箱貯金されている。
「テレビでどこの観光地がいいとか延々やってるよ」
うざったくなって切ったのだろうな。テレビは完全に置物になっている。
佐倉さんは店があるからと遠出はあまりしない。閉めても問題ないどころか、逆に光熱費が浮いていいくらいの客の入りなのは言わない約束だ。
「気になる子でも誘ったらどうだ?」
「ええ…」
「まさか一人も居ないなんてことはないだろ?」
それはあまりに佐倉さん基準では?
全部色恋の話にしてくる。いや、思い返せば、双葉もクラスメイトもそんな話で盛り上がっていたっけ。青春=恋愛みたいな図式が基本なのかも。
それ以外の部分で体力を使い果たしているのでそこまで到達できそうに思えない。
「俺は店に行くが、何かあったら連絡よこせよ」
「はい」
佐倉さんを見送って、部屋へ。
お腹も落ち着いたので、二度寝しよう。眠気に誘われるままに、抜け出したままの形になっている布団に潜り直した。
◇
眠りが浅くなったタイミングで、スマホに手を伸ばして画面をつける。
11:30の表示。気づくと昼前になっていた。
そこまで寝るつもりはなかったのに。
もう少し寝ても、等と思っていたけれど、この調子で一日消費するのも…流石に起きることにした。喉も乾いたことだし。
「あ、起きてる」
「それこっちの台詞」
台所で双葉と出くわした。
朝ご飯を食べ終えたところらしい。流しに皿を重ねて置いて、スポンジに手を伸ばしている。
「具合悪かったの?」
「普通だよ。疲れてただけ」
「そっか。ご飯食べる?」
「まだいいかな」
自信満々に「食べる?」と言っているあたり、ご飯(カップ麺)だろうな。
冷蔵庫は空っぽ。調味料以外ほとんど何も残っていない。朝ご飯がありものを処分するための創作炒めだったので予想はしていた。買い出しに行ってもいいけれど、帰りに佐倉さんがなにか買ってきそうな気もする。
まあ、カップ麺でいいか。わざわざ連絡してまで買いたい物があるわけでもないし。
「部屋行ってもいい?」
「いいぞ」
それに、今日は双葉と話したい。
現実の双葉の心がどこにあるのか確かめるために。
双葉は外に出られない。
人が怖いからだろうか。
幼い日の双葉にとって、身内以外の人間は自分を傷つけるものばかりだった。誰も双葉のことを理解できなかったし、理解できないものは排除される。
けれど、他の誰にも理解されなくても、双葉には母がいたし、母との約束さえあれば頑張れた。
ならば、佐倉家が安全だからだろうか。
施設にいた時や、叔父のところにいた時は、引きこもりを基本としながらも、極稀に外に出ることはあった。これは、引き摺り出されるのに抵抗できなかったとか、逃げ場のない部屋よりも外のほうがまだ安全とか、全く自主的ではない理由から。
それに対して佐倉家は安全だ。双葉がまったく外出しなくなったのは、佐倉家に来て少し経ってのこと。
けれど、これもピントがズレている。
佐倉家に来る前から、引きこもりが基本になっていた時点で普通の状態ではなかった。
根本はやはり、双葉の心の中。
間違いなくあの事件の後の洗脳のせい。大人たちに歪められた認知の中で、何がどう繋がって外に出られないという結論に至ったのか、その仕組みは複雑怪奇で未だ分からない。
ならば外に誘うことに意味はない。むしろ苦しめるだけ。
単純な順番の話だ。外に出られないことが問題なのではなくて、外に出られないと思い込んでいる状態が問題なのだから。
そして、認知世界という魔法も手の届くところにあった。
結果は、言うまでもない。
道順もわからないまま歩きつづけて、こんなところまで来てしまった。
双葉の心を縛る呪いを解くと、そう誓っておきながら、双葉の真意も聞けずにいるなんて冗談にしても笑えない。
そろそろ、現在地を確認し直さなくてはいけない。
◇
