めだかボックスなら安心院さんが好き。
僕っ娘が割と見境なく好きなので初投稿です。
5月6日(金)
「先生から事務連絡がふたつある」
いつも一分で終わりがちなホームルームが今日は終わらなかった。
「ひとつ目、見たやつもいるかも知れないが、鴨志田先生のことで警察が学校に来ている。
今、先生から伝えたいのは、軽率にこの件について吹聴したり、不用意な行動をしたりしないで欲しいということだ」
生徒たちの間では、既に噂になっていたこと。
警官服の人達が来校していることくらい、朝の時点でほぼ全員が把握していた。
鴨志田先生ではないけれど、僕たちにとっても学校は聖域だった。
そこに、警察という外のルールが持ち込まれたのだ。遠巻きに見ていた生徒たちも、ようやく本当に起きたこととして認識し始めている。
生徒がやったことで状況が変わっているという実感が、単なるお祭り騒ぎと浮かれていた生徒たちを現実に引き戻した。
「テレビなどの報道もあった。良くも悪くも、今の君たちは“あの秀尽”の生徒だ。普段以上に見られていることを自覚するように」
クラスの視線は、担任に集中している。
他のクラスでホームルームをやっているだろう先生たちも同じはず。生徒だって自分の身の安全がかかっているのだから必死だ。
自分が評価の対象になっていることは、自覚していると信じたい。
「ふたつ目、個別面談がある。
事件関係なく、1年はこの時期にすることになっててな。順々に呼び出すから試験前だが付き合ってくれ」
以上だ、と担任は話を締めた。
終始事務連絡のみに徹したおかげか、誰も表立って騒ぐことはない。
担任が去った後も、話のネタは試験のことが中心だ。
怪盗がいたらなどという空想の話より、逃れられない現実への対処の方が生徒たちの気を引くのかもしれない。
「中間試験かぁ……」
後ろの席から恨めしそうな声が聞こえる。義理で振り向くと、矢嶋は全てのやる気を失って机にへばりついていた。
「テンション低いね」
「試験がうれしいやつなんていないだろ」
そうだろうか。試験の日は早帰りできるから、結構うれしい。
「俺絶対死ぬわ、特に古文」
「まあまあ、覚えるだけなんだから今からでもいけるって」
「覚えらんねぇんだよなぁ……。あ、次当たるじゃん。芳澤さんノート見せて」
これでは確かに覚えられないだろう。
古文の授業で先生に当てられる順番が判明してから、きちんとノートを取っている芳澤さんはよくこういう使われ方をしている。文字がきれいで読みやすいのも良くなかった。
「はい、私のでよければ。どうぞ」
「芳澤さんも見せなくていいから。
つけ上がるし、矢嶋が宿題サボッたのが悪い」
「矢嶋くんはそんな人じゃありません。たまたま忘れが続いているだけですよね」
笑顔は元来攻撃性の発露だという。
芳澤さんにそんな意図はなさそうだけど、矢嶋は完全無欠の笑顔を前にたじろいだ。
「うっ……ほ、ほら芳澤さんもこう言ってるし」
「ダメージ受けるならやめなよ」
「サーセンした……」
喉元過ぎたら忘れそう。
このやりとりもすでに数回目だ。いつか本当に芳澤さんがキレる日が来る…かもしれない。全くもって想像できないけれど。
「芳澤さんも中間試験とか嫌だよな?」
「ええと、自分の実力を試すチャンスですから、そう嫌わなくてもいいと思います」
「俺がおかしいのこれ?」
一般的におかしくはないと思う。
単に話を振る対象が悪かった。試験を嫌うのは、この空間に限っては少数派らしい。
「でもなぁ…何だかんだ芳澤さんも勉強できるほうだしなぁ……」
「そんなことないですよ。普段の授業をしっかり聞いているだけです」
「俺がそれで何とかなったの小学校までだわ」
矢嶋はわざとらしく深い溜息をついた。買ってから3日くらい置いたほうれん草みたいに、しなしなと生気を失っていく。
まだ1回目の中間試験で、そんなに点を気にすることもないだろうに。
「自分は関係ないです、みたいな顔してるけど樋口はどうなんだよ。ヤバい教科のひとつやふたつあるだろ」
「体育かなぁ」
「あぁ…うん、そうね。お前はそうだったわ」
あれだけはペーパーテストでそれなりの点を取っても2になるので。
