まちカドまぞくならご先祖が好き。
時は来たので初投稿です。
5月1日(日)
ソファに座る僕らに、佐倉さんが呆れ混じりに深い息を吐いた。
「お前らなぁ」
「そうじろう、ため息ついたら幸せが逃げるぞ」
「つい昨日まで逆の立場だったんだがね」
俺がおかしいのか、と佐倉さんは首をひねっている。
世間一般におかしくないと思うけれど、口に出したら双葉を仲間はずれにしてしまいそうで曖昧に笑っておく。
よくあることだ。
儀式がなくても仲直りは済んでいたのか、普段と同じような日曜日を迎えた。あるいは、十年前と昨日が等価な双葉にとって、過去と現在は線として繋がっていないだけなのかもしれない。
どうあれ、双葉は何事もなかったかのように引っ付き虫になっている。
「撫でれ撫でれ」
「よしよし」
「うーん、なんか違う」
「知ってる」
頭の上で手をとって動かしてみたり、頭を動かしてみたり。双葉が満足するまで好きにさせる。
ベストポジションは見つからなかったらしい。すぐに飽きて僕の肩に頭を預けた。
「あー……ごゆっくり?
俺は店行くからな」
佐倉さんはすべてのツッコミを放棄して、ひらひらと手を振った。
「一葉、部屋来る?」
「うん」
今日も部屋への立ち入りを許してもらえたことが僕にとってはありがたい。
雑然とした部屋は遮光カーテンによって一片の明かりも入らない。真っ暗なのは、珍しくモニターの明かりがついていないから。手探りで壁のスイッチを押して明かりをつけた。
「珍しいね」
「いいの。一葉いるし」
居るか居ないかというよりは、気持ちが向いているかそうでないかというだけな気がする。経験上、新作ゲームがあればそちらが優先される。
「うふふー」
「何かいいことあった?」
「別にー」
全くもってご機嫌である。
双葉の機嫌は山の天気くらい移ろいやすく、先が読めない。
「劇、聞いてた」
「聞かれてたか……」
「どんなのかなって想像してた」
「想像もされちゃったか……」
驚きはない。そうするだろうな、とは思っていた。思っていたけど、わざわざ口に出すなんて意地が悪い。
見られていないだけマシ。忘れていた羞恥心が湧いてくる。
「ふふふ、変な顔」
電気つけない方が良かったかも。
「今度やるときはわたしの服貸してあげる。きっと、そうじろうも見分けつかない」
「それはないでしょ、年齢的に」
「おかあさんにもバレなかったのに…!」
いつの話だ。
母の前で入れ替わっていた記憶なんてないし、ほぼ間違いなく小学校に上がる前だ。
二卵性のわりにそっくり同じ顔をしているとはいえ、高校生にもなったら見分けがつくに決まってる。普段、近くで見ているぶん、本物との違いが目立ってしまうだろう。
「そもそも花咲ロリータのイメージは双葉というより芳澤さんだし」
「なんでそこで芳澤の名前が出てくるの?」
「台本からの印象」
「ふーん」
信じていません、と言わんばかりの疑いの目をしている。
相変わらず芳澤さんのことをライバル視しているようだけど、双葉以上に優先される物事はない。言葉にするまでもなく当然の話だ。
「ロリータがわたしみたいだったら、もっとうれしかった?」
「まあね」
「反応が微妙だぞ、浮気か?」
「するわけないでしょ」
双葉の真似をするのは、経験値があるぶんやりやすい。
長く側にいるからちょっとした癖も拾えるものだ。似るかどうかは別として。
こう、頭の出来が違うからか、いい感じに真似しきれないのだ。ある程度はできるけれど、おふくろの味再現計画と同じで、端々にそうじゃない感が出てしまう。
というか、
「なぜに女役前提なの?」
「歌舞伎とかでもそうだよ」
「普通に女子がいる劇団なんだよなぁ」
「知ってる。飯塚が一葉ならできるって見抜いた。でも最初はわたし。ワシが育てた」
「後方腕組み師匠じゃん」
ご機嫌な理由はこれか。
記憶にある限り、初めに入れ替わりを提案したのは双葉だ。おかげで助かったこともあるけれど、代償が大きすぎやしないだろうか。
まあ、双葉が満足そうならいいか。
「あれから髪伸びたよね」
「うん。
…梳いていいよ。ここ掘れワンワン」
言う通り小物の山を掘ると、小判のかわりに櫛を発見した。
