双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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アニポケのアドバンスジェネレーションならリラが好き。
たまたま見ただけなのに記憶に焼き付いているので初投稿です。




22駅目 救いの手

 

5月7日(土)

 

 

 ふっと意識が浮上して、指先に触れる硬い手触りをなぞってボタンを押した。

 しかし、スマホの画面は暗いまま。充電が切れている。昨夜、充電をしそこなっていたらしい。

 仕方なしにカーテンを開けて、眩しさにしょぼつく目を細めた。時計は、いつもの起床時間を表示している。

 

 人間、単純にできているもので、朝日を浴びると気分がマシになる。

 日を跨いで多少の冷静さを取り戻してから、やってしまったと頭を抱える。いつの間にか宙を漂っていたリャナンシーが、呆れ顔のまま無言で姿を消した。

 

 

 何やってるんだろう、という気持ちのほうが今は強い。

 芳澤さんの問題は、あくまで芳澤さんの問題だ。見過ごすには大きすぎることであっても、自分のこととは切り離して考えるべき物事。勝手に首を突っ込んで手酷い目に遭うムーブは、端から見たら本当に轢かれた当たり屋な訳で。

 鴨志田先生のパレスの件で懲りたつもりになっているだけで、また同じことをしているという事実が重くのしかかる。

 

 本当に気をつけなければ。

 

 一度、変な方向にスイッチが入ってしまうとこうなりがちだ。

 勝手に自爆する分には自業自得で済む話だけれど、双葉や佐倉さんにまで心配や手間をかけるようなことになってはいけない。

 危機管理センサーが働き過ぎている。双葉的に言うなら杞憂民だ。

 そう滅多なことは起きないと分かってはいるけれど、見て見ぬふりを通して何かあったらと思うと平静ではいられない。

 

 今回のことの直接的なきっかけは、お台場での話だろう。

 それまでは違和感こそあれ、芳澤さんの事情を深く追求しようとは思わなかった。それが、人の生死が関わるような話になった途端にこれだ。

 小中ではその手の話を避けて生活できたけれど、高校に入ってからというものの、確率ってなんだっけと思うレベルの事態が続いている。

 

 

 それもこれも、直感で進学先を決めたから。

 

 勘は、いつも最適解を導く。

 僕や双葉の身の安全に関わる選択や、望みを叶えるための決断の度、優秀な無意識が取るべき行動を教えてくれる。

 

 問題があるとすれば、最短ルートしか提示されないということだろう。

 スキーで常に直角降しているようなものだ。別のなだらかな道があっても、そちらは採用されない。うまくやり遂げられればいいけれど、事故のリスクが常に付きまとっている。

 おまけに、今まで積み重ねた関係などは基本的に考慮の外。なぜそうしなければならないのか分からないこともしばしば。

 

 正直、使い勝手は悪い。

 無視を決め込むには精度が高く、全ての行動の指針にするには危うい場面もある。

 

 

 今回芳澤さんのことを詮索したのは、無駄に鋭敏な危機感によるいつもの暴走が主要因と思うけれど、勘による後押しもあった感は否めない。

 

 普通に考えれば、悪趣味なだけの行動だけれど、今後の役に立つ可能性もある。

 このことに関しては、知ったからといって外野が手出しできることではないし、芳澤さん本人に過去のことを調べたなんて知られた日には、関係に致命的な亀裂が入りそうで、現状では悪いところばかり目立っているのだけど。

 

 

 

「一葉、おはよう」

「おはようございます」

 

 家を出るのがいつもより少し遅くなったためか、今日は通学路で雨宮先輩に声をかけられた。

 

「この時間に会うのは珍しい」

「寝坊しました」

 

 ということにしておこう。

 起きた時間自体はいつも通りだったと思う。ぼけっとしているうちに家を出る時間になっていて、急いで準備をして家を出た。

 おかげで、先輩とかち合う時間だというのまで気が回っていなかった。

 

「続けることにした」

「何をですか?」

 

 言ってから、怪盗稼業しかないと思った。

 誰が聞いているかも分からないのに言わせるのはよくない、すぐに言葉を取り消す。

 

「…そうですか。そんな気はしていました」

 

 前々から予想はしていたことだ。

 半端者に今更止める権利も資格もない。そうと教えてもらえただけ、ありがたい話だ。

 

