双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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ウィザーズ・ブレインなら真昼が好き。
もう10年早く完結した世界のオチも観測したいので初投稿です。



28駅目 双葉の言葉

 

5月19日(木)

 

 

 昨日、自分から芳澤さんにメッセージを送ると宣言してから、双葉は部屋に閉じこもってしまった。

 あの後、どうなったのだろう。

 普段、交わり合うことのないタイプの人間をぶつけた自覚はある。相性がいいとは思っていない。

 

「双葉、起きてる?」

「おはよう」

「昨日は…」

「家で芳澤の話をしないで」

 

 とりつく島もない。挨拶と同時に開きかけた扉がぴしゃりと閉じられた。

 この感じだと、ファーストコンタクトが上手くいったようには思えない。何を話したのか気になるけれど、これ以上追求したらへそを曲げること間違いなしだ。

 なら、芳澤さんに聞いてみようか。

 

 

 

「ごめんなさい、話せません。

 きっと、根掘り葉掘り聞かれるから、内緒にしようとふたりで約束しました」

 

 しっかり対策されていた。

 休み時間、芳澤さんに声をかけて、昨日はどうだったか聞いてみたら、これだ。

 とはいえ、ふたりで約束したという話なら、全く上手くいかなかったわけではないようで少し安心した。

 

「分かった。ありがとう」

「こちらこそ。新しい友達ができて、嬉しいです」

 

 盗聴をしたがる双葉の気持ちが、今更ながらに分かる。

 自分の知らないところで、何かあってほしくない。悪いことも、良いことも、把握していないといけない気がする。知ってどうするわけでも、どうにかできるわけでもないのに、知らないことが不安。

 

 あまり、気にしないようにしよう。

 聞き出すことに躍起になっていては、秘密があってもいいと双葉を叱ってくれた佐倉さんに顔向けできない。

 

「ふふっ」

「?」

「何でもないです。言っていた通りの反応をするなぁと思ったので」

 

 芳澤さんは楽しそうだ。

 ここまでの行動はすべて、双葉の予想通りだったらしい。

 話題は僕のことか。共通の話題なんて、そのくらいしかなさそうだし。……気にしないようにすると決めたそばから考えるのはよそう。

 

 

 

“16時過ぎに行く”

 

 昼休み、雨宮先輩から連絡があった。

 パレスの攻略に挑むらしい。どこで誰のパレスに侵入しているのか知らないけれど。

 

 こちらはこちらで、双葉のパレスを調べたい。

 双葉の認知はどのように歪められたのか、どうしたらその歪みを正せるか。

 そのために知りたいことはいくつかある。例えば、歪みの根幹、オタカラは何か。もし先行例を踏襲するなら、オタカラまで辿り着くためにピラミッドの内部構造も知りたい。それから、番人ポジションと思われるスフィンクスの対処も考えないといけなくなる。

 

「やっぱり厳しいよなぁ…」

 

 戦いになったとき、勝てる気が全くしない。

 特大のお弁当をつついている芳澤さんが小首を傾げた。

 

「何が厳しいんですか?」

「人が大きめの動物に立ち向かうこと?」

「うーん…罠を仕掛けたり、麻酔銃で眠らせたりすれば、太刀打ちできるかもしれませんね」

 

 罠や麻酔の類が通るかはともかくとして、正面から戦わないのが一番だ。パレスに持ち込める、簡単に手に入れられる感じの武器があればいいのだけど。

 それか、スフィンクスだし、なぞなぞ勝負にするとか。……もとになっているのが母だから、知恵でも勝てなさそう。却下。

 

「なに、樋口はマンモス狩りでもするの? 集団で囲んで、槍とかでチクチクする?」

「うーん、飛ぶやつ」

「飛行系の敵は、向こうの攻撃を避けるだけのターンが発生するから嫌いだわ。岩か電気技でいけ」

 

 やきそばパン片手に、矢嶋は何かのゲームの話をしている。

 双葉の認知には、ゲームがかなり影響していそうだから、意外と的外れではないのかもしれない。そういうことなら、ゲーマーの本人が味方につけば、攻略が簡単に進みそう。

 

「すごく参考になったありがとー」

「全く心のこもっていない感謝の言葉いただきました!」

 

 認知世界には関わらせたくない。

 向こうのものと関わり合いになっていいことなんてほとんどない。神話や伝承の存在なんて、8割方ヤバいやつらだし。

 

