双葉の兄になりたいだけの人生だった   作:水羊羹量産計画

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ノゲノラなら白が好き。
言わずとも知れてる気がするので初投稿です。




36駅目 お見通し

 

5月29日(日)

 

 

 雨が降っている。

 外遊びはできそうになくて、いつもの公園には行けず、児童館にやってきた。家からは少し遠いから、普段はあまりここまでこない。けれど、こういう天気のときはバスでここまでこられる児童館はいい遊び場だ。

 同じことを考えていた人は多いみたいで、児童館の中は少し混んでいた。

 

「ねえねえ、いっしょに人生ゲームやろう」

「あと2人ほしいの。これ4人用だから」

 

 少し年上の小学生2人組に声をかけられた。3年か4年生くらいの女子だ。

 他に遊びに誘える人はいるだろうに。自分たちを選んだのは、退屈しているように見えたからだろうか。

 

 双葉は頭の中だけで数字遊びに励んでいるので、傍から見るとぼーっとしているだけに思われがち。

 紙にでも書けばいいのかもしれないけれど、小学校にやっと上がったくらいでは、まだ微妙に手先が思うとおり動かない。頭の中だけで完結させたほうが楽だった訳だ。

 

「人生ゲームってなに?」

 

 そういえば、やったことはなかったっけ。

 双葉は、遊びに参加するかはさておき、知らない遊びを知りたくて2人組に質問した。けれど、2人組は一緒に遊ぶという意図だと思ったのだろう、駒をひとつずつ配った。

 

「やったことない? すごろくみたいなやつ」

「えっとね、これ。ルーレットの出目の分だけ進んで…」

 

 説明を聞いているのか、聞いていないのか。片方が両手で広げたマップをざっと見て、どういう遊びか双葉は分かったみたいだ。

 

「ゴールのときまでに、お金持ちになればいいの?」

「そう。それじゃ、じゃんけんで順番決めよ。勝った順ね」

 

 いつの間にか一緒に遊ぶことになっていたけれど、まあいいか。ほかにやりたい遊びがあった訳でもない。

 女子2人組は、ルールを説明しながら駒を進める。双葉はルーレットを回すのが楽しかったらしく、自分の番でなくてもくるくる回して遊んでいる。

 

「読んだげる。えっと…」

「落ちてたサイフを警察に届けたら、落とし主からお礼をもらった。+1000万」

「すごいね。弟と同じくらいなのに、すらすら読めるなんて」

 

 双葉は褒められてご満悦だ。

 同年代の相手でなければ、双葉の友達関係は比較的うまくいく。学校のことを教えてくれる6年生のお兄さんお姉さんたちとも仲良くやっている。

 きっと立場が近すぎるのが駄目なのだと思う。

 

「宝くじを買おうか。10が出たら+7000万、それ以外は−1000万だって。ふたばちゃんはやる?」

「買わない。このルーレット、3と4が出やすい」

「そうかなぁ。あ、次は私の番だ。えっと4だね」

「ホントに4じゃん。ウチは…3だね」

 

 女子2人はけらけら笑っている。

 双葉は当然の結果が起きただけと思っているようで、よく分かっていないままにこにこしている。

 

「ふたばちゃんが1番。おめでとう!」

「負けたー、もっかいやりたい…」

 

 運が絡むゲームのはずだけど、双葉は強い。途中からほとんど次は何の出目が来るか分かっていそうな感じだった。

 上級生はすべて偶然だと思っているだろう。今のうちにやめておいたほうがいい。2回目を始めようとしている女子2人に断りを入れた。

 

「ぬりえしたいから」

「そっか。じゃ、また今度ね」

 

 今度は多分ないだろうなと思う。児童館にはほとんど来ないし、この2人もいつ来るかなんて分からない。

 でも、1回きりの関係のほうが気楽でいい。

 

 帰りのバス、2人席に3人で座った。少し狭いけれど、詰めれば充分なスペースがある。

 双葉は機嫌よく足をブラブラさせている。児童館の中でのことを知らない母は双葉に問いかけた。

 

「すごく楽しかったみたいね。どんな遊びをしたの?」

「あのね、人生ゲーム。おねえさんたちとやったの。たのしかった。

 わたしね、1番お金持ちになったんだよ」

「すごいじゃない。よかったわね」

「うん!」

 

 楽しいところでやめてくれてよかった。いつも一緒にいられるなら、こうすることも簡単なのに、別のクラスだからなかなかそうもいかない。

 母はこちらにも笑いかける。

 

「一葉も楽しかった?」

「うん」

「ウソ。お家で虫見てる方が楽しいんでしょ」

 