「佐倉さんには迷惑をかけないようにお願いします」

「そのつもり」

 

 今、僕と双葉が安全に生活していられるのは佐倉さんのおかげ。

 佐倉さんがいなければ、僕らはまた叔父の家か施設に逆戻りだ。そんな未来は考えたくもない。

 

「うまくいくといいですね」

 

 匿名で世界を変える試みがいかに難しいことか、僕と双葉は知っている。

 人は目先の欲を満たそうと自分勝手な行動をとってしまうものだ。世のため人のための行いを、始まったときと同じ形で維持するのはとてつもない労力がかかる。

 

 怪盗がメジエドと同じ道を辿らないことを祈るばかりだ。

 

「一葉も仲間にならないか?」

 

 こんな言葉が飛び出てくるとは思わなかった。以前に断ったし、生意気なことを言ったし、心証は悪いと思っていたから。

 

「…お誘いありがとうございます。けれど、僕はあっちのことから離れようと思っていて」

「竜司に言われたことを気にしている?」

 

 それもある。

 けれど、一番はパレスを実際に見たからだ。端的に言うと、手に負えないと思った。

 リャナンシーがいるから怪物たちを蹴散らすことはできるけれど、地形ダメージとかギミックとかの足切りラインに引っかかるということがよく分かった。

 

 肝と頭が冷えて、再び現実の方向から手を打とうと思ったのだ。

 だって、死んでしまっては元も子もない。そんなことがあったら、残される双葉はどうなるというのだろう。

 

『本当にそれでいいのか?』

 

 意外なことに、これを言ったのは今までだんまりだったモルガナだ。

 鞄から頭だけ出して、青の目をじっとこちらに注いでいる。

 

「……いいと思うから、こうなんだろうね」

 

 納得ができるかと言われたら、できない。けれど、気持ちを飲み込めないわけじゃない。

 僕にペルソナが現れないのは、きっとそういう理由。

 

『大事なやつを助けたいって、今まで、ずっと認知世界を調べてきたんだろ?』

「損切りをするのも必要だから」

 

 今まで注いできたものが大きければ大きいほど、決断力は鈍る。

 

『諦めるのか?』

「僕にはできない、そう痛感した。諦める以前に挑めないんだって」

 

 そんなつもりはないのに、声が震えている。きっと顔も取り繕えてない、俯いて滲んだ地面が流れていくのを見ていた。

 隣を歩く大きな歩幅の憎たらしいこと、羨ましいこと。

 

「自分がいる」

 

 なんだそれ。

 こっちの気も知らないで、どこかのスーパーヒーローみたいな台詞を真顔で言うのだ。思わず笑ってしまう。

 

「……先輩たちに任せるのが、正解なんだと思います。でも、自分で解決する道を諦めたくない」

 

 やや遅れて、このために秀尽学園に入るべきと勘が働いたのだろうと気づく。

 勘には従うべきだ。背いてはいけない。半ば急かされるように、言葉を付け足した。

 

「卑怯なことを言ってもいいですか?」

 

 僕が双葉を連れ出したい。

 だから、自分の力で実現可能な他の方法を探そうと決めた。

 疑いようもなく最短経路ではない。そうしたいという個人的な欲に過ぎなくて、誰がやっても、結果が同じなら構わない筈のこと。むしろ、時間をかければかけるほど双葉の苦しみは長引く。

 

 希望を見るとき、人は自分の足元を見ない。

 その光が、夜空の星みたいに手が届かないものだったと気づいたとき、それ以外の手段がすべて絶たれていたらどうしようもなくなってしまう。

 

 リャナンシーとの仲魔契約によって、どうせ向こうとは縁が切れないのだから、本当なら素直に仲間になるべきだ。

 それが難しいなら、せめて。

 

「少し時間をください。

 それで、僕がどうしても駄目だったとき、先輩たちを頼ってもいいですか?」

「構わない」

 

 二つ返事で頷いた雨宮先輩に、何かできることはないかと頭を捻る。

 

「メメントスのことなら、ある程度お伝えできます。お役に立つかは分かりませんが」

『それは願ってもない話だな』

 

 モルガナは耳をピクつかせた。鳴き声に喜びの色が混ざっている。

 もっと噛み付いてくるかと思っていたのに。

 

「取引成立だ」

「はい」

 

