双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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レンタルマギカならみかんちゃんが好き。
血統が重要なタイプの話に出てくるロリは全般好きなので初投稿です。




30駅目 本当の姿

 

5月21日(土)

 

 

「で、最終的に眼鏡ちゃんはやる気を取り戻したと」

「うん」

「溢れてね?」

「だね」

 

 噂の眼鏡ちゃんはつまらないこと探しのため、キョロキョロしていて落ち着かない。いつも自席で本を読んでいるのに、今日は近くの席の子にも話しかけているほど。いつになく積極的。

 登校してからずっとこの調子だ。

 

「思ったんだが、眼鏡ちゃんの頑張りたいエピソードを広めたほうが続くのでは?」

「それはある」

 

 それなら飯塚さんの話もつけ加えよう。許可取ってないし、たぶん許してくれないけど。

 感情に訴えかけるのが演劇だろうに、演者側にはその手を使わない。飯塚さんは変なところで潔癖なのだ。

 

「まあでも、樋口に頼んで正解だったわ」

「そう?」

「おう。他称天才プロデューサーの慧眼を信じろ」

 

 姉みたいなことを言うなと言っていたわりにプロデューサーの称号は名乗るのか。天才とか付いてるし。突っ込んだら負けだと思って、適当に流す。

 

 矢嶋の思惑通りに行ったのかは知らないけれど、近いところはつけたのではないか。

 矢嶋の言う通り、眼鏡ちゃんに初手で逃げられることはなかった。たぶん陰キャ同士、脅威だと思われていないから……ではなく、花咲ロリータの時に友情が深まったからということにしておこう。

 

「でもって、お前はまた杞憂民やってる訳?」

「杞憂民というか……杞憂民か。なんで分かるかな」

「こう、フィーリングで? 細々したことを気にし過ぎると長生きできないぞ」

 

 気にしなさすぎても長生きできないと思う。

 というか、その理屈なら矢嶋も長生きできない側で間違いない。他人の細々としたことまで気にして、よく平気で生きていられるものだ。

 

「それで、今度は?」

「黙秘で」

「さいですか」

 

 結局、昨日は佐倉さんに母のことを聞けずじまいだった。

 カレーでテンションがMAXになっていた双葉が佐倉さんにべったりだったのでタイミングを逃したのもあったけれど、どちらかというとどう切り出したものか悩んで踏ん切りがつかなかったのが主要因。

 とはいえ、そんなややこしい事情をよその人に話すのはもっと難しい。

 

「もっとこう、バーンってやってよっしゃあ!って感じで行け、何とかなるぞ。知らんけど」

「迷監督だね」

 

 擬音擬態ですべてを解決しようとしないで欲しい。勢いだけで何とかなったら、さぞ楽だろう。

 

 

 

「佐倉くん、少しいいですか?」

 

 放課後、芳澤さんに声をかけられた。

 今日だって新体操の練習があるだろうに、余裕ありげに澄まし顔でいるものだから、なんとなく事情が読めてきた。

 

「矢嶋の差し金と見た」

「そんなに分かりやすかったでしょうか?」

「いや、つい最近、矢嶋の企みの片棒をかつがされたから」

 

 眼鏡ちゃんの時と、まるっきり同じやり方を踏襲されれば誰だって気づく。以前は、目の前で芳澤さんを焚きつけているのを見たし。

 

「そう悪しざまに言うことでもないと思いますけど」

「気づかれることまで織り込み済みなんだろうなって思ったら何か腹立たしくて」

「あはは…」

 

 放っておいてくれればいいのに。芳澤さんまで使って。

 

「双葉ちゃんのことですか?」

「それ以外ないよ」

 

 芳澤さんはふっと表情を和らげた。無意識か、こちらの警戒を解こうと意図してやっているのか、どちらにせよ少し冷静になった。

 こちらの態度が刺々しかっただろうか。それは良くない。ひとまず苛立ちの原因…矢嶋のことを頭の中から追い出した。

 

「少しだけ事情を聞きました。

 ご両親の元ではなくて、お母様の知り合いの人の家にいると」

 

 双葉が他の人にそこまで話すとは。この短期間にそれだけ信頼を勝ち取ったのか。

 もしくは、引きこもりを続けている双葉にとって、佐倉家の事情はさして珍しいことという認識がないだけかも。特に意識せず、世間話の一つくらいの感覚で、芳澤さんに話した可能性もある。

 

