伝説の勇者の伝説ならピアが好き。
気づいたら最新刊から10年以上経っていて爆散したので初投稿です。
5月18日(水)
「おはようございます」
「おはよう」
鞄を机にかけて、芳澤さんはこちらを向いた。結わえられた赤髪がぴょこんと揺れた。
「今日の放課後、もしよければ前回の続きをしませんか?」
「やりたい。めちゃくちゃ助かる」
「はい!」
元気よく返事して、芳澤さんは1時間目の準備に取りかかった。
不毛な会と言われてしまっているけれど、双葉のパレスのことを考えると運動音痴の改善チャンスは掴んでおきたい。ピラミッドの階段から転げ落ちるとか普通にありそうだし。
今日は茶々が入らなかったなと思って後ろを見たら、矢嶋は飯塚さんと何やら密談中だった。
「矢嶋、団員を集めたい」
「了解。次回の作戦会議?」
「それもしたいが、団員に劇を続けるか是非を問いたい」
「…こっちから、ふるいにかけなくてもいいだろ」
どうも意見がかみ合っていないようだ。
苦い顔の飯塚さんと目が合った。何とか言ってくれと目で訴えられて、話に加わった。
「性格が変わったからでしょ。
全員が劇をやりたくて劇団を作ったわけじゃない。放置してたら空中分解する」
別に離散する分には問題ないと思うけれど、そのタイミングが上演直前とかになるとよくない。
「子役希望くんの言う通りだ。
それに、君らは残るだろう?」
「そりゃまあ」
「前に言った通り」
昼休み。
昼食を各自携えて、いつもの劇団メンバーが中庭に揃った。
「そろそろ、我々が何のために劇をするか、劇団として認識を統一したい」
飯塚さんはメンバーを見回すと、さっそく本題を切り出した。矢嶋が説明を付け加える。
「最初はクラスの治安維持のためだったよな。より楽しいことがあれば、そっちに流れるだろうって」
「今や、その役割は怪盗に奪われたがね」
直接的な勧善懲悪を見せられたら、単に注意を逸らされるだけより、魅力的に映るのは仕方ないこと。
全校集会のインパクトもあって、いじめをしたら怪盗に心を盗られるという噂になるなど、一部でなまはげみたいな扱いをされている。
「なら、今の我々は何のために劇をする? 怪盗がいるなら、我々がやらなくてもいいのではないか?」
以前にも、飯塚さんが話していたことだ。僕は言い出しっぺ側なので、飯塚さんが降りないのなら続けるつもりだけど、他メンバーには関係ない話。
「まあ、そうかもな。今のクラスの雰囲気はいい感じだし」
「俺らは矢嶋に誘われたから参加した訳で」
陽キャ2人の熱はもう冷めているようで、劇自体には乗り気ではない。何かあれば協力してくれそうな雰囲気ではあるけれど、それだけだ。
2人は矢嶋の発言を待っている。
「無駄なことは楽しいだろ、そんなもんじゃね?」
享楽主義に落ち着いた。
矢嶋らしいといえば矢嶋らしいのだけど、人の心を掴むような発言ではなかった。陽キャ2人組は特にコメントをしなかった。
とはいえ、擁護するにも言うことが思いつかない。このままでは、3人しか残らないかもしれないと思ったところで、小さな声で眼鏡ちゃんが話に加わった。
「あの……私、楽しかったです。
脚本、上手くなかったかもしれませんけど…次はもっと…頑張りたいって思ってます」
飯塚さんは、黙ったままの僕と眼鏡くんの発言を少し待った。眼鏡くんは口を開く。
「劇は手段で、クラスをどうしたいかが大事だと思う。今問題が見えてないなら、やらなくていい」
劇団を続けたそうにしている眼鏡ちゃんの援護に入るかと思ったら、とんだ伏兵だった。
言い方はともかく、元の話に戻ってくる。
「バッサリしすぎじゃない?
