双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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ガンバとカワウソの冒険ならカモクが好き。
児童文学は沼なので初投稿です。




24駅目 中間試験

 

 

5月10日(火)

 

 

“生徒会長に会いました”

 

 一応、報告は必要かと思い、アプリでメッセージを送った。

 早朝と言ってもいい時間に、すぐに既得がついてやや面食らう。追って返信が来た。

 

“何を聞かれた?”

“先輩と仲が良いかと。深いことは何も。ご忠告ありがとうございました”

 

 あの場はうまくやり過ごせたとはいえ、あの熱心さだと、また生徒会長から何か探られるかもしれない。

 忠告の有無にかかわらず、端から認知世界関連のことを話すつもりはない。向こうもそのくらい承知の上で忠告してきたのだし、接触があったことだけ分かれば安心だろう。

 

“こちらこそ”

 

 返信に既読だけつけてスマホを仕舞う。

 そろそろ家を出る時間だ。また遅くなって、雨宮先輩と登校するのを見咎められるのは避けたい。

 

 

 

 休み時間に出歩くのを避けて、何事もないまま放課後を迎える。昨日の今日で話しかけてくるとはあまり思えないけれど、念の為だ。

 

「お菓子は好きに食ってくれ、じゅぎょーりょー?だから」

 

 班の形にした机の上には、前回に引き続き、立派なお菓子の山が形成されていた。クレーンゲームの景品みたいな積み方だ。何も持ってこないのも悪いかと思って持ってきたチョコレート菓子も建材の一部になっている。

 名もしれぬ先輩たちから引き継がれたのだろう過去問は、テーブルクロスがわりに下敷きにされている。

 次の代のためにと保存されて一年、せっかく後輩の役に立てると思っていただろうにこれである。かわいそうなので救出した。

 

「なんか増えてない?」

「私の芳澤さんが面白そうなことに参加していると聞いて」

「ええ…」

 

 芳澤さんの肩に腕を乗せて、にっこり笑う。両者まったく体幹がぶれていないのが強い。

 いつの間にか飯塚さんの所有物ということにされていたけれど、芳澤さんは特に不満もないようで楽しそうにしている。

 

「せっかくなら参加者は多いほうがいいかと思ったんですけど、駄目でしたか?」

「手土産も用意させていただいた」

 

 きのことたけのこが両方入っている袋が、自分が主役だとばかりにノートの上に置かれた。

 

「そのネタまだ擦るんだ…」

「我々の原点じゃないか」

 

 ものは言いようだ。

 あっという間にたけのこが捌けたので、残ったきのこを回収する。両方入っているからといって両方平等に消費されるわけではないのが何とも。

 

「えっと、たくさん食べられますね!」

 

 残る3袋すべて食べたいほど好きかと言われるとそこまでではない。

 健啖家の芳澤さんも、お菓子の食べ過ぎは競技に差し支えると自制心が働くようで、売れ残りはそのまま机の上に残された。

 

「文系科目は私に任せたまえ」

「俺の古文を救ってください!」

 

 胸を張る飯塚さんに、矢嶋が目を輝かせて飛びついた。恥とか外聞とかプライドとか、そういうのはないみたい。溺れる者は藁をもつかむと言うけれど、まあいいか。

 飯塚さんは鷹揚に頷く。

 

「よろしい、まずは…」

 

 なんか始まった。

 当時の時代背景から熱く語っている。これは長くなりそうだ。

 向こうは向こうに任せておこう。覚えるだけのものを教えるというのはよく分からないし。

 

 過去問の冊子をめくる。乱れた字で書き込みが残っている。解き直しなどは特にしていないようで、間違ったままの答えもあった。

 問題集を解いていた芳澤さんの手が止まった。

 

「問4って、佐倉くんは分かりますか? これ、解答が省略されているみたいで」

「発展の方の問題集だし、わざわざ解かなくてもいいんじゃない? そのレベルは出ても1問だし」

 

 解答を見ると、不親切にも途中式が飛んでいる。

 これから学ぶ側を見下して優越感に浸っているなら、出題者の性格が悪いの一言で済むけれど、素で「なんで分からないの?」と言ってきそうな雰囲気があるのがこういった問題集の良くないところだ。つまり、双葉タイプ。

 

「そうなんですけど、多分今まで習ったことで解けるんですよね。なら、やってみたいです」

 

 やる気満々だ。漫画だったら目に炎が灯っているだろう。

 時間をかけるべきでないと頭では分かっているとは思う。けれど、そんなことよりも負けず嫌いが前面に出ている。無理に止めるより、突っ走ったほうがうまくいく気がする。

 

「この問題だけね。基礎の方が出るし」

「はい!」

 