「佐倉というのも、その人の名字だって」

「うん」

「双葉ちゃんは、佐倉双葉って名乗りました。でも、あなたは一色一葉くんなんですよね」

「戸籍上は佐倉で合ってるよ」

「知っています。言葉遊びに騙されてあげません」

 

 双葉の入れ知恵だろうか。そらした言葉に流されてくれなかった。

 

 佐倉の姓を堂々と名乗れるほど、僕は図太くない。

 与えられたものに報いられるだけの働きをできるだろうか。もし、うまくできなかったら? 二度も同じ不義理をして平然と生きていくのは、あまりにも。

 

「その人のこと、もっと信じていいと思います。

 双葉ちゃんも。もう小さい子じゃありません」

 

 それは、そうだけど。

 すべての始まりはあの日の事故にある。双葉と再会したとき、双葉のために生きると決めた。他の誰も、双葉を顧みることなどなかった。母がいないのであれば、その代わりを務めるべきだと。

 そうでなければ、何のために無駄に多くの知識を持って生まれたのか。

 

「同年代の人も同じです。

 周りより少し早く大人に近づいたから、幼く見えていたかもしれませんけど、みんな高校生なんです」

 

 人を信じていないわけではない。ただ、人が善性だけで構成されていないことを知っているだけだ。

 どうしても、人は自分のためという発想を捨てきれない。そんな不確かなものに全てを委ねるのはリスクに他ならない。

 

 芳澤さんは両の手で握り拳を作った。表情もキリッとしている気がする。

 

「もしかして、怒られてる?」

「叱っています」

「そっか」

 

 ……あまり、我がままをするものではない。

 双葉のために何かしようとするのも。佐倉さんの好意を遠ざけるのも。矢嶋や芳澤さんのお節介をうっとおしがるのも。

 それこそ、小さな子どもと同じだ。

 

「ありがとう」

「どういたしまして」

 

 忠告はきちんと受け取るべきだ。

 ぐずぐずしていないで、決めたことはしっかりやらなければ。

 

 

 

 放課後、ルブランに寄った。

 営業時間内なら、ゆっくり話せるだろうと踏んでのこと。

 

「いらっしゃい…って一葉か。こっちに来るのは珍しいな」

「あら、一葉くん」

 

 カウンターには武見先生がいた。土曜日にはよくあることだ。仕事終わりに寄ったのだろう。

 店内をざっと見渡す。客は武見先生だけな様だ。

 

「元気そうね」

「おかげさまで」

 

 武見先生は組んでいた足を解いて伸びをした。卓上のコーヒーカップは空っぽで、これ以上留まる理由もない様子だ。いつも決まった注文をするから、お勘定も手慣れたもの。伝票も見ずに、小銭を出して席を立った。

 

「そろそろお暇するわ」

 

 帰らせたみたいな構図だ。

 というか、帰らせた。独自のルールで生きている人だけど、そのあたりの機微はちゃんと読み取ってくれる。

 

 扉が閉まったあと、佐倉さんはカップを下げてこちらに問いかけた。

 

「それで、何かあったか?」

「そういう訳じゃないですけど」

 

 母の話はタブーになっている。

 双葉がパニックを起こすからというのもあるけれど、佐倉さんと僕だけの時でも話題に上がることは皆無だ。

 

「なら相談事だな」

「まあ、はい」

 

 そうなったのは、僕自身も話したくないと思っているから。

 あの日の交通事故ということになった殺人は、母の研究を利用したい何者かによって引き起こされたことだと状況から理解できた。だからといって、最も身近にいたのに何もできなかったことを後悔せずにいられるだろうか。

 佐倉さんは、どう思っているだろう。分からないけれど、こちらに話を振ってくることはない。

 だから、母と佐倉さんがどういった関係にあったのかなどは知らないまま。

 

「母さんのことを知りたくて」

 

 佐倉さんは目をパチクリさせた。完全に予想外だったようだ。

 僕もパレスの件がなければ聞くつもりなんてなかったし、当然だけど。

 

「双葉と話していて、たまに話が出るんです。でも、双葉ほど覚えていないから」

「双葉ほどってのは難しいだろうな」

 

 記憶力には自信がある方とはいえ、比較対象が双葉では話にならない。

 一番古い記憶は、就学前。双葉と公園で遊んでいたこと。その後も、小学校の頃などは断片的に印象に残っている場面だけ。はっきり覚えていると言えるのは、叔父に引き取られた後くらいから。

 そう考えると、まったくもって人並みである。

 

