双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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よくわかる現代魔法なら姉原美鎖が好き。
現代のちびっ子は金ダライをご存知ないのではないかと思うので初投稿です。




29駅目 改変と変質

 

5月20日(金)

 

 

「祝! 赤点回避!」

 

 壁に設置されている掲示板の周辺に、人だかりができていた。定期試験の成績が張り出されているらしい。

 集団の中心あたりで、矢嶋が一番嬉しそうに喜んでいる。いいのか、それで。知らない人のふりをして通り過ぎようとしたら、どうやって人をかき分けたのか知らないけれど、いつの間にか近くまで来ていた矢嶋に捕まった。

 

「しれっと眼鏡ズは上位固めてるのな」

 

 長々留まっていると思ったら、人の成績もチェックしていたらしい。そのマメさが少しでも勉強に向けば、赤点におびえることもないだろうに。

 

「俺はてっきりお前もその口かと思ってたんだが」

 

 結局、テストの成績は丁度いいくらいに収まった。変に突出するのは嫌いだし、リスクでしかないので。勉強会で教えたところを間違えるわけにはいかなかったから、点数調整が少し難しかった。

 

「人のことなんて気にしてもしょうがないでしょ」

「マグロの冷凍庫くらい冷たいなぁ」

 

 誰がマイナス50度以下だ。

 

「そういや、飯塚女史からの宿題の進捗は?」

「うーん」

「だよなぁ」

 

 正直、そっちまで手が回っていない。

 第一、明確に何かしらの被害が発生しているわけではないのに、改善したいことなど早々見つかるものでもないと思う。

 

「日常のつまらないことを楽しくするって言われてもなぁ」

 

 飯塚さんも難しいテーマを出してきたものだ。

 けれど、クラスのための劇という軸を確固たるものにするためには、そのくらいしないといけないのかも。

 自分がやりたいから、なんて理由で劇の内容を決定していては、いずれ見向きもされなくなるだろうし、そうなるくらいならやらないというのは彼女の思い切りのいいところだ。

 

「飯塚女史“は”真剣なんだよな」

 

 矢嶋の台詞は正鵠を射ている。

 問題なのは、多分誰もそこまで劇団の命運を真剣に考えていないこと。

 演者側だって、楽しそうだから参加しているに過ぎない。飯塚さんは少なくとも一年を捧げると決めているけれど、そのくらいの覚悟で劇に臨んでいるメンバーはいないのだ。

 

「矢嶋はついて行けないって思う?」

「そりゃないよ。俺は口説き落とした側だしな」

「よっ、敏腕プロデューサー」

「うぇ…姉ちゃんみたいなこと言うなよ」

 

 姉とかいたんだ。

 家の話題を避けているのもあって初耳だ。

 

「いやでも、プロデューサーは矢嶋がやったほうがいいよ。飯塚さんはリーダーを演じられるけど、熱量が他と違いすぎる」

「こと演劇のことで素人に耳を貸すか?」

「矢嶋の言う事なら聞きそうだけど」

 

 前に飯塚さんと話したときに、やたら矢嶋の好感度が高かった気がしたので。

 

「あー…お前、本好きだったよな」

「うん」

「眼鏡ちゃんの様子見てやってくれないか? 放課後とか、よく図書室にいるから」

 

 こちらにそういった類の話が飛んでくると思わなかったので、少し驚いた。矢嶋の得意分野だろうに。丁度いいタイミングで気の利いたことを言えたら苦労しない。

 

「もっとマシな人選があったのでは?」

「少なくとも気は合うだろ。俺だと秒で逃げられる」

 

 眼鏡ちゃんのポジションなら逃げるかもしれない。安全地帯と思っていたところにやってきて、しかも話しかけてくるとか。

 陰の者は陽キャにジュッと焼かれて消滅するので。大きめの植木鉢の下に住みたい。

 

「分かった、行ってみる。で、矢嶋的には眼鏡ちゃんをどうしたい訳?」

「当ててみ?」

「あー……いい報告を期待しといて」

「おう」

 

 眼鏡ちゃんは相手の意図をじっくり考えるタイプだろうし、矢嶋の指示があればその雰囲気を嗅ぎ取るかもしれない。

 教室を飛びだした子を友だちに呼びに行かせるとき、先生の指示ということは内緒にさせるみたいな。幼少の双葉は「先生に呼びに行ってってお願いされた」とクラスメイトに言われたらしい。子どもって素直。

 