 これを解いたら、他の問題を見る前に問題集を閉じさせよう。ガッツがあるのはいいことだけど、テスト直前の貴重な時間をそんなところに割くのは勿体ないので。

 

「……あ!」

 

 途中式を丁寧に書いたら、すぐに解答の意味がわかったようだ。

 

「佐倉くんって数学得意なんですね」

 

 人並みに得意だ。

 遊びで数学理論を再発見して面白がっている双葉とは、とても比べられない。

 一般的に難しいだろうことも労せず分かることが多いのは、八割方、優秀な血筋のおかげである。努力が然程介在しないので、褒められても素直に喜びづらい。

 

「芳澤さんも、よくできてると思うよ。途中式さえあれば、すぐに分かったし」

「そうですか?」

 

 放課後や休日は大体いつも練習漬けだというけれど、授業には問題なくついて行っているようだ。応用問題こそ躓いているところがあるものの、赤点の心配はまずないだろうなと思う。

 

「なら数Aの方を…」

「熱心だね」

「実力を伸ばすチャンスですから」

 

 競技の方に集中できるよう、特待生として入学しているのだ。成績についてはそれなりに便宜を図ってもらえるだろうに。

 

「それに、忙しいのを言い訳にはしたくないんです。競技ばかりにかまけて、学業の手を抜くのはやっぱり違うかなって」

 

 言いつつ、黙々と問題を解き進めている。引っかかるような問題にはまだ当たらないようだ。

 矢嶋に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

 

「思ったんですけど、佐倉くんなら学年上位につけるんじゃないですか?」

「どうだろう」

 

 やや良いくらいに収まるのが無難だ。 

 成績上位者は貼り出されると聞いた。今どき珍しい。私立だとこんなものなのだろうか。

 目立って良いことはないし、良い成績でなければならない理由もない。

 

「どの授業でも、さらっと答えてますし」

「代わりに実技が壊滅的だから」

 

 “わかる”と“できる”の間に途方もない壁がある。

 わからないからできないのだろうと、わかればできるタイプの体育教師に丁寧な指導を受けたことがある。その上で実技テストに落ちたら、次は指導もなかった。

 

「それに関しては、少しだけお力になれそうですね。次回も楽しみにしていてください」

「あ、うん、お手柔らかに」

「はい!」

 

 不安だ。

 やる気に満ち溢れているのが一層不安を煽る。

 そうこうしているうちに、古文をやっていたコンビも一段落ついたようで、飯塚さんが国語便覧を閉じた。

 

「…という訳だ。いやぁ、語学というのはいい。実にロマンに溢れている」

「かかりむすび…is…何……?」

 

 矢嶋は燃え尽きていた。

 そこは中学でもやった範囲だから思い出して欲しい。

 飯塚さんの趣味を語る会が開催されていたようだ。うまい話なんてないらしい。テストという本人的に特大の危機を前にして、危機感センサーが働かなかったようだ。

 

「その調子で英文法も行こうか!」

 

 

 

 面談から戻ってきた生徒からお呼びがかかる。

 

「次のやつ来いってさ。場所、生物室だからな」

「生物室?」

「おう、遠いよな」

 

 相談室とかじゃないんだ。いわゆる説教部屋みたいなのがあったと思ったけれど。

 少しの驚きとともに席を立つ。

 

「行ってくる」

「行ってらー」

 

 

 生物室に着くと、担任が手を挙げて合図した。

 机の端に置かれた水槽には小さな魚が泳いでいる。

 

「よろしくお願いします」

「礼儀正しいのはいいことだ。個人面談といっても、簡易的なのだから気楽にな。

 あ、ドアの開閉は任せる。最近お触れが出たんだよ。生徒と密室で二人きりになるな、相談内容が漏れないようにしろって」

 

 それで、わざわざ校舎の隅の方まで呼ばれたのか。ここなら人通りは皆無だし、ドアを開けていても相談内容が漏れない。閉めるけど。

 なんだか、先生も大変そうだ。今までが無法地帯すぎたのが原因か。

 

「佐倉は学校に馴染めてるか?」

「はい、友達もできましたし」

 

 この感じか。

 昨日も生徒会長に聞かれたような話なんだろうなと思う。いや、順番的に生徒会長が面談を真似しているのか。

 

「矢嶋、芳澤あたりか。確か、あだ名をつけられていたろ、樋口だったか」

「樋口一葉ってことみたいです」

「一葉と聞くと、国語の教科書が出てくるなぁ。最後の一葉ってやらなかったか?」

 

 これもよく言われる。

 授業の度にじっと見られたり、わざとそこだけ大声で読み上げられたりしたものだ。そんなことで面白がれるのだから、小学生というのは単純に出来ている。

 