佐倉さんも言っていたように、世間は連休に浮かれている。
どこに行くでもない僕らにはあまり関係ない話で、窓越しにイベントの歓声を聞くだけだ。
双葉の部屋は平常運転。
役目を終えたプラスチック類に占領されつつある。また片付けをしないと足の踏み場もなくなりそうだ。
いつものクッションも見当たらない。配置はかわっていないはず、当たりをつけて埋もれていたのを発掘。定置についた。
「ゴールデンウィークだね」
「うん、ログボうんまい」
双葉はベッドに寝転んでスマホをいじっている。
液晶に映っているのは見慣れたソシャゲのホーム画面だ。昼間はオンゲよりソシャゲだと前に言っていたような気もする。どうやら連休に合わせてお出かけ衣装のカードが実装されるらしい。
「今回のイベは周回楽そうなわりに報酬がいいんだよ、ほら見て可愛い」
美少女が動物と戯れている感じのイラストを見せて双葉はご満悦だ。
なお、迂闊に可愛いねと同意すると、「こういうのがいいんだ?」とからかわれるので注意。
「イラスト気合入ってるね、うさぎも可愛いし」
「でしょ。これランキング報酬じゃなくてガチャでもいけるクオリティだよな」
「あれ? 先月もうさぎ系の絵じゃなかったっけ」
「それはイースターな。9月にもお月見バニーが出るし、特に関係なくてもうさぎ系衣装は出るぞ。多分運営の趣味」
「あー……酒が飲めるぞ、的な」
何かと理由をつけて登場させるわけだ。趣味と実益を兼ねていてなにより。
双葉は画面を弄りながら、ぱたぱたと足を振る。
「うさぎ、想像の3倍はふわふわなめらかなんだよな」
「分かる。ふれあい動物園みたいなところのは特に手入れされてるしね」
「手入れされてても、大きいねずみは手触り微妙だぞ」
モルモットとかカピバラとかね。久しく撫でてないけど。
動物園へ遊びに行くなんて、最新の記憶で小学二年生の遠足だったと思う。この頃は、もう双葉は学校に行っていなかったから……いや、僕もふれあいはしてないな。
「双葉って動物園行ったことあった?」
「あるぞ。一葉は昆虫館でハキリアリ見てはしゃいでた」
「全く記憶にないんだけど。いつの話?」
「3歳のゴールデンウィーク」
そう来たか。
双葉と話しているとたまに普通の感覚を見失いそうになる。
普通、幼児くらいまでの記憶は保っておけないものだ。せめて、もう1、2年後のことなら覚えていられたかも。
「よく覚えてるね」
「一葉が忘れっぽいだけ」
「そうかな…そうかも」
母と双葉と暮らしていた頃のことは、昔過ぎて断片的にしか覚えていないけれど、双葉にとっては昨日のことくらいの感覚に違いない。
抜群の記憶力がいいことばかりに働くと限らないのは重々承知。とはいえ、少し羨ましい。
「…あのさ」
空気が変わった。
「聞きたくない」
「まだ何も言ってないんだけど」
未来予知、あるいは傾向と対策。
本題に入ろうとしたのを敏感に察知して、双葉の顔から笑顔が抜ける。
当然のように言わんとしていることは見抜かれていた。
出鼻を挫いて諦めさせようとするのは双葉の常套手段だけど、今回はその手には乗らない。
「知ってるよ。お出かけしようって話でしょ」
双葉は手を止めて画面から顔をあげた。のそのそと起き上がり、ベッドの上からこちらを見下ろす。
「ううん。どうして双葉は家じゃないとって思ってるのかなって」
「同じことだよ。
一葉はわたしを連れてどこかに行きたいって思ってるから、そう言うんだ」
露骨に誘導された。今日は誘うこと自体が目的じゃない。
いや、だからか。僕からの外出の誘いというイベントにおいて、双葉は今のところ無敗だ。だから、その形に持っていこうとする。
「違う」
「違わない」
これじゃ埒が明かない。
「……双葉の言うとおり。
それこそ動物園とか…遠くに行ってみてもいいし、近所の公園でやってるようなお祭りに行くのもいい」