「眼鏡ちゃんかぁ」

 

 飯塚さんの太鼓持ちをしている印象だったけれど、彼女は彼女でマニア気質を感じる。

 方向性が完全に一致しているわけではないけれど、飯塚さんの考えを多少なりとも理解できているから、あの態度なのかもしれない。

 

 

 

 矢嶋の言っていた通り、放課後の図書室には眼鏡ちゃんがいた。

 手元の本から視線を上げて、こちらを見つけ、また活字を追い始めた。

 

 すぐに話しかけてもいいけれど、それだと捜していたみたいだ。先に自分の用を済ませよう。

 借りたい本がありそうな棚に向かう。古代エジプトについて、特にスフィンクスのことが分かればいいと思って、それらしい本を借りた。

 

「何を読んでるの?」

「へっ、…あ、えと……童話集です。ペローの」

 

 眼鏡ちゃんが見せた本の表紙にはガラスの靴を履いて踊る少女の絵が描かれていた。

 確か、グリム童話の前身にあたる童話集だったはず。読んだことないけど。

 

「てっきりグリム童話かと」

「日本だと、童話集=グリム童話ですよね」

 

 眼鏡ちゃんは表紙を見せるのをやめて、愛想笑いをした。

 

「同じ話も収録されてるんだっけ」

「はい。少し内容が違ってます」

「サンドリヨンとシンデレラが違うって話は聞いたことあるけど、それかな」

 

 眼鏡ちゃんは童話集を閉じて、低い棚に仕舞った。すっくと立って、スカートを整える。もう帰ろうか、という感じだ。

 

「ごめん、邪魔したよね」

「いいんです。暗唱できるくらい読んだので。この版じゃないですけど」

 

 それなら、翻訳の違いとかあるかもしれないのに。まあ、本が本だから他の誰かに借りられる心配はないだろう。

 

「まさか学校図書館に置いているとは思わなくて……他の本を借りた後に見つけて」

 

 貸し出し数制限に引っかかって、その場で読んでいたらしい。言葉を切って、こちらの顔色をうかがうように、小さめの声で問いかけてきた。

 

「あの、昔話にご興味が?」

「人並み以上に?」

 

 ぱあっと表情が明るくなる。

 ここから数時間コースに突入しそうな雰囲気だ。

 

「あっ、えっと、外に出ましょうか。ぜひ、お話したいので…! その、お時間ありますか?」

 

 という流れで、そのまま中庭の休憩スペースを占領することになった。

 自販機で買った外より少し安いお茶を、お近づきの印に、などと渡されて、たった百円を返すのに苦労した。

 

「魔女とかカボチャの馬車とかを付け加えたのはペローなんだそうです。

 元の話がどういった形だったのか、今となっては分かりませんけど、グリムの方が源流に近いと言われてて…」

 

 聞いていれば聞いているだけ話をし続けそうだ。それでも構わないのだけど、今日は矢嶋からのミッションもある。

 まあ、こういうときは、好きなだけ話させて冷静になった後に話を始めるのが一番だ。少なくとも双葉相手なら、それが一番うまくいく。

 

「グリム童話の方が新しいのに?」

「はい。ペローは当時の時事ネタって言うのかな、子どもが興味を持つように一部話を改変したとか何とか」

 

 キャッチーでなければ、話に退屈して誰も話に耳を傾けないだろう。内職とお昼寝タイムと化している地理の授業みたいに。

 

「昔話の基本は口承なので、元の形は分からないんです。グリム童話にも多少の改変はあるので。

 結局、その時代の人でないと理解できない概念はだんだん置き換えられていく感じかな」

 

 もしくは残虐描写なんかは、大人の事情で書き換えられることも多い。

 昔の人間の死生観はなかなかすごいものがある。グリム童話だって、わりと残酷なものも多いのは有名な話だ。

 

「詳しいんだね」

「好きなだけです。

 あ、ごめんなさい、私ばかり話して……そういえば、子役希望さんは何を借りたんですか」

 

 飯塚ネーミングが採用されたか。

 こちらも採用しているのでお相子だけど、ネットのハンドルネームで呼び合うみたいでちょっと変な感じがする。

 

「古代エジプト…ロマンですね」

「長く続いた王朝だと、伝わる話も変化してるんだろうね」

「そうですね。

 神話なんかは統治に役立てられるので、王家による改変も多いと聞きます」

 

 王権神授説とか、王族は神の系譜とか、どこにでもある話だ。人が人を統べるには何らかの権威づけが必要だったのだろう。

 