「やりました。……先生って、高校の先生ですよね?」

「小学校の免許も持ってるし、勤めてた時もあるんだな、これが」

 

 担任はわりと強面だ。小学生に囲まれている姿は一切想像できない。

 というのが顔に出ていたのだろう。担任は持ちネタを披露できたことに満足した様子で、にやりと笑った。

 

「やんちゃボーイズをとっちめる役がメインだったな。俺の話をする時間じゃないから、話戻すぞ。

 …授業にはついて行けてるな?」

「はい」

 

 手元の紙を眺めていた。カンペだろうか。全員に同じ様な質問をしているらしい。

 

「勉強会をやっているんだってな」

「はい。成績を救ってくれと矢嶋に頼まれて」

「なるほどなぁ。

 ついででいいから、彼に授業を聞くってことも教えてもらえないか?」

「あまり期待しないでくださいね」

 

 言って聞くようなタイプでもないと思う。

 テストの時さえまともな点が取れればいいと思っている…にしては授業を聞かなさすぎか。寝てるし、他人のノート頼みだし、何か問われても人に聞くし。

 

「ま、人に教えるのが一番身になるから、勉強会に関してはぜひ続けてくれ」

 

 話の流れ的に、こっちまで授業を聞くことを知らないと思われていないだろうか。

 そこまで態度を悪くした覚えは……少しはあるな。授業中に矢嶋に付き合うのをやめろと遠回しに言っているのかもしれない。

 まあ、壇上で平然と敵対派閥を叩くような人だし、単に何も考えてない発言の可能性が高い。

 

「今は何かやりたいことはあるか?

 勉強でも部活…は入ってなかったか、他のことでも何でもいい」

「ありますよ」

「例の演劇か?」

 

 いいことだな、と担任は頷く。

 生徒が好き勝手やっていることを把握しているなんて教師みたいだ。いや、教師なんだけど。前回置いてけぼりになっていて笑われていたのに。

 

「…5月くらいになるとな、例年ふっと消えるやつがいるんだよ。高校に入って、目標と友人関係が消滅して、全てのやる気を失う訳だ」

 

 つまり五月病。

 そういうのを捕まえておくための面談か。ドロップアウトを減らす優しさなのか、学費等を取りそびれる心配なのか。学校もご苦労なことだ。

 

「話は変わるが、家はどうだ?

 中学からの引き継ぎで、佐倉の事情は多少聞いている。まあ、なんだ、居心地は悪くないか?」

「よくしてもらっています」

「そうか」

 

 悪いことなど欠片もないし、仮にあったとしても人に話すわけない。

 前の家の時とはわけが違う。この上ない待遇を受けていると思うからこそ、今の生活を壊しかねない要素は除きたい。

 

「それじゃ、面談は終わりだ。

 まあ何かあってもなくても生徒からの面談は受け付けている。特に会議とかに被せてくれると俺は嬉しい」

 

 サボりたいだけじゃないか。

 

「あ、最後のはオフレコで頼む」

 

 多分双葉に筒抜けだよ。

 

 

 

5月11日(水)

 

 

 定期試験初日。

 数学Ⅰが早々に片付いたので、飯塚さんが生き生きしていた。最終日の数Aのことはすっかり眼中にない。

 文系科目は任せろと豪語していただけあって、コミュ英はかなりの手応えがあったらしい。鼻歌交じりに下校していった。

 

 

 

5月12日(木)

 

 

 定期試験2日目。

 今日の矢嶋は、比較的軽いラインナップだったのもあって、やや硬さを取り戻しゲル状といった感じだ。つつくと「明日こそしぬ…」と鳴いた。

 明日はとうとう古文が待っている。自信のほどを聞いたら「変格活用って何?」と言っていたのでダメかも知れない。

 

 

 

5月13日(金)

 

 

 定期試験3日目。

 …と、少し珍しいことがあった。

 

 全校集会をやるからと体育館に集められたのだ。

 生徒がそろうと、デ…恰幅のいい校長がなんだかパッとしないことを言いはじめて、生徒たちの間に私語が増える。

 テストから解放されてようやくお昼だというのにくだらない話をするな、といった感じ。食べ物の恨みは怖いなあと思いました、まる。

 

「早急に皆さんのメンタル面のケアが必要だと感じ、担当の先生に来ていただいた次第です」

 

 言うほど早急だろうか。

 あるのか知らない調査委員会か、マスコミか、誰かに言われてようやく動き出したと言われたほうが自然だ。

 

 校長に促されて、白衣と眼鏡の男性がマイクの前に立つと、主に女子から黄色い声(ひそひそVer)が上がった。

 

「はじめまして」

 

 病院の先生みたいな感じだなと思う。

 服装だけでなく、歩き方や視線の向け方が教師らしくない。教師が鳥だとしたら、なんだろう…パンダとか?