「行きたいなら一人で行って」
「それじゃ意味がない。僕が知りたいのは全然違うことって分かるでしょ」
双葉は頑なに首を横に振る。
「わたし、どこにも行けない」
互いの視線は真っすぐだから、交わることはない。何回話をしても、それだけは変わらなかった。
そう信じる理由を問おうとしたのを、責められると思ったのだろうか。双葉は身を縮め、早口でまくし立てる。
「いつも一葉はちょっと期待して、やっぱり駄目だったって顔する。それ、見たくない」
駄目だったなんて思っていない、はずだ。
双葉と話して無駄なことはひとつもない。けれど、心のどこかで双葉は理由を話してくれないんじゃないかという思いがあって、それを見抜かれているのではないか。
疑念を棄却できなかったのがいけなかったのだろう。双葉は何も言い返せずにいる僕から視線を落とした。
「一葉は、わたしに構わなくていい。わたしに何かしようとしてくれなくていい」
淡々と紡がれる拒絶と気遣いの言葉。
こんなことを言わせたいわけじゃない。
望まれなくても、力が足りなくても、責務を果たさなければ僕は僕でいられない。
「もう取り返しがつかない。だから、ここでおしまい」
「でも、」
「一葉はいつもそう。手遅れになっても見切りをつけられない」
違う。まだ、取り戻せる。
そのために全てを捧ぐのは当然のこと。損得ではない。この賢く美しく愛しい存在に、地に横たわる蛹のような終わりを迎えさせてはならない。
「わたしがいけないの。一葉を……おかあさんを…わたしが、わがままだから……」
双葉は背を丸め、頭を抱えた。
こぼれる言葉は意味ある文の形を成していない。
やってしまったと、気づいたときにはいつも遅い。答えたくないと、話を曲げられた時点で引き返すべきだった。
「来ないで」
半狂乱になっても、双葉にはまだら状に冷静な部分が残っていて、踏み出そうとした足は鋭い声によって縫い止められる。
伸ばした僕の手から逃れるように身を捩って、双葉は押入れに立て籠もった。
「出てってよ、お願いだから…!」
血を吐くような叫びに、怯んだ僕はたまらず耳を塞ぐ。金属を震わせたような音が耳の奥で煩い。
その場に留まれるはずもなく、僕は部屋から逃げ出した。
◇
気づけば自室にいた。
双葉は、…けれど僕が今行くのは逆効果だろう。違う。本当は双葉に拒絶されるのが怖いだけなんじゃないのか。答えてもらえないのは、信じてもらえていないからだと突きつけられる気がするからじゃないか。それか、双葉を傷つけた自分を許せないか、現実から逃れたいか。
分からない。どれが本当か、そうでないか判別できない。信じきれない。
分かるのは双葉の部屋に、どうしても行けそうにないということだけ。
何かあったら連絡しろと、佐倉さんが言っていた。
けれど、いいのだろうか。こんなことで連絡取っても。何かって、どこまで範囲に入るのだろう。
久しぶりだから、びっくりしているだけだ。前にも、何度だってこういうことはあったのに、何を今さら狼狽えることがあるというのだろう。
何もしなくても、何も起こらないと思う。
いつも通りなら、双葉は少しすれば何もなかったようにしてくれる。明日にでもなれば、僕も何もなかったようにして、それで今日のことはおしまい。元通り、のはずだ。
スマホのロックを解除して、……どうしようと思ったんだっけ。
画面を見つめていると、突然、メッセージアプリのポップアップが出る。矢嶋から電話だ。
「もしもし」
『オレオレ』
切った。
すぐに再び電話がかかってくる。
『アイコン出てるんだから切ることないだろ』
「ごめん。いや、そういうネタかなって。それで何か用?」
『おう。お前連休ヒマ?』
「…まあ、特に予定はないよ」
残念ながら、双葉とは交渉決裂したので。咄嗟に取り繕いきれなかった隙を矢嶋は見逃さなかった。