 双葉に本当のところを言われてしまった。他の人と遊ぶのが楽しいとはあまり思えない。

 それに、人生ゲームはゲームとしてはよくできていると思うけれど好きではない。1番お金持ちになったものが勝ちというのは一目で勝ち負けが分かりやすいけれど、お金持ちであることは幸せの必要条件であって十分条件ではない。

 

「家のクロアゲハは駄目だったし、次はどうしようかな」

「幼虫、育たなかったね。途中で縮んで死んじゃった」

 

 途中までは普通だったのに、途中から全然大きくならなくなってしまった。葉っぱも食べないし。最終的に幼虫のまま小さくなって干からびてしまった。

 

「きっと数が少ないからだよ。前、テレビでやってた。貴重な生き物は保護してもなぜか育たない個体が多いって」

「クロアゲハはあんまりいないよね。普通のはいっぱいいるけど」

 

 遺伝的多様性が少なくて、先天性疾患の率が上がっているのかもしれない。

 産業動物でもない虫の疾患なんて誰も調べないから、中で実際に何が起こってるのかは分からないけれど、同じ飼育環境を整えてもクロアゲハは普通のアゲハに比べて死亡率が高い。

 

「いろんなのがいないとダメ」

「負け惜しみだ」

 

 均一すぎると死んでしまうから、ある程度バラつかないといけないくせに、外れ値が淘汰されるのは残酷だと思う。

 ルールの中で勝っているうちは笑っていられる。けれど、勝ち続けられるとは限らないし、勝ち続けてもルール自体が変更されたらおしまい。

 

「おにいちゃんはビリだったの。でもわたしが守ってあげるから大丈夫」

 

 不貞腐れてると思われているらしい。それでいい。

 まだ勝ちの側にいた双葉は、慰めるみたいにぽんぽんとこちらの頭に触れた。

 

 

 

 雨音は聞こえない。

 習慣でカーテンを開けて、眩しさに目を細めた。

 

 全部夢だったらしい。

 アルバムの写真には載っていなかったけれど、あんな事もあった。記憶が薄れないうちに何かに書き留めておこう。ひとまず携帯を手にとってメモ帳を開いた。

 

「…よし」

 

 そういえば、アルバムは机の上に置いたままだった。手に取ると光沢紙の質感が伝わってきて、夢まぼろしではないと分かる。

 頁をめくっていると何か床に落ちた。写真が取れてしまっただろうか。

 拾ってみると紙の重みで押された葉っぱだった。こんなもの挟まっていたっけ。白紙が続く後ろの方は開いていなかったから気づかなかった。ひとまず白紙のところに挟み直した。

 

 中の写真を見る限り、このアルバムは何も歪められていない正確な記録と言えそうだった。

 母がこの手のものを作るのが好きだったおかげで、余白にいつの何の写真かまで記されている。

 

 これをどうするか、まだ悩んでいる。

 双葉に見せるというのは、一番効果がありそうに思う。というか、向こうの双葉はそのつもりで渡したのだろう。母を正しく思い出すための道具としてはこれ以上はない。

 

『何をまごついているのかしら。見せに行けばいいじゃない。せっかく手に入れたんだもの』

 

 リャナンシーの言うことはもっともだ。あるものは使えばいい。向こうの双葉だってそれを望んでいるはずだ。

 

『まだ手段にこだわっているの? 道筋は見えているわ』

 

 双葉の母に対する認知を正して、スフィンクスを無力化し、オタカラをパレスから持ち出す。

 怪盗団がすでに成功させた方法だ。向こうの双葉と協力関係である以上、危険も少ない。そもそも向こうからの提案と言える訳で、ここまできて多少のリスクも取れないなんて言うのはおかしな話。

 

 でも。

 認知世界の産物を、そう簡単に使っていいものだろうか。

 これは裏技みたいなものだ。向こうの双葉を疑うわけじゃないけれど……いや、疑っているか、あちらの存在が何の対価もなく奇跡だけ叶えるなんて、そんなに都合のいい話があるものか。

 

 

「いた。話がある」

 

 珍しく、本当に珍しく、双葉の方から部屋にやってきた。戸を細く開けて、猫が何かみたいにするっと入ってくる。

 

「それ」

 

 こちらの手元を指さした。

 

「アルバム、ここにあるはずない」

「そうだね」

「認知世界でしょ」

「目をつむってくれるんじゃなかったの?」

「うまく隠してって言った。それは大事なもの。見逃せない」

 

 ごもっとも。物的証拠があっては言い逃れはできない。

 向こうの双葉が宝として扱っていたものだ。こっちの双葉にとっても大事なもの。これを逃すわけにはいかないと覚悟を決めるくらいには。

 

「一葉は、わたしの心の中…認知世界に行ける。認知世界は医療用の研究、おかしくなっちゃったわたしを一葉は何とかしたい。でも、危ないこともあって、わたしに深入りしてほしくない」