 それに、今の双葉が認知世界に行ったとしたら、偽物の母に出くわすことになる。言いなりになるか、殺されるか、母親のイメージが更に歪んでいくか……碌な事にならない確信がある。

 双葉には秘密にして、情報収集に徹しよう。

 

「じゃ、次は学校に不審者が現れる妄想でもするか?」

 

 授業中に退屈で仕方ないときに考えるような話だと思ってくれたようで、矢嶋は小学生のうちにしゃぶり尽くされたような題材を出してきた。

 主にフェザーマンの影響で、小学生男子くらいに思われている。

 

「逃げるでしょ。で、通報」

「そうですね」

「5秒で終わらせるなよ。なんか、もっと…なんか、あるだろ」

 

 言い出しっぺから何もでない時点でそれ以上広がるはずもなく、昼休み終了の鐘が鳴った。

 

 

 

 帰宅すると、双葉の出迎えがあった。今日はタイミングが完璧だったから、こちらの音声を聞いていたのだろう。

 

「おかえり」

「ただいま」

 

 決まった挨拶が済むと、双葉はその場でくるっと回って、ウサギが跳ねるみたいな軽やかさで廊下の奥に戻っていく。

 玄関の鍵を閉めて、靴を端に揃えてから、暗がりの中の長髪を追いかけた。

 

「むふふ」

「ご機嫌だね」

 

 予想が的中して満足、と。

 釈然としないけれど、双葉が楽しいならよしとする。

 

「今日、部屋に行ってもいい?」

「だめ」

「だめか」

「芳澤と話す約束してる。一葉は入ってこないで」

 

 語尾に音符でもついていそうな声音で、頭だけ廊下に出した双葉は言って、引っ込んだ。朝に続いて、またもや扉はぴしゃりと閉められてしまう。

 これでは認知世界の大扉は今日も閉まったままかもしれない。

 

 ひとまず、認知世界に行く準備を済ませよう。

 スマホの電源を切って、玄関から靴を回収する。スマホを待ってから出番がなくなってしまった腕時計も引っ張り出した。自動的に変身できる怪盗が羨ましい。こっちは着の身着のまま放り出されてしまうので。

 

「……怪盗に変装したらどうだろう」

『侵入者として殺されるんじゃなくて?』

「怪盗は警察の手を華麗に躱すって認知の補正で何とかならない?」

『希望を持つのはいいことだわ。けれど、致命的に上背が足りないわね』

 

 これっぽっちも反論できない。

 

「前と同じく双葉の部屋の前から侵入かな。入れてもらえなそうだし」

『あなた、まさか直接部屋の中から入ろうとしていたのかしら? 同じ空間にいたら、認知世界に侵入する瞬間を見られてしまうわ』

 

 見られてしまう。

 ……見られてしまう?

 

「現実から観測できるの?」

『だんだん体が透けていくのよ』

「聞いてないんだけど」

『言ってないもの』

 

 怪奇現象もいいところだ。今までよく誰にも見咎められなかったな。

 駅など混雑しているところでは、人混みに紛れて問題なかったのかもしれない。常識的に考えて、人が消えたり現れたりするはずがないから、見間違いだろうと勝手に納得されていたとか。

 

 認知世界関係のことには、かなりの部分、双葉に目を瞑ってもらっているのに、目の前でそんな事が起きては流石に言い逃れできない。

 普通に時間も経過するし。

 

「矢嶋パターンもあり得るのか…」

 

 よく考えたら、自室にいるときの双葉は高確率で引っ付き虫になるので、巻き込んで認知世界に入ってしまう可能性もある。

 危ないところだった。部屋に入れてもらえなくてよかった。

 

 

 

『それで、この扉ね』

 

 入らないでと言われていたにも関わらず、前回は閉ざされていた大扉は、あっけなく開いた。光の筋になって上下に分かれていく。

 

「そういう開き方するんだ…」

 

 部屋と言うには広大な場所に出た。

 赤茶けた石塊で組まれた床と通路が浮かんでいる。物理法則はどこへいったやら。空間は果てしなくどこまでも続き、ホログラムのように浮かび上がった数字の羅列がそこかしこに見られる。

 

「来たな」

 

 そんな空間の中央、双葉がいた。

 純白の衣装とコブラの額飾り、双葉はファラオのイメージそのままの格好をしている。

 