「あのさ、神をやっつける話って何か知ってる?」

 

 聞いてみたのは、彼女なら何か別のいい方法を知らないかと思ってのこと。この手の知識も出てくるかもしれない。

 

「神殺しの話は古今東西あって、方法もそれぞれですね。

 …多くの場合、特別な力かアイテムが必要で…お酒とか、歌でどうにかなることもあったりなかったり……あとはメタ的な話だと、科学が神を殺すとか」

 

 特別な力もなければ、アイテム…は押し付けられることもあるか。けれど、逃走用アイテムだし、あんな大物を倒せるとはあまり思えない。

 スフィンクスの伝承には、なぞなぞで勝つ以外に明確な弱点は見つからなかった。

 

「科学が神を殺すってのはどういうの?」

「えっと…信仰=神のパワー、みたいな? 最近はアニメやゲームでよく採用されてる…理屈で、例えば……うーん」

 

 あとが続かず黙り込んだ。良い例を出そうとして悩んでしまっている。

 けれど、なんとなくこれに関しては想像がついた。

 

「雷が化学現象だと証明されて、雷神のポジションがなくなったみたいな感じかな」

「あ、はい。

 でも、雷は今でも畏れられているし、雷様って言葉とかは残ってるから、まるっきり廃れた訳でもないのかも?」

 

 雷が雷神の仕業と信じている人はほぼいないけれど、雷神を知らない人もほぼいない、みたいな微妙な立場になっている。

 

「例えば、疱瘡神は天然痘自体がなくなったので……あと、その系列なら甲府の川の神だって。

 とにかく、存在そのものが抹消されたり、畏れがなくなったりしたら、神のパワーはガタ落ちみたいな理屈はよく聞きますね」

 

 これでは倒せないか。

 リャナンシーのような認知世界に現れる存在たちは、本当にいると信じられていることとは関係なく存在している。

 それに、スフィンクスをだれも知らない廃れたものにするには、実物の石像に存在感がありすぎる。すべての観光雑誌を焚書しても無理だ。

 

「本体はもうないのに、未だに疱瘡神を祀る所は各地にあるので……事実と信じていることって必ずしも一致しないみたいで」

「信心ってよく分からないね」

「ですね」

 

 認知の枠組みが違えば、見える景色も違う。認知訶学の基本的な考え方だ。

 一般論から形成されたスフィンクスと双葉のパレスに住むスフィンクスは、必ずしも一致しない。特に頭部とか。

 借りておいてなんだけど、あくまで一般論の古代エジプトの知識がどこまで役に立つか分からない。何が何の足しになるか分からないから読むけど。

 

「私、昔話とかおとぎ話が好きです。

 だって、もうなくなっちゃったはずの、その時代の考えが詰まってて…それってすごいことだと思うから。それで、みんなも好きになってくれたらいいなって……」

 

 過去のものは、記録に残しておかないと消えていくだけ。文字にするうちに元とは違うものになったとしても、書き残しておくことには意義がある。

 言語すら消えていくくらいだ。口承でのみ伝えられていて、いつのまにか消えてしまった昔話なんて無数にあるだろう。

 

 母の本当の姿も。

 日記でもつけていればよかったのだろうけれど。

 ……もし、多くのことを覚えていれば、双葉と思い出を話して、母をスフィンクスなんかじゃない普通の人に少しずつ近づけていくこともできたのかもしれない。

 

「でも、文芸部はなんとなく行かなくなっちゃったんです。

 悪いところじゃないけど、私みたいな子どもっぽい趣味の本はやっぱり主役じゃないから」

 

 本人が言うほど、子どもっぽい趣味だろうか。そう判断されるラインは、とうに過ぎているような気がする。

 誰かにそう評されたのだとしたら、とんだ節穴もいたものだと思う。

 

「お母さんには部活行ってることになってるから、時間潰してました」

「…本当のこと言わないの?」

「言えない。

 部活入って友達できたって言ったら、自分のことみたいに喜んでくれたから」

 

 眼鏡ちゃんは、小さかった頃の双葉みたいなことを言った。

 

 ……今からでも、母のことを思い出せるだろうか。

 僕がその手の話を避けていたから、途中で修正されることもなく、双葉の中であれほどまで母は変質してしまったのだろうか。

 過ぎたことを思い出すことなど無意味だとするのは、もう難しいみたいだ。

 

「ガッカリさせたくないよね」

「うん」

 