形状記憶しているとしか思えない勢いで廃品に埋もれる部屋でも、双葉が物を紛失したことは一度もない。
「はよ」
甘える猫か何かみたいに、ぐりぐりと頭を押し付けてくる。
「それやると髪ぐちゃぐちゃになるよ」
「梳きがいがあるでしょ?」
「……掃除にも同じ理屈を適用してないよね?」
「…してないよ?」
怪しい。若干間があった。
「してないもん」
「嘘つきはとっちめる!」
双葉はきゃーっと悲鳴をあげて身を翻した。広がった髪が肌を撫でてくすぐったい。
まだ散らかっていない猫の額ほどの安全地帯を、器用にぴょこぴょこと跳ねる。足を取られることもなく押し入れに逃げ込んで、双葉はおずおずと顔だけ出した。あれこれと言い訳を並べ立てる。
「ちょっとだけ、ちょっとだけだぞ! なんとかしなきゃって一葉が来てくれるかなって思ったりとか…したり? ほら、わたしは不便じゃないし、放っとけば散らかるし……」
「うーんこれは無罪」
「ゆるゆる判定だった」
もともと懲らしめるつもりもなかったし。
「じゃ、早くして」
「近すぎ、てか櫛置いちゃったし」
「手櫛でいける」
「じゃあなんで掘り起こさせたのさ」
双葉は押し入れから出てきて、先ほどと同様にぐいぐいとおでこで突撃してくる。
離れる気配はないので手櫛を通す。ぐしゃぐしゃになっていたのに、数回梳くだけですぐに纏まる。便利な髪質だ。櫛が存在意義を失いそうなレベル。
「下手くそ」
「はいはい」
双葉は唇を尖らせる。手櫛はお気に召さなかったらしい。
「ね、ゲームする? アニメ見る? それとも「掃除」露骨な当てつけだー!」
「もうすでに足の踏み場ないし、蓋したペットボトルは凶器」
「避ければいいと思うよ」
「双葉はね」
特にラベルが取ってあるやつは直前まで落ちていることに気づかないのだ。基本的に暗いし。そして、直前で避けられる運動神経なら、体育の評定は2じゃないんだよ。
「しょうがないなぁ」
双葉が協力的で、比較的簡単に掃除は終えられた。
5月2日(月)
体育館で朝礼があるのだという。
月曜日に立って聞くタイプの朝礼はなかなかきついものがある。
生徒のテンションは低空飛行。
勝手に連休にできなかった人が選別されているのもあって、聞こえる話は不平不満ばかり。
内容の予想もちらほら聞こえてくる。例の飛び降りの件についてではないか、連休前の釘刺しだろう、にしては遅すぎるのでは? 話し声を諫める者もいないから、好き放題言われている。
「全校朝礼を始めます」
壇上で校長が礼をした。
「先日、痛ましい事件がおきたのは皆さんもご存じの通りです。
幸い一命は取り留めたと聞いていますが、回復にはまだ時間がかかるとの事です」
生徒の予想の一つが的中した。
それにしても、事件が起きてから全校朝礼までにこれだけ間が空くとは。口裏合わせと証拠隠滅に随分時間をかけたらしい。
「君達、未来ある若者に、今一度考えてほしいのは、命の尊さ…」
鴨志田先生が校長の薄っぺらい話に割って入った。狼狽える校長を無視して、鴨志田先生は話し始める。
「私は…生まれ変わったんです。
だから皆さんにすべてを告白しようと思います…」
いつもと様子が明らかに違う。
生徒にざわめきが広がる。目の前のことに理解が及んでいないのは生徒だけでなく、他の教師も同じなようで隣同士で何事かささやきあっているのが見えた。
ごくりとツバを飲み込む。大丈夫だろうけど緊張するものはする。
パレスでのことの答え合わせ。
かなりタイムラグがあったのは、パレスの主が現実の自分にかえってから本体を説得するのに手間取ったから、とかだろうか。
「私は教師としてあるまじきことを繰り返してまいりました…生徒への暴言、部員への体罰…そして…女子生徒への性的な嫌がらせ…」
鴨志田先生は己の罪を告白していく。淡々とというよりは感情を抑えこむように。
「鈴井志帆さんが飛び降りたのは、私が原因です!」
言っちゃったよ名前。校長ですら伏せてたのに。
これでもう、彼女は学校へ復帰する道を完全に絶たれた。最後っ屁、というよりは、ぐちゃぐちゃになって色々と分からなくなっているのか。もともと常識がないからか。
