双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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まぶらほなら紅尉晴明が好き。
このせいでモルモット君になった気がするので初投稿です。


26駅目 ピラミッドの呪い

 

 

 ピラミッド。

 古代エジプトを代表する巨大建造物。金字塔などと呼ばれることもあるそれは、未だ何のために作られたのか判然としない。

 通説では、王族の墓と言われている。祭礼の場所だとか、公共事業による産物だとか、様々な説が唱えられている。

 

「墓、墓か……」

 

 古代エジプトにおいて、生き物は死後に再生すると信じられていた。そのためにミイラとして遺体を保存し、来たる復活の日を待つという。

 この手の話が好きな双葉が、僕でも知っているようなことを知らないはずがない。

 

 だとすればマシな部類だ。

 それが分かっただけでもよかった。

 

『せっかくの機会を無為にするの?』

「……でも」

『妹を助けるのでしょう。

 認知世界に来たんだもの、できることがあるはずだわ。私を使っていいの』

 

 パレスに表出する認知を見れば、あるいは認知上の双葉と話ができれば、双葉を縛るものの正体がわかって、今まで変わらなかった状況が変わるかもしれない。

 

 認知世界は火のようなもの。

 うまく使えば非常に便利で、扱いを間違えると火傷をする。上手く使うことができないなら、安易に触れるのは避けるべき。

 今考えられるリスクは、先ほど現れたような化物に襲われること、それから……いや、今のところそれ以外ない…か?

 

 鴨志田先生の城と違って、双葉には身内を排除する理由も必要もない。

 つまり、双葉の機嫌がいい日に来られれば、あの大扉の中だって入れるのではないか。

 見られたくないもののひとつやふたつあったとて、それは厳重に守られていて、うっかり見てしまうこともないだろう。

 

 少しの後ろめたさはあるけれど、理想的な状況だ。

 

『それとも、あなたの個人的なこだわりで目的を違えるの?』

 

 僕は、すでに雨宮先輩たちを遠ざけている。

 彼らなら何とかできるかもしれないと思っても縋らなかった。自分で何とかしたいと、猶予まで貰って。

 自分が助けたいのだと口では言いながら、本当は双葉のことを知られたくないという自分の気持ちを優先したのではないのか。

 

 欲というのは悪徳だ。

 諦めよう、納得しようと自分に言い聞かせていたのに、機会と手段が手の届くところに現れた。

 最善でなくても、目の前に選択肢を出されて、取らないなんてことができるだろうか。

 

「こっちに関わり続けたら、どこまで行っても、普通の生活にはたどり着けなくなる」

『それは妹の望みかしら? それともあなたの?』

 

 結局、すべて僕の望みでしかない。

 自由になってほしいとか、普通の女の子として生きてほしいとか、そういうのは僕の考えだ。

 双葉は、常人とは違う思考回路を持っている。並外れた頭脳は、一見して理解しがたい正解を当然のように選ぶ。だから、きっと僕の望みは双葉本人が望むことと乖離している。

 認知世界に勘づいても調べないと双葉が宣言したのは、優しさから僕に合わせてくれているだけ。

 

『逃れられないなら戦うしかないのよ。戦って、戦って…全部踏み潰せば、世界は思い通りになるわ』

「……弱肉強食だね」

 

 妖精のことを笑っていられない。

 人の世は、未だ野生動物の真理から逃れられていないので。

 

「できることを探す」

 

 その場の最善を選ぶ。

 力も資格もないままでは、それまでの道程を作ることも、望み通りの未来を描くこともできない。

 それでもと願うなら、せめて覚悟だけは決めなければ。

 

 

 部屋の扉を細く開けて、外の様子をうかがう。リャナンシーと話しているうちに、化物たちはどこかへ姿を消したらしい。

 そっと外に出る。

 

「少しこの辺りを歩いてみてもいい?」

 

 奥に続く大扉の前で問いかける。

 

「双葉が考えていることを知りたい。

 できれば声も聞きたいけど」

 

 やはり、返事はない。

 沈黙は肯定と受け取って、部屋とは反対側の通路に足を向けた。

 

「っ!!?」

 

 後ろから腕をつかまれた。

 リャナンシーがいるからと完全に油断していたので、飛び上がるほど驚く。

 振り向くと、自分と同じ顔がいた。砂漠の民族が着ていそうな白い布の服を着ている。

 

「双葉?」

「違う。今日は出てこない日だって知ってるよね」

 

 これも当然か。

 見た目は違えど、ここは佐倉家だ。

 