「一部の隙もなく正解」

 

 見てきたかのように言い当てる。いや、一部聞いていたのだから、かなり正確に状況をつかんでいるのは当然なのだけど。

 

「アルバム、貸して」

 

 両手をさし出された。

 早く渡せと目で急かしてくる。

 

「一葉はわたしにおかあさんのこと、ちゃんと思い出してほしい。認知世界で、間違ったおかあさんが邪魔になって、一葉は望みを果たせない。違う?」

 

 双葉の後ろで、リャナンシーが口元だけ笑みを浮かべてこちらを見つめている。

 

「協力するって決めた」

「でも、」

「それ嫌。話して、全部。じゃないと嫌いになる」

 

 今日はいつもより押しが強い。引く気はないようで、真っすぐに見つめられてたじろいだ。

 こんな子だっただろうか。

 もともと見ないふりなんて嫌いな性格だったかもしれない。それか、新たな友人の影響か。

 

「全部って」

「わたしが知らないこと。侵入方法。認知世界に何がいて、どうなっているか。一葉がしようとしてること。

 危ないかどうかは、わたしが判断する」

 

 知らないままでいて欲しいのは、こちらの都合だ。

 双葉はもう小さな子どもではない。他の誰より頭が回る。武見先生に言わせればまだ判断能力の足りない子どもなのだろうけど。

 

「一葉がわたしのこと好きで、わたしのために頑張ってるの知ってる。それだけあればよかった。

 でも、一葉は違うんでしょ。一葉はいつもちゃんとしようとしてた。わたしにも、ちゃんとしてほしいから。知ってて出来なかった。それも嫌」

 

 双葉はたくさん言葉を並べ立てた。いつもの、本意でない言葉ではなくて、心から思うことだけ。

 

「わたし、本当は、ちゃんとできるようになりたい」

 

 今やっとわかる。

 取り戻せたからいいと向こうの双葉が言っていたのは、アルバムなどという物理的なものだけを指していたのではない。

 双葉が自分の気持ちを取り戻すことも示していた。向こうの僕も双葉にパレスの制御権を取り戻すと言っていた。

 そうでなければ、これほど変わるだろうか。

 

 立ちっぱなしでする話でもない。双葉に声をかけて、ベッドに2人並んで座った。

 

「ちょっと長くなるよ」

「うん」

 

 洗いざらい話すことになった。

 怪盗団のこと。巻き込まれるような形で認知世界に入ること。接触があれば連れていけること。メメントスのこと。双葉の認知世界が、ここを元に形成されたピラミッドであること。敵がいること。仲魔のリャナンシーがいること。向こうの双葉や僕のこと。スフィンクスのこと。およそ、認知世界に関係することは全部。

 1つ話せば10どころか100まで引き出されてしまうので、はじめから隠すようなことはしない。

 

「悪事がバレた時の顔してる。怒られると思ってるでしょ」

「まあ、うん。勝手なことばっかりしてたし」

 

 双葉は、聞くだけ聞いた後、こんな事を言った。

 こちらの双葉より素直な向こうの双葉は、こちらの勝手を快く思っていないように見えたけれど。

 

「わたし、一葉と一緒になって、姿なき姿で悪いこともするの。知らなかった?」

 

 快く思っていないのは正しいみたいだった。それでも、ふざけた調子で言ってくれているだけありがたい。

 

「許してくれるの?」

「条件つき。次はわたしも連れて行くこと」

「絶対?」

「絶対」

 

 本当にどうしようか。

 こう言われるだろうと思って、黙っていたのだけど。

 

 向こうから襲ってくるようなタイプのパレスではないし、向こうの双葉がある程度パレスの制御権を取り戻したなら化け物たちも思いのままにできるだろう。それに、はじめから双葉の部屋に出れば、安全なはず。

 本人が入ってどうなるか分からないことだけ気になるけれど、自分でもあるメメントスに入って平気でいられるのだからたぶん問題ない、と思う。

 

「認知世界、そんなに危ない?」

「…まあ、うん。場合によっては」

「そう、そこまで危なくないんだ」

 

 今回に関しては、危険はほぼないと考えていい、はず。

 

「何がそんなに引っかかってる?」

「こんなに簡単でいいのかって」

「先行研究に則るのは基本」

「研究かなぁ、あれ」

 

 雨宮先輩たちのは、どう見ても行き当たりばったりだった。人のこと言えないけど。

 

「一葉、勘違いしてる。

 向こうで一葉が何をしても、わたしが別のものに変わるわけじゃない。全部わたしの意思」

「それは、わかってるつもり」

「わかってない。

 認知世界は現実の裏側みたいなもの。向こうで起きたことも、こっちのわたしが頑張るのも全く同じ。

 向こうで起きることは現実でも起きる。逆も同じ。境はない」

 