 芝居がかった風の言い方も、先輩が言うと様になっている。誰が言うかって大事だ。

 やや歪ながら、先輩たちと協力関係を結ぶことになった。

 

 

 

 電車でニュースが流れている。

 テレビでも連日報道されているせいで、制服を着ている僕らへまばらに視線が向けられていて居心地が悪い。

 担任が言っていたように、あの秀尽扱いだ。赤と黒のムカデカラーは目立つので、知っている人には一目で分かってしまう。

 

 鞄に猫を収納しているにも関わらず、雨宮先輩は何も気にしていない様子だ。

 堂々としているから逆にバレないやつだろうか。あるいは制服の方に目が行っていて鞄まで見ていないのか。

 それにしても無理がある気がするけれど。

 

『カモシダの事件、相当話題になってんな。まさか、ワガハイたちの仕業なんて、ほかの誰も思ってないぜ』

 

 モルガナの陽気な声が漏れているのに、車内の誰も気づかずスマホをいじっている。自分のこと以外は、さして興味がないのだろう。

 唯一お喋りをしている別の制服の高校生たちは花粉症がヤバいとか、この絵が綺麗だとか、わりと平和的な別のニュースに食いついている。

 

 あまりにひどいことが起こると、現実味がないと感じるものだ。

 鴨志田先生の件はそういう類の話。好奇の対象になってしまうようなことは、年月を重ねるうちに、誰からも忘れられるという形で減っていく。当事者だけが取り残されたまま。

 人の注目は長続きしない。その人にとってその後一生を左右することでも、その時だけ。

 

「着いた」

「あ、はい」

 

 …今日みたいな日は、考え事をするべきじゃない。思考が昨夜と同じような流れになっている。

 頭を振って、先輩の後を追いかけた。

 

 

 

 教室に入ると、矢嶋がひらひらと手を振って合図してくる。鞄を机の脇にかけて、後ろを向く。

 

「飯塚女史と喧嘩したって?」

 

 相変わらず耳が早い。

 当の飯塚さんは、芳澤さんと何やら会話に花を咲かせている。

 

 噂になるほど目立つところで話した覚えはない。知らないうちに誰かが見ていたか、よく話しているのを見るし単に本人から聞いたのかも。

 よそのことに一々構わなくていいのに、まめだなあと思う。

 

「喧嘩ではないかな」

「殴り合いになったら負けるもんな」

「まあ、うん。いや、そうじゃなくて一方的に怒らせた感じ?」

「前にも似た話を聞いたわ。地雷原タップダンサーじゃん」

 

 なんだその不名誉な称号。

 いい表現を思いついたとばかりに自慢げな顔をしているのも若干腹が立つ。

 

「うん、踏み抜いた」

「またかよ。今までどうやって生きてきたんだ?」

「それはちょうど自分でも思ってた」

「ええ…」

 

 単純に経験値の問題な気がする。人との関わりのサンプル不足。人の機微に疎くても、分からないなりに傾向と対策で何とかなるものだ。

 あとは、本当にまずい地雷には気づくからと危機感がないのもいけない。

 

「飯塚さんと同じで目立たないようにしてたと思う」

 

 群れの恩恵を受け取らない代わりに害も受けない。セルフ村八分。

 人間関係が絶たれているわけではないけれど、どのグループにも属さない。いじめられるほど誰かに執着を向けられないし、テストの点も平均やや上あたり。体育がとりわけできないことに目を瞑れば、目立たない普通の子の完成である。

 

「お前も飯塚女史も、擬態してたわけね」

「その方が煩わしくないし、安全だし」

「で、いざ素で勝負することになってダンサーに昇格と」

「チクチク言葉反対」

「あと歌が揃えば、ミュージカルいけるんじゃないか?」

 

 音痴なんだよなぁ。

 進んで玩具になるつもりはないので黙っておいた。カラオケとかに連行されそう。

 

「でもさ、そういうことなら一方的じゃないだろ。双方向だから衝突するんだよ」

 

 矢嶋は何が楽しいのか、けらけら笑っている。楽しいのはまあ分かる。対岸の火事とか面白い要素しかない。

 先生が教室に入ってくる。謎の図形が描かれた教科書を鞄から引っ張り出して、前を向いた。

 

 

 