「うん。勝手に入ってごめん」

「いい。一葉ならかまわない」

 

 周囲の景色から明らかに浮いているクッションを指さして、座るように促した。見慣れたフォルムのクッションは、現実の双葉の部屋に持ち込んだものだ。時々、輪郭がブレて色や形が崩れて見える。

 

「バグってるじゃん」

「一葉のものは、わたしの思うようにできない」

 

 こわごわ触れてみたけれど、ちゃんとクッションだった。SAN値とかが減りそうなので、なるべく視界に入れないようにして座る。

 双葉は滑るように宙を進み、いつも部屋でするみたいに僕に纏わりついた。

 こういう動きは双葉というより某妖精じみていて、少し落ち着かない。そういえば、認知世界では常に側にいるリャナンシーの姿が見えなくなっている。

 

「妖精なら追い返した。

 あれは一葉に不要だ。一葉はわたしだけ見ていればいい」

 

 周囲を見回していたのを、目ざとい双葉は見逃さなかった。

 双葉らしからぬ尊大な口調で、双葉らしいことを言った。本人が理性で留めていることも、認知存在には関係ないらしい。

 

「我が兄ながら理解に苦しむ。あんなものと契約を結ぶとは」

「まあ、そうだね。でも、そのときは他に選択肢もなかった」

 

 今死ぬか、寿命を売るかの2択だったので。認知世界に足を踏み入れたのが運の尽き。

 

「それが分からない」

「どういうこと?」

「いい、些事だ」

 

 布か髪先が肌に触れてくすぐったい。

 身動ぎをしたら、双葉はふわっと離れて隣に座り、気ままに足を揺らしている。捲れてはいけない布が捲れそうだからやめてほしい。

 このままでは、現実とやっていることがさして変わらない。ここに来たからには、双葉の考えていることを何かしら掴みたい。

 

「双葉はいつもここにいるの?」

 

 双葉は首を横に振って、上を見上げる。同じ様に見上げたけれど、いくつかの石塊が見えただけで、何を見据えているのかさっぱりだ。

 

「上に棺がある」

 

 実にミイラらしい。

 けれど、道は上に繋がっていないように見える。行かせるつもりはないということだろうか。

 

「ずっと棺に?」

「うむ」

「ピラミッドの中を散歩するとかさ、そういうのもなく?」

「必要があれば。盗人共が出没するから最低限だ。全く、忌々しい」

 

 パレスの中であっても身の危険があるなら、引き篭もるという結論になるか。

 

「前に宝を盗まれたって」

「そうだ。宝を奪って街に逃げた。

 ……取り返す必要はない。また奪われるだけだ」

 

 ピラミッドらしく盗掘されている。

 いや、順序が逆か。心の中の宝を他者に奪われるような精神状態だから、ここがピラミッドになっている。

 もし盗品が出回っているなら、街にも行ってみたいとも思う。けれど、前に認知上の僕が警告していた、スフィンクスに見つかって襲われるというオチで終わりそうな気がする。人生が。

 

「双葉はそれでいいの?」

 

 こくりと頷いた。

 本当にいいのなら、盗人のことを忌々しいだなんて言うはずもないのに。

 

「棺さえあればいい」

 

 宝にも優先順位があるのなら、棺が最上位、オタカラということだろうか。

 しっくりこない。ならば、中身……双葉自身?

 妥当な気がする。物によって狂わされたわけではないのなら、双葉本人が歪みの中心、すなわちオタカラというのは納得できる。

 今ここにいる双葉はホログラムみたいなもので、本体は今も棺の中にいるのかもしれない。

 

「一葉はおかあさんに会った?」

「噂だと見つかったら殺されるらしいんだけど」

「悪い子は要らない。いい子にしていれば問題ない」

 

 双葉はスフィンクスに会ったことがあるらしい。それでも殺されていないのは、いい子にしていたからか。

 スフィンクス的いい子判定から外れた瞬間にアウト。もう少し詳しく条件を知りたいところだ。残機無限だという認知上の僕にチキンレースしてもらうというのはどうだろうか。

 

「そういえば、ここの僕は?」

「使い潰す気だな」

「生き返るんでしょ」

「死んだものは生き返らない」

 

 何を当然のことを、といった口振りで双葉はこちらを睨みつける。ゾンビアタックは許してくれなさそう。

 