 ちょっとそれは、母の理論を拡大解釈しすぎているのではないかと思う。

 向こうの妖精が、こちらでは実体を持てないように、向こうで起きることとこちらで起きることをそのままイコールで結ぶのはあまりにも暴論に思える。

 

「アルバム復活も現実でできると?」

「わたしは覚えている。すごく頑張ればもう一度作れる」

「…さすがに無理でしょ」

 

 外側と文字は何とかなっても写真部分はどうしようもない。そんなに精巧な絵とか描けないし。

 

「無理と思うから無理。信じる者はすくわれる」

「足元を?」

「いじわる」

「ごめん」

「許す」

 

 許された。

 

 けれど、信じる者は救われるというのは実際そうかもしれない。

 今、知られているよりも認知世界の力は絶大で、こちらで何かを信じ込めば向こうに影響する。向こうの影響はこちらにも表出して……鶏が先か卵が先か分からなくなってきた。

 

 アルバムを開く。双葉がじっと覗き込んできた。

 

「一緒に見る?」

「うん」

 

 横から手が伸びてきて頁をめくる。一番はじめの写真は生まれてすぐの頃だ。

 几帳面な字で、どちらがどちらなのか書かれている。正直このメモ書きがなければ見分けがつかない。

 

「それまでの写真がないからさ、僕らが生まれたから作ったみたい」

「うん」

 

 僕らのために用意されたものだ。

 言わずとも言いたいことは伝わったようで、双葉は小さく笑った。

 

「これ、赤ちゃんの頃。わたしはベビーカーにいる方」

「覚えてる?」

「うん。ずっと抱っこされてないと泣き出すから、わたしが我慢してあげた」

「記憶にございません」

 

 そういう作り話とかであってほしいけれど、双葉の言うことだから本当のことの可能性が高い。

 僕が母のことが好きだったという双葉の認識はこの辺から来ているのかも。

 

「この猫。よくパトロールに来てた」

「抱いてるのは双葉の方か。

 うん、うっすら覚えてる。うっかりしっぽ踏んでひっかかれた」

「子どもに優しい、気立てのいいおばあちゃん猫だったんだけど」

 

 猫も痛い思いをした、母にそんなようなことを言われたような気がする。

 この猫は小学校に上がる前に姿を消してしまった。たぶんひっそりと死んでしまったのだろうけれど、誰も見つけられなかった。

 

「これ、入学前。桜が早く咲いたから、いい服で先に写真撮っておこうって撮ったやつ」

「きれいな服で双葉がはしゃいでたのだけ覚えてる」

「花びらをいくつ捕まえるかで勝負した。わたしが勝った」

 

 進むごとに、双葉の手が重くなっていく。この先はあまりいい思い出はない。

 

「これ、運動会。大縄はわたしがひっかかったことになった。

 学習発表会、トライアングルやりたかったけど、いつの間にか鍵盤ハーモニカやりたいことになってた」

「母さんには黙っててってたくさん言われた」

「うん。言った」

 

 勉強ができていたし、先生たちからは褒められることも多かった。同学年との友達関係だけはどうしようもなかったけれど、この時の双葉は学校に行けていた。

 

「あ…これで最後だった」

 

 このすぐ後だ。母が死んだのは。

 

「短いね」

 

 この先の白紙のほうがずっと長い。分厚いアルバムだけど、写真が収められているのはここまで。

 

「わたし、ノート書く」

「うん」

 

 ぴょんとベッドから飛び降りて、双葉は扉の前へ。

 

「ごめんね」

 

 急に謝られて困惑する。双葉じゃないから、省かれすぎた言葉をすべて推測することはできない。

 

「何が?」

「同じものを見ても、一葉が思ってることはわたしの思ってることと同じじゃない。向こうのおかあさんは、一葉の思うおかあさんにはならない」

「いいよ」

 

 何だ、そのことか。

 それくらいはじめから承知の上だ。認知越しでも、双葉が正しく思い出せるなら、僕が思う母より正確だと思う。

 

「いろんなのがいないとダメ」

「そうだった。じゃ、帰ってきたらそうじろうにも聞いてみる」

 

 考えることは同じか。

 双葉は前の僕とほとんど同じ思いつきをした。

 

「後でなんて言ってたか教えて」

「なんで?」

「なんでも」

 

 好奇心以上の何物でもない。僕に言う事と絶対違うし。

 双葉はりょーかい、と気の抜けた返事をしてノートを書きに自分の部屋に引っ込んだ。

 

一葉の読みですが、私は一葉という文字列として捉えているので音は問いません。何を当てても正解です。 気になるのであれば決めましょう。投票で多かったのが公式見解ということで、よろしくお願いします

  • カズハ
  • ヒトハ
  • イチヨウ
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