「僕か」

「正確には、双葉が認知する一葉だよ」

 

 認知上の僕は、空いているもう片方の手で通路を指さした。指の先を見てみるけれど、ここからでは奥の様子はさっぱり分からない。 

 

「あっち行ったら死ぬから、ここで現実に戻るまで待機が安定。話し相手くらいしてあげるから」

『コレには戦闘力がなさそうね。少なくともあなたの皮を被っているうちは安全だわ』

 

 リャナンシーのあまりにもあんまりな発言は脇に置いておこう。

 まあ座りなよ、と認知上の自分に促されて階段に座った。すぐ左隣に認知上の僕が座り、反対にリャナンシーが座っ…てないな、浮いている。

 両隣を人型とはいえ認知世界の存在に挟まれるのは、わりと恐ろしく思う。

 

「驚かさなくてよかったのでは?」

「驚かしたほうが面白いでしょ?」

 

 よくお分かりで。

 

「あの通路に行ったら死ぬの?」

 

 認知上の僕はここの住人だ。来たばかりの僕らよりピラミッドに詳しいだろう。敵対することなく情報源になってくれるのは助かる。

 

「うん。罠に掛かったり食べられたりする。そのなんかいい感じのボディーガードは、僕にはいないし」

「見てきたみたいに言うね」

「経験者は語るからね」

 

 ……想像してしまった。

 今のところそういう目に遭いたくないので、通路に入らないようにしようと思う。

 

「ここは双葉の心だけど、双葉が自由にできる場所は限られてる。

 実質的に双葉が制御できてるのは、この直線のエリアだけでさ。ここでさえ、双葉が注意していないときは、さっきみたいな連中に好き放題されることもある」

 

 双葉は、自分の心さえ自由にできないと思っているらしい。

 認知世界で起きたことは現実世界にも影響する。怪物の好き放題にされれば、現実の双葉もまた不安定になるのだろう。

 

「僕は本物の君ではないけど、一葉の名前を持つ影だから、本物と多少似る。

 双葉を外に連れ出したいのも同じ。だから、僕なりに色々調べていた」

 

 つまり、双葉からもそう見えているということ。

 認知上の自分から、この場所の情報が得られるという点では良かったのだろうけれど、そういうことなら何でもできるスーパーマンみたいに思われていたかった。かなり無理があるけど。

 

「大丈夫なの?」

「うん、ダメ。でも、君と違って惜しくない命だから。残機無限だし。

 そんなことより、双葉のことでしょ」

 

 それもそうだ。

 残機無限の僕がいるのに、問題が解決していない。やみくもに挑戦するだけではどうにもならない要素があるということ。

 

「そうだね。

 ここが墓なら双葉の認知では埋葬された後だよね。どうしたら、双葉は復活する?」

「僕も同じ事を考えた。

 名前、影、生命力、魂、肉体、どれが欠けても復活しない。さて、足りないのは?」

 

 わあ、僕の知らないことを知ってるぞ、この僕。

 あくまで双葉が思う一葉なのだと実感する。適当に話は合わせておこう。

 

「魂」

「うん。魂は盗まれた。あるいは、囚われた? どちらにせよ、今は双葉のものじゃない」

「何に?」

「母さんに」

 

 そこで母が出てくるか。

 母に言われたとおりに振る舞おうとしている双葉を見ていれば、さもありなんと思う。

 双葉がつくった認知上の母は、きっと正確なんだろうなと思う。もうはっきり覚えていない自分とは違って。

 ……いや、普通の人の皮を被っているなら、認知上の僕はどうにかして奪い返す気がする。そうでないということは。

 

「まって、それは……まさかとは思うけど、スフィンクス?」

「なんだ、知ってるんだ。

 外に出ればたまに見えるよ。向こうに見つかると殺されるけど」

 

 歪みの中心は母ということか。

 他者から歪められた認知によって生まれたものである以上、元とは似ても似つかぬものになってしまうこともあるのかもしれない。

 とにかく、普通に会話が通じるような存在ではないようだ。

 そうなると、魂を取り返す=戦ってどうにかする、という結論に落ち着きそう。とても野蛮。

 

「殺されたんだ…」

「うん。悪い子にはお仕置き?らしくて、猫パンチで3敗。

 交渉して取り返そうとしたんだけど、それ以前の問題だったよね」

 

 悪い子にはお仕置き。

 そんな発想が出てくるのは、双葉が自分のせいで母が自殺したと思い込まされているから。けれど、その認知が生まれる前提で母は死んでいる。

 パレスの主は双葉だ。双葉が信じないもの、望まないものは存在を許されないのに。

 