もしこの事件の発覚が評価評定の時期だったら、何かの間違いで3とか高評価がついたかもしれない。
「でも今回、体育って誰が試験作るんだ?」
「そういやそうだね」
「担任の先生でしょうか?」
「まあそうなるよな。てことは、先輩たちの過去問が役に立たねぇかもしれないってことか……」
「担任も過去問参考に作るでしょ」
というか、帰宅部なのにどこに先輩の伝手があるんだよ。
「テスト勉強、お互い頑張りましょう」「赤点回避……赤点回避…」
芳澤さんは小さく拳を作ってみせる。
しかし、赤点の神に祈りを捧げている矢嶋には届かなかったらしい。仕方ないので、おー、と拳を突き上げておいた。
こうしてみると、芳澤さんは日常に溶け込んでいるように見える。
というか、本人から言われるまで、少し前に親しい人を亡くしたのだと分からなかった。言われてみても同じだ。教室で過ごす芳澤さんには特に引っかかるところは見つからない。
意図して普通に見せている、というのは別におかしな話ではない。
ありきたりの日常は人を安心させる。そうでなかったとしても、自分が大きな流れの一部だと感じられるし、同じようなことの繰り返しは一定の安心感を与えてくれる。
けれど、自然すぎて不自然だ。
少なくとも僕や双葉は、そこまで器用なことはできていない。その相手がどんな人だったのかはしらないけれど、相当な間柄の人間を失って、これほど普通でいられるものか。
だって、早すぎる。
なんというか、今の芳澤さんは喪失から数年経たような感じがしている。
放課後、帰り支度をする飯塚さんに声をかけた。
あまり人が多いところでする話でもないので廊下に出る。他の生徒たちはそれぞれ好き勝手な話をしていて、こちらには注意が向いていない。
「飯塚さんってさ、前に人がどのくらい演技しているか分かるって言ってたよね」
「言った覚えがあるね」
「それで僕に、このクラスで飛び抜けている人間の一人って言い回しをした」
だから、複数人いることは初めから分かっていた。
それが誰なのか、あの時の飯塚さんは口にしなかったけれど、思えばあの頃から飯塚さんは芳澤さんに絡んでいた。
「もしかして、芳澤さんかなって思ったんだけど」
「なぜそう思ったんだい?」
本人から答えを聞いたようなものだ。そのうえで今の芳澤さんを見れば分からないはずない。
けれど、この手のことを言いふらすのも憚られる。
「気質と振る舞いが合ってないから」
「例えば?」
嫌に質問ばかりで返してくる。
単なる予想に回答するつもりはないのだろうとは見当がつくから、無難な論拠だけ並べておく。
「前に、僕の運動音痴改善の会をしたとき、スポーツ理論の話をしてくれたことがあって、天才肌に見えるけど素は理論派な感じがした」
「なるほど、その不毛な会を通して陰の者同士惹かれ合ったと」
「耳大丈夫?」
この言い方では芳澤さんに悪いな、とか言っている。その遠慮はこちらに向けるつもりはないようだ。
「君の言うことと私の見立ては一致している。おそらく彼女はまったくの別人を演じている。しかし、それを聞いてどうするつもりかね?」
「いや、取り立てて何も。そうかなって思ったから聞いてみた」
飯塚さんの眉がつり上がった。不機嫌が苛立ちに変わったのが肌で感じられる。
望む答えではなかったみたいだ。そもそも答えたくなさそうだった時点で、正解はなかったのかもしれない。
「君、演劇よりアニメの方が好きだろう?」
「そうだけど、急に何の話?」
「宗教観の話さ」
本格的に意味がわからない。
矢嶋みたいに戯けて聞けば説明してくれるだろうか。たぶん無理だろうな、という気がする。
「いいかね、女性は化粧をするものだ。それを引っ剥がすのは惨いことだよ。君はヴェールをめくった先に真実があるように思うのだろうが」
「そんなつもりはないよ」
「いや、あるね。君は物事をはっきりさせたがるきらいがある。そうでなければ、なぜ私に聞きに来た?」
それなりの関係性があるクラスメイトとはいえ、結局は他人だ。
他所から自分の問題に首を突っ込まれるのはいい気はしないだろうと想像できるし、秘密にしていることを積極的に暴くつもりはない。