『もしかして、芳澤さんでも誘って玉砕した感じ?』
「誘ってない」
『ふーん。ま、断られて当然だから気を落とすなよ。
気持ち以前の話っていうの? 新体操の練習で年中無休。スケジュール見たことある?』
「何であると思ったし。……なんであるんだよ」
『いや、話の流れで?』
矢嶋はこっちの言い分を聞いているんだか聞いていないんだか、陽気に話を進める。
『まあその辺は置いとけ。
連休中、遊びに行こうぜ。今のところ劇団メンバーには声かけてて、大体来そうな感じ。あ、行き先はお台場な』
「あー、そういう。多分、行けると思う」
遊びというか、打ち上げみたいな話なのだろう。
お台場か。ゴールデンウィークの観光地なんて、ものすごく混雑しているだろう。うっかりすると人の群れに流されそうだ。
近いわりに行ったことはない場所だ。インドア気質なのもあって、大体どこもそうだけど。
レインボーブリッジをくぐるクルーズ船があるとか出どころ不明の知識だけあるから、前世では行ったことがあるのかもしれない。
『お前テンション低いなぁ。真面目に何かあった?』
「喧嘩、みたいな?」
『なんで疑問形なんだよ…いや、想像ついた。あれだ、地雷踏んだろ?』
「多分そう」
何が地雷だったのか、起爆してから気づくことが大半だ。坂本先輩のときとか。
今回の双葉のことは…外に行くのが駄目なのははじめから知ってた。爆発したのは丁寧に引いてくれた予防線を全部踏み越えたから。
『いつかやると思ってました』
「身近に犯罪者が出た時のインタビューやめて」
しかもやると思われてるし。
なんだか気が抜けるやり取りだ。馬鹿馬鹿しすぎて話を聞いているうちに、色々とどうでもよくなってくる。
『まあ、なんだ。ピリピリしすぎんなよ。ほぼ杞憂だし、そういうの相手に伝わるから』
「それはそうなんだけどさ」
確率的に低かろうと、出会うときは出会うので。
『もっといい加減でいいってことだよ。
お台場旅行は、お前も人数にカウントしておくぞ。詳しいことは明日話すから。またな』
「また明日」
電話を切ると、話を聞いていたらしいリャナンシーがふわふわ近づいてきた。
『いいじゃない、お台場。懐かしいわ』
「あの辺にあるのって、湖じゃなくて海だと思うんだけど」
湖に住む妖精が懐かしがるところではないと思う。そもそも伝承と見た目からして日本出身ではないでしょうに。
リャナンシーはうっとりと目を細めて幸せそうに思い出を語りだす。
『砂上で星を集めたり、色とりどりの箱の上を跳んだりしたものよ』
「ええ…?」
さっぱり意味が分からない。
『あなたにも思い出の場所はあって?』
「実家跡地とか?」
もう別の人が住んでいるはずだ。
数年足を運んでいないから、もうどうなっているかわからない。
『地縛霊の才能はなさそうね』
「なくていいよ」
『でも、縛られているわ』
「そうだね」
どうしようもないほど。
『気の毒に思ってるのよ、これでも』
リャナンシーは覆いかぶさるように、幻の腕で僕に絡みつく。触れもしないくせに。
「妖精に何が分かるの…?」
『分からないなりに想像しているの』
そんなことだろうと思った。
けれど、その考え方は僕とあまりに似ていて。心底嫌いだと思うと同時に、親近感も湧いてしまうのだ。
一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします
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カズハ
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ヒトハ
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