それに、一度やめると再始動に苦労すると思うけど」
腹案は持っておくもの。
数撃ちゃ当たるとはまた違うけれど、いつだって状況が安定しているとは限らないのだから、ひとつの解答だけにかけるべきではない。
「結論を急ぐつもりはないよ。
やりながら、やりたいと思えば続けて、やる意味を感じないなら抜ければいい。この劇団は、秘密結社から倶楽部に格下げされたという事実だけ覚えておいてくれ」
言われてすぐ、作戦会議から離れるような人は誰もいない。
けれど、飯塚さんが自らこう言い放ったことで、劇団から抜けるという選択肢が追加された。
飯塚さんは手を叩いて、仕切り直した。
「ひとまず、倶楽部らしく、みんなが楽しいと感じる劇を目標に据えようか。演る側は基本的に楽しいものだがね、観る側がそうとは限らない。
観客を楽しませる。口で言うのは簡単だが、これが何より難しい」
飯塚節が始まる。矢嶋は逃走の態勢に入り…あえなく捕まった。
「例えば、同じ犬を見ても、ある人は可愛いと思うし、ある人は恐ろしいと思う。矢嶋、なぜだと思う?」
「犬好きもいれば、犬嫌いもいるから?」
「その通りだ。
犬と遊びながら成長した人もいる。幼い日に犬に吠え立てられた人もいる」
なんとなく言いたいことが分かってきた。
人が情報を得るとき、自分の認知で処理をして、自分に分かりやすい形に加工する。今僕がやっているように。
「我々は幸いにも学力と出身地で輪切りにされ、似たようなバックグラウンドを持っている。それでも、違いはあるものだよ」
池付きの戸建てに住んでいる人もいれば、団地やアパートに住んでいる人もいる。それぞれ庭のイメージを聞かれて答えたとして、一致するはずもない。
矢嶋は逃亡をあきらめ、合いの手を入れるのに集中することにしたようだ。
「万人受けは無理ってことですか?」
「当たり前だ。だが、対象の人数規模が小さいのなら打てる手もある。
共通認識をあらかじめ作ればいい」
つまり、内輪ネタということか。
秘密を共有しているみたいで面白い。そう感じるのは、きっと群れで生きる動物の本能だ。
「まず、子役希望くんがノリノリで女装をするという共通認識を利用して」
「まって」
「待たない。数日間、次々と楽しげに女装してもらう。そして、女装が日常となった最終日に“実は嫌だった”などとネタバラシをする、というのが例だ」
「なんだ例か」
「やりたければやってもいいがね?」
「却下で」
完全におちょくるのが目的だな。
これこそ、楽しいと思う人とそうでない人に分かれる。ついでに、そうでない人からいじめ判定受けて、飯塚劇団の評価が下がりそう。
悪いことしたら怪盗に心を盗まれるぞ、などと一時的には盛り上がるかもしれないけど。
「先の例には別のポイントがある。わかるかね、眼鏡ちゃん」
「えっ、ええと…こうかなって思うことが裏切られてびっくり、みたいな?」
飯塚さんは望み通りの返答を得たようで上機嫌に続ける。
「よく分かっている。予想が的中すると楽しい。反対に外れれば驚く」
「驚くのは楽しいじゃないの?」
「自分の信じていることが強固なら、反している時点で基本的には不快だよ。
怪盗の話題に隠れて、いまだ鴨志田信者もいるのは矢嶋も知ってのとおりだろう?」
まだ信者がいたのか。
そういう噂を耳にするほどスポーツ好きのグループに近寄らないので知らなかった。
「だが、驚きにも種類がある。
サーカスのピエロを見たことはあるかね?」
「ないなぁ」
「ラスボス戦…うっ、頭が」
矢嶋は頭を抱えている。
行った覚えはないし、実物を見た記憶もないけれど、知識としては知っている。
「数人グループの場合、ピエロは最も実力ある者に充てがわれる役回りだ。
それまでの全員が技に成功し、目立つピエロだけ失敗する。これを繰り返して、ピエロはおっちょこちょいだという観客の共通認識を作る」
派手な衣装を着て、ピエロだと誰にでも分かること。そして、失敗するピエロというお約束があるから、安心して笑えると。
そういう意味で、似合わない女装のほうが、笑っても安全な気がする。
「そして、最後にピエロが大技を決める。古典的だが観客は大喜びだ」
大人は予想された予想外が当たって楽しい、子どもは予想外が爽快で楽しい。よく出来ている。
「では、どうすればいいだろうか。模範解答を頼むよ、眼鏡くん」
「日常のどうでもいいつまらないことを面白くする」
「そういう訳だ。
これからしばらくの間、どうでもいいつまらないことを探す。できたら、どうしたら面白いか考える。
一応期限を決めようか。1週間後にまた集まろう」
果たして何人集まるだろうか。
解散の流れになった。
放課後。
芳澤さんに連れられて、校舎脇の一角にやってきた。