何にせよ、場が悪すぎた。なにせ全校朝礼だ。彼女の姿を見て鴨志田先生にそういうことをされたんだ、と思わずにいられる生徒はいなくなってしまった。
鴨志田先生は膝から崩れ落ちる。崩れ落ちたいのはバレー部員だろうに。
「私はこの学校を、自分の城のように思っていた…。
気に入らないというだけの理由で退学を言い渡した生徒もいます。もちろん、それは撤回します…」
まだ王様気分は抜けきっていない様だ。退学にする権限も、それを撤回する権限も、本来は一教師の鴨志田先生にはないだろうに。
壇上の校長は完全に呆けた顔で事態を眺めている。
「何の罪もない青少年を、酷い目に遭わせて本当に済まなかった…私は傲慢で、浅はかで…恥ずべき人間、いや人間以下だ…」
声に震えがまじる。
ああ、これはダメだろう。だって、詫びる自分を観測して気持ちよくなるためにしている。
言葉にできないまでも、自己満足を見せられているのだと感じ取った生徒たちが、冷たい目線を鴨志田先生に送る。
「死んでお詫びします…!」
鴨志田は、がばりと上体を倒して土下座する。
死ぬとか言ってるよ、そんな声でようやく我に返った校長が事態を打開すべく動き出す。
「鴨志田先生! とりあえず、降りて!!」
「解散! 解散!」
事なかれ主義もここまで来ると脱帽だ。
まだ何か言おうとしている鴨志田先生に、ひときわ鋭い声が飛ぶ。
「逃げるな!」
高巻先輩だ。
悲鳴にも似た叫びが、ざわめきの一切を止める。
「志帆だって…死にたいほどの事件の続きを、ちゃんと生きてる! アンタだけ、逃げないで!」
声に力があった。
人の心に響くだけの気持ちが篭められている。先ほどの謝罪よりもずっと質量があるその言葉は、本物なのだと皆嗅ぎ取った。
このとき、間違いなく、生徒の誰もが高巻先輩と同じ気持ちを共有した。
「その通りだ…まったくその通りだ…私は、きちんと裁かれ罪を償うべきだ…」
その姿は、随分と情けないものに見えた。
こんなものに憧れていたのか、あるいは怯えていたのか。軽蔑の態度すら生徒たちの間に見え隠れする。
「私は、高巻さんにも、酷いことをしました」
再び爆弾が投下された。
「鈴井さんにポジションを与えることを条件に、高巻さんに…関係までも迫りました」
公然の秘密みたいなものだったとはいえ、改めて本人の口から語られたことで、生徒たちの意識が彼女一人に集中する。先ほどの叫びで目立っていたのもあって、高巻先輩は好奇の目に晒されることになった。
やっぱりそうだったんだ、何されたんだろ、そりゃあ決まってるよね、ちょっと止めなよ……聞こえていないわけない。
けれど、高巻先輩は毅然と前を向いている。
「今日限りで教師の職を辞して自首いたします」
こうして、波乱の朝礼は終わった。
「これ…『予告』通りじゃね?」
◇
「平気か?」
教室への帰り、矢嶋がこちらを小突く。
「色々とショッキングだったろ?」
「ああ…、うん」
認知世界を利用した改心。
あそこまで人が変わってしまうとは。同一人物とは思えないくらいだ。性根はわりと維持されていたけれど、それにしても。
改めて認知訶学の価値を突きつけられた。これだけ劇的なのだ。悪い使い方などいくらでもある。
「予告状、本物だったのかもな」
わざと冗談めかしていっているのだろうけれど、事実だから笑えない。
この事件をこれから警察が捜査することになる。警察、母の事件、先輩たち。双葉をどうにかしようと、認知世界に踏み入ったこと。先輩たちの行動を、結果が知りたいからと止めなかったこと。
「…劇団も負けてられない」
「飯塚女史が言いそうな台詞だな」
言ってたからね。そんな様なことは。
「なんだ、二人でこそこそと私の話かい?」
噂をすれば影。
くちばしを突っ込んできた飯塚さんは聞いてもいないのにペラペラ語りだす。
「まったく、凄いものを見せられたね。
これでは私たちの劇がお遊戯会と謗られても文句は言えまい」
「あーほら始まったぞ、なんとかして差し上げろ召喚者」
「僕が悪いのこれ?」
語りたくて仕方なくなって声をかけてきたのだろうから、特に支障もないことだし聞くべきでは?