「若葉と一緒にルブランに来たときのことは覚えているか?」

「なんとなく」

 

 言われれば思い出せるときもある。

 母に連れられて、何度か三人で店に来ていた。手前のボックス席で、いつもは双葉と隣同士で座ったはずだ。母と双葉が隣だった事もあった気がする。

 

「佐倉さんと母さんが楽しそうにしていたなぁって」

「そうかい」

 

 母と仲が良さそうだったからか、双葉はわりとすぐに佐倉さんに懐いた。公園で見つけた生き物の話とか、数字遊びの成果だとか、思いつくままに話していたっけ。

 僕はそんな様子を遠目に見ていた。佐倉さんともほとんど話さなかったから、母と仲がいい人くらいの認識しかなくて、養子縁組の話が出たときは困惑した。

 

「俺には若葉の言うことの半分も分かっちゃいなかったが、たまに奇天烈なことを言って……」

 

 世間一般に言う、おもしれー女のポジションだったのだろうか。実母に対する評価としてはちょっと嫌だ。

 反応に困っているのが分かったのだろう、佐倉さんは顎髭を撫ぜた。

 

「あー……なんだ、こういうのを聞きたいわけじゃないだろ?」

「いえ」

 

 とは言ったものの、これでは佐倉さんを困らせるだけ。

 佐倉さんは、いい人だ。いい人だから、佐倉さんが話すのは僕に聞かせてもいいと判断する範囲のことだけ。もう少し踏み込んだ話が欲しいなら、質問を変えないといけない。

 

「母さんは双葉を大事にしてましたよね」

「していたよ。双葉も、一葉も」

 

 語気が強い気がして、少し緊張する。

 言葉選びを間違えたかもしれない。母の愛情を疑っていると思われただろうか。

 

「子育てについて、独り身の俺に聞いてくるんだ。役所勤めだった頃の杵柄で国の制度の手続きだのは力になれたがね。

 訳を聞いたら、男の子のことは分からないから、だとさ」

「…そうですか」

 

 意外に思う。

 佐倉さんに相談するところまでなら想像がつくけれど。記憶の中の母は、社会生活ができる双葉……何でもできる人というイメージだ。

 

「母さんにも分からないことがあったんですね」

「あったさ。心理の研究をしているくせに、男心に関しては壊滅的だった。ありゃ分かった上で無視していたなんて線はないな」

 

 分からないから研究する訳で。

 手に取るように相手の気持ちが分かれば、研究対象としての興味も抱かないだろう。

 

 ……子どもは親を万能と勘違いしがちだ。

 普通、成長の過程でそうではないと気づくけれど、その機会がないままに絶対的な存在として神格化されたとしたら?

 パレスの中で、主みたいに振る舞うのも当然だ。

 

「…好きだったんですか?」

 

 この際だから、聞けるだけ聞いてしまおうと思った。幼いころから思っていたけれど、聞くに聞けなかったこと。

 はっきりしていたほうが気が楽だ。曖昧なままを尊ぶ飯塚さんからは暴言が飛んできそうだけれど。

 

「あれほどいい女はそういない」

 

 肯定と捉えるほかにない返答だった。

 なら、裏切られたようなものだ。憎くないのだろうか。母のことも、僕らのことも。

 どんな気持ちで僕らを迎えたというのか。この人から、重大なものを奪ってしまったのではないか。

 ますます分からなくなって、よくない想像ばかり膨れていくのを自覚して、一度思考を止めた。

 

「悪いな。思い出は美しいに決まってる。俺ももうきちんと覚えちゃいないみたいだ」

 

 記憶は歯抜けになっても都合のいいように修復されてしまうという。

 時間が経ちすぎたのかもしれない。母の本当の姿なんて、もうどこにも残っていないらしい。

 

 

 

5月22日(日)

 

 

「観念した?」

「参りました」

「ふふん」

 

 それはもう、ボコボコにされた。

 双葉がゲームで対戦しようと言い出した時点で、こうなることは分かりきっていたけれど、完封されてしまったのは悔しいところ。せめて攻撃を当てたかった。

 

 というか、このパターンは不機嫌なときと相場が決まっている。

 主に僕が悪いときのへその曲げ方をしている。いったい何が気に障ったのか…特に思い当たることがない。今日は普段と変わらなかったと思う。

 

「なんでまた今日は格ゲーなのさ」

「レトロゲーの気分だった」

「そうじゃなくて」

「ストレス発散」

「具体的に」

 