「……ぃ、佐倉。話聞いていたか? 問3の答えは?」

「ぁ、はい。√3-√2です」

「そうだ。さっきも言ったとおり、この邪魔くさい二重根号は…」

 

 聞いてなくてもなんとかなるやつで助かった。

 教師は僕から意識を外して、おそらくついていけていないだろうクラスメイトらに質問を投げかけている。

 

 ほっと胸を撫で下ろし、黒板を眺めて授業の進行状況を確認。テスト直前ということもあって、ややこしいところの復習問題が基本だ。

 今日は比較的まともな授業をしている。驚きだ。私立校だからなのか、先生たちの趣味で雑談の延長みたいな謎質問が飛んでくることもよくあるのに。

 

「…という訳で、分数至上主義の五芒星教団によって勘のいいガキは消されていったんだ。だが真実を隠すことなど出来なかった」

 

 あ、ダメそう。

 

「根を表すradixのrが転じて√になったわけだが、そんな表現をしたフィボナッチさんはいずれ数列で出会うからよろしくしておけ」

 

 復習が済んだら好きなことをしていいと思っているようで、いつもの授業に戻ってしまった。

 これはこれで聞いていて楽しいのだけど、平気な顔でテストに雑談の内容を出してくるという噂が1年生の間にも流れてきているので微妙な空気が形成されている。

 

「らでぃくすとラディッシュって似てるよな」

「語源が一緒なんでしょ。二十日大“根”だし」

「はえーお前物知りだな。で、二重になってるルートってどうやって外すの?」

「さっき先生が解説してたでしょ…」

 

 丁寧におさらいしていたのに、矢嶋には伝わらなかったようだ。耳ざとい先生がこちらをぎろりと睨んだ。

 

「おいそこ、余裕そうだな。白銀比は何:何だ?」

 

 意地悪以外の何物でもない質問が、矢嶋めがけて飛んでくる。純粋な知識問題なのがひどい。

 どうも丁寧な解説が無駄だったことに腹を立てているらしい。

 

「え、あーっと、樋口えもん助けて!」

「1:1+√2」

「1:1+√2です!」

「正解だ。それと耳打ちは俺に聞こえないようにやれ。

 白銀比は日本画などでよく使われる比だな。日本画といえば、斑目氏の個展が……」

 

 ああ、電車のニュースで紹介されていた人は日本画の人なのか。以前にもテレビで特集をやっていたような気もする。

 そのまま愉快な方向に突っ走って、数学Ⅰの授業は終わった。

 

 

「樋口、勉強会をしよう」

 

 味をしめたな、これ。

 授業中に下手に助けるんじゃなかった。古文のノートのことといい、矢嶋はこと勉強に関してはプライドというものがない。

 

「藪から棒に何?」

「いやさ、俺ほんとにヤバいんだって。助けてくれよぉ…友達だろ?」

 

 予想通りというか、勉強会とは矢嶋に勉強を教える会の略称だったようだ。

 それにしても、焦るのが遅すぎやしないだろうか。来週の水曜には試験なのに、今から何とかしようとしている。ヤバいと分かっているなら、あらかじめ勉強しておけばいいのに。

 

「分かったから、縋り付くのやめて。重い」

「さすが俺らの友情、助かったわ」

 

 とはいえ、今日はスマホも置いてきてしまった。その上、無断で帰りが遅いとあれば双葉が機嫌を損ねるだろう。

 

「でも、今日は」

「おねむだよな。寝落ちしかけてたし。

 よし、月・火の放課後あたり、俺の古文と数学を救ってくれ」

 

 勝手に納得して、うんうん頷いている。実際睡眠不足もあったので、そういう理由にしておく。

 

 矢嶋から頼み事をされるのは珍しいし、一回くらいなら勉強会もいいかもしれない。矢嶋のことだから一回で済ませる気はないだろうけれど。

 でも、入試に受かるくらいの学力はあるのだから初回の定期試験くらいなら何とかなる筈だ。普通に授業を聞いているなら。

 

「じゃあ、休みの間に分からないところ洗い出しといて」

「ほへ?」

「その場でやるんじゃ時間足りないでしょ。特に対策したい教科だけでいいから、テスト範囲見直してきて」

「ぜ、善処しまーす」

 

 人を構うときのまめさはどこへやら、行けたら行く、くらいの信頼感の返事が返ってきた。これは難航しそうだ。

 

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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