「実に見事だった。この私がただの観客にさせられるとはね」
「ええと…確かに圧倒されたけどさ、飯塚さん的にはどの辺りがすごかったの?」
「更に語らせるとか勇者か?」
「文句言うなら、口の上手い矢島が何とかしてよ」
純粋に情報を詰め込むだけの時間は、余計なことを考えることもない。読書同様、オタクの高速詠唱なんかも気が紛れるから好きな方だ。
矢嶋はまったくもって意味が分からないという顔をしている。
「抑圧からの解放は作劇の基本だよ。フライタークのピラミッドさ」
「なにそれ?」
「自分で調べたまえ」
自分から話しだしたのに。当然知っているよね、みたいな態度で話をしてくる。
「はい! 先生、起承転結みたいな感じですか?」
「ふむ、矢嶋くんは重点を押さえてるな。その例なら、転の部分がピラミッドの頂点にあたる」
コミュ力の格差を感じる。
そのくせ矢嶋は、ほへーっとあまり分かってなさそうな反応を返した。
「鴨志田先生の権力は皆肌で感じていた。それがアレだ。自分もあの一幕の一員だったんだ、観客のカタルシスは物凄い」
よくも悪くも、朝礼前の空気とは一変した。
活気があるというか、浮かれているというか。突発的に発生したビッグイベントに全体的にテンションが上がっているのだろう。何でもできるような気がしている、そんな感じだ。
今まで鴨志田先生に黄色い声を送っていた生徒も手のひら返しをして、悪口を言っている。朝礼での鴨志田先生を見て気が大きくなったからかもしれない。
「悔しいの?」
「違うね、怖いのさ。
あれが魔女狩りとどう違うんだね?」
飯塚さんの言わんとしていることは、なんとなく察しがつく。多分、統率されていないその場のノリのことを言っている。
劇が人の心を動かすものだと理解しているからこそ、それが引き起こす最悪を想定しているのだろう。
「本職が言うと説得力あるなぁ。
でも、飯塚女史はいい魔女だし、裁判にかけられないだろ」
いや、それは違う。
「…本気で言っているのか?」
怒っている。…という演技だろうか。
黙り込んだ矢嶋に代わる。この手の話は可能な限り本気にして聞くに限る。早く話を切り上げたがっている矢嶋には悪いけれど。
「脳機能の話かな。異分子を排除するのは気持ちいいって」
「それだよ。実に理系的発想なのが鼻につくが」
言葉にいちいち棘がある。
完全にお客様になっている矢嶋をよそに、飯塚さんは滔々と解説を続ける。
「裁く対象が本当に罪人かなんて、どうでもいいんだ。自分たちが善の側にいると確信できるのならね」
なるべく対象を悪く見せて、叩く側に正当性を持たせる。これが一番よく燃えるから。双葉と一緒に炎上を仕掛けていた時に心がけていたことだ。
「そして、正義は病みつきになる」
そうして、世界は良くなるどころか、正義中毒の蝗を大量発生させることになった。
「あのような私刑が横行するのは私の望むところではないよ」
あれで終わって欲しいものだね、と飯塚さんは嘆く。
その意見に賛成。人の判断や自制心なんて信用ならない。長年の蓄積に裏打ちされた確からしいシステム…法律に頼るべきだ。正しく機能してるなら。
今回ばかりは仕方なかった。システムを運用するのは結局人間だ。そこがダメだと全部ダメ。
「そう考えると、あくまで僕らはお遊戯会であるべきじゃない?」
「ああ、まったくその通り。だが…」
「?」
「いや、いい。今気にすることじゃない」
ひとまず言いたいことは言い切ったらしい。飯塚さんは口を噤んだ。
「今気にしなきゃいけないのはゴールデンウィークの予定だろ」
話が終わった気配を察知した矢嶋が話の輪に戻ってくる。
「私は観劇に。いい席がとれたんだ」
「本でも読もうかな」
「予想通りすぎて反応に困るレベルだわ。何かもっとあるだろ、アウトドアな感じの遊びがさ」
「「興味がない」」
「仲良しかよ……」
単なる陰と陽の越えられない壁だから気にしなくていいと思う。パズルのピースがハマるかハマらないかみたいな話だ、これは。
何か勝手にショックを受けている矢嶋を適当に慰めながら、他愛もない話をして過ごした。
一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします
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カズハ
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ヒトハ
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イチヨウ
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