「双葉は、偽物でもいいって思っている…?」

「どんなものになっても、母さんがいたほうがいいだろ?」

 

 鋭い語気に、リャナンシーが身動ぎしたのを感じる。

 口をついて飛び出そうになった否定の言葉を飲み込む。わざわざ化けの皮を剥がすようなことはするべきではない。

 

「そうだね」

「ごめん。とにかく、そういう訳で僕にはできない。なら、できる人に任せるべきで…君の手助けをする」

 

 ここまで話をしていても、ここの双葉は、僕と認知上の僕のことを止めない。というか、止められないと思っている。

 偽物の母さえ思い通りにできていないし。

 逆に言えば、偽物の母から魂を取り返して支配下に置けるようになれば、認知上の僕含め、この世界は本来の形を取り戻し、双葉の思いのままになるはずだ。

 

 ……双葉の理想の世界を少し見てみたくもある。

 いや、偽物の母が歪みの根源なら、オタカラを盗られた鴨志田先生の城のようにメメントスに崩落するか。

 

「ありがとう」

「どういたしまして。

 …そろそろ帰る時間か。こっちに君が来たときは、いつでも呼んで」

 

 目の前がぐにゃぐにゃ歪んで、現実世界の景色とダブって見えはじめた。帰還の兆候を察知した認知上の僕は、軽く手を振って別れの挨拶をした。

 そのまま認知世界から押し出されるように、現実世界の景色が濃くなっていく。

 

 数回のまばたきの後、いつもの佐倉家の廊下に戻っていた。

 

 

 

 

5月17日(火)

 

 

 これからどうしようか。

 一晩たって改めて考える。

 

 双葉を自由にする、それは絶対だ。他人から刷り込まれた偽物の母による呪縛を解かなければならない。

 

 一番手っ取り早いのは、認知世界でスフィンクスを倒すこと。

 認知世界のことから逃れられないなら、リャナンシーの言うとおり、戦ってすべて踏み潰せばいい。

 ただ、ゲームにおいて巨大な敵というものは、すべからく全体攻撃をしてくると相場が決まっている。ゲーマーである双葉が認知世界の主である以上、間違いなくスフィンクスもその手合だ。

 普通に相手をしたら、認知上の僕みたいに殺されることだろう。なので保留。

 

 安全策となると、やはり現実世界から双葉を連れ出すこと。

 今まで失敗続きだったし、つい最近も失敗した。何かが掛け違っている、それは分かっても、双葉がどう受け止めているのか見えないままでは、どこにそのズレがあるのかわからない。

 認知世界なら、行動に対する結果を確認できるはずだ。結果を元に修正を続けていけば、いずれ解決策を導き出せるかもしれない。

 

 あとは、カウンセラーの丸喜先生にヒントを貰えないだろうか。

 それ専門にやってきた人に教えを請えば、何か変わるかもしれない。真似するのはそこそこ得意だし。

 いつもの思いつきだけど、なんだか名案に思えてきた。カウンセリングには一度行ってみようと思う。

 

 

 

「おはようございます」

「おはよう」

 

 時間を少し遅らせて家を出て、先を歩いている雨宮先輩に声をかけた。

 鞄の中の猫がこちらを一瞥して、すぐに視線をそらす。

 

「また何か始めたんですね」

「もう知ってるのか」

「…あの、向こうに行くときは僕にも連絡をいただけませんか?」

『付いてくる気か?』

 

 静観していたモルガナが口を挟んだ。

 彼が疑問に思うのは正しい。認知世界のことから距離を置くと言ったばかりなのに、こんなことを言われては不思議に思うはずだ。

 

「いいえ。ただ、付いていこうとしなくても、先輩たちがナビを使うと巻き込まれるんです」

「聞いてない」

「言ってませんから」

『そういうことは言うべき…だったかしら? あなたも似たようなものね』

 

 リャナンシーは意趣返しする為だけに出てきたようで、言いたいことだけ言うと、くすくす笑って姿を消した。

 妖精に突っ込まれるようではいけない。とはいえ、これに関しては今まで言う必要がなかったので。

 

「製作者にクレームでも入れておいてください。多分、正常な挙動ではないです」

「大丈夫なのか?」

「リャナンシーが何とかしてくれます。

 先輩は気にせず自分たちのやりたいことをやってください」

 

 前にもこんなようなことを言って、結局ダメだった気がする。

 言ってからしまったなと思ったけれど、雨宮先輩はいつものポーカーフェイスのままだ。

 