「なにこのアスレチック」
「目測を誤るところがあるので、その練習用に。道具は飯塚さんに借りました」
小さい子が喜んで遊びそうなアスレチックができていた。人通りがほぼないエリアとはいえ、よく準備したものだ。
いくつかの支柱にロープが張られていて、くぐれそうなものもあれば飛び越えなければならないものもある。地面には、けんけんぱをするときみたいな配置で、ゴムか何かの輪が置かれている。
「ここで鬼ごっこをしましょう。佐倉くんが鬼ですよ。
輪っかのエリアは、輪の中しか踏んじゃ駄目ですからね」
終始、鬼だった。
そこまで広くないエリアなのに、ただの一度たりとも捕まえられなかった。ロープに足を取られて転んだり、輪に躓いたり……。
「疲れた……」
「お疲れ様です。意外と全身を使いますよね」
ほとんど同じだけ動き回っていたのに、芳澤さんは涼しい顔をしている。
飯塚さんみたいな魔法の収納術はないので、かなりかさばる。支柱をどう仕舞おうかと四苦八苦していると、芳澤さんがひょいと袋を回収した。結構重かったのに。
「道具はロッカーに置いていくので、持ちやすさは考えなくて大丈夫ですよ」
ひと通りの片付けが済んだので、前みたいに植え込みの縁に並んで座る。
「佐倉くんは小さい頃にこういう遊び、したことありますか?」
「あったっけ」
覚えている限りではないはずだ。
双葉と公園で遊んでいた頃にはあったかもしれない。その後は、何も考えずに遊んでいられるような状況ではなかった。
「私はこういうの好きでした。だから、準備するのも結構楽しかったです」
「経験値の違いかぁ」
「あっ、そういうつもりじゃなくてですね。子どもは遊びの中で体の動きを身につけると、昔コーチが言っていたので」
意図せず意地悪を言ったみたいになってしまった。
「いや、こっちこそそういうつもりじゃなくて。
本当にありがとう。準備も大変だったでしょ。時間も労力もかかってる。割に合わないってやめてもおかしくないくらいなのに」
「いいんです。
こういう言い方だと少し失礼かもしれませんけど…ここまで運動が苦手な人は身の回りにいなかったので、逆に火がついちゃて」
面倒見の良さもあるだろうけれど、負けず嫌いが前面に出た結果だと芳澤さんは思っているらしい。
そうでなければ競技なんて厳しい世界で戦い続けられないか。
「今さらだけど、新体操の方は本当にいいの?」
「いい、とコーチからは言われています。もともと水曜日は休みになりがちな日ですし。
むしろ、焦る気持ちが紛れました」
相変わらず、芳澤さんはスランプから抜け出していない…ということになっている。
優秀な姉の真似をしていても、肉体は妹のままだ。そう簡単に競技が上達するはずもない。
「外野が言うことだけどさ、芳澤さんが頑張ってるのは知ってるし、すごいことだって思うよ」
「はい。お気遣いありがとうございます」
儀式的な優等生のやり取りをした。
競技の世界では、頑張っていることは当たり前なのだろう。僕からすれば心の底から凄いと思うことなのだけど。
「あの、佐倉くんは大丈夫ですか?」
「?」
「ええと、私を気に掛けるのは、私を通して見ている誰かを気に掛けるのと同じですよね?」
「…まあ、そうなるのかな」
やや暴論な気がするけど、あながち的外れではない気もする。
偏見に満ちているので、僕の脳内では、運動ができるだけで、まとめて苦手な人種にカテゴライズされる。なのに、芳澤さんには苦手意識を持たなかったのは、双葉を重ねていたからか。
「今は何をしていても、頭の隅で新体操のことを考えています。新体操は好きですけど、それが苦しい時もあって」
苦しいと表現したのを意外に思った。
そんな勇気は僕にはない。認めたら、立ち止まってしまいそうで。
「そういうことなら、大丈夫」
「なら余計なお世話ですね。
前に丸喜先生に話を聞いてもらったことがあって、佐倉くんもどうかなと思っていたんです」
思わぬ所から繋がりが出てきて驚いた。世間の狭さを感じる。前というのは言うまでもなく、例の交通事故の時を指すだろう。
人に勧めるくらいだから、芳澤さんにとって丸喜先生のカウンセリングは良かったみたいだ。
「それすごくタイムリー。もう行ってみた」
「えっ。
…あ、すみません。佐倉くんは行かないタイプとばかり思っていたので」
「そうなんだけど」
自分だけなら芳澤さんの想像通り行かなかったと思う。人の心の専門家から、何か得られないかと助言をもらいに行っただけだ。
「もしかして、私を通して見ている子のためですか?」
「うん。流石に分かるよね」
「はい、分かります」
芳澤さんはおずおずと質問した。
「その子のこと、聞いてもいいですか?