「そうだけど、それだと認知上の僕がしていた話がおかしいでしょ。何回か死んでることも把握してたし」

「別の個体にログを移している」

「そんなSFチックな…」

 

 いや、このサイバーな雰囲気の空間で言えたことでもないか。

 

「一葉は、おかあさんに会いたくないのか?」

「会いたくはあるけどさ」

 

 スフィンクスにはあまり会いたくない。けれど、本物か、それに近いものなら会ってみたいかも。そうすれば、母のことをもっとはっきり思い出せるだろう。

 けれど、思い出して何になるというのだろう。

 

「双葉ほど仲が良かった訳じゃないから」

「そうか」

 

 会話が途切れる。

 この双葉の前で言うべきでない事を言っただろうか。今は落ち着いているし、普通に双葉の見た目をしているから感覚がおかしくなるけれど、一皮剥けばとても敵わない相手だ。

 リャナンシーとも引き離されたのだし。

 

 双葉はこちらに体重を預けて、空中に浮かぶ数字を眺めている。

 何かの計器だろうか。定期的に数字が置き換わっているから、きっと何かしらの法則性があるのだろうけれど、僕には見当もつかなかった。

 

 しばらくして、双葉がぽつりと呟いた。

 

「一葉に頼みがある」

「どんなこと?」

 

 双葉は妖しげに光る金の瞳で、じっとこちらを見据える。

 

「一緒に死んでほしい」

 

 ひやりとした指が重ねられる。

 オタカラを盗んでほしいとか、盗まれた宝を取り返してほしいとか、そういうことならよかったのに。

 

「…僕は、双葉に生きていてほしい」

「ずっとここにいればいい。誰の邪魔も入らない。終わるのを待つだけだ」

 

 けして、頷くわけにはいかない。

 けれど、この場における本物の王様は双葉だ。双葉が心から望めば、閉じ込めることも容易だろう。

 

「それは、現実の双葉の望み?」

「そうだ」

 

 どこにも行かないでほしいと、現実の双葉は口にしない。止められないと分かっているから。自分が無力だと信じているから。

 ならば、僕に拒否されることは織り込み済みと考えていい。

 

「双葉の言うことでも、それは聞けない」

「ならば、ひとりで構わない」

「ダウト。

 ここに来るとき、双葉は入ってこないでと言っていた。でも、扉は開いた」

 

 言葉が全て真実なら、こんなに簡単なことはない。

 きっと双葉自身も分かっていない。どれが自分の望みで、どれが人から押し付けられたものなのか。

 

「双葉は、死にたいと思っていない」

「違う」

「本当に死にたいなら、僕にそんなこと言わないよ」

 

 絶対に止めると分かりきっているのに、わざわざ言葉にしたのは、否定して欲しかったからではないのか。

 双葉は何も答えない。あるいは、答えられないでいる。

 この双葉と話をしても、何が本当で何が歪みなのか判別するのは難しそうだ。安全さえ確保できるなら、ピラミッドの内部を調べたいところだけど。

 

「出ていけ」

 

 これ以上刺激しないほうがいいか。

 今度は、都合よく言葉通り受け取って、認知世界の双葉に背を向ける。大扉が開いて、双葉の部屋を出た。 

 部屋のすぐ前の通路では、待ちくたびれた様子のリャナンシーがふわふわ漂っていた。

 

『あら、生きてたの』

 

 白々しい。生きているかどうかくらい分かっている筈だ。気配で位置や戦力を測るような、第六感センサーを搭載しているくせによく言う。

 

『私だけ弾くなんて驚きね。あなたは無警戒に入っていくし』

「双葉の部屋にいる間、リャナンシーはどうしてたの?」

『ここのあなたを殺していたわ』

「なにそれこわ…」

 

 双葉が見ていた数字がキルスコアとかだったらどうしよう。

 

『記憶を引き継ぐのでしょう。

 私に逆らおうと思わなくさせれば、次に出くわしても安全だわ』

 

 やり方が物騒すぎる。

 もっともらしいことを言って、単なる憂さ晴らしをしただけに一票。

 

『それで、成果は?』

「特になし」

『呆れた』

 

 話をするだけでは、どうにかできそうにもないと分かったのが一番の収穫か。

 言葉よりも信頼できそうなピラミッドの内部構造を調べるには、準備不足だし。

 

「前の休憩部屋で待機かな」

 

 今回のピラミッド探索はここまでにしよう。

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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