 双葉は、むーっと頬を膨らませた。

 こっちに原因があるなら、できれば直したい。喉元過ぎたら忘れるけど。

 

「そうじろうとおかあさんの話してた」

「聞いてたんだ」

「分かってて、スマホつけたままだったでしょ。普段と違う行動してたら気になる」

 

 珍しく、本当に珍しく、今日以外のことが理由でむくれていたらしい。大体の場合、一晩寝たらリセットされるのに。

 けれど、それのどこに引っ掛かっているのか分からない。珍しい行動をしたというだけじゃないか。

 

「抜け駆け」

「それとは違くない?」

 

 双葉にとっては大して違わないようで、ぽかぽかと特にダメージの入らない攻撃を仕掛けてきた。先ほどのゲームでのコンボとは大違いだ。

 

「わたしとは話さないのに」

「それは」

「分かってる。わたしのせい」

 

 仲間はずれにされた、と言いたいのだろうか。

 けれど、その理由が自分にあると思っているから、不満を言い出せずに八つ当たりだけしていた、と。そっとしておいたほうがよかっただろうか。

 

「わたしがおかあさんの話するの、嫌だった? そうじろうに聞いて、わたしと話を合わせようとした?」

「僕は、」

「おかあさんのこと忘れたいなら、忘れていい。わたし、一葉を困らせたくない」

「…忘れたくて忘れたわけじゃないよ」

「知ってる。みんなは時間が経つと忘れちゃう」

 

 その昔、双葉が痛みとともに覚えたことだ。

 都合よく忘れてしまえばいいことも忘れられなかったから、記憶を歪めることでつじつまを合わせてきた。

 

 興奮気味の双葉の手を捕まえる。

 まだ、いい子でいようと、取り繕おうとしている。今なら現実に繋ぎ止められる。

 

「聞いて。双葉」

「……ごめん。落ち着いた」

 

 俯いたままだから、前髪に隠れて表情は見えない。指先はひんやりと冷たいまま。

 声音だけは平坦なものに戻っている。

 

「おかあさんのこと考えてると、わたしがいけないんだってみんなが言うの」

 

 指よりもほんの少し長い爪が、手のひらに押し付けられた。

 無理やりに聞かされた言葉は、今でも双葉の中で反響して、疑いと不安を生んでいる。

 

「わたし、おかしくなっちゃったんだ」

 

 ともすれば、聞き逃してしまいそうなくらい小さな声だった。

 

「おかあさんは、わたしたちのこと大事にしてたって、そうじろうは言ってた。

 わたしが悪い子だから、おかあさんは死んじゃったのに」

 

 混乱したまま、頭に浮かぶことを留めておけなくなって口に出したみたいだ。双葉は背を丸めた。

 

「分からない。

 どのおかあさんが本当なのか。一葉が忘れちゃったことも、全部覚えてる。だけど」

 

 本当の母がどのような存在だったか、分からなくなっている。それならば。一つ悪い思いつきがあった。

 

「双葉がそうやって悩んでいること、ずっと知ってた。何とかできたらいいって色々考えてたのは双葉も気づいてたよね」

「うん」

「本当のことはやっぱり分からないと思う。僕も双葉も母さんじゃないから」

「…うん」

 

 真実が不確定ならば、こちらだって都合のいいように双葉の中の母像を作り替えたっていいのではないか。

 洗脳とさして変わらないと言われれば、その通りだ。

 

「なら、推測するしかなくて。その材料が自分の記憶だけじゃ頼りないから、佐倉さんに聞いたんだ」

「……うん」

 

 推測の過程で、記憶を正しく思い出せるならそれでいい。難しければ、想像できるかぎり一番本当に近い姿で再構成する。

 

「一葉には分かった?」

「分からなかった」

「役立たず」

「暴言反対」

 

 シンプルな罵倒は普通に効く。

 現実に足をつけて、こっちに暴言を飛ばせるなら、まあいいか。調子を取り戻してきたみたいだ。

 

「僕じゃ足りないみたいだからさ、双葉も手伝ってよ」

 

 もっと信じていいと、芳澤さんにも叱られてしまった。忘れないうちに、行動に移しておきたい。

 これが、双葉を信じるということなのか分からないけれど。

 

「変なの。わたしのために、わたしの力を借りるんだ?」

「その方が打率高いし」

「そっか。にへへ」

 

 双葉が満足しているなら、いいか。

 他力本願なのはいつものことだ。

 

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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