「分かった」

 

 

 

 放課後、保健室を覗いてみた。

 丸喜先生が複数人の女子に囲まれているのが見える。廊下から見ている僕と視線が合って、片手をあげた。

 一斉に視線が集まるのが嫌で、少しだけ身を引いて中から見えない位置に立つ。

 すぐに、何やら女生徒と丸喜先生のやり取りが聞こえて、彼女らは保健室から出ていった。

 

「やあ、僕に用だったかな?」

 

 女生徒に続いて、丸喜先生が保健室から出てきた。

 中には誰もいない。いつものことだけど。養護教諭がいるのをみたことがない。鴨志田先生が懲戒免職になった結果、保健の授業を持ったようで忙しいらしいと風の噂で聞いた。

 

「あ、はい。さっきの生徒たちはよかったんですか?」

「彼女たちは、常連さんっていうのかな。よくお喋りをしにくるんだ。話の続きは次にするよ」

 

 全校集会で盛り上がっていた女子達だったようだ。丸喜先生目当てで来ていたらしい。

 

「ところで、君は初めて来たよね、名前は?」

「佐倉一葉です」

「佐倉くんだね。よければ座って」

 

 丸喜先生は中に入るように手招きした。手近な椅子に座ると、丸喜先生も奥の席に着く。

 

「お菓子も好きに食べていいから。あ、アレルギーとか大丈夫?」

「特にないです」

 

 ひとまず、小袋に入ったきのこのチョコレート菓子を貰った。とりわけ好きというわけではなかったのだけど、クラスでの一件からつい贔屓してしまう。

 飲み物もあるよ、と冷蔵庫からリンゴジュースを出してくる。田舎のおばあちゃんみたいな歓迎のしかただ。そんな親族いないけど。

 甘いものに甘いジュースってどうなんだろうと思いつつも、わざわざ出してもらったのだからとストローを挿した。

 

「僕も同じのにしようかな」

 

 丸喜先生もきのこを選んで、封を切った。…しっかり失敗して、縦に大きく裂けた袋から中身が机の上に転がった。床でないからセーフだと思うけれど、別のお菓子の袋の上にそっと置かれる。

 

「ええと、それで何か相談事があってきたのかな? それとも、さっきの子たちみたいにお喋りしていく?」

「相談事、なんですけど…」

 

 何から話したらいいだろう。

 言葉に詰まってしまう。丸喜先生はしばらく待ってくれていたけれど、しばらくすると黙ったままの僕に笑いかけた。

 

「うまく話そうとしなくて大丈夫。

 言いたいことだけ言えばいいよ」

 

 それなら気が楽だ。

 何をどこまで話していいかなんて関係ない。知りたいことはシンプルだ。

 

「……思い込みって、どうやったら解消できますか?」

「思い込みか。それは自分の? それとも誰かの?」

「誰かのです」

 

 そうなんだね、と穏やかな調子を保ったまま丸喜先生は頷いた。

 

「正直な話、それが難しい……のはもう知ってるみたいだね。それでも何とかしたいと思うくらい大事な相手なら、うん」

 

 話の前提とか、詳しい事情とか、全部抜いているのに、丸喜先生は特に何も聞いてくることはなかった。

 多分、こちらが話すまで何一つ聞き出すつもりはないんだろうなと思う。ほんのり冷たくて、心地良い距離に思えた。

 

「その人の考えを正面から否定しないこと、かな」

 

 単純で難しいことを言う。

 相手が大切であればあるほど、こうあってほしいと思ってしまう。つい否定してしまったのを思い出す。

 無意識に苦い顔をしていたのだろう、丸喜先生は説明を付け足した。

 

「これは極端な例だけど、闇の組織の存在を信じている人にそんなものはないって言っても、否定するということは闇の組織の息がかかっているに違いない、と受け止める…なんてことがある。

 人は何かと理由をつけて、自分の考えを補強してしまうからね。Iメッセージ……僕はこう思っている、というのを伝え続ける」

「それで、改善しますか?」

「するかもしれないし、しないかもしれない。

 でも、頭の中がそれ一色になっている状態に、無理なく別の刺激を与えられる」

 

 丸喜先生は、肯定も否定もしなかった。

 難しいという言い回しは、正面から否定しないための言葉なのかもしれない。

 でも、いいか。

 

「ありがとうございます」

「うん。また話したいと思ったら、気軽においで」

 

 女子生徒に囲まれていた理由の一端が、分かったかもしれない。

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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