 

「僕の名前は丸…あれ?」

 

 明らかに慣れていない感じで、マイクを少し弄る。どんなやつがきたのだろうと、品定めしていた生徒たちの緊張が少し緩む。

 

「丸喜、拓人と申します。よろしくどうぞ」

 

 礼をしようとして、思いっきりマイクに額をぶつけた。

 痛そうだ。一歩下がってから礼をしないから…。こういう場面で挨拶をしたことがなさそう。

 

「た、担当はカウンセリングです…」

 

 それはもう紹介されてる。

 こう、悪い人ではないのだろうけれど、この人大丈夫かな、という気持ちが先行する。

 一切の脅威を感じさせないあたりはカウンセラー向きなのかも、と精一杯擁護してみる。

 

「堅苦しく構えなくて大丈夫だから。相談なら何でも…あっ。お金の相談は困るかな〜」

 

 気を使った笑いがほんの少し聞こえる。少なくとも、集団に対して話すのは得意ではない様子だ。

 この一瞬で、下に見られる…というか、憐れみの対象になるなんてなかなかいない。

 

「…ありがとうございました」

 

 校長がマイクを奪い取るとかいう珍しい絵面が見られた。

 

 

 

「あの先生、イケメンだったよね」

「カウンセリングに行ったら、二人きりになれるってこと?」

「頭お花畑なあんたに相談ごとがあるとは思えないけど」

「ひどーい!」

 

 学年ごとに解散して教室に戻る途中、テンションが上がった様子の女子たちがじゃれ合っていた。

 丸喜先生は女子人気をきちんと獲得できたらしい。きゃいきゃいと噂話に花を咲かせている女子集団を、腹ペコの男子は冷めた目で見ている。

 

「また頼りなさそうな先生が来たよな」

 

 テストに打ちのめされて、集会前まで完全に液化していた矢嶋は、新たな刺激によって復活したらしい。

 カウンセラーの丸喜先生についてあれこれ感想を垂れ流している。

 

「頼りがいのある先生なら、4月1日からどこかに勤めてるんじゃない?」

「それもそうか」

 

 そう考えたら早急(当社比)ではないのかもしれない。

 変なタイミングで人を見つけるのは難しいと思う。カウンセラーの求人状況とか知らないけど。

 

「カウンセリングって何するんだろ。小中にもカウンセラーはいたけど、1回も行ったことねぇし」

「行ってみれば済む話では?」

「それより家帰りたい」

「わかる」

 

 その昔、カウンセリングを受けたけれど、特に面白いものでもなかった。

 というか、だれがグルなのか分からない状態で口を滑らせるわけにもいかず、適当に話を済ませてそれっきり。

 後追いも特になかったし、双葉に関してはカウンセリングのカの字も聞かなかったというから、たぶん正常な処理の流れではなかったのだろうなと思う。

 

「じゃ、おつかれ」

「また明日。最終日だし頑張ろう」

「…嫌なこと思い出させるなよ」

 

 

 

5月14日(土)

 

 

「祝! 解放!」

 

 今まで見た中で一番幸せそうな顔をしている。

 自己採点とか振り返りとかはしない主義のようで、矢嶋はさっさと鞄の中に問題冊子を仕舞い込んだ。

 

「おうちーおうちーおうちかえるー♪」

 

 開放感からか、おかしなテンションになって、変な歌まで歌っている。CMソングに重ねているので妙に頭に残る。軽くテロだ。

 テスト返しで現実に帰るだろうし、今は放っておこう。

 

「お疲れ様です! お先に失礼しますね」

「…それでは諸君、また来週」

 

 芳澤さんはいつも通り、自信にあふれた態度だ。勉強会での様子からして、心配ないくらいの出来だったと見た。

 数学Aにボコボコにされたのだろう、心持ちしなびている様子の飯塚さんと帰っていった。

 

 テスト期間中の緊張感をすっかり失い、少し浮かれたような空気がクラスを覆っている。

 そこかしこから、今日は贅沢して帰るとか、どこかに寄り道するとか上機嫌に話している声が聞こえてくる。

 遊びのことだけではなく、どの教科が難しかったとか、先生の悪ふざけとしか思えない問題文へのツッコミとか、試験についての話題もそこそこ出ている。

 

「…帰ろ」

 

 双葉が待っている。

 矢嶋ではないけれど、家に帰りたいと思った。

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

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  • イチヨウ
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