けれど、誰かが暴かなくても、秘密が露呈することもある。
「根本が合わない演技が続くわけない。だから、飯塚さんは芳澤さんの友達をやってるんじゃないの?」
「…私は君のそういう所が大嫌いだよ。
美しき友情も君の手にかかれば無機質なものに成り果てる」
飯塚さんは鞄を肩にかけ直して、さっさと帰路についた。小学生レベルの捨て台詞を残して。
「ひとりで虫でも弄ってろ、ばーか」
◇
今日の双葉は、ややご機嫌といったところ。
いつもの三面モニターの前で、双葉は椅子に横向きで座り、背もたれに体を預けている。
「一葉の学校関係、ネットで面白いことが起きてる」
「裏掲示板?」
「そういうのじゃない、見て」
双葉が指さしたモニターには、裏掲示板とは毛色の違うサイトが映し出されていた。
「怪盗お願いチャンネル…?」
怪盗に悪い心を盗んでもらえるようにお願いするというコンセプトらしい。
画面をスクロールすると、既にいくつかの書き込みがされていた。どうも、盗んで欲しい人の名前を入力する仕組みになっているみたいだ。個人情報の保護とは一体……。
「これ、裏掲示板の運営と同じ奴が立ててる。
怪盗のファンサイト作るあたり、バレー部員だと思う。裏掲示板のときも尻尾見えてた」
双葉はかなり自信があるようで持論を展開している。
細かな癖が出ているとか、更新される時間帯がとか、熱く語っているのでうんうんと相槌を打つ。この感じだと誰がやったかまで特定していそうだ。
「あーそれは今どうでもいいんだった」
たっぷり15分は語った後、双葉は冷静さを取り戻した。
「逮捕された先生が、急に心変わりしたのは怪盗が心を盗んだからだって。信じてない人が多いけど、わたし、できるかもしれないって知ってる」
メガネ越しに視線がかち合う。ほんの数瞬のこと。
床を見つめながら双葉はぽつりと呟くように問いかけた。
「一葉がやったの?」
「違う」
「それも知ってる。うん、ならいい」
自在に改心できるなら、双葉の心を変えている。そのくらい双葉もお見通しだ。わざわざ口に出したのは、念のための確認に過ぎない。
けれど、続く言葉は分からない。何がならいいのだろう。
「聞かないの?」
「うん。一葉は、わたしが知らないほうがいいって考えた。なら、知らないままにする」
気にならないわけないだろうに、双葉は見ないふりをしてくれるという。それが双葉の優しさなのか、諦観なのか、判別はつかない。
「でも、これでおしまいにして」
「?」
「一葉は危ないことしないでいい。わたし、そんなの望んでない」
「うん」
双葉は約束だぞ、と僕の小指に自分の小指を伸ばす。
言われずともそうするつもりでいる。……もっとも、自分のことだ。喉元過ぎたら忘れる気がする。矢嶋のことを笑っていられない。気をつけよう。
「わたしね、一葉がいればいい。それ以上なんて要らない」
「でも、」
「欲張って全部なくすより、ずっと……だから」
「帰ったぞ」
突然、玄関先から佐倉さんの声が聞こえて、双葉の肩がビクリと跳ねた。
「早いね」
「うん、早い」
モニターの端の時計を見ると、いつも帰ってくる時間よりかなり早い。
何かあったのだろうか。双葉と顔を見合わせて、こわごわ様子を見に行くと、佐倉さんは悪戯をやりおおせたとばかりにニヤリと笑った。
「驚いたって顔だな。鍵閉めるのを居候にやらせることにしたんだよ」
「びっくりした。先に言って」
双葉はぷくりと頬を膨らませて部屋に立て籠もった。ガチャンと鍵の音まで聞こえる。
「なにヘソを曲げてるんだ?」
「タイミングが悪かったので…そのうち機嫌を治すと思います」
想定外は僕も双葉も好きじゃない。
加えて、割とセンシティブな内緒話をしているときに帰ってこられたのだから無理もない。
「あー、なんか悪かったな」
「いえ」
悪かったのはタイミングだ。
◇
眠る前、スマホを手に取った。
よく眠れなくなるから、普段はあまりしないけれど、どうしても気にかかることがあって我慢しきれなかった。
芳澤さんは誰を演じているのか。
分からないものを分からないままにしておくのは恐ろしい。どこに一発ゲームオーバーの落とし穴があるか分からないのだ。