 罪悪感がある。

 今となっては、母が好きだったのかさえ分からない。ただ、報いられなかったという感情だけなくせずに、母の記憶に触れずにいて、どこに仕舞ったのか、取り出せなくなった。

 何のために、母は認知訶学の研究をしていたのか。仕事をするのは、家族を養うためだ。僕らのためだ。

 愛情を、献身を、薄ぼんやりとしか覚えていない。そんな冷淡なことがあっていいのだろうか。

 

「あのね、お芝居は本当に楽しかった」

 

 眼鏡ちゃんは笑う。

 終わった後にじめじめスパイラルなんて呼ばれていたとは思えないくらい晴れやかに。

 

「飯塚さんは、私の好きな話を好きって言ってくれたの。

 最初は“読んだことある”って意味だと思ってたけど、そうじゃなくて、お芝居で何度も何度も観たって」

 

 そんな人がいるなんて思わなかった、といったような声音だ。

 僕が芳澤さんにそれなり以上の親近感を抱いたように、ほとんど誰とも分かり会えないだろうと思っていた、共通点を眼鏡ちゃんは飯塚さんに見出したのだろう。

 

「ぜひ台本を書いてほしいなんて私に言って、だから、頑張りたくなって。ほとんど初めてだった、自分で物語を作るの。

 でも、自己満足だったのかな。部活に入ってやるようなことをクラスでって、無理があったのかも」

 

 部活なら、初めから同好の人とともに活動するのだからスタート地点がかなり先だ。

 飯塚劇団で劇が好きなのは飯塚さん、次点で物語が好きな眼鏡ちゃんといったところ。

 

「……ごめんなさい。こんな話をしたかったわけじゃないんです。

 あの、だから、劇…終わりにしたくなくて、私……」

 

 焦っているのかも。

 きっと、前回の作戦会議で、劇団を続けない選択肢を選びそうな人を見て、何も残らないのではないかと疑った。

 

「飯塚さんは、辞めるつもりなんてこれっぽっちもないよ。

 僕も続けられるようにしたいと思う。眼鏡ちゃんも同じでしょ?」

「…うん」

「矢嶋も降りないって。だから、少なくとも4人はいる。半分以上だよ」

 

 眼鏡ちゃんは、メンバーを指折り数えて、こくりと頷いた。

 

「前回、シナリオが微妙って言われた理由、分かってるんだ。私の好きなものが好きな人は、少ししかいない」

 

 図書室で、他の誰にも借りられないだろう童話集を見つけて、彼女は通り過ぎられなかった。図書室にある本は、顔も知らない誰かが選書した本だ。

 

「だから私、ペローを目指そうって思うの」

 

 えへん、と胸を張った。

 彼女の言わんとしていることは想像がつくけれど、目指すならグリム兄弟の方が名が通っていて良いだろうし、それに。

 

「かなり改変してたような……」

「そうだけど、そうじゃなくてっ…その、文脈的な話で…」

「いや、それは分かるけど」

「……意地悪」

 

 ぼそっと不平を漏らして、唇を尖らせた。初めガチガチだったのが嘘みたいだ。

 

「私、頑張る。

 頑張って、いいネタ見つけたらお芝居続けられるんだもん」

 

 希望を持ってくれたみたい。

 これが矢嶋の思い通りなのかどうか分からないけれど、悪くない結果だと思う。

 真剣に劇団を存続させようと思ってくれているのだ。説得力や実力やその他の力も、後からついてくる。多分。

 

「ありがとね。私の素敵なロリータさん」

「どういたしまして」

 

 言って、2人で吹き出した。気が合うだろうという矢嶋の見立ては正しかった。

 

「部活帰りの人、増えてきたね」

「うん。そろそろ私も帰ろうかな」

「またね」

「また明日」

 

 小さく手を振った眼鏡ちゃんと校門で別れる。彼女はバス通学らしく、方向がまるで違う。

 

「……はぁ」

 

 物事を調べるとき、参考にすべきは一次情報だ。伝聞は当てにならない。

 この場合、薄れてしまってあちこち脳内補完されている自分の記憶や、歪められてしまった双葉の記憶も、あまり参考にならないだろう。

 つまり、そう、聞き取り対象は佐倉さんだ。

 

 果てしなく気まずい。

 親交のあった女性の死後に引き取った、誰との間にできたかも分からない子どもから、母親はどんな人かと聞かれるなんて、わりと拷問だと思う。

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
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