佐倉くんが大事にする子って、どんな子なのか気になりました」
やけに突っ込んでくるな、と思った。
一方的に事情を調べておいて、言いたくないからというだけで自分が黙ったままなのは酷い。聞かれてしまったからには、答えないといけない気がする。
「妹なんだ。同い年だけど」
「ああ、妹さんなんですね。なんだか親近感が湧きます。どういうところが似てるんですか?」
改めて聞かれると難しい。
顔や性格はあまり似ていない。けれど、似ていると感じるのは、置かれている立場が近いからか、それとも。
「…うーん、小さくて優秀なところとか?」
「それだと、スマホとも似ていることになりませんか?」
それはそう。
けれど、理不尽に見舞われて押しつぶされそうになっているところ、などと言えるはずもなく。
深く表現しようと思えば、いくらでも言葉は思いつくけれど、口に出る前に棄却される。後ろめたい気持ちが拭いきれない。浅いことだけ言葉にしたら、芳澤さんの納得は得られなかった。
「……本人と話してみる?」
以前から、双葉に友人が欲しいと思っていた。
ここまで関わってきて、少なくとも芳澤さんは双葉を害さないだろうことくらい分かる。
少しのためらいがあるのは、見落としている問題がないか疑うから。例えば、芳澤さんが今置かれている状況に、双葉がどう反応するか読めない。
「話してみたいです。でも、いいんですか?」
深くまで事情を明かしていないものの、何かしらの事情があることくらい察しがついているようで、芳澤さんは問い返した。
「妹がいいって言ったらだけど。その、ちょっと気難しい…というか、人見知りで」
最終判断は双葉がすることだ。僕が決められることではない。
「でも、友だちになってあげて欲しい。
妹は学校とか長いこと行ってなくて、そういう人いないから」
「嬉しいです。お眼鏡にかなった、みたいで」
芳澤さんはメラメラとやる気を出している。その勢いで行くと双葉は引きそうだなぁと思う。
「負担にならない程度でいいから」
「でも、いい刺激になると思います」
ブレーキをかけたつもりだったけれど、芳澤さんはどこまでも真っ直ぐだ。
「私がしたい演技はどんなものだったのか、私らしいってどういうことなのか、自分なりに色々考えていました。
でも、鏡で見ても本当の自分の顔は見えませんから」
左右反転していない自分の顔を確かめる術はない。誰かを通して自分を見ることで、分かることもあるだろう。
それは、双葉にも言えることだ。比較する対象が僕だけではいけないと思う。
「…帰ったら、妹に聞いてみるね」
「ありがとうございます。
あっ、私の連絡先が要りますね。今スマホの調子が…良かった、今は大丈夫そうです」
迷いながら出した答えに、危機感からの制止はかからなかった。だから、致命的な間違いではないと思うことにした。
「…という話になったんだけど」
「いいぞ」
即答だった。
帰宅後、交通事故の件の詳細だけ除いて、今までの流れを話したところ、双葉はこくりと頷いた。
「いいの?」
「わたしも、興味あった」
一度は拒否するとばかり思っていたから、説得の言葉ばかり考えていたけれど必要なかったようだ。
顔を合わせたことも、言葉を交わしたこともないとはいえ、話し声を聞いていた訳で、意外とハードルは低いのかもしれない。
考えてみれば、文字だけならネットを通した知らない人とも話をしていた。双葉にとって、話す=文字のやり取りなのかもしれない。
それでもいい。双葉が他の誰かとの繋がりを得られるなら充分すぎる。
「連絡先は」
「知ってる」
「教えてないよね?」
「暇だったから一葉の周りの人、全員調べた」
双葉には一切悪びれる様子がない。いつも通りベッドの上でぺたんと座っているだけだ。
一般的な感覚とズレてるなぁと思うけれど、自分も似たようなことをしたので、何も言えない。
「芳澤は要観察対象」
「そういうのじゃないって前にも言ったと思うんだけど」
「一葉はそうでも、芳澤がそうとは限らない」
「ないでしょ」
新体操の方が明らかに比重が大きい。
けれど、双葉は芳澤さんのことを仮想敵と決めてしまったようで、戦に臨むみたいに強張った顔つきでスマホに手を伸ばした。
「わたしから、メッセージ送ってみる」
一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします
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カズハ
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ヒトハ
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イチヨウ
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