だって、おかしいだろう。
順当に考えれば、それまでの日常にいた自分を演じるはずだ。それが最も負荷が少ない。
人真似は簡単にはいかない。上手くできているようでも、どこかしらにボロが出る。僕が双葉を演じるのでさえそうだ。なのに、わざわざ違うタイプの人間の振る舞いをするというのだから相応の何かがある。
芳澤さんの言葉に頷くな、と勘に警告されたのも気にかかるところ。
仮説の検証をする。
つまり、そう……亡くなったという選手の真似をしている、という説。
一緒に世界をとると誓う相手だ。同世代で優秀な選手のはず。
以前、芳澤さんは、秋の大きな大会で良い成績を収めたから特待生になったと言っていた。ざっと調べた感じだと、全日本ジュニア新体操選手権大会がそれに該当しそうだ。
交通事故で亡くなったなら、報道があるはずだ。
母のときも、詳細はほとんど伏せられていたけれど、記事にはなっていた。
少し前にその選手が亡くなってからスランプになったという話だから、調べるべきは大会があった秋以降になる。
未成年だし、実名報道されているか怪しいけれど、時期と死亡事故というだけでかなり絞り込めるはずだ。
警察の交通死亡事故の件数一覧を見れば、東京ではひと月あたり数件というところ。精神暴走事件のせいで多いかと思っていたけれど、そうでもないらしい。あとは、時期を絞ってニュースを漁る。
「……」
それらしい記事を見つけた。
けれど、読み取れるのは日時と場所くらいの簡素なもの。空振りだ。
次は、新体操の方面から。世界を狙うというなら、全国大会では間違いなく上位にいるだろう。
全日本ジュニアについて、ネット上にいくつかページがある。ああ、優勝者のみ名前が公開されているのか。昨年度の欄を確認する。
“芳澤かすみ”
あまり被ることのない苗字だ。名前も、芳澤すみれ同様、花で統一されている。
猛烈に嫌な予感がして、心臓が早鐘を打つ。
いつも浮かぶ最悪の想定が、珍しく当たりを引いたのかもしれない。
芳澤、新体操、と検索ワードを入れてみる。優勝するほどなら、何かの記事になっているかもしれない。
頼むから何も出てくれるな、という願いは虚しくテレビ会社系列のネット記事がヒットする。
“芳澤姉妹、世界を見据えて”
内容は期待の新星へのインタビューをする、というものだ。
ご丁寧に写真まで載っている。大会優勝時の写真だろう。お団子に結い上げた赤髪の少女。
それが、ふたり。
写真で微笑む少女たちは、全く同じ顔をしている。競技のために化粧もしているのだろう、どちらがどちらなのか見分けはつかない。
「……双子」
知らず止めていた息を吐いた。
新体操は、個人競技だ。
優勝の椅子はひとつきり。同世代の優秀な選手同士なんて、ライバル以外の何者でもない。
こんな前提を超えられる存在なんて、それこそ、血縁でもなければ。
違和感に気づいて、調べようと思えば、誰でも分かることだ。
もしかしたら、飯塚さんはもっと早い段階で、このことを知っていたのかもしれない。まあ、あの態度だ。分からないままにしておいている気もする。
「……はぁ」
全ての検索履歴を消してから、スマホを伏せた。
目を閉じても色々考えが巡って落ち着かない。少なくとも、夜に調べることじゃなかった。
もし、母でなく双葉だったら?
おかしな想定だ。母には消される理由があったけれど双葉は違う。そうなるはずがない。ないのだけど。
でも、芳澤さんは。
双葉は。
一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします
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カズハ
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ヒトハ